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12歳―19―

 それからゼルカ様が落ち着くのを待って、詳しい話を聞く。


 彼女と姉のギリカは、それぞれ母親が違った。

 ギリカは学年としては一つ上の正一年生。四月生まれで、ゼルカ様は二月生まれなため、実質ほぼ二歳差と言って良い。


 ギリカを産んだ後、妊娠ができない体になったアーレスト家の奥方――ゾラカ様――は『夫の血を継ぐ子が女一人ではいけない』『アーレスト家の血筋を絶やしてはならない』と、離婚を申し出たという。


 だが、今代の国王が『生涯一人を愛する』と宣言して久しい頃だ。貴族達の間では愛人や妾はもちろん、離婚もタブーとすることが暗黙の了解となっていた。

 王自身は別に規制していない。けれど、体面を気にする貴族が王と反する行為をしてしまったら、社交界から侮蔑され排斥されることは明らかだ。


 アーレスト卿本人は離婚を断固として拒否。政治的理由もさることながら、なにより最愛の相手として添い遂げる、と。


 そこで、ゾラカ様は自ら夫に他の女性を工面したという。

 それがゾラカ様の侍女をしていたマギ様である。


 そんな経緯でマギ様とアーレスト卿の間にできた子が、ゼルカ様だった。

 もちろんゼルカ様はアーレスト卿の認知を受け、ゾラカ様にとっての養女という形でアーレスト家に入った。


 ちなみに、ゾラカ様とマギ様は今でも仲良しだという。

 ゾラカ様は、奪う前提の子供を産ませた背徳感を、マギ様は、本人の意向とはいえ愛する夫と子を成した罪悪感を、それぞれ互いに抱き合っているのだろう、とゼルカ様はまるで他人事のように分析していた。


 それから数年間。幼少のギリカとゼルカ様は、とても仲の良い姉妹だったという。

 ところが二人が成長し、ゼルカ様の出生が明かされたところでギリカの態度が一変。


『父親がやったことは、どんな綺麗事を言おうが妾に子供を産ませただけ』

『母親がやったことは、その斡旋にすぎない』

 という二点が、『国王陛下の決意は偉大』という教育を受けてきたギリカの矜恃を崩した。


 それに加えて、マギ様が寄子(よりこ)の男爵家の出であることが、さらにギリカにとっては屈辱だったらしい。


「アーレスト家に寄生しなければ生きていけない底辺貴族のガキを、妹と呼ばされていたなんて」と。

 出生の秘密はゼルカ様も衝撃だったけれど、なにより姉のその言葉が一番、記憶に残っているという。


 それからアーレスト卿もゾラカ様も、そしてマギ様も、ギリカにかかりっきりになったという。

 しばらく部屋から出てこないギリカを皆が心配して慰めて。

 部屋を出てからは、これでもないくらいに甘やかして。


 やがてゼルカ様にいくら暴力を振るっても何のおとがめもなく、誰も文句が言えない存在になっていった。

 ……ただ、大人達が陰でゼルカ様に「我慢してくれ」と言うだけで。


 去年一年間、ギリカが学園に入ってからは平和だった。

 けれど今年ゼルカ様も入学し同じ寮に入ってからは、また屋敷に居た頃と同じ日常が戻ってくる。


 そしてゼルカ様には『ストレス発散用の家畜』の役目ともう一つ、『アーレスト家とトルスギット家のパイプ役』という役目を課された。

「他の取り巻きに劣るようなら、劣った人数分指を切り落とす」という脅迫とともに。


 


 不思議に思って、私はこう尋ねた。「なぜ、感情の矛先がゼルカ様だけに向いてしまっているのか」と。

 ――両親やマギ様にも向いておかしくないと思うのだけど。


 ゼルカ様曰く、なんだかんだ両親を愛しているからではないか、とのこと。

 マギ様は母親の信頼する侍女だし、父親も子を産んでくれた彼女を悪く思うはずもない。


 ……だから。

 ――だからゼルカ様への暴力を、全員で見て見ぬ振りをしている、というわけだ。

 聞いてるだけで、こんなに怒りがこみ上げてくる話もない。


 けれど、ゼルカ様は言う。

「ですので姉上も、決して悪い人ではないんです。お父様も、ゾラお母様も、マギお母様も……。陛下とは違う考え方ですが、私は尊敬しています。誰が悪いわけでもない。だから、私が我慢すれば……」

「と、考えていたけれど、先にゼルカ様の限界が来たわけですね」

「……お恥ずかしい限りです」

 ゼルカ様は俯いて、絞り出すように言う。


「変な話、毎日叩かれていた頃は、平気だったんです。でも、一年間なくなってから、また今年の四月から再開したら、あまりにも辛くて……。

 その上、皆が楽しそうにお風呂会のお話しをしているのに、そこに入れない自分が、惨めに思えてきたんです。なんで、私ばっかり、って。ここ最近、姉上と居る時はいつもそう考えてしまうんです。なんで、呼吸止められてるんだろう。なんで、こんな熱くて痛い思いさせられてるんだろう。なんで、胃の中を戻させられてるんだろう、って……」


 はっ、としてゼルカ様が顔を上げる。

 そして、申し訳なさそうに、また顔を伏せた。


「……申し訳ありません。こんなこと聞かされても、不愉快なだけですよね」

「いいえ。存分に吐き出してください」

 考える間もなく、私の口はそう発していた。

「ゼルカ様は、十二分に耐えてきました。もう、いいんです。私には言いたいこと、全部ぶつけていただいて」


 ――前生の彼女は、どうやって心を支えていたんだろう。

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 もしかして、今頃にはすっかり壊れてしまっていたのかもしれない。


 私は膝を突いて、そっとゼルカ様を抱きしめた。

「……ごめんなさい」

 言いながら、私も涙が出てきてしまう。

「私がお風呂会を言い出してから、つらい思いをしたでしょう。気づかなかったとはいえ、ひどいことをしてごめんなさい。苦しませて、ごめんなさい……」


 ゼルカ様は私を抱き返し、段々その力が強くなる。そしてまた、小さく泣き始めた。

「そんな、謝らないで、ください。私こそ、申し訳ありません……。卑しい生まれのくせに、身の程を知らないお願いをして、申し訳ございません……」


 そう言って泣きじゃくるゼルカ様の背中をさすり、頭を優しく撫でる。

「そんなことありません、ゼルカ様。私の座右の銘は『後悔しない生き方』です。そのための目標の一つが、『欲しいものは全部手に入れる』です」

 しゃくり上げるゼルカ様の耳元に、精一杯の真心を込めて、囁く。

「もちろんゼルカ様とのご縁も、私の欲しいものですよ」


「ルナリア……様」

 なおもさめざめと泣くゼルカ様。

「……ゼルカ様。一応確認させてください。貴女の体をこんなにしたのは、お姉様でお間違いないですか?」

「…………」

 嗚咽で喋れないゼルカ様は、大きく首を縦に振って返事をしてくれた。


「……分かりました」

 ――姉が、妹を傷つけた。

 その事実に、心が、ざわめく。

 久しぶりだ。

 ――人に対して、こんなに怒りを覚えたのは。


「必ずお助けします。だってゼルカ様は、この学園でできた最初のお友達ですもの」

 また一段泣き声を大きくしたゼルカ様。私はあやす手を止めず、彼女が落ち着くまで抱きしめていた。




 ――さて。どうしてくれようかな。

 父親と二人の母親にも腹は立つが、なによりもギリカである。


 何が一番腹が立つって、前生の自分に少し似ているところ。


 甘やかされて育ったせいで権力を笠に着て、相手を(おとし)めて、挙げ句に暴力まで振るい出す。

 差と言えば、直接かつ恒常的な暴力は振るっていないくらいだ。まあ大差では無い。


『同情の余地が無くはない』というところまで一緒で、虫唾が走る。同族嫌悪という言葉の意味を、まさかこんなところで学ぶなんて思わなかった。

 そんな私に、今生ではゼルカ様が助けを求めに来るなんて、因果なものだ。


 ……いずれにしても。

 肝心なのは、この『助けて』にどう応えるか、である。

 そう思考を切り替えれば……すぐに心当たりに行き着いた。

 他人を傷つけて平気になるまで、徹頭徹尾調子に乗った小娘が、どうすれば多少マシになるか?


 正解はもう、前生の最後に嫌というほど、学ばせてもらったのである。

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