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9歳―3―

 お父様が言ったとおり、翌日から勉強やダンスの時間が増えていった。

 読み書きと計算だけだった勉強科目も、政治経済、聖教学、自国史、他国史、他人種学、理学、生物学、マナー、帝王学、楽器演奏……と増えていく。


 読み書き計算も難易度は上がっていくし、ダンスもコンマの世界で精度を鍛えられる。

 とは言っても、二回目の人生。全部分かっていたことだし、さほど苦では無い。ただ、うまくやり過ぎると、先生もどんどん難易度を上げていくから、ほどほどに失敗を見せるのも大事。

 所詮九歳児……と思っている相手だし、その辺の駆け引きはさほど難しくない。


 一日の最後はレナとお風呂に入って一緒に眠るのも、毎日の良いリフレッシュになっている。前生から今生の八歳まで、お風呂も睡眠も事務的にこなしていただけだけど、今生では欠かせない憩いの一時(ひととき)になっていた。


 最近ではお互い緊張も無くなり、お風呂遊びしてくれるようになったし。ついついおしゃべりが過ぎて寝る時間が遅くなってしまうこともある。


 我ながら、毎日飽きないモノだと思う。

 可愛くて優しい妹を持てて、お姉様は幸せです。


 レナが寝静まった後と、レナより早く起きた朝は、木剣を振っている。筋力や掌を補助する魔法にも大分慣れて、使いこなせるようになったと思う。素振りだけしかできないから物足りない感じはあるけど、そればっかりは仕方ない。


 一振り一振り、一閃一閃、無駄にしないよう集中。

 この一振り、この一閃でなにかを得ることができれば、レナを守れる確率が上がるかもしれない。逆に言えば、サボるたびにレナが襲われる可能性が上がるということ。


 レナが将来野盗に襲われるなんて、知ってるのは私だけ。だから、そこに向けて今から準備できる人間も、私だけなのだ。

 私はただの小娘。剣を振ったって大した役に立てない可能性も高い。けど、だからってサボって良い理由にはならない。

 やる以外の選択肢なんて、あり得ないのだ。


   †


 そんな日々を過ごして、二ヶ月ほどが経った。


 二ヶ月ぶりのお父様の執務室のソファに座る。私の背後にはエルザ。

 お父様が執務机から離れて私の対面に腰掛けると、執事長が私たちの前にティーカップを置く。


「待たせてすまない」

「いえ、いつもお疲れ様です」

 お父様が一口カップに口を付けて、ソーサーに下ろす。


「最近レナと入浴したり、寝たりしているそうだな」

 ほぼ毎日のことだから、使用人にも多く見られている。そこからお父様に伝わったのだろう。

「はい。レナの寝顔を見るのが今の一番の幸せです」

 話をするだけで、頬がにやけてしまいそうになる。


「使用人達に話を聞きに行ったとき、フランが感謝していたよ。毎晩のように寂しくて泣いていたらしいな」

「はい、私もありがとうを言われました。毎晩、というのは知りませんでしたが……」

 レナは「時々」と言っていた気がするが、見栄を張ったみたい。いずれにしてもこの一年、本当に辛かったのだろう。


「それで、お咎めに呼び出されたのでしょうか?」

 じっ、とお父様が私を見る。

 お父様はわずかに背もたれに寄りかかって、小さく微笑んだ。


「そんな雰囲気を出してカマをかけようと思ったが、無用なようだからやめておこう」

「子供みたいなイタズラやめてください、もう」

 私も微笑んで言い返す。


「あの貴族基訓は、本質は大人への忠告だ。大人は子供を甘やかしがちだからな」

「昔、貴族が親の威を借る子や甘える子ばかりになって、国が傾きかけたから、できた項目だそうですね」

「そう伝わっている。よく勉強してるな」

「いえ、たまたまです」

 実際勉強したのは、確か十一歳くらいのころだったけど。


「だが、兄弟姉妹にも頼らないのは違う。最近はレナもよく笑うようになった。私からも礼を言わせてくれ」

「そんな、大層なことはしていません」

「だとしてもだよ」

 私もカップに口を付ける。紅茶だった。


「……九歳の誕生日に、レナのことをちゃんと見たんです。そうしたらもう、びっくりするくらい可愛くて」

「ほう」

「とっても優しい子だし、あの年齢でしっかり敬語でお話しできるくらい賢いし。そんな内面が、容姿にも現れていて、まさに天使……いえ、天使よりもかわいらしいくて」

「ん、あ、ああ……」

「そんな子に、一緒に寝て、なんて甘えられたら、そりゃもう陥落です。こんな容姿の私が隣に居て良いのか、って罪悪感すら覚えるくらい」

「いや、ルナも可愛い、美しい、と貴族界で言われているから、安心しなさい」

「お父様の前で『姉の方は醜い』なんて言えるわけありません。みんなもちろん、内心で思っているはずです。あんな姉は妹にふさわしくない、と」

「そんなはずないだろう……」

 珍しくお父様が呆れたような表情を見せた。


「お父様すらレナの可愛らしさが理解できないなんて、がっかりです」

「いやレナは可愛いさ。だがルナも負けず劣らずだと言いたいだけで……」

「まさか。私は目つきも悪いし、髪も肌もレナに比べればくすんでいるし、なにより、あんなに人類を幸せにする笑顔はできません」

「なんだか壮大な話になってきたな……。目つきが悪いんじゃなく、つり目と言うんだ。くすんでいるなんて微塵も思わないし、ルナは可愛さより美人さの方が上、というだけだ」

「それは親としてフィルターが掛かっているだけです」

「いつのまに、こんな姉バカになるとは……」

「レナの愛らしさに今更気がついただけですよ」

「だとしても自分を下げなくていいと思うぞ。……まあ、とりあえずその話は置いて。今日呼び出した本題は、そこじゃない」

「レナのこと以上の本題なんてあります?」

「いくらでもあるさ」


 父が前のめりになる。両手の指を組んで、両肘を膝に乗せた。

 私はもう一口紅茶を飲んで、レナ語りで乾いた喉を潤す。


「剣を握っているそうだな。それも、毎晩毎朝と、以前よりも頻度が多い、と」

 父は特段表情を変えず、そう言った。


 ――うーん、もうバレちゃったか。

 誰にも見つからないように、屋敷から離れた林の中でやっていたのだけど。


「二度目だ。今日からはもうやめなさい」

「お父様」

 呼びかけて、私も前傾姿勢になる。そのまま右手を伸ばした。


「お手を」

「…………」

 お父様が左手で私の手を取る。


「いかがでしょう?」

「……どういうことだ? 剣を振った姿を見た、と言った使用人が嘘をついたと言うことか」

 お父様は握った手を返して、私の掌を見る。

 年相応の、柔らかい掌だ。


「いいえ、剣を振っているのは本当です。鍛錬ではなく、ただの素振りですが」

「……あのときも、イエスとは答えなかったな」

 ちゃっかり見抜かれていたらしい。


「はい。今は素振りをするときは、魔法で掌を保護しながら行っています。以前よりもしっかり保持できるようになりましたし、掌も痛みません」

「魔法? いつの間に魔力操作を覚えた? まだ魔力神経ができていないんだ、無理をするな」

「大したものではありません。シンプルですし、私でも問題ない程度です」

 手を離して、元の姿勢に戻る。 


「次に筋肉の問題ですが、一旦着替えてきてよろしいですか? ノースリーブの方がわかりやすいと思いますので」

「そちらもなにか対策しているということか?」

「はい。掌と同じく、筋肉を補助する魔法を使っています。以前よりずっと脱力した状態で、以前よりも素早く剣を振ることができるのようになりましたし、一石二鳥です」

「……そうか、大したものだな」

「お時間は大丈夫ですか?」

 言って、私は立ち上がった。

 エルザがドアの方へ向かい、私が通るために開けようとする。


「いや、わかった。とりあえず今は信用するとしよう」

「ありがとうございます」

 再びソファに座る。エルザも足音を立てず私の後ろに戻ってきた。


「お父様。私はこの二ヶ月、増えた勉学も、ダンスの精度も、身の回りの管理も、行ってきたつもりです」

「ああ。教師陣からも耳にしている。非常に優秀と」

「掌と腕への負担が軽減できたことで、体型維持にも繋げることができていると思います。なにより気晴らしにもなっていて、剣を捨てることはしたくないのです」

「……それは、以前から分かっているつもりだ」

 眉間に右手を当てて、お父様が呟く。


「再び剣の先生を付けて、なんて言いません。真剣が欲しいなどとねだることもいたしません。女が騎士や兵士になれないことも重々承知ですし、なる気もありません。……あくまで趣味の一環として、認めてはくださいませんでしょうか」

「趣味……剣を振る趣味、か……。ふふっ」


 体勢そのまま、お父様が少しだけ声を出して笑った。

 顔を上げて、私を見る。


「少しでも肩や腕を出す服が似合わなくなったら、すぐやめてもらうぞ」

 穏やかな表情でお父様は私の目を見て言った。


 驚き半分、ありがた半分で、その目を見返す。

 もう少し平行線になるかと思っていたのだが、随分と穏やかだった。最悪数年でも戦うつもりだったし。


「ありがとうございます。……ですが、本当によろしいんですか?」

「やるべきことをやった上で、ルナの魅力でもある小柄で華奢な体型を崩さずにいる。魔力を扱うなら戦技の習得もできないから、本当に趣味の範囲と言えるだろう。そうなると、これ以上攻め口が見つからん。とはいえ、多少は変な子だと思うがな」

「多少、と配慮していただいてありがとうございます」

 どちらからともなく、小さく笑い合った。


 前生では、絶望したものだけど。

 ――ただ嫌だと言うだけではなくて、ちゃんと対策する姿勢を見せれば、前生でも良い結果になっていたのかも。


「とはいえ、女が武器を振るうことを粗野だ不相応だと言うのが一般論。殿下や陛下の反応次第では、続けられないかもしれないことは理解しておいてくれ」

 流石にここで、「王妃になんてなる気なんてない」と言うわけにもいかないので、私は笑みを絶やさないでおいた。

 怒られる以前に、不敬罪になってしまうし。


 とはいえ、お父様のような考え方の男性は(まれ)だろう。剣を持ち続ければ、順調に殿下や陛下にも嫌われるに違いあるまい。

 王族側から婚約を拒否されれば、不敬罪にもならない。


 剣を持つことで、私も守られ、殿下も後腐れ無くシウラディアと結婚できる。なんてWinWinなのかしら。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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[一言] 王家に嫁がせることが、娘の幸せに違いないとも考えていそうな感じが、自分の欲望を娘もそう願っているに違いないと勘違いしてそうで、気持ち悪い父親だよね。まあ封建時代ならそういうものかもしれないけ…
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