12歳―31―
そんな話を聞いてる中、エルザがちらりと懐中時計を見たのが、視界の端で見えた。
「そうだ。今何時?」
そう尋ねると、エルザは『まさか嘘だろお前』みたいな顔で、
「……十六時になりました」
と答えた。
「もうそんな時間? ついつい聞き入っちゃった。ごめんロマ、そろそろ帰るわ」
私はそう言って立ち上がる。
「ル、ルナリア様、流石に……」
エルザがびっくりしたように私を止めようとする。
「構わんよ。先約でもあるんじゃろ?」
そんなエルザを止めるロマ。
「ショコラと訓練する時間なの。ロマも今日から参加する?」
「ふむ。ワシの方はこれからどうなっておったかの?」
ロマがプリーストの一人に尋ねた。
「問題ありません、変更させます」
――なんか、大物との会食でもあったんじゃないでしょうね……?
「いやいや、先約あるならそっち優先してよ、気になるでしょ」
「気にするな。お主との親交を深める以上の予定など、今はない」
「別に、また明日でも相手するから……」
「鉄は熱いうちに打つべきだし、友はなりたてのうちに距離を縮めんといかん」
「だから、そういう戦略みたいなの普通はぺらぺら喋らないものなの」
「そうなのか? だが腹に一物ある奴が近寄ってくるのもうっとうしかろう」
「いやまあそれも一理あるけど……」
「ふむ。しかしまあ、友がそれを嫌だというなら、考えを改めるのもまた友情か……」
思わずため息が口をついて出てきた。
「わかった、もういいよ、そのままのロマで」
「ふっ、ワシの魅力が分かってきたかの?」
「だから自分で言うなって……」
イタズラに成功した子供のように笑って、ロマも立ち上がる。
そうして、ロマと並んで部屋を出た。
後ろでは何やらプリーストの皆さんがてんやわんやしていたが……。私が気に病んでも仕方ない。意識を切り替えることにする。
「……ねえ、ロマ」
「なんじゃ」
「将来、やりたいこととかある?」
「やりたいこと? そりゃまあ、人並みにはな」
「たとえば?」
「悪魔を滅ぼす。聖女を継いだのは、そのためじゃ」
「……いきなり人並みじゃないけど」
「あとは、生きてるうちに親に恩返ししてやらねばとは思うとる」
生きてるうち、という言葉に心臓が跳ねる。
――まさか、自分の寿命を察して……?
「先代の聖女は恩を返す前に逝きおった。古竜というだけあって彼奴も三千年以上生きとるらしいし、そろそろ危ういかもしれん。だが、なにを聞いても大して答えんのよ。人と古竜の価値観が違いすぎるのもあるが」
――びっくりした。古竜の方の寿命を気にしてたのね。
「普通なら孫の顔でも見せるところじゃが、『お前が繁殖したからどうしたんだ?』と言われるだけだろうし。まあ、いずれなにか見つけてみせるわ」
「うん。いいね。応援するよ」
「……なんじゃ? なに企んどる?」
相変わらず、変に勘が良い。
いきなり将来の話なんて振った私の間が悪いのかもだけど。
「企んでなんか無いよ。……ただ、あらためて決意を固めただけ」
「なんのこっちゃ」
――親へ恩返ししたい、なんて言われちゃ、こっちもグッと来ちゃう。
「諦めない。全部手に入れる。私が今、生きている意義そのものを」
ロマにも聞こえないくらいの小声で、呟いた。
†
学園に来てからの訓練は、形代も無いし、寮の中庭でしかできないため、屋敷に居た頃と比べて慎ましいものだった。
が、ロマが形代をかけ、聖教会にある自身の鍛錬所を紹介してくれたおかげで、トルスギット家に居るときと同等の訓練ができるようになる。
さらにロマという魔法戦の模擬戦相手もできて、私の訓練は俄然、充実度を増していった。
ロマもロマで大雑把な戦いしかしてこなかったらしいから、魔法を制限してショコラと戦ってもらったところ、彼女の駆け引きや状況把握能力、判断の速さに目を丸くしていた。
すぐに私と戦うよりもショコラと戦う方が楽しくなったようで、私の訓練時間が多少減ってしまったのが、玉に瑕だ。
†
ロマと出会って、一週間ほどが経ったある日の訓練前。
ロマがあまりにもナチュラルに接するからか、思わずショコラが、
「あの、私、獣人ですけど……」
とロマに向かって切り出した。
「? 見りゃ分かるが?」
ロマは不思議そうに聞き返す。
「亜人の奴隷をこんなところまで入れてよろしいんですか?」
借りてきたネコならぬイヌモードでショコラは質問を返した。
「ルナリアと従者をここに入れることは伝えとる。気にせんでええ」
「でも、良く思わない人もいるのでは?」
「思いたきゃ思わせときゃいいし、言いたきゃ言わせときゃいい。人間だの亜人だの、ワシからすればひどくどうでもいい差じゃ。なんなら耳と尻尾の分、お主の方がお得じゃろ」
古竜に育てられた彼女からすれば、獣耳や尻尾の有無などその程度の認識なのだろう。
「んなことより、もう一戦じゃ。遠目を得るまで付き合って貰うぞ!」
嬉々としてショコラを引っ張るロマ。
……その光景に、なんだか私まで救われたような気分だった。
「ショコラ、ロマにも素で良いよ」
私はそう命令する。
「……また無茶苦茶を仰りやがる」
ショコラが横目で私を睨んだ。
「敬語使ってたら、戦う時も遠慮が出ちゃうかもしれないわ。それじゃ訓練の意味ない」
「いや、でも俺の立場でそれは流石に……」
「ロマなら大丈夫よ。そろそろ貴女のトラウマも振り払わないと。私の時にみたいに、ボコボコにしてあげて」
「俺のトラウマを払拭するのに、なんで聖女様ボコボコにすんだよ……」
「ふむ、なんやよう分からんが、ショコラもネコ被っとったか。だったらルナリアの言うとおり、さっさとやめてくれると嬉しいのう」
「ほらね?」
「…………」
はあ、と一つ、ショコラは大きくため息をついた。
「どいつもこいつも大物すぎて、小物の心労も汲んでもらいたいもんだ」
「雇い主の胸ぐら掴んだり回し蹴りする子が小物なわけないでしょ」
「はっはっはっ、なんじゃそりゃ。後で詳しゅう聞かせて貰うぞ」
ショコラは色々と諦めたように、ガサツに頭を掻いた。
その夜、私のオススメでハンバーガーを買って、三人で夕食をすることになった。
ショコラとの出会いから、正式に私の専属になるまでの話をすると、ロマは少しだけ涙ぐんでいた。
「最近涙もろくてのう。ワシも歳か」
「まだ成人すらしてないでしょ……」
それからもショコラの話やトルスギット家の話、レナの話など、色々お喋りしていたら、気づけば夜になっていた。
「もうこんな時間!? 狐に化かされでもしたようじゃな……」
「楽しい時間はあっという間ね」
「女三人寄れば姦しいというが、得心じゃ。三人寄ると楽しくなりすぎるから、姦しくなるんじゃな」
生まれて初めて女三人寄ったロマが、しみじみとそう呟いていた。
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