12歳―22―
ギリカの部屋を出て、全員でゼルカ様の部屋へ。
「大丈夫ですか?」
だいぶ足取りが戻ってきたものの、少しダメージが残ってそうなゼルカ様に尋ねる。
「はい。私の診察魔法では、後遺症などは残らないレベルで治癒できております」
返事をしたのはゼルカ様の侍女の一人だった。
「診察ができるのですか!?」
診察魔法とは、鑑定魔法と同類の魔法である。
鑑定魔法と同様、適性者が少ないため習得した者は医者や看護師などの要職に就くことができる。
「父が私に付けてくれたのです。この二人が居れば、怪我をしても大事に至らないだろう、と」
ゼルカ様が説明してくれる。
一人は治癒魔法使いで、一人は診察魔法使いの侍女とは、なんとも贅沢だ。
とはいえ、それがギリカの暴力を助長させてるのも事実だけど。
「そんな心配しなくていい日々が来ることを願う限りです」
言って、次にギリカの侍女である三人を見やる。
「そちらのお三方」
所在なさげにしていた三人がこちらを見返した。
「あくまで、貴女たちは横暴な公爵令嬢に逆らえなかっただけです。貴女たちは主を裏切ったわけではない。……だから、あまりご自分を責めたりなさいませんよう」
どうにも怯えられているようなので、そう言って微笑みかけた。
――なぜかそのうち二人はさらに怯えちゃったみたいだけど。
「……とんでもございません。私どもとしても、助けられた身でございます」
唯一あまり怯えを見せていなかった背の高い侍女が、そう言って礼をした。
「なるほど。というと、貴女たちも?」
「……はい。ゼルカ様ほどではありませんが、私どもにも、その、手を上げられることは多くございました」
――あの選民思想と癇癪の持ち主では、想像に難くない。
「そのため、ギリカ様の侍女はすぐにやめてしまっていました。この二人はまだ来てから一ヶ月と四ヶ月の新人ですし、私もまだ一年程度です」
言われてみれば、確かに全員若い。なんなら幼いと言っても良い。
「正義を成されたルナリア様には、感謝しかございません」
「……正義?」
「はい。罪に対して罰を下されるのは、当然のことかと」
「私のは正義じゃない。強者が弱者に振るう暴力を、私は正義と言いたくない。ギリカから皆にしたことと、私がギリカにしたことは、本質的に一緒よ」
私が言うと、長身の侍女は目を丸くしていた。
「ギリカにはこれくらいしないと、反省も更生もしないだろう、って思ったからしただけ。……ほら、『躾』と言ってたギリカと何も変わらないでしょう?」
私と同年代か、もしかしたら下かもしれない侍女は、ただじっと私を見返している。
「これはゼルカ様にも言っておきたいのですが……。もし、上手くいって、ギリカが誠心誠意謝ってきたときのお話です」
侍女達を見渡し、次にゼルカ様を見た。
「安心する反面、これまでの積もり積もった怒りが込み上げてくるかもしれません。私という後ろ盾ができて、報復したい、という欲望が出てくるかもしれない。
それでも、願わくば、最終的には許してあげて欲しいのです。ムシの良いことを言いますが、人は誰でも間違えることがある、と、受け入れてあげて欲しい。それが、私のワガママです」
「……許す……。私が、姉上を……」
徹底した上下関係を文字通り叩き込まれた彼女にとっては、自分が許す側になるとは想像もできないのだろう。侍女達も同じ心境かもしれない。
「もちろん、許す前に一発くらい殴ってやって構いませんけどね」
「殴る!?」
「ふふっ。杞憂に終わればそれで構いません。……ただ、もし今後、復讐の念に駆られた時は、またご相談いただきたいです。そういうお話と受け取っていただいて構いません」
「何から何まで、頭が上がりません。……このご恩は、いつか必ずお返しいたします」
ゼルカ様に続いて、再び侍女達が頭を下げた。
――私は甘いだろうか。
……でも、願ってしまうんだもの。
一度間違えた人間を、反省の有無も関係なく死刑にしてしまうのは、確かに簡単だけど……。
改心し、誠心誠意謝ることができた者には、取り返す機会をあげる優しい世界であって欲しい、と。
同族嫌悪すら覚えるほど私に似た少女の一生が、悲惨なものにならないように、なんて。
……とはいえもちろん、それに至るまでの罰はキチンと受けてもらうけどね!
†
翌朝七時を回った頃。ギリカを閉じ込めてから約十六時間が経ったことになる。
昨日と同じ面々で彼女の部屋を訪れた。
「月曜の朝まで」と言ったのはブラフで、三日分の水と食料を用意したのも小道具だ。最初からこのタイミングで様子を見に行く予定だった。
とはいえ、このタイミングでも反省の色が見えないようなら、継続させるつもりだけど。
ドアを開けて、すぐそこの護法剣に触れる。一時的に私たちだけを通すように設定を変えた。
部屋に入ると、中心でゼルカが体を丸めて横たわっている。
「ゼルカごめんなさい、ゼルカごめんなさい、ゼルカごめんなさい……」
うわごとのように呟きながら、涙を流している。
「……パパ、ママ、助けて……」
そんな彼女に近づく。くるくると部屋を回っている治癒剣から、一時的に命令を撤回した。
「おはようギリカ」
そこで初めて私の存在に気づいたか、飛び退くように私から距離を取った。
「いやだ、くるな、もういやだ、いたいのいやぁぁぁ……」
そのままうずくまって、大声で泣き始めた。
「……反省した?」
とりあえずそう尋ねてみる。
「した! しました! しましたから、もう許してください……」
しゃがみ込んで、そんなギリカに顔を近づける。
「……何言ってるの? まだ日曜の朝よ? あと二十四時間は残ってるじゃない」
心を鬼にして、ブラフを続ける。
ギリカはさらに声を大きくして、泣き続けた。
「……分かった? 貴女はこんなに痛くてつらいこと、ずっとゼルカ様や侍女達にし続けてきたのよ」
「ゼルカごめんなさい、皆ごめんなさい、もう無理です、痛くて寝れてないんです、死んじゃいます、許してください、良い子にしますから、二度と痛いことしませんから、お願いです、ルナリアしゃま、もうやめてくだしゃい……」
後半は嗚咽でぐしゃぐしゃになりながら、ギリカは両手を地面について額を床に付ける。
「ずいぶん都合が良いのね。貴女はゼルカ様たちが『やめて』って言ったらやめてたの? やめてないわよね。だったら私もやめないわ」
絶望か、単に力尽きたか、ギリカは呻くような泣き声で、そのまま両腕で顔を覆う。
そこで、私はゼルカ様にアイコンタクト。
ゼルカ様も私の意図をすぐに汲み取ってくれたようで、小さく頷いた。私の横にやってきて、私の肩に触れる。
「……ルナリア様。もう充分でございます」
ゼルカ様が言うと、バッ、と音が出そうな勢いでギリカが顔を上げた。
「本当によろしいのですか? まだ予定の半分も過ぎてませんが」
「はい。……二度としないと言ってくれましたし。お手を煩わせて申し訳ありませんでした」
「分かりました。ただ、気が変わったらいつでも言ってください。この続きはいつでも請け負いますから」
きっちりと予防線を張ってから、再びギリカを見下ろす。涙でグズグズになったギリカと目が合った。
「ですって。良かったわね、優しい妹で」
「あ、あぁ、うわあぁぁぁぁぁぁぁ……」
消え入るような声で、ギリカは再度泣き崩れた。
「ゼルカ、ごめんなさい……ありがとう」
小さな声で言い残すと、力尽きたようにギリカの体から力が抜ける。
ぐったりとしたギリカは、すぅすぅ、と寝息を立てていた。
「……ベッドに運んで差し上げてください」
ゼルカ様が言って、ギリカの侍女達が彼女を寝室に運んでいった。
「これで目が覚めたとき、元に戻ってなければ良いんですが」
ギリカを見送って私は言う。
「そうですね。でもきっと、これまでのように取り付く島もない状態から、少しは良くなるような……そんな気がします」
ゼルカ様は穏やかな表情でそう応えた。
姉の謝罪の言葉を聞いたからか、それとも最後の『ありがとう』のおかげか。ゼルカ様は満足そうな表情に見える。
私が見ていることに気づくと、少し照れくさそうに、可愛らしくはにかんだ。
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