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12歳―33―

 二十分後。

 散発的な戦闘報告はあれど、負傷者はゼロ、進行にも支障ないまま、ヘイムビックの村の門に辿り着く。


 今回の悪魔が一カ所から動かず、魔獣や魔人が普段より少数であるためだという。普通は移動して、移動先の生物を配下にし勢力を強めるのが悪魔の動きなのだとか。


「悪魔は村長の家を拠点にしていた、と逃げた村民たちから報告が上がっています。まずはそこを調べてみましょう」

 ヒルケさんが言う。


「村長の家の位置は分かるか?」

 ロマが質問した。

「村民に書いてもらった地図があります。ほぼ村の中央で、ここから直進すれば着くようですね」

 団長が答えて、門から真っ直ぐ伸びる道を指さす。


「ワシはそちらに向かう。周囲の警戒は任せたぞ」

「はっ」


 それから団長の指揮でロマを護衛する部隊と、村に展開する部隊を決め、門を抜ける。

 ロマに同行するのは団長とヒルケさん、他に三名の聖教騎士と二人のプリースト。あと私。


「ルナリア様、ロマ様が戦闘中はなるべく自分の側から離れませんよう」

 団長が私を見下ろして、真っ直ぐ目を見て言う。

「はい、分かりました」

 微塵も従う気ないけど、にっこり笑って答えておいた。


「それが無理なときはヒルケか、他の者の近くへ。皆、我が聖教会の精鋭ばかりですので」

 ヒルケさんと目が合う。彼女は少し苦みを含んだ笑みを浮かべた。

 私が極聖魔法を再現できることを知っている彼女からしたら、まあそういう表情にもなるだろう。


 九人で道を進む。悪魔との戦いを目前に、緊張感でヒリついた空気の中、村の中心に近づいていく。

 ――この先に、ロマの命を奪う悪魔が居る……のだろうか?

 今いるところからは、敵らしい姿は見当たらない。


「ルナリア、一応言うとく」

 声をかけられて、ロマの方を見た。

「もしもの時は、自分の安全を優先するんじゃぞ」


 一瞬の間。

 ――なんて答えよう。


「……なるほど」

 とりあえずそう声を発しておいた。


「なんじゃ、なるほどって」

「ロマはまさに聖女にふさわしいなあ、って」

「意味が分からん。イエスかノーで答えれるじゃろ」

「ロマの方が身分が上なんだから、『何があっても自分を守れ』って言う立場なのに。これが本物の聖女なんだな、って。わざわざ今になって言ったのは、この人達の前なら言えるからでしょう?」

「……いいから。『分かった』と答えんかい」

「相手がロマじゃなかったら答えるよ。でも、私が嘘つくとロマ悲しそうなんだもん」

「なっ……!?」

 瞬間で顔が真っ赤になるロマ。


「ロマと離れたくないからついてきたのに、イエスなんて答えるわけない。……あ、もしかして、そう言わせたかったの?」

「ん、んなわけなかろう! この痴れ者が!」


 耳まで赤くして言うロマに信憑性がなさ過ぎて、思わず笑ってしまった。

 ――もちろん、ロマが本心で私の心配してるってのは分かってるけどさ。


 ヒルケさんと、もう一人ロマの側近――ワァスさんという――も無声だけど口元に手を当てて笑っている。

 そして他の五人は驚いたように、私たちを窺っていた。


   †  


 歩き始めて、さらに五分ほど。

 周囲の家より少しだけ大きめな家に辿り着く。


 団長とヒルケさんによると、ここが村長の家らしい。一集落の長の家としては酷く小さく感じた。

 私が貴族だからそう感じるのかとも思ったが、どうやら周りの皆も同感らしい。ヘイムビックの村長は質実な人のようだ。


 聖教騎士の三人が家の周囲を探索し始める。私たちは少し離れたところで待機するよう言われた。

 小さな家はすぐに探索が終わり、三人の騎士が戻ってくる。


「裏側には窓が一つだけありましたが、大人が入るのは難しそうです。勝手口などもありませんでした」

 と、騎士の一人が団長に報告した。


 その直後。

 ガチャリ、と正面のドアが開く。


 全員、弾けるように戦闘態勢。そんな皆を見てから、私も遅れてガンガルフォンに手をかけた。


「ようやく来たか、聖女とその下僕ども。待ちくたびれたわ」

 その悪魔は、多分女なのだろう。体のラインからそう見えた。

 村長の奥さんか娘さんの服を漁ったのか、女物の寝間着姿で、側頭部には渦状の角がある。


 人間で言う白目の部分は黒く、瞳の部分が赤い。中心の瞳孔は縦長の金色で、どこかネコを彷彿とさせる。

 ――これが、悪魔……

 前生から話では聞くし、歴史書や絵本にも出てくるけれど、この目で見るのは初めてだ。


「……そして、お(いたわ)しきバアル様。ようやく悲願の時がやって参りました」

 悪魔はそう言い結んで、ロマを睨め付ける。


「皆、下がっておれ」

 ロマが一歩踏み出すと、他の皆は一歩下がった。

悪滅害誅(あくめつがいちゅう)(せい)()(すい)(こう)(たま)(ゆら)(ましま)せ、(ごく)(てん)の光翼」

ロマが唱える。背中が光り出し、徐々に聖光八足――この場では聖光八翼と呼んだ方が良いだろう――が出現した。


 ――私と戦うときは、あんな呪文無かったけど。

 ロマって、実は格好付けなところある。まあ、そういうのも必要な職業なのかもしれない。


「……お目覚めください、バアル様!」

 悪魔の全身の魔力神経が光り出す。そして、その場で右手を地面に振り下ろした。

 と、次の瞬間、地面に巨大な魔法陣が展開する。


「プリースト、全員に防御魔法を!」

 団長が叫ぶ。


 魔法陣はみるみるその大きさを伸ばし、一瞬で私たちの足下を通り過ぎると、そのまま村の出入り口に向かって広がっていく。

 悪魔の足下の地面――もっと正確には、家の中……?――を中心にあらかじめ、村全体に敷き詰められていたようだった。


「ぐあぁっ!」

 ロマが膝をつく。

 苦しそうに胸元を押さえつけていた。


「ロマ様!」

 ヒルケさんが近寄ろうとするが、他のプリーストがそれを止める。


 ――変だ。


 何かの罠が発動したことは間違いない。それも、村全体に広がるほどの巨大な魔法である。

 にもかかわらず、ロマ以外の人間にはなにも影響がないようだ。


「プリーストは罠の解析と除去! 騎士はロマ様が回復するまで守れ!」

 団長はそう指示を出し、真っ先に悪魔に向かって走り出す。


 極聖魔法以外通じない悪魔に特攻するということは、つまり死をも厭わないということ。

 私は急いで彼を追いかけた。


「ならん! 人の身で悪魔に挑むな! 自殺と同然じゃ!」

 ロマが脂汗を流しながら、団長に吼える。


「ですが……」

「ぐ、うぅ……」

 ロマが今にも倒れ込みそうなほど苦しそうにうずくまる。

 傍目にも分かるくらいに胸を……丁度、古傷がある場所を、両手で強く押さえていた。


 一方悪魔は、そんな隙だらけのロマに襲いかかるそぶりはない。罠を発動後、ゆっくりと立ち上がり、ただロマを見ているだけ。

 ――今の魔法で力を使い果たした? ……にしては余裕がありそうだけど。


「聖女。今お前の体に起きていることが分かるか?」

 悪魔が問いかけ、ロマに歩み寄る。

「今お前を(おか)しているのは、七年前、お前との戦いに負けたバアル様だ!」

 返事も待たず、悪魔はそう言って興奮気味に両手を掲げた。


「あの日、自身の消滅を悟ったバアル様は、戦いの渦中で付けた胸の傷口から魂だけになって潜り込み、心臓に寄生することに成功したのよ。そして七年の時をかけて、完全に肉体に融合しきることに成功した! そしてこの魔法陣は、バアル様がお前の体に魂を顕現させるためのものだ!」

 大きな声を上げて、悪魔は笑い出す。


「悪魔が現れれば赴かずに居られない。私がこの場から動かないなんて、罠を疑って然るべきなのにね。……聖女という、哀れな世界の人形。最期はその身を我が主の礎にするがいい」


 つまり……

 ――この悪魔は、ロマの中に居る主とやらを呼び起こすために村人を逃がして情報を流し、自分も移動しなかった、ということ……?


「お待たせしましたバアル様! 今こそ聖女の魂を乗っ取り、再び我が前にご光臨ください!」

 魔法陣がひときわ強い光を発した。


 眩しさに誰もが目を覆う中、ロマの悲痛な叫び声が木霊する。


 ――どうしよう。

 思考が、停止してるのが分かる。

 誰かに殺されそうなら、止めることだってできたかもしれない。

 けれど、すでに心臓に融合しきっているなんて、そんなのどうすれば……


 激しい光の奔流と魔力が爆ぜる音がして、やがて視界は元に戻っていった。

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