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12歳―23―

 ギリカが目を覚ましたのは、奇しくも十五時を過ぎた頃だった。

 長身の侍女から知らせを受けて訪れると、ギリカは私を見た瞬間に小さく悲鳴を上げる。

 ギリカの部屋にはすでにゼルカ様が来ていて、ソファに腰掛けていた。


「よく眠れた?」

 ゼルカ様の隣に座りながらギリカに聞いてみた。

「はい、おかげさまで……」

 おどおどとした様子で、私の一挙手一投足を窺うようにギリカが応える。


 ――すっかり小さくなっちゃって。

 昨日まであった禍々しさや刺々しさはすっかりなりを潜めて、ただ怯える十三歳の少女だった。


「なら良かった。見る限り、やっと話が通じるようになったみたいだしね」

「……その節は、本当にご迷惑おかけしました」

「私に謝られても仕方ない。その分、ゼルカ様や侍女達に謝りなさい」

「はい。……ゼルカ」

 ギリカがゼルカ様の方を向く。


「痛みって、積み重なるとこんなに辛いのね。私はもう傷は残っていないけど、貴女の傷は今でも痛むんでしょう?」

「……そうですね。全部じゃありませんが、ズキズキとした痛みは今も」

「本当に、本当にごめんなさい……」

 ギリカが頭を下げる。


 そこでギリカの侍女がお茶を持ってきた。

 一口いただく。

 ――エルザの方が美味しいかな。経験少ない子達だからしょうがないけどね。


「私が言いたい事は二つ。一つは、貴女がゼルカ様を蔑ろにしたそもそもの原因のことよ」

 両手を組んで、前のめりに話しかける。


「ギリカは、ちょっと難しく考えすぎたのよ。妾の子だとか、男爵家の子だとか。……そうじゃない。立場や生まれとかじゃない。痛いものは、誰だって痛い。そして、人が嫌がることはしちゃいけない。ただ、それだけよ。

 貴女は、そこにちょっと思い至れなかっただけ。散々体に教えた今なら、それこそ痛いくらい分かるでしょう?」


「はい、……ぐすっ」

 昨日の事がフラッシュバックしたか、少し泣き出すギリカ。


「……貴女は貴女なりに苦しんだことも、少しは分かるつもりよ。父が母ではない女性に子を産ませて、それに母が結託していて……。私も、自分の両親がそうしていたら、戸惑うと思う」

 ギリカが涙が少しだけ多くなる。


「私も昔、両親と相容れないことがあったわ。アーレスト家と比べれば低次元だけど、私にとっては大きなこと。でも、今は和解してるし、なんなら応援すらしてくれてる」

 ――もちろん、剣のことである。


「そんな私からのアドバイス。とにかく、両親と腹を割って話をすること。『妾』とか『腹違い』とか……そういう表面上の言葉だけで決めつけないこと。そして、自分は不満だし気に入らないし不愉快だ、って事をちゃんと伝えること。

 ちゃんと話し合ってみれば、『もっと早く話せば良かった』ってなるかもしれない」


 顔を上げたギリカに、微笑んで見せる。

 所詮他人である私には保証できることではない。

 それでも、そう言ってあげることで、その一歩を踏み出して欲しいと思った。たとえ無責任と言われても。


「……きっと、愛する夫の子を産めなくなった時の絶望は、私たち子供には理解できないくらい壮絶だと思う。その絶望を近くで見て、理解して、受け入れたとき、マギ様はどんな心境だったのかしら? 父君だって、陛下から賜ったアーレストの(あざな)を守るプレッシャーは相当だったでしょう。

 もちろん全部私の想像だから、実際のところは分からない。でも、そういうことを理解できれば、自然とゼルカ様の存在も受け入れられるようになるんじゃないか、って思うのよ」


 ――不満を溜めたり、自己解消しようとするのは、優しさではない。

 前生の失敗から学んだ、一つの教訓である。


「……分かりました。次帰省したら、話し合ってみようと思います」

 ギリカが、少し意外なくらい力強い声で言った。


 ――なんだ。全然、良い子じゃない。

 こんな知見もまた、ギリカと話す場を設けたことによる(たまもの)だろう。


「姉上、その時は私も」

「ええ、そうね」

 姉と普通の会話ができたことが嬉しいのか、ゼルカ様が微笑む。それに釣られてか、ギリカも小さく口元を緩めた。


「もう一つは、謝罪をしに来ました」

「……謝罪?」


 両手を膝の上に置いて、深く座礼する。

「ギリカ、痛い思いをさせてごめんなさい。ゼルカ様、姉君を虐げて申し訳ありません。この罰は、いかようにでも」


「ルナリア様、そんな、おやめください!」

 ゼルカ様に両肩を持ち上げられる。ゼルカ様は慌てた様子で、ギリカは驚いた様子で、それぞれ私を見ていた。


「痛いものは痛い。人が嫌がることはしない。……今言ったばかりですから」

 私は苦笑して、ゼルカ様に言った。

「それは、私がお願いしたからで……」

「助けて、とお願いはされましたが、監禁し痛みを添えると言い出したのは私です。法で裁けないから私が裁く、と言ったのは私です。私だけが法に守られるのは道理に合いません」


「ルナリア様、貴女は……」

 その続きは発せられず、二人は呆然と私を見る。


「罰の内容はお二人にお預けします。決まったらご連絡ください」

 言って、立ち上がる。

 日曜日のこの時間は、いつもショコラとエルザの三人で、おやつの時間なのだ。

 ――姉妹水入らずの邪魔もしたくないしね。


「そうだ。ギリカ、それに侍女のお三方」

 思い付いて、三人の幼い侍女を見る。急に呼ばれて、びっくりしていた。

「良ければ、今度私のパーティーにいらしてください。侍女の皆さんには、このエルザがお茶の淹れ方をお教えいたしましょう。美味しいお茶は、人生を豊かにします。もしまだ侍女を続けるおつもりでしたら、お役立てくださいませ」

 名を呼ばれたエルザが四人に向かって会釈をした。


「それでは、ごきげんよう」と締めくくって、ギリカの部屋を出る。


   †


 翌週の土曜日。時刻は、ちゃんとお風呂会の時刻を避けて十六時半。

 私の部屋でゼルカ様と二人でテーブルを挟む。


「あれからギリカは大丈夫ですか?」

「はい。暴力などは全くなくなりました。私の体の傷を消すよう、方々の高名な治癒魔法使いや医者を探し回ってくれています」

「そうですか。改心できたならなによりです。失敗しなくて良かった……」

「先日はルナリア様のお風呂会を真似て、一緒にお風呂に入ろうと誘ったんですよ。最初は恥ずかしそうでしたが、入ってくれました」

「素敵ですね、心の距離を縮めるには一番だと思います」

「それはもう! ルナリア様がお風呂会を開いた理由が良く分かりました」


 あんなことがあったのに、もうそんなに仲を取り戻しているとは……。

 ゼルカ様が言っていた「昔のように」という願望は、もしかしたらギリカの方も潜在意識に抱いていたのかもしれない。


「ただここ数日、少し困ったことがございまして……」

 アンニュイに目を伏せてゼルカ様が言う。

「困ったこと、と申しますと?」

「姉上、基本的に虫や爬虫類がダメなんです。私は昔、姉上からそういう生き物を使った虐待を受けたおかげで、今は平気な方なんですが」

 ――安易に相づち打ちにくいエピソード来た……


「この前、二人で居るときに部屋にバッタが飛び込んできて、姉上が泣き喚いてしまったんですね。……それでそのとき、気づいてしまったんです」

「気づいた?」


 暗に先を促すも、ゼルカ様はしばらくモジモジとしていた。

 そして、ポツリと、

「……私、姉上の泣き顔が好きだな、と」

 頬を染めて、そんなこと言い出す。


 ――どう受け止めれば良いのかしら、この話……?


「泣いて私に頼むんです。バッタを外に出して、と。そんな姉上についついイジワルして、捕まえたバッタを近づけたりして。するとますます泣き出すんです。それが、なんというか……とても愛おしくて」

 その時のギリカを思い出してか、本当に愛おしそうに両手を頬に当てる。


「あと、私が傷つくことがトラウマのようで。ちょっと紙で指先を切ってしまったときも、ぽろぽろと泣きながら私の心配してくれるんです。つい、姉上のムチよりは痛くないです、というと、泣いて謝るんですよ、ふふふっ」

「わぁお……」


 ――そういう子だったんだ、ゼルカ様……

 これまでこれっぽっちもそんな本性が見えなかったから、意外すぎた。

 姉との仲を取り戻して、彼女も本性を取り戻してきたということ……?


「多分、ルナリア様の裁きのおかげで、涙腺が緩んじゃったんでしょうね。ちょっとしたことで泣くようになりまして。

 ……イケナイとは思うんですよ? でもついつい、小さな蛇を姉上の椅子に置いたりしてしまうんです。それに気づいたときの姉上が、可愛らしくて」


 ――いやこれ、本性なのよね? 私が目覚めさせたわけじゃないわよね!?


「でもやっぱり、あの日、ルナリア様を前にしたときの涙が、一番素敵でした。思えばあの瞬間、妙に胸が高鳴ったんです。最初は、姉上のあんな姿、小さい頃にも滅多に見なかったからだ、と思ってたんですが」

「……なんというか……やり過ぎて本気で嫌われないようにしてくださいね」

「ふふっ、そうですね。気をつけます」


 もしかして、これは彼女なりの復讐なのかもしれない。

 ――復讐にしてはあまりに楽しそうだけど。

 …………

 ……

 まあ、いっか!

 十二歳の女の子が幸せそうに笑えてるなら、それが絶対正義なのよ!


「ところで、私への罰は決まりましたか?」

 ちょっと強引に話題を変えにかかる。

「はい。姉上とも相談しまして、決めて参りました」

「お伺いいたします」

 ――罰を宣告されるというと、前生で判決を受けたときのことを思い出しちゃう。


「私を、友達にしてくださいませ」


 ――……え?

 何も答えられずに居ると、ゼルカ様は楽しそうに笑った。

 ……本当に良く笑うようになった。以前までの貼り付けた笑みしかしない彼女と同一人物とは思えないくらい。


「元々、一番権力のあるルナリア様に取り入ってアーレスト家の覚えを良くしろ、というのが姉上の命令でしたし。すぐ決定しました」

「……姉妹で気が合うようでなによりです」

「ええ、本当、先週までは信じられないくらいです。これもルナリア様のおかげです」

 心底嬉しそうに言われてしまうと、もはや罰でもなんでもない気がしてしまうけど。


「取り急ぎ、近いうちに三人でお風呂会しましょう。これは罰ですから、断れませんからね、ルナリア様!」

「……もちろんです。謹んで承ります、ゼルカ様」

「やったぁ!」

 まるで童女のようにはしゃぐゼルカ様。


 ――大勢の前でお風呂に入る事ができるようになるのは、まだまだ先になるのだろう。

 それだけは、手放しで喜ぶことができない。


 けれど、そのおかげで仲を修復しようとする姉妹の間に入れてもらうなんて、幸せなひとときになりそうだ。


 ――私とお風呂に入るなんて、ギリカは聞いてるのかな?

 それが一番の罰になるのは、もしかしなくてもギリカな気がしてきた。

 だとしても、まあ自業自得ではある。……ご愁傷様。


   †


 後日。

 案の定、抵抗に抵抗を見せたギリカをゼルカ様が捻じ伏せて、三人でお風呂会となった。


「我慢してください。私はお父様に言われて、六年我慢し続けたんですから」

 シュンとするギリカが段々可哀想に見えてくる。

「……あんまりトラウマを利用しすぎると、適応されちゃいますから。ほどほどにした方が良いですよ」

 とアドバイス半分、ギリカを庇う半分で耳打ちして差し上げた。


 なんだかいじめるゼルカ様といじめられるギリカ、そしてそれをそこはかとなく庇う私、みたいな構図になっていたのが、我ながら面白かった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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