12歳―24―
準入学から三ヶ月が経った。今日からいよいよ戦闘実技の授業が開始となる。
準入学測定と同様、一対一の模擬戦もあるが、メインはダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟をチームで攻略していく実戦形式である。
これは『ダンジョン演習』と呼ばれ、初代国王陛下が魔物の跋扈する未開の地を開拓していった史実にあやかったものである。
建国当時、男も女も日々地上に溢れた魔物討伐に明け暮れたという。そして地上を討伐し尽くした後は、魔物の発生源であるダンジョン攻略に臨んだと言い伝えられていた。
そのため、今でも男女ともにこの授業は必修とされている。
ただし、現在は未成年が本物のダンジョンに潜ることは原則禁止されている。なのでダンジョン演習用に学園の裏山には魔法で作られた疑似ダンジョンが存在していた。
「この疑似ダンジョンはレベル別に分かれている。四年間の学園生活の中で、レベル5以上をクリアできれば単元が与えられる。もちろん、より上のレベルをクリアできればできるほど評価は高くなる。騎士や魔法使いを目指すものは狙うと良い」
学園の裏山の広場でそう説明するのは、ドーズ先生だった。横にはギルネリット先生も立っている。
「この裏山の至る所に作られた疑似ダンジョンは、千里眼の魔法により常に映像として記録され、攻略道中も評価対象となる。攻略に際しては、『フリップフロップのタリスマン』を付けてもらう」
ドーズ先生はギルネリット先生から渡されたタリスマンを掲げて全員に見せた。ギルネリット先生はそのタリスマンが沢山入ったカゴを抱えている。
「ここの疑似ダンジョンでしか効果はないが、ダメージを代替する形代の効果を持っている。また、一定のダメージを受けると自動的にこの場所に転送される。一度転送が発動したら、その日は再挑戦できなくなるから注意しろ。治癒魔法や回復アイテムの効果も有効だから、ダメージを受けたら回復を怠らないように」
――へー、そういう仕組みなんだ。
前生で参加できなかった戦闘実技は、数少ない私の初体験の授業である。今生で初めて、学園から知らない知識を教えてもらった瞬間だった。
「準一年生の間、チームメンバーは個々の戦闘力を勘案してこちらで選定する。適宜変更を入れるため、毎回ちゃんと確認するように。初回の今日は一部例外を除き、成績が近い者同士で組んでもらう」
というわけで、今回の私のチームメイトはガウスト殿下、ダン様、そしてゼルカ様の計四人。私を前衛と数えると前衛三人に後衛一人、という編成だ。
ギリカと同様、ゼルカ様もアーレスト家が得意とする空間断絶系の魔法を習得している。ギリカほど高度な結界は難しいようだけれど、それでも防御の要としては頼りになるのは間違いない。
「とりあえず説明は以上だ。今のところ質問がある者は手を挙げろ」
特に誰も手を挙げなかったため、ギルネリット先生がタリスマンを配り始めた。
……いよいよ実技本番が始まる。
ちなみに、私たちは全員学園の制服姿のままだ。この制服は耐衝撃、防魔法効果が施されており、下手な革鎧よりも強靱だという。また機動性にも優れている。
なので、私は制服の上からガンガルフォンを担いでいた。殿下とダン様も、それぞれ制服の上から剣を佩いている。
――初めてのダンジョン演習、ワクワクしてきた!
タリスマンが配られると、第一班から順に、挑戦する疑似ダンジョンの洞窟を指示されて行った。
私たちは第六班。呼ばれるのは最後になるだろう。
と、予想していたら第五班を案内したところでドーズ先生は私たちに背を向けた。
「ダンジョン演習、開始!」
ドーズ先生の合図で、皆が各々の洞窟に入っていく。
私たち四人は戸惑って視線を交わし合った。
「お前たちはあっちだ。付いて来い」
ドーズ先生が目だけ振り返って言うと、さっさと山の上に向けて歩き出す。
「第六班はここにあるレベル1や2じゃなくて、レベル3を受けてもらいますね」
ギルネリット先生がそう説明して、私たちの後ろに回った。
私は一足先に、駆け足でドーズ先生に近寄る。
「ドーズ先生、お久しぶりです」
大きな背中にそう声をかけた。
「ああ」
「いつ本気で戦ってくれますか?」
ドーズ先生は横目でちらりと私を見て、また前を向いた。
「そんな日は来ない」
「生徒相手にアミュレット外すのは怒られるからですか?」
――だとしたら、まずは学園長から説得しに行かなければならない。
「違う。『生徒相手に本気を出して負けた』と噂になりたくないからだ」
平然と言いのけて、ドーズ先生は進行し続ける。
「だからお前相手にアミュレットは外さないし、授業の範囲でしか戦わん」
「……いやいや、負けるとは限らないじゃないですか。というか圧倒的に先生有利だと思いますが……」
「有利だろうが、負ける可能性は0ではない。0でないなら戦わない。そんなリスク負う意味もないからな」
「ダメです! 戦ってください!」
「利の無き戦に臨むまじ、負け無き戦に臨むべし……」
ドーズ先生はそこで顔だけ振り返って、ニヤリと口角を上げた。
「勝つか負けるか分からないギャンブルは避ける。兵法の基本だ。勉強になったな、生意気娘」
「ぐぬぬ……」
私の顔の何が面白かったか、満足そうにまた前に向き直る。
「卑怯者! それでも騎士ですか!」
「卑怯で結構。歴史を見ても、勝者は常に勝てる戦しかしなかったから勝者なのだ。初代の国王からしてそうなんだから」
そこで皆も追いついてくる。
「生徒になに変なこと教えてるんですか……」
ギルネリット先生が呆れた様子で言った。
「歴史の授業だ。この地に来てすぐに魔物に挑まず、確実に駆逐できるまで国力を上げてから臨んだおかげで、今日の我が国がある」
「殿下、不敬罪でしょっぴきません?」
ガウスト殿下に近づいて、そう提案してみる。
「いや、まあ、言ってること自体は本当ですから……」
困ったように微笑んで、殿下は頬を掻いていた。
――くっ、この役立たず巨乳好き浮気野郎!
先生よりよっぽど不敬な悪口は、すんでの所で心の中にとどめる私。なんて偉いのかしら。
「着いたぞ」
皆が入った洞窟の丁度真上くらいだろう。先ほどと似たような広場に出た。
「向こうに見える洞窟の一番左端が、今日のお前たちの演習場所だ」
ドーズ先生が指す先を皆で見る。この広場から見える洞窟はいずれも、下にあった物より少しだけ入り口の門が豪華だった。
「ルールは他の班と変わらんが……ルナリア」
「はい」
「お前はエンチャント二回まで。魔力剣は同時に五本まで。属性付与も禁止だ。それらを破った時点で失敗とみなす」
ゼルカ様は心底驚いたように。ダン様は少しだけ目を見開いて。ガウスト殿下だけは『そりゃそうだ』と言いたげな顔で、それぞれ私を見ていた。
「分かりました」
……と言うしかないので、私は頷いた。
「準備ができ次第、中に入れ。ではな」
そう言って、ドーズ先生はさっさと来た道を降りていく。さっきみたいに開始の合図はくれないようだ。
「皆さんの方は以後、私が見させていただきます」
そう言うギルネリット先生に、四人が視線を移す。
「それでは……」
コホン、と小さく咳払いして見せるギルネリット先生。
「ダンジョン演習、開始です!」
右拳を掲げるギルネリット先生。
……が、誰も追従しないのが段々恥ずかしくなったようで、顔を赤くしてゆっくりと右手を下ろした。
「お、おぉ~」
私がおずおずと右拳を挙げる。
「おぉー」
「おー」
「おおぅ」
次にゼルカ様、殿下、ダン様の順で、同じように追従してくれた。
「……ありがとうございます」
照れたようなギルネリット先生に皆が頬を緩めて、私たちの初めてのダンジョン演習は始まった。
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