12歳―29―
翌日。
クラスでは私のチームのダンジョン演習で話題が持ちきりだった。
ダンジョン演習の映像は教師陣の査定のためだけでなく、他の生徒たちの見学用にも公開されている。映像室にある魔術鏡の鏡面に映して見ることができる。
シャミア様やアリア様は特に大興奮で、「ルナリア様恰好良い! 美しい! 強い!」「これが白銀の剣花……尊い……」などと夢中になっていた。
――ちょっと頭に血が上ってたから、褒められると微妙な気分になっちゃうんだけど。
ただ、映像は一部編集され、ロマが聖女と分かるような部分はカットされている。
私たち四人には箝口令(殿下には『お願い』の体裁だが)が敷かれ、ロマが聖女であることは秘密にするよう言われた。
だったら聖女と直接戦わせんなよ、とは思うけど……
私がアナライズしなかったら殿下以外にはバレなかったかもしれないし、仕方ない。
そんな放課後。エルザと合流するや否や、ロマの使いの者から茶会の誘いがあったことを聞いた。
――『また今度、茶でも飲み交わしながら~』とは言ってたけど、まさか翌日とは。
相手は王族と同格の聖女様である。予定があるわけでもないし、断る理由もない。
呼び出された寮の貴族棟二階に行くと、入り口の両脇に法衣を着た女性たちが立っている部屋があった。確認するまでもなく、ロマの部屋だ。
「お待ちしておりました」
そう言って礼をしてくれる法衣の胸元には、翼の紋章が刻まれている。それは聖教会のシンボル。彼女達が『プリースト』と呼ばれる神官であることを示している。
プリーストの一人が部屋の中に私の来訪を伝え、ロマの返事があって中に通される。
中にもプリーストが一人立っており、私に会釈する。
その奥、制服を着て足を組み、頬杖を突くロマがソファに深く腰掛けていた。
「よう来たの」
私は右膝を突いて、右手を床に付け、深く礼をする。
「昨日は大変なご無礼、誠に申し訳ございませんでした」
「あん?」
「にもかかわらず、こうしてお茶の席にお招きいただく寛大なお心、大変に感銘を受けております。本日は誠にありがとうございます」
すると、ロマはまるで汚物でも見るかのように目を細めて、
「……きっもちわるいのう……」
と呟いた。
――流石にその反応は傷つく。
「やめやめ。今更上品ぶる必要ないわ。昨日と同じ言葉使いで良い」
「……聖女様と知った今、知らなかった頃に戻るわけには参りません」
――ちょっとでも機嫌を損ねたら、最悪死刑になるかもしれない相手だ。身をもってそれを知ってるんだから、そりゃ肩肘も張る。
「んなこと言ったら、昨日のお主を知った今、鳥肌が立ってしゃあないわ」
「ご不快なお気持ちにさせて申し訳ありません。かくなる上は、どのような手段を用いてでもロマ様のお気持ちの回復に全力を尽くす所存です。なんなりとこの愚女をお使いくださいませ」
「本音は?」
ちらりとロマを見上げる。
右の太ももに押し上げられて、ぷにっとした左太ももがまず見えた。
次いで、頬杖を突いて私を見下ろすロマの顔。
「天女と年一交信する、いわば天界の代弁者と言うべき聖女たるワシに誓って、今の本心を述べてみよ」
――私に敬語を使われているロマの顔が、どこかつまらなそうな、侮蔑するような……
そしてなにより、とても寂しそうに見えてしまって。
「……黙って敬語使われてろ、めんどくさい」
気づけば、正直に本音を答えていた。
「たかが公爵家の娘が、聖女様にタメ口なんか利けるわけ無いでしょ。こっちの体面も考えなさい、このボケ」
僅かにざわつき、構えるプリーストの皆様。
いつも通りなエルザとショコラ。
ロマはどこか嬉しそうに目を細めて、
「はははっ、結構結構。今後もそのように本心でワシと話すように」
そう、可愛らしい笑顔で言った。
「……昨日も思ったけど、変な聖女様ね」
私も釣られて、笑みが零れる。
「お主にだけは言われとうないわ」
そう愚痴るロマの表情は、一気に生気を帯びて、嬉しそうだった。
ロマに勧められて、ソファに座る。
「魔力神経や体は大丈夫そうじゃの」
「うん。一晩ぐっすり寝たらいつも通りよ」
「して、お主は何者じゃ?」
足を組み替え腕組みをし、ロマがソファにもたれかかった。
「何者……。トルスギット公爵家の長女だけど」
「んなこたぁ分かっとる」
「まあ、魔法剣について天賦の才があるのは間違い無いと思うよ」
正確に言えば、回生するときに創造神から直接貰ったんだけど。
「極聖魔法が悪魔特効とはいえ、人間に通じないわけでもない。それを簡単に斬り落とすなど、もはや神の加護といっても過言でないわ」
――うん。ほぼ合ってる。
「もしそうなら、私は相当に恵まれて居るんでしょう」
一兆人記念に選ばれたのは、ラッキー以外の何物でも無い。なので私は間違ったことは言っていない。肝心な部分をすっとぼけているだけだ。
「……まあ、それはそうなんじゃろうな」
そこで、プリーストがお茶を私の前に置いた。
法衣を着た女性に従事されるというのも、なかなかシュールだ。威圧感が凄い。
「神官と侍女の兼任なんて、珍しいわね」
また別のプリーストは、お菓子を用意してくれる。
聖教会にはシスターと呼ばれる女性だけの職位があり、非戦闘員の女性はこちらに就く。
本来、プリーストは聖女が悪魔と戦うのを補佐したり、聖女が出向くほどではない怪異を討伐する、神聖魔法を用いた戦闘員のことだ。男性も女性も存在している。
ちなみに聖教会には『聖教騎士団』という近接戦担当の組織もあるが、男性しか入れない。男子禁制の女子寮には、女性プリーストしか連れてこれなかったのだろう。
「侍女を兼任させた覚えはないんじゃがな。『お茶汲みなどさせるわけにはいかない』と譲らん」
と、呆れたようにロマが愚痴る。
「当然でございます」
そう答えたプリーストは、どこか雰囲気がエルザに似ている気がした。
「この調子じゃ。さりとてシスターを用意しようと言っても、学園では従者は三人までの制限がある。護衛を減らすわけにはいかない、自分たちがやればいい、と言って聞かんのよ」
「この三人は、ご入学前にみっちり侍女訓練を積んで参りました。万が一ご無礼がございましたら、どうかご指導ご鞭撻いただければと存じます」
プリーストのお姉さんが私に頭を下げる。
「大丈夫ですよ。多分、この中で一番礼儀がなってないのは聖女様ご本人ですから」
そう言うと、プリーストたちは小さく笑った。
「オイとツッコミたいところじゃが、否定しきれんのがむずがゆいのう……」
「自覚はあるのね」
「そりゃな。なんせ礼儀なんぞ学ぶ前に悪魔と戦っとったんじゃ。聖女の存在や情報が秘匿される風習で良かったと思ったことは数知れん」
――そういえば、聖女に就任したのが六歳だったっけ。
礼儀を正そうとしたら言葉遣いからになるだろうし、本人も周囲も億劫になるのは仕方ないだろう。
「そんな話は今どうでも良い。ワシが昨日の今日でこの場を設けたのは、他でもない。お主を見極めるためじゃ」
「まあ、そうだろうね」
「ワシはお主が気に入った。是非友誼を交わしたい。が、この三人や聖教会の大人達は警戒しとる。単独で聖女を撃破しうる十二歳の子供など、どこぞの敵対勢力からの刺客でないか、とな」
三人のプリーストが三者三様にロマを見る。
代弁するなら、一人は「仰るとおり」、一人は「なんで言ってしまう」、一人は「やっぱ言っちゃったか」、といったところだろう。
「なるほど。であれば、私の身辺も詳しく調べられたでしょう? そのような考えはありません」
「確かに。お主は誠に裏表無い、模範的な貴族令嬢じゃった。じゃが今はそうでなくても、今後そうなるかもしれん。王宮と聖教会は微妙なバランスで成り立っとる。お主が王妃になれば、それが一気に崩れかねん」
「ああ、そういう……」
うん、とも、いや、とも言いにくい話題である。
「そういったことも警戒した上で、『仲悪くなるより仲良くなっとけば良いじゃろ』がワシの結論じゃ」
「だからタメ口にこだわったんだ」
「あれは本心じゃよ。というか、仲良くなりたいこと自体、本心じゃ。生まれてこの方、同世代の友人なんてできたことないし、別段欲しいと思ったこともない。お主に出会うまではな」
六歳から聖女と祭り上げられた少女が、普通の友情を築くのは難しいだろう。暗殺狙いの年少兵が友人候補として現れた過去があっても不思議じゃない。
「というわけで、どう表現しても脅迫の要素が含まれてしまうのは自覚しておる。それを承知で、内心嫌だとしても、しばらくは友情ごっこに付き合ってくれ」
「うーん。まあ、分かったわよ」
「済まんな。恩に着る」
――多分勘違いされてる……
私が嫌なのは、友情『ごっこ』の方だ。
でも彼女は、『友情』ごっこの方だと思ってるんだろう。
でもまあ、そこは口で言っても仕方ない。
生まれて十四年友が居なかった彼女にそれを教えるのは、きっと説明という手段ではないと思った。
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