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12歳―17―

 二日後。パーティの席。

 大きな丸いテーブルに全員が座り、各ご令嬢にエルザがお菓子とお茶を配って回る。

 私にはショコラが同じように配った。そして全員の前に揃ったところで、私が一言言って会は始まる。

 初回のビュッフェスタイルを反省し、第二回からこの形式で続けている。


「皆さん、今日はご提案があるのですが聞いていただけますか?」

 そう切り出す。


「はい。どのような事でしょう?」

 ゼルカ様が言って、他の皆も私を窺う。

「こうしてお話をする時間も大変楽しいのですが、もっと皆様と仲良くなりたい、と思っていまして。そこで、一緒にお風呂に入れたら、楽しいと思うんですよ」


 シーン……


「……お風呂、ですか?」

 エープル様が聞き返してきた。


「はい。名付けてお風呂会です! 実家に居た頃は、妹のレナとショコラと三人で良く入っていまして。一緒にお風呂に入るようになってから、とっても仲良くなれたのです。ですから、皆さんともそういう時間を設けたい、と考えたのです」


「ふふっ、相変わらず発想が凄いですね、ルナリア様」

 そう笑ったのは、アリア様。


「お泊まり会は聞いたことがありますが……お風呂会というのは、珍しいですね」

 露骨に言葉を選んでるようなシャミア様。


「お泊まりでも良いんですが、皆が寝られるような大きさの部屋がありません。ですが寮には大浴場がありますから、丁度いいな、と」

「ですがルナリア様、大浴場だと平民や使用人の皆さんが……」


 ゼルカ様が暗に反対を示す。

 ――珍しい。

 これまで基本的に、私のことは真っ先に肯定してくれた彼女なのに。


「そうですね。恥ずかしさであったり、慣れていなかったり、抵抗がある方も多いと思います。もちろん無理に付き合う必要はありません。あくまで、入っても良いよ、という方が居れば、一緒にどうでしょう、というご提案です」


 そこで手を挙げたのは、ジョセフィカ様。

「ご一緒したいです! できれば侍女も伴いたいのですが……よろしいですか?」

 ジョセフィカ様の侍女、つまり姉君が驚いたように妹を見る。


「もちろんです。私も、ショコラを同伴する予定です」

「ありがとうございます」

 ジョセフィカ様が微笑むから、私もついつい相好が緩む。

 ――人手の足りない農家出身の彼女には、個別のお風呂の方がむしろなじみ薄いのかもしれない。


「私も是非」

 続けて、アリア様が手を挙げた。

「ルナリア様とパイプ作りしなきゃいけないですし。ファン1号としても見過ごせませんので」

 ――『見過ごせない』って、なにを……?

 と疑問になるけど、そこは聞かないことにした。


 それからシャミア様とエープル様も手を挙げ、初期の五人のうち四人が参加してくれることになる。


 意外な結果だ。もっと断られると思っていた。

 確かに、この国の常識で言えば十五歳までは子供であり、異性ならまだしも同性に恥ずかしさを覚えるのは変だ、という価値観がある。

 とはいえ、基本的にお風呂もベッドもずっと一人な貴族である。十二歳ともなれば、羞恥心が芽生えてもおかしくない。まして、不特定多数が居る場所であれば余計に。


「本当に嫌なら、付き合わないで大丈夫ですからね。無理を言ってるのは分かっていますから……」

 と、念を押しつつ、少数派になってしまったゼルカ様を気遣う。

 現にゼルカ様はその日、落ち込んだような、どこか切羽詰まったような表情に見えた。


   †


 そんなこんなで、週末。

 大浴場が開放される十五時の少し前に、更衣室で待ち合わせ。

 ショコラを始め大勢と入浴に慣れない方も多いため、なるべく人が少ない時間帯を選んだ。


「皆さんは戦闘魔法、なにか習得できました?」

 お風呂会の参加者全員揃ったところで、シャミア様が皆に尋ねた。

 そこから、各々の習得の進捗を報告し合う。


 ……入学から三ヶ月後、つまり今から二ヶ月ほどで戦闘実技の授業が始まる。

 実技は全教科、特別な事情がない限り全員参加となる。当然、戦闘実技も例外ではない。そのため、戦闘力がない生徒は三ヶ月の間に戦闘魔法か武術を習得しなければならないのだ。


 前生では私も戦闘魔法を習得しようとしたけど、十歳の頃と変わらない才能のなさにより、結局一人だけ座学の時間だった。

 ちなみに私以外の女子は全員、武術ではなく戦闘魔法を習得しようとしている。当たり前だが今生でも前生でも変わらず。


「ルナリア様は……失礼、聞くまでもありませんでしたね」

 丁度エルザにスカートを脱がされたとき、話題が私に振られた。


「いえいえ、これでも一応色々考えて進めてますよ」

「と、申しますと?」

「昨日は、治癒魔法のエンチャントや魔力剣を試しました。昔から回復をどうするか、というのが課題でしたので」


 皆、戦闘魔法習得班として何度も同じ授業を受けているため、私が剣と無関係の魔法について壊滅的というのは知れ渡っている。


「治癒魔法の剣ですか……なるほど、それは成功したのですか?」

「いえ、お世辞にも……、という結果になりました」

 自嘲気味な笑顔はバンザイでキャミソールを脱がせられたため、皆から見えなくなった。


「その剣で付けた傷以外には、治癒が発動しなかったんです。考えてみれば当たり前なんですけどね」

 たとえば炎属性をエンチャントして炎の部分だけ飛ばす、なんてできない。それと同じ事だ。

「確かに、それでは意味がありませんわね」

「そうなんです。せいぜい、アンデッド相手に使えなくもない、くらいでしょうね」

 ――とはいえアンデッドは炎弱点であることも多いので、炎で事足りるだろうし。


 それから下着も脱がしてもらって、「ありがとう」とエルザを労う。

 あらためて正面を向くと、妙に視線が向けられていることに気づいた。

 四人のご令嬢、皆が私のことを見つめている。


「……そんなに見られたら、流石にちょっと恥ずかしいですよ」

 思わず体を隠そうとしてしまう。


「その、あまりに美しくて、つい……」

 シャミア様が言う。

「すらっとした手足とスレンダーなお体に、思わず見惚れてしまいました」

「日々鍛錬なさっているからこそでしょうね。羨ましい限りです……」

「雪のような肌も相まって、まるで天使のようで。……同じ女として、ちょっと自信なくしてしまいそうです」

 と、他の皆も同意しはじめた。


「ふふっ、皆さん、お世辞も行きすぎると逆効果ですよ?」

「「「「お世辞じゃありません!」」」」

 四重奏の大音量で否定された。

 その音圧に思わずたじろぐ。


 ――全員私より発育良いし、そっちの方がいいと思うんだけど……

 タオルを巻いてる方や、巻かずとも体の前を隠す方も居るけれど、そのくらいの差は一目瞭然である。


「きゃーっ!」

 と、突然悲鳴がした。

 何事かと、全員でそっちを見る。


「シッポ可愛いぃぃぃ!」

 と、エープル様が口元を抑えていた。視線の先には、少し離れた場所で服をカゴにしまっているショコラが居る。

 ショコラは、普段スカートの中にしまっている尻尾をびっくりして真っ直ぐに伸ばしていた。


「あの、触っても良いですか……?」

 エープル様はまずショコラの目を見、次に私の方を見た。


 ――前までだったら、ショコラが嫌がるだろう、と断ったかもしれないけど……


「ふふっ、どうぞどうぞ。ショコラ、こっちに」

 手招きして、ショコラを近づけさせる。


「……どうぞ。そんなに楽しい物ではないかもしれませんが……」

 歩いてきたショコラが、尻尾の先をエープル様の前に動かした。

 おすおずと……もしかしたら、亜人への差別意識と内心で戦いながら……エープル様が尻尾の先を包み込むように触れる。


「うわぁぁぁ、すごい、ふわふわ……」

 とろけきった表情で、エープル様が呟く。

 気づけば、他の三人もそちらを食い入るように見ていた。


「よろしければ、皆様もどうぞ」

 と、ショコラの方へ四指を示す。

「……ありがとうございます、失礼します」

 そう先陣を切ったアリア様に続き、各々が私に一声をかけてから、ショコラの尻尾を触りに行った。


「本当に、ふわふわで、気持ちいい……」

「こんな大きさの尻尾、初めて触りました」

「あんまり大きな動物は飼わせてもらえないどころか、近づけさせてもらえませんからね」

「分かります。我が家には一メートルほどの狼や虎が居るには居ますが、お父様や使用人達に止められますわ」


 などと、キャッキャと尻尾を嗜むご令嬢方は、シンプルに微笑ましい。

 ショコラが嫌がっていないか観察してみるけれど、嫌がるというより、照れくさい、恥ずかしい、どうして良いか分からない……といったところだろう。




 そんな流れで出だしの雰囲気が良かったこともあり、大浴場が開放された後も、とても楽しい会だった。


「一緒に体を洗いっこしません?」

 と誘った当初は恐る恐るだった皆さんが、最終的にはふざけ合ったり、くすぐりあったりするようになっていて、誘ったこっちが驚いたくらいだ。


 レナが私におねだりしてきたときにも思ったけれど、小さい頃から一人で入ることを強制された彼女たちは、お風呂という場所で遊ぶことに潜在的に飢えていたのかもしれない。


 最初は、『もしかしたら全員にドン引きされるだけなんじゃないか』なんて危惧していたお風呂会だったけれど、初回は大成功に終わった。

 それもこれも、多少なりとも緊張していたはずの皆さんをほぐした、ショコラと尻尾のおかげと言っても良いだろう。


 その夜はショコラがうっとうしがるくらい、ベッドの中でいっぱい、ご褒美として可愛がってあげた。

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