12歳―32―
そんなこんなで、ロマと出会ってから一ヶ月。
入学から四ヶ月が経った。
この日もロマと三人で夕食を摂っていると、
「明日からしばらく訓練に参加できん」
とロマから切り出された。
「ああ、そうなん?」
すっかり砕けた口調のショコラが聞き返す。
「明後日から所用で留守にすることになってな。明日は準備と体力温存に宛がおうと思う」
「何日くらいなんだ?」
「分からん。最短でも二日、状況次第ではもっとかかるじゃろう」
全寮制のこの学園で、普通に授業があるこの時期に、学生である彼女が二日以上出かける用事……
一つしか心当たりが無かった。
「悪魔退治?」
私はそう尋ねた。
「……。まあ、わからいでか。一応内密にしておいてくれ」
わからいでか、が良く分からなかったけど、流れ的に『分からないわけないか』という意味なのだろう。多分。
「どこ行くんだ?」
ショコラが質問を重ねる。
「ヘイムビックという、東にある山間の村じゃ。そこを一体の悪魔が占領したらしい。今朝早馬で知らせがあった」
――これが、前生でのロマの死因だろうか。
私が聖女の死を知ったのは、二学期の最初だった。学園全体で盛大な葬儀を行った。……遺影もないロマのために。
学園は五ヶ月の授業期間と一ヶ月の長期休暇、これを二回繰り返すことで一年を終える。最初の五ヶ月を一学期、次の五ヶ月を二学期という。
つまり、今から二ヶ月以上先に公表されたことになる。
だが、聖女の死というニュースが公表されるまで時間をかけるのは自然とも思えた。
少し早いかもしれないけれど、警戒するに越したことはない。
「ロマ、私も連れて行って」
一も二もなく、私はそう言った。
しばし目を丸くするロマと、給仕の動きを止めるプリーストの一人。ちなみに彼女の名はヒルケということを先週知った。
「どういう心算じゃ?」
ロマが前のめりになって聞き返してくる。
――やば、なんて言おう……
一も二もなく言っちゃったから、上手い言い訳が出てこない。
「友人が危険に立ち向かうのを心配するのに、理由などないかと」
そこで、ヒルケさんが助け船を出してくれる。
ロマの一番の側近である彼女は、どこか嬉しそうにそう言ってくれた。
「ふむ、なるほど……。じゃがそれはこちらも同じじゃぞ? 魔物や魔獣はともかく、悪魔と呼ばれる奴らに普通の魔法や戦技はほぼ通用せん。唯一通用するのが極聖魔法のみだから、ワシが出向くのじゃ」
「……分かってる。分かってる、けど……」
思わず拳を握り込んでしまう。
――このままでは、ロマが死んでしまうかもしれないのに……!
「お主がいくら強くても、せっかくできた友人を連れて行くのは危険すぎる。なぁに、対人戦ではお主に劣るが、悪魔相手なら後れはとらんよ。聖教騎士やプリーストも仰山付いてくる」
言って、ロマはまたあの可愛らしい微笑みを見せる。
「……じゃが、心配してくれてありがとう。こんなに嬉しい気持ちになったのは、先代聖女が生きていたときぶりかもしれん。土産を持って帰るから、またこうしてメシに誘ってくれ」
そしてロマははにかみながら、歯を見せて笑った。
ロマの言うことは、分かる。
分かるけれど……でも。
――決めたのだ。この子を死の運命から守る、と。
この私が決めたのだから、それは絶対だ。
拳をほどいて、立ち上がる。
そしてガンガルフォンを立てかけた壁に向かって歩き出した。
「私は、魔法剣の分野に置いては、習得できない物などない。なんせ天才だから」
ガンガルフォンを手に取る。
「知らないモノは無理だけど、この目で見て知ったモノなら、一瞬で自分の剣にすることができるのよ」
鞘から抜き放って、魔力神経起動。
「極聖魔法をエンチャントする。できたら、私を連れて行って」
「何を馬鹿な……」
エンチャント開始。
数瞬後、私の右手で黄金の光を纏うガンガルフォンがあった。
音を立てて尻餅をついたのは、ヒルケさん。
「極聖の指輪もなく、極聖を再現しうるか……。全く、まだお主に驚かされることがあるとはな……」
「自分でもちょっと驚いてるよ。でも、私の才能が天女以上の存在から授かった物なら、可能なんじゃないか、とも思ってた」
驚いてるのは嘘じゃない。想像っぽく喋ったのは嘘だけど。
「天女以上……つまり、創造神か。確かに、そうでもないと説明が付かん」
「ともかく、これで連れて行ってくれるわね?」
「げに恐ろしき女よ……。まあ、本当に極聖の力を振るえるなら、是非もなかろう。人手なんてあるに超したことはない」
「あ、ヒルケさん。このことはくれぐれも秘密でお願いします。面倒ごとはごめんなので」
腰を抜かした彼女と目を合わせる。
「ワシからも命令じゃ。……こやつの存在は、あまりに政治的に高度過ぎる。口外すれば、最悪王宮と聖教会の戦争すらあり得ることを肝に銘じておけ」
「か、かしこまりました……」
震える声でヒルケさんがコクコクと頷く。
「……ワシのために披露してくれたこと、感謝する。初めて、寂しくない悪魔討伐になりそうじゃ」
「……可愛いこと言わないでよ、似合わない」
「くくく、ギャップに萌えるじゃろ?」
犬歯を剥き出しにして笑うロマに、私も小さく声を出して笑った。
†
二日後。
私とロマを乗せた馬車が目的地に辿り着く。
周囲には聖教騎士団やプリースト達の乗る馬車が合計八台。人数にして五十人は下らない。
ロマが出撃するときは、大抵これくらいの大所帯になるそうだ。悪魔が居る場所には大抵、魔獣や魔物、魔人が多く居るらしい。『聖女様が悪魔を倒すための露払い役です』と、同じ馬車に乗る聖教騎士団団長は言っていた。
――露払いが要るなら、最初私の同行を拒んだのはロマなりの方便だったのだろう。
ちなみにエルザは当然ながら、ショコラも同行は認められなかった。ショコラは力ずくでも付いて来ようとしたけど、私が説得して待って貰っている。ロマを救うためにショコラが犠牲になったりしたら意味が無い。
「ロマ様、ルナリア様、ご準備よろしいですか?」
団長は私にも敬語で話してくれる。厄介者扱いされてもおかしくないと予想していたけど、とても紳士な人だった。
「うむ、問題ない」
ロマがゆっくりと立ち上がって答える。
「私も大丈夫です」
ガンガルフォンのベルトを締めながら私も頷く。
部外者に聖教騎士の鎧やプリーストの法衣を用意できるわけもなく、この中で私だけが学園の制服だ。
とはいえ一般的な鎧や法衣よりも頑丈な制服、ヒルケさんの見立てでも問題ないとのことだった。
「では参りましょう。……ヒルケ、お二人は任せるぞ」
団長はロマの横に居るヒルケさんを横目で見る。
「はい」
今回、指揮権は聖教騎士団団長がトップということになっている。プリーストの長――神官長という――は聖教会本部に残った。
聖教会を完全に留守にするわけにはいかないため、ロマが出撃するときは、毎回団長か神官長のどちらかは残ることになっている。その間、一般の騎士とプリーストはそれぞれの長の指揮下に入るルールだそうだ。
「では、参りましょう。お二人は私の後ろに」
ヒルケさんが私たちを見て、馬車を降りる。
彼女についてロマと私も馬車を出る。外は気持ち良い風が吹いていた。
そこは小高い丘の上。遠くには山々が望め、空気が美味しい。
眼下にはのどかな村が見えた……はずだったんだろう。
今は、壊れた家屋、抉れた畑、荒れた牧場。もはや廃墟と言って良いその村は、昼過ぎにもかかわらず人の姿が見えない。
ちらほらと魔獣だけが徘徊していて、家畜も死体になって居るばかりだ。
「ここからは徒歩になります。馬車がこれ以上近づくと、悪魔の瘴気で馬が魔獣化してしまうかもしれませんから」
悪魔は、ただそこに居るだけで周囲の動物を変質させる瘴気を発生させる。
今見えている魔獣も、元は家畜だったのかもしれない。
人間も、悪魔から直接体内に瘴気を注入されると、俗に魔人と呼ばれるモノへと変質するらしい。
丘を下る間、私たち三人と団長は隊列の中央に。
「今回の悪魔は、村を滅ぼした後そこに留まって占領しています。占領自体は良くあることですが、村人のほとんどを逃がしたにもかかわらず留まるのは、あまり例がない」
団長が状況を説明する。
「奴らにとって人間はエサか、もしくは魔人にして下僕とする対象。なので、集落を襲うときは事前に魔獣を用意して包囲し、逃げ場を奪うのが常なのですが……」
「つまり、ヘイムビックを襲ったのは突発的な思いつきだったと?」
ロマがそこで割って入った。
「その可能性が高いと我々は見ています。……が、馬車の中で考えたのです。本当にそうなのか、と」
「その心は?」
「わざと人間を逃がしたのではないか、という可能性です」
「そんなことして、悪魔になんの利がある?」
「普通に考えればありません。ヘイムビックを占領したという情報が広まるのも早まりますし、確度も高くなる」
「然り。聖女がやってくるのも早くなる」
「ですが、それが狙いだったとしたら」
「……ほう?」
「そう考えれば、無人のヘイムビックに居座って、他の集落を襲いもしない説明が付きます」
「今回の悪魔は、ワシとのタイマンをしたがっているということかや?」
「正々堂々という言葉から縁遠い奴らが、そんなこと考えるとは思えませんが……」
――いやいや、タイマンというより……
「ロマをおびき出すために、ヘイムビックを占領したんじゃない?」
私はそう言ってみた。
「……はい。憶測ではありますが」
団長は小さく頷いて私を横目で見る。
「んなことしたら、自分が滅ぼされるリスクが増すだけじゃと思うが」
「返り討ちにできる策が何かあるのかもよ」
――そして、前生では本当に返り討ちにされた。
そう考えれば、辻褄が合ってしまう。
「ふむ……」
ロマが口元に手を当てて思案した。
「もちろん、ただ衝動的に村を襲って、何も考えてなかっただけの可能性もあります。が、警戒はしておくに越したことはないかと」
団長が言いたかったのは、つまりそれだったようだ。
「無論じゃ。たとえ罠としても、ワシが出向かんわけにもいかん」
「ご尤もです。……申し訳ありません」
団長が僅かに表情を陰らせる。
――まだ十四歳の少女を戦地に送る自分自身が、心底悔しそうに見えた。
「何度も言わすな。謝る必要なぞないわ。それがお主の職務じゃろが」
一方ロマは呆れたように目を細めた。
「ルナリア。こやつはな、ワシが聖女になってからずっとこの調子じゃ。『聖女様を守るために聖教騎士になったのに、実際は聖女を戦わせて自分は見物してるだけだ』とな」
「……ロマ様。外部の方にそういったお話はあまり……」
――今の聖教騎士団団長は、実直な人なようだ。
だからこそ皆に認められて、団長になれたのかな。
「だったら、大丈夫ですよ団長さん」
私は言って、微笑みかけた。
「団長さんの夢は、私が叶えますから」
三人とも一瞬驚いた顔をして、それぞれ小さく笑う。
団長とヒルケさんは微笑ましそうに、ロマは加えて少しだけ照れくさそうだった。
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