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43/105

12歳―25―

 あの、一口も何も食べずに離席した食事会から早三ヶ月。

 私と殿下、それにダン様は、ほぼ理想的な距離感で過ごしてきている。私にとっては、の注釈は付くけど。


 先月は殿下から「あの日の埋め合わせをそろそろ」と言ってくれたため、「三人ではなく大勢でいかがでしょう?」と私から提案し、いつも私が開いているパーティに参加いただいた。

 三人での食事会だったせいであんなことになったわけで、二人はすぐに了承してくれた。


 そのパーティ中も、基本的に他のご令嬢の誰かと居るようにすることで、まかり間違っても婚約だ結婚だの話題が出ないように注意を払った。「せっかくですので、皆さんと顔合わせいただければと」などと適当なことを言って。


 パーティ会場では、ショコラの尻尾や耳を優しく撫でるご令嬢方に、殿下もダン様も相当びっくりしていたのが面白かった。直接はなにも言わなかったけれど、「ざまあみろ」と口だけ動かしたのは乙女の秘密である。


 とはいえ流石殿下。その日の後半には、「自分も撫でさせていただいてよろしいでしょうか?」などとすっかり興味津々でショコラの尻尾を触っていた。

 ――恐るべき柔軟性。『獣人を連れている』という理由で疎遠になるのも無理らしい。


 とはいえ、それ以降はたまに辞書や筆記用具の貸し借りがあるくらいで、個人的な接触はほぼ無いまま、今日になっている。

 私が距離を取りたがっていることに内心気づいているからか。あるいはやはり、胸の起伏に乏しい女に時間を割くのが面倒なのか。どちらにしても誠にありがたい限りである。

 

   †


「隊列ですが……先頭は自分、次いで殿下、ルナリア様、ゼルカ様の順でいかがでしょう?」

 洞窟に向かって歩きながら、ダン様がそう提案した。

「それでもいいが……レベル3のダンジョンだ。敵が前からだけとは限らない」

 と殿下が応える。

「確かに……であれば、殿(しんがり)に殿下が居ていただく方が良いでしょうか」


「そういう事なら、殿を務めますよ」

 手を挙げて私が話に入る。

「私なら、魔力剣で後衛もできますし」


「それもそうですね。それでは、前を自分と殿下、殿をルナリア様、その間にゼルカ様の布陣で参りましょう」

「分かりました」

 ダン様に頷いてみせる。


「……どうして私なんかが選ばれたか分からないですが……精一杯頑張ります」

 僅かに震え声で、ゼルカ様が両拳を握った。

「この三人は確かに実技測定で上位でしたが、全員前線ですからね。後衛にゼルカ嬢が居てくれるのは心強い」

 ガウスト殿下がそう言ってゼルカ様に微笑みかける。


「いえ、でも後衛で優秀な方は他にも居ると思うんですが……」

「まあ初回だし、先生が配慮してくれたのかもしれません。ゼルカ様のポジションが男子になると、女子が私一人だけになってしまいますから」

 成績順となると、自然とそうなるだろう。現に他のチームは男子のみ、もしくは女子のみの編成ばかりである。


「となると、女子の後衛としてはゼルカ様がトップということになりますね」

 ダン様が言う。

「ですね。女子のほとんどが戦闘魔法なんて習得してこなかったでしょうから、当然と言えば当然でしょう」


 ゼルカ様の魔法も別に戦闘用というわけではないけれど、防御面で優れているのは間違いない。回復役が居ないから、非常に貴重と言えるだろう。


「皆さんの足を引っ張らないよう、頑張ります……!」

 緊張しているようだが、前向きな言葉で自身を鼓舞する。

 先月、殿下たちにパーティに来てもらって良かった。でなければ、ゼルカ様は今よりもっと緊張していたかもしれない。


「さて……他に事前に話しておくことはありますかね?」

 ダン様が全員に尋ねる。

「正直初めてだし、分からないな……」

 殿下が腕を組み、右手で顎をさする。


「とりあえず入ってみません? 殿下の言うとおり初めてのことなんですから」

「そうですね。……それでは、皆さん準備はよろしいですか?」

 全員を見渡す殿下に、三人が頷く。


「ダンジョン演習、頑張るぞー」

「「「おぉー!」」」

 四人で右拳を掲げる。

 遠くでギルネリット先生がクスクスと笑うのを尻目に、私たちは洞窟に突入した。


   †


 懐中時計を見ると、突入から二時間が経った。

 洞窟は見た目よりずっと広く、どう考えても他の洞窟に干渉しているサイズだが、これも魔法で作られた疑似空間なのだろう。

 こんな大きさのダンジョンを魔法で作り上げるとは、一体どれほどのMPと費用が必要なのか。王宮と聖教会がこの学園にかける本気具合が分かるというものだ。


 魔法で作られた疑似モンスターに感動していたのも最初だけ。二、三歩進めば間断なく襲いかかるツインヘッドタイガー、ゴーレム、オーク、ゴブリン、ビッグバット、スケルトン、ゴースト、ドリアード……


 そしてたった今、デュラハンとミノタウロスによる挟み撃ちをなんとか撃退した。


「はあ、はあ……」

 とどめを刺して、魔力の光になって消えていくミノタウロスの前で膝を突く殿下。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 攻撃を受けた衝撃でまだ立ち上がれないダン様。


「う、うぅ……」

 魔力神経を(ほの)かに浮かび上がらせ、壁に寄りかかったままズルズルと座り込むゼルカ様。


「…………」

 そして、単独でデュラハンを倒してピンピンしてる私が、そんな彼ら彼女らの後ろで立っている。


 魔力剣五本では援護が足りず、彼らの負担が大きくなってしまうようだ。

 ちなみにエンチャントは自分では無く、殿下とダン様にそれぞれかけている。二人とも武器が剣で良かった。


 私は三人に回復薬を配って回る。が、そろそろそれも心許(こころもと)ない量になってきた。

「どうしましょう? そろそろ撤退を視野に入れた方が良いかと……」

 リーダー役である殿下にポーションを渡し、そう進言した。


「……回復薬はあとどれほどでしょう?」

 飲み込んで、口元を拭いながら殿下が尋ねてくる。

「ミニポーションが二本、ポーションが一本、ハイポーションは無くなりました。MPもブルードロップが二つのみですね」


 言いながらバッグの中身を見せた。ブルードロップはMPを50%回復するアイテムで、HPでいうポーションに相当する。

 本来四人分として支給されたうち、私以外の三人でほぼ枯渇していることになる。


 ――このダンジョン、準一年生が来るべきレベルじゃない……

 私が居るせいでドーズ先生辺りが「レベル3で良いだろ」とか適当に決めたんだろう。


「デュラハンやミノタウロス級の敵が出たと言うことは、もうすぐボスだと思うんです。……ゼルカ嬢、魔力神経は大丈夫ですか?」

「はい。まだ行けます」

 アナライズで見ると、ゼルカ様の魔力神経負荷は43%だった。

 自分の痛みに強い彼女のことだ。この程度で無理とは言わないだろう。


「では、もう少し先に行ってみましょう」

「ダン様は、大丈夫ですか?」

 心配になって、倒れている彼を見る。

「……はい。大丈夫です」

 ダン様がむくりと起き上がる。


「本物のダンジョンと違って死にはしませんし、進みましょう。何事も経験です」

「そうだな。本来ならこの状況でボス戦なんて無謀だろうけど……。これも勉強の一環。ルナリア嬢もよろしいですか?」


 ――個人的には、絶対クリアできないと分かってて進むほど時間の無駄も無いのではないかと思ってしまうけれど……

 しかし、失敗しないと学びにならない、というのも同感だ。私もショコラにボコボコにされたから、多少剣術が身についたのだし。


「リーダーが進むというなら、異論はございません」

 そう応えると、殿下は小さく頷いて全員を見渡した。

「ではダン、前を頼む」

「はい」

 再び陣形を整えて、ダン様を先頭に前へ進む。


「それにしても、流石ですねルナリア嬢」

 殿下が目だけで振り返った。

「本当に。誰よりも敵を倒しているのに」

 ゼルカ様もそう言って、力なく微笑んだ。

「魔力剣もエンチャントも全部こちらに回してくださったのに、デュラハンを単独で撃破されてましたよね。凄まじいと言うほかありません……」

 ダン様も前を注意深く観察しつつ、そう言った。


「いえ、なんだか、申し訳ありません……」

 あいにく持久もHPもMPも元気である。正直、ショコラやパルアスと乱取りしてる方が疲れるくらいだ。


「謝られる必要はありません。逆に心強いですよ」

 殿下が言うと、「確かに」「ですね」などと二人も頷く。


 ――私も、彼らと苦労を分かち合えれば良かったんだろうけど。才能を得るのも考えものね。


 そんなことを考えていると、角を曲がった先に霧が見えた。

 黄色の霧だ。それが道の上から下まで、隙間無くたゆたっている。道の左右には燭台が立っていて、か弱い炎を灯していた。


「これは……」

 ボスの居る場所と、それ以外を区切る霧の門である。

 くぐるまでは普通の霧だが、一度くぐると、ボスを倒すまで固い壁と化して出られなくなる。


「やはりミノタウロスたちは門番役でしたね」

 ダン様が言う。

「よし……、行こう!」


 ダン様が霧に手を触れる。そして、ゆっくりと歩を進めて中に入っていった。次いで殿下、ゼルカ様、最後に私が霧をくぐる。

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