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12歳―18―

 それから一ヶ月ほどが経った。戦闘実技が始まるまで、残り一ヶ月を切った頃。


 お風呂会も毎週土曜日の十五時から定期開催(開催、というほど準備はないけど)し、瞬く間に二つの結果が出た。

 一つは、仲間内の結束が一気に強まったこと。私の狙い通りといえるだろう。


 そしてもう一つは、『準一年生の女子グループが変』という噂が広まるようになったこと。

 私のパーティーに参加した子から伝播した人も居るだろうし、同じ大浴場で出くわして知った人も居るだろう。

 それまで、貴族が大浴場に入るなんて、考えられないことだったのだから。

 ――いやまあ、私も前生では考えてもみなかったし、無理もないけどね。


 今では常連の先輩方とお風呂で交流するようにもなっていた。そこは平民も貴族も亜人も、先輩も後輩もない、ただ生まれたままの姿の少女たちの空間である。

 あらためて思うのは……前生の私は、なんて頭が固かったのか、という事実と後悔。

 実際に動いてみれば、世界はこんなにも優しいのに。


 先日、ショコラも似たような事を私に言った。

「亜人だから、って卑屈になってたのが、バカみたいだ。もちろん、全員が全員、ってわけじゃないだろうし、これを続けてたら、もしかした嫌なことも起きるかもしれないけどさ」

 と、困惑半分、面白さ半分な笑顔で。


   †


 ショコラの言うとおり、未来でなにか障害はあるかもしれないけれど……

 それよりも、目下気になる問題がある。


 ゼルカ様だ。


 お風呂会が毎回好評であればあるほど、パーティーや休憩時間でも四人の仲の良さは顕著になっていく。お風呂会に来ないゼルカ様と、それ以外の温度感がズレて来ているのは、私も、多分他の皆も、感じているはずだ。


 お風呂会そのものの話題や、お風呂会でした話の続きなどになると、ゼルカ様は入る余地がない。

 他の途中参加の子もそうだけど、彼女達は一度私やショコラの存在を(いと)った。だから、そっちは一旦、置いておく。薄情かもしれないけど、私だって人間。優先順位という物は付けさせていただく。


 ともかく、最初から私を厭わなかった初期の五人のうち、ゼルカ様だけ距離感が遠のいていくようなのが、私にはもどかしかった。

 ――いやだって、まさかいきなり四対一に分かれるなんて思ってなかったんだもん。

 こんなに急速に分断化されるなんて、想像の埒外である。もっと、緩やかに変化すると思っていた。徐々に、一人ずつ『じゃあ私もお風呂会行ってみようかな?』となって行けば良いな、と。


 私のもどかしい、という気持ちは、ゼルカ様自身もそうなのだろう。なんとなく、そのほかの部分で距離感を取り戻そう、としているように見える。

 私もゼルカ様と歩み寄ろうとするし、他の皆も決してゼルカ様をハブろうなんてするはずもない。だけど……どうしても、そういう構図になることが多い。


 恐るべし、裸の付き合い。

 もしかしたら男子にはこの危機感があまり伝わらないかもしれない。けれど女子にとって、コミュニティで浮くというのは死活問題なのである。ましてやそれが貴族同士なら、なおさら。


   †


 というわけで、ある日の放課後、ゼルカ様に「二人でお話しできないでしょうか」と持ちかてみた。

 ゼルカ様は頷いてくれて、私の自室で落ち合うことに。


 ノックの音に「どうぞ」と返事をすると、侍女を連れたゼルカ様が入ってきた。

 ――妙に憔悴しているように見えるのは、気のせいだろうか?


「お邪魔いたします」

 ゼルカ様が両手を揃えて礼をする。


「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」

 ゼルカ様に座っていただき、私も席に着く。

 エルザがゼルカ様に、ショコラが私に、それぞれカップとお茶菓子を置いた。


「お風呂会、とても好評で良かったですね」

「……はい。おかげさまで、予想以上です」

 いきなりその話になって、一瞬反応に困ってしまった。


「皆様楽しそうで、横で見ているだけですが、なんだか私まで嬉しくなってしまうくらいです」

 言って、ゼルカ様がカップを手に取る。


「そのことについて、ずっと謝りたいと思っていました」

「……謝る?」

 カップを持ったまま、私を見返す。


「最近、ゼルカ様が所在ない場面が多くなったと感じています。私があんなことを言い出したせいで。……申し訳ございません」

「そんな、お顔を上げてください、ルナリア様」

「本当は、もっと時間をかけて浸透すれば良い、と考えていたのです。ですが私の想像以上に、しがらみなく戯れる時間を渇望されていたようで……」

「……そうですね。皆様の気持ちは良く分かります。私も、お風呂会を提言なさったとき、心が躍りましたから」

「とはいえ、参加したくない方への配慮が足りなかったのは事実。反省しております」

「…………」


 ゼルカ様は返事をせず、カップに口を付ける。

 カチャッ、とカップをソーサーに置く音が小さく響いた。


「……舌の根も乾かぬうちに恐縮なのですが、本日お呼びしたの他でもありません。ゼルカ様にも、是非お風呂会に参加して欲しいと思っております」

 ゼルカ様は僅かに目を丸くし、動きを止めて私を見る。


「この学園で初めて声をかけていただいたゼルカ様と、もっと仲良くなりたくて……。もちろん、恥ずかしさや抵抗感があるのは分かります。ワガママは百も承知です。ですが騙されたと思って、一回だけでも、いかがでしょうか?」

「……ルナリア様は、本当にお優しいお方ですね」


 その笑顔は、疲れ切った上に無理矢理したせいで浮いた化粧のようだった。


「頭の先から爪先まで完璧な色と造形。可愛らしく美しい御尊顔。私のような木っ端を気にかける寛大な御心。そして心も体も強く、つまらない常識をことごとく突き破り続ける信念。……かようなお方の一番の取り巻きになるなんて、私のような卑賤な者には土台、無理な話だったのでしょうね」


「……ゼルカ様、大丈夫ですか?」

 まるで他人事のように言うゼルカ様を見れば、流石に馬鹿な私でも、彼女の精神が限界に来ていることを察せた。


「お風呂会のお誘い、大変にありがたく存じます。ですが、私の体は人様に見せられるようなものではございません」

「……そうでしょうか? 服の上から見る限りは、お美しい印象ですが」

 ――少なくとも私よりは女性らしくて良いと思うのだけど……


「本当だったら、一も二もなくご一緒したかった。一番の取り巻きにならないといけなかった。なのに……」

「取り巻きだなんて仰らないでくださいませ」

 私が心の中ですら、使わないよう戒めた言葉。


「ルナリア様。どうか、私のような者は捨て置いてください」

「……その心を聞いてもよろしいですか?」

 ――何を聞いても、捨て置く気なんて無いけど。


 しばらくの間を置いて、ゼルカ様は語り出した。




「私は保身のためだけにルナリア様に近づいたのです。姉からの命令を受けて。さらにいうと、私はアーレスト家の正子ではありません。妾腹の子です。生きてる価値のない命なのです」

 ゼルカ様は立ち上がって、おもむろにブレザーのボタンを外し始めた。


「……初めてお会いしたとき、剣を持って亜人を連れるお姿に、内心愕然としました。こんな常識を知らない女に媚びへつらわなければいけないのか、と」

 外し終えると、次にブラウスのボタンも上から外し始めた。


「ですが、みるみる覆っていきました。本当の貴族とは、こういう方のことだと思うようになったのです」

 前を完全にはだけると、左手でブレザーとブラウスを開く。


「こんなことお願いする資格などないことは分かっております。ですがどうか、名ばかり貴族な賤女(しずのめ)の発言をお許しください」

 そして右手でブラウスを捲り上げた。


「うっ!?」

 胸下まで露わにしたゼルカ様に、ショコラが思わず呻く。


 ショコラの傷とは比べものにならないほど、壮絶で凄惨な傷跡が至る所に見えた。とても十二歳の少女の体と思えないほど、爛れ、腫れ、斬られ、痣が浮いている。


 人為的に作られたその傷は、明らかに虐待の跡だった。



「助けて、ください……」



 強く目をつむり、ゼルカ様は滂沱した。

「四月から毎週、土曜から月曜の朝まで、拷問され続けてるんです。今週も土曜十五時に、呼び出されて……。その時、ルナリア様を連れて行けなければ、指が、私の指が……」


 それ以上は言葉にならないようで、ゼルカ様は俯く。

 私が指示するまでもなくエルザがゼルカ様の手を取って、キャミソールを下ろし服の前を閉じさせた。

 ゼルカ様は椅子に座ろうとしたけれど、上手く座れず、椅子を倒して地面にへたり込む。


 堰を切ったように、慟哭が響き渡った。

 ゼルカ様の侍女達も、そんな主に寄り添うように膝を突く。一人は歯を食いしばって俯いて。一人は彼女の手を取り、無表情で涙を流していた。


 ――やっと、理解できた。


 前生で真っ先に私に近づき、真っ先に私を裏切った彼女は……

 そうしなければ、自分がもっと酷い目に遭わせられていたのだ。

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