12歳―21―
ギリカの両膝裏に一閃が走る。
脱力したようにギリカは両膝を折って、地面に膝立ちになった。
「……? なに? これは、痛み……?」
ギリカが不思議そうに膝裏をさする。けれど、そこには何もない、綺麗な膝窩だ。
次の瞬間、周囲に浮遊する三本の魔力剣の存在に気がついたようだった。
「私が改心できたのは、一週間くらい経ってからだったけど……流石にそんなに時間をかけられない。それに、姉のくせに妹に一生物の傷を付けたことには、それ相応の罰を与えないと気が済まない」
「これは、ルナリア様の魔法ですか? ここは寮内です。攻撃魔法はお控えを……」
ゆっくりと立ち上がりながら、ギリカが言う。
「――跪け」
魔力剣の一本が閃き、ギリカの膝裏を斬り付けた。
「あぅっ!?」
再びギリカが膝を折る。
反射的にまた膝裏を触った。だが、やはり傷跡はすぐに消えている。
「この檻のおかげで、外部からは何が起きてるか分からないのでしょう? 貴女の暴力行為と同じ事ですよ」
言いながらギリカとゼルカ様に近づく。
「誰か、ゼルカ様を」
そう言うと、真っ先にショコラがゼルカ様のそばによって、ゆっくり抱き起こした。そこにゼルカ様の侍女たちが駆け寄る。
私はゼルカ様たちを背後に庇うように、ギリカの正面に立ち塞がった。
「この三本は治癒属性の魔力剣。付けた傷をすぐに治すけれど、痛みそのものはすぐに消えない。だから、傷はないのに、痛いと感じる」
「……治癒属性の剣……?」
「今からこの三本に、こういう命令を残す。一つ目は、『ギリカがこの場を動こうとしたら、その手足を徹底的に斬れ』貴女が部屋を出たら、檻が解除されるから」
「なぜ、それを……」
「二つ目は、『私が止めるまで不定期にギリカを斬り付けろ』貴女に、痛みというものを教えてあげましょう」
片膝を突いて、ギリカと同じ目線の高さになる。
「三つ目は、『ギリカがゼルカへの謝罪を尽かせたら斬る頻度を上げろ』……。理由なんて理解しなくて良いから、声が尽きるまでずっとゼルカ様へ謝り続けなさい」
「……ルナリア様、さっきから何を言ってるのです?」
「この国の法で裁けないなら、私が貴女を裁く。次に私がここに来るまで、自分の檻で反省しなさい」
次にギリカの侍女を見る。
「制服を脱がしてあげて。服まで復元する力は無いから、このままだとボロボロになっちゃう」
返事を待たず、次はエルザに。
「持ってきた食料をテーブルの上に」
「はい」
エルザが持っていた袋をテーブルに置く。
「水と、調理が不要な食料が入ってるわ。余裕を持って大体三日分あるから、月曜の朝までなら足りるでしょう」
ギリカとその侍女の方を向いて、説明する。
「理解できた? 貴女は今から、ゼルカ様にしたことと似たような事をされ続けるの。貴女と違って剣しかバリエーションがないから、飽きさせたら申し訳ないけど」
「……ふざけ、きゃあ!」
動こうとしたギリカの両アキレス腱が斬り裂かれた。
左右の手でそれぞれの足首を押さえて、ギリカがうずくまる。
「があぁぁぁ、い、痛い、痛い……!」
「それが、痛みというものよ。貴女が日常的にゼルカ様に繰り返した暴力の結果」
「……こんなことして、ただで済むと……」
「私と貴女は、とてもよく似ている」
私がじっと睨むと、ギリカは距離を空けようとする。
「頭があまりよくないから、すぐ権力に訴える。それが下手に成功してしまう立場があるから、またそれを繰り返す。
……そして、最後はそのせいで破滅する」
「なにを……?」
「そういう人間を改心させる方法知ってる? 人権を全部奪って、最後に殺せばいい。
牢獄ってよくできてるわよね。殺す、っていう結果を先に教えておいて、考える時間を与えるんだもの」
「……やめて」
「でも、貴女と私で一つだけ違うことがある。暴力を趣味としてるか、周囲が勝手にやったのを看過するか。どっちも悪いことに変わりないけど……。貴女は妹をなぶるのが好きみたいね。
それだけは、許せない……!」
「た、助けて……」
両手で這ってドアの方へ行こうとするギリカ。
その両手首を治癒剣で斬り裂いた。
「いやあああああああああああああああああああああ!」
激痛に悶え転がるギリカ。
「これから三日間、あなたはこの治癒剣で切られ続ける。泣いても喚いてもこの結界の外には分からない。本当は裏山にでも拉致してやろうと思ってたけど、ちょうどいい結界張ってくれたから、利用させてもらうわ。
抵抗できない暴力を受けてみるといい。すぐに治癒されるから、痛みはあるけど死ぬこともできない地獄でしょう」
「お、お願いします、死なないなんて嘘です、こんなの続けられたらすぐ死んじゃいます、お助けください……」
息も絶え絶えにギリカが私を見上げる。
「懇願する相手は私じゃないでしょう? 私は貴女の命なんてどうでもいい。ここに居る間、妹への謝罪を言い続けなさい。
あ、そうそう。なるべく指は握り込んでおいた方が良いわ。斬ってから治癒まで0.1秒ほど遅延があるから、その間に斬り離されたら二度とくっつかなくなるわよ」
信じられないものを見るように、ギリカが私を見上げる。
「……早く制服を脱がしてあげて頂戴」
私が横目で見ると、若い侍女はビクッと体を震わせた。
「せっかく学園の職人が作ってくれた制服、できるだけ大事に使った方が良いでしょう?」
ショコラと侍女がゼルカ様を離したのを見て、私も立ち上がってギリカから離れた。
それから、ギリカの侍女の三人が彼女の服を脱がせるのを待つ。
ギリカはすっかり萎縮したようで、怯えた目で私を見るだけで抵抗しなかった。
だが、ほとんど全裸になったところで、ギリカは何かに気づいたようにゼルカ様を見る。
「ゼルカ! いますぐルナリア様を止めなさい! お前の言葉なら聞くでしょ!」
侍女に治癒魔法を施されたゼルカ様は、ふらふらとではあるが自分で立てる程度には元気を取り戻していた。
……ちなみに彼女には事前に、この更生方法を教えてある。
『ゼルカ様がされてきたことを味わわせつつ、傷は残らないように』と。
「聞いてるの、このグズ! さっさとしろ!」
場の全員がゼルカ様を見る。
ゼルカ様はギリカから目を逸らして、私を見た。
「……MP消費激しいと存じますが、お願いします、ルナリア様」
そう、私に向かって小さく礼をした。
「大丈夫ですよ、MPだけは異様に多い体質ですから」
「貴様! このあばずれ! 今まで生かしてやった恩を忘れやがって! 殺してやる! 汚い妾の血筋なんか根絶やしにしてやるわ!」
パチン、と指を鳴らす。本当はそんな必要は無いけれど、治癒剣へ命令したタイミングを分かりやすくしてあげるために。
次の瞬間、三本の治癒剣がギリカの体を斬り、突き、削いだ。
「そんな言葉遣いしてたら、0.1秒の間に死ぬわよ?」
そんな忠告も、大絶叫に掻き消える。
皆、その悲鳴に顔を逸らしたり、耳を塞いでいた。ショコラですら痛ましそうな表情を見せている。
――いやまあ私もびっくりしたけど。張本人がひるんでたら、カッコ悪い。
と、平静を装う。
「……首や心臓はなるべく狙わないようにしてるから、下手に動かないように」
「こ、この人でなし……、人を裁くなんて、なにさまあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
第二波が早速ギリカを襲撃する。
「ゼルカ様へ謝罪の言葉がないと、ドンドン加速していくわよ」
「はあ、はあ、し、謝罪なんて……私は、何も悪いこと、してない……!」
「意味なんて分からなく良いって言ったでしょ。心で思ってなくても、口先だけで良い。『ゼルカごめんなさい』って」
「言うか、言うもんか、なんで私が、寄生虫の娘に……い、いやぁだああああああああああああああああああ!!!」
第三波がギリカを斬り刻む。
「はあ……。まあいいわ。私たちは行くから。侍女の皆さんも出ますよ。独房状態にしたいので」
全員を連れて、ドアへ向かう。
「……は、はは、バカね。ここは、檻筺の中、よ。出られる、わけ……」
魔力剣を一本作って、右手に持つ。
上から振り下ろすように、ドアの前の空間を斬り裂いた。
ザシュッ、と魔法が斬られる音がして、そこだけ檻筺が開く。
「なっ……!?」
全裸で床に横たわりながら、ギリカが目を丸くしていた。
「300程度の防御力じゃ私の剣は防げない。最低でも1000はなくちゃ」
エルザがノブに手をかけて、ドアを開いた。
「それじゃあ、月曜の朝にまた来るから」
私がしんがりになって、素早く皆を外に出す。
「……待って」
私が最後になったところで、もう一つ大きな魔力剣を生成。
突き刺した周囲にギリカの結界と似た効果を放つ剣で、私は『護法剣』と呼んでいる。元々の予定ではこれをたくさん生成してギリカを囲むことで、牢屋代わりにするつもりだった。
「せいぜい死なないようにね。指とか耳も斬り落とされないように」
――まあ、本当に万が一トラブルが起きたら、私のところにアラートが来るようになってるけど。
「置いていかな
護法剣を床に突き立てると、ギリカの声は一切聞こえなくなる。
私はそのままゆっくりと、ドアを閉めた。
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