12歳―16―
それからも、週二回のペースでパーティーを開催していった。
エルザのお菓子は見た目も味も好評で、毎回新作を楽しみにしてくれているらしい。女の子はオシャレで甘い物に目がないのである。
前生と比べて、皆と居る時間は笑顔も多い。
私が「ご両親にお伺いを立てる必要も無い仲になれれば」と啖呵を切ったのも良かったのか、前向きに私と居てくれる方が多いように感じた。
本当に、良いことだ。
――ファンクラブなどという方向に行ったのは、ちょっとどうかと思うけど……。まあ、皆がそれで良いなら、禁止するほどではない。
以前殿下に『自分の悪口で皆の仲が良くなるならそれでいい』と言ってしまった手前、『ファンクラブはダメ』とは言いづらいというのもあるけど。
ともかく。前生と比べれば、遙かに良い状況と言えるだろう。
けれど……まだ、皆と本当の意味で信頼を築けたか、というと、築けていない気がする。
まだまだ皆、家柄ありきで、利害関係ありきだと感じる。
†
「皆ともっと仲良くなるにはどうすればいいかな」
ある日の夜。ショコラとベッドに潜って、私は聞いてみた。
「……充分仲いいんじゃねえの?」
ショコラが不思議そうに私を横目で見る。
「悪くはないよ。でもまだ、親から『ルナリアから離れろ』と言われたら、断らない感じがする」
「一ヶ月そこらで親より優先させるなんて無茶だろ」
「そうだけど。そうさせたいのよ」
「ワガママってレベルじゃねーぞ……」
心底呆れたように言われて、『確かに』って我ながら思っちゃった。
「……言われてみるとそうね。エゴにもほどがある」
「俺とかエルザみたいなのが珍しいんだから」
「でもまあ、理解できた上で、親より優先されることを目指すけど」
ショコラはしばらく私を見て、はぁ、と大きなため息をついた。
「別に止められるなんて驕っちゃいないが……。なんでだ? 何を狙ってる?」
「将来死刑を求刑されても、弁護してくれる味方が欲しい」
「……飛躍しすぎてついて行けねえんだけど」
「私が殿下と結婚する気ないって知られたら、不敬罪に処されるかもしれないでしょ」
――今生でシウラディア嬢をイジメるつもりはない。だから、前生と同じ理由で死刑にはならないだろう。けれどそれはそれで、破滅する理由ができてしまうのだ。
「ああ、そういうことか。……でもそれで親を捨てて自分を選ばせようとか、割と最低だな」
「ええ、そうね」
まあ、自分が悪徳でワガママなのは前生から散々自覚している。
『前生でないがしろにした償いをしたい』というのは本心だ。
友達なんてできたことがないから、今生では友達と過ごす経験をしたい、という思いもある。
けれど、それでも一番の理由は弁護目的だ。ここは当初から変わらない。
彼女たちの側になってみれば、こんな失礼な話ないだろう。
分かっている。理解している。
――それでも。
「利用させてもらう以上に幸せにさせられれば、皆ハッピーでしょう?」
――罪悪感も自己嫌悪もなにもかも、ゴリ押しで幸せに変換しちゃえばいいって事よ!
「……いや、まあ、そう、かな?」
「親御さんにもキチンと説明をしておけばいい。せっかく私なんかに集ってくれた方々なんだもの。利用し合って、幸せにし合って、助け合う。そういう関係なれればいい、って思うのよ」
ショコラが黙って私を見る。
「?」
ショコラは僅かに口角を上げて、
「たらし込みすぎて、背中刺されるなよ」
なんて、面白そうに言った。
「……その言い方、やめてってば」
頬を膨らませて抗議する。
「じゃあ、ハーレム作り」
「私、女だけど?」
「些細なことだ。気にするな」
「するわよ! もうこれから『たらし込む』とか『ハーレム』とか禁止! 『仲良く』とか『友達』って言うこと! 命令よ!」
「へぇへぇ、かしこまりましたお嬢様」
「全く……」
ショコラのニヤニヤ顔が、窓から注ぐ月明かりに照らされていた。
――憎たらしいこともあるけど。
でも、ショコラと会った当初だったら憎たらしいなんて思うことなかった。
憎たらしいと思うのは、そこに居るのが当たり前なくらい、仲良くなれた証だからだろう。
現に、ゼルカ様達にこんな感情を抱く事なんて、まずない。
前生を合算しても、赤の他人からここまで仲良くなったのは、ショコラが初めてだ。
ご令嬢の皆さんと仲良くなる上でも、ショコラとの経験は参考になるかもしれない。
「……ショコラとも、最初はこんな言い合いするなんて考えられなかったわね」
そう言うと、ショコラはニヤニヤをやめて、天井を見上げた。
「まあ、俺は敵意があったし、ルナは俺に歩み寄ろうとしてたしな」
「遠いときは理解しよう、と歩み寄れるけど、歩み寄り切っちゃうと逆に憎くなることもある、って学んだわ」
「全くだ。上段回し蹴りかましたくなるくらいにな」
――あれも私の心配や、自信喪失なんかが相まっていたわけで、確かに以前だったらしなかっただろう。
「私たち、どうやって仲良くなって行ったんだっけ」
「どうやってって。模擬戦だろ?」
「そう。そうよね……」
「意外と根性あるな、とか、奴隷に教えを請うのか、とか、教えたこと吸収早すぎだろ、とか……そういうのの積み重ねだった。最初は」
「私も、ショコラが意外と優しくて驚いた。……でも、ご令嬢の皆さんと模擬戦するわけに行かないし……」
「まあ模擬戦そのものというより、共通の話題じゃないか?」
「正確にはそうかもね」
「それだって、俺と半年も続けてたんだ。あの女達とも半年は会話を続けりゃ、たらし込……仲良くなれるだろ」
「今ほとんど言っちゃったけど?」
「細かいこと気にするなって。豪快な性格がウリだろ?」
「そんなのウリにした覚えないわよ」
――こんな繊細な乙女捕まえて、失礼な。
ともかく、模擬戦の会話で距離が縮まったのは間違いない。
けれど、それだけではなかったハズ。
「……もっとショコラと仲良くなったきっかけがあった気がするんだけど」
「そうだったか?」
「うん。模擬戦だけだった頃は、戦いか仕事の話しかした記憶無いもん」
「あー、あれか? お前がアホみたいな数の魔力剣ビュンビュン飛ばしてるの見た時」
「あれで仲良くなれたっけ……?」
胸ぐら掴まれて服を破られた記憶しかない。
まあ、あれから私を見る目が少し変わったような気もしないでもないけど。
「……違う! 思い出した! お風呂よお風呂!」
ぺしぺしとショコラの腕を叩く。
「風呂……。ああ、レナと入れさせられたな」
「そうそう。ときどき一緒に入るようになって、段々わだかまりみたいな物が解けて行ったんだ」
「あの時は、何言ってんだコイツ、って思ったな……」
「ショコラと会う前のレナもそうだった。二人でお風呂に入って、体洗い合ったり、触り合ったりして、仲良くなって行ったのよ」
「……おい、待て」
何かに気付いたようにショコラが私を見た。
「裸の付き合いって、大事よね。寮に大浴場があるということは、学園もそれを推奨しているということだし」
「あのな、ルナ……」
「お風呂会、やりましょう!」
静寂。
ホー、ホー、と鳥が鳴く声だけが、遠くから微かに聞こえてくる。
「……参加するヤツ居るか……?」
『説得しようとして一瞬で諦めました』という顔をしたショコラが、弱々しい声で抵抗してきた。
「もちろん無理強いはしないわよ。でも、言ってみる価値はあると思う」
「まあ、変わったヤツ多いから、面白がるかもしれんけど」
「だといいな。私と皆の関係もそうだし、ショコラと皆も距離縮められるんじゃないかな、って思うのよね」
あの日以来、ショコラを皆に近づけさせていない。そんな状況も、変えたいのだ。
「俺も入るのか!?」
「って思ってたんだけど……。やっぱり他の人と入るのイヤ?」
最初にレナと三人で入ったときから、ずっと言っていた。あの時はレナが揚げ足取ってショコラを追い詰めてたけど。
「イヤかイヤじゃないかで言えばイヤだよ。ここだと亜人が入ったら白い目で見られそうだし」
「そっか……。まあ、仕方ないか」
無理強いしない、って言ったばっかりだし。ショコラの言うことも一理ある。
――皆とショコラの仲については、また別の手を考えるとして……
「……違うだろ。一緒に入れ、って命令すれば良い」
ショコラの声で思考を切り上げる。
今ひとつ感情が読み取れない無表情に近い目をしていた。
「……入りたくないんでしょう? なら、無理強いしないって。私が立場や力で無理矢理従わせるの嫌いだって知ってるでしょ」
――往々にして例外は多いけども。
「知ってる。でも俺は、お前に人生捧げたんだ。『仕方ない』なんて、突き放すような言い方するなよ」
「突き放してるつもりは無かったんだけど……」
「ルナにとって、今あの女達と仲良くなるのが大事なことなんだろう? だから今のままじゃ都合悪い、ってのも分かる。お前がいくら近づく努力しても、俺が居るだけで離れられるんだから」
「まあ、そうなんだけど、そこまでショコラが気にしなくても……」
「それを『仕方ない』で済ますって事は、結局俺が居ようが居まいがどっちでもいい、ってことだろ。その程度なら、俺があの時した決意の意味も無い」
そこでショコラは一瞬、言葉を止める。
そして、ぐっ、と決心したように、私の目を真っ直ぐに見た。
「ルナにとって必要な事なら関わらせてくれ。指図して、利用しろ。俺はお前の役に立てる事が、何よりも一番嬉しいんだ」
そう言い切ったショコラ。
私が何も言えず黙っていると、段々恥ずかしそうにショコラが視線を逸らす。そのまま体をくるりと回して、背中を向けた。
……ショコラの言葉がやっと浸透してきて、じんわりと胸の奥が暖かくなってくる。
――そうか。また私、気づかず傷つけちゃったのか。
『お前のためなら、耳だろうが尻尾だろうが削ぎ落としてやる』とすら言ってくれたばかりだったのに。
『イヤなら私に付き合わなくて良い』は、確かに『お前は要らない』と同義に捉えられても、おかしくないのかもしれない。
「……ありがとう。毎回ごめんね。そんなこと言わせて」
後ろからショコラを掻きいだくように抱きしめる。
「目を逸らしたらすぐ抱き付いてくんな、バカ」
ショコラが呟く。
「でもね、やりたくない事を無理強いしたくない、って気持ちも、本音なのよ」
「分かってる。でも、いいよ。俺の個人的な感情なんて無視して……」
「だから、全部好きになって」
…………
……
「……あん?」
さらに強く体を密着させる。ショコラの体温は高めで、暖かい。
「これから私がショコラに求めること、全部、好きになって。どうしても好きになれないことなら、ちゃんと言って。好きになれるよう、一緒に頑張ろう?」
「だから、別に気にしなくて良いって……」
「イヤ。ショコラが心から『好き』とか『面白そう』とか『やりたい』って思えないことは、やらせたくない」
「……そういや、そういうヤツだったな」
忘れていた自分になのか、やっぱり私に対してなのか……ショコラはさっきまでの熱っぽい話し方と打って変わって、どこか疲れたように吐き捨てる。
「取り急ぎ、ハグを好きになろうか」
「いや、だから前に言っただろ。昔からスキンシップがあんまり……」
「いきなり矛盾してるけど?」
「ハグなんてしなくてもお前の人生に影響ないだろ」
「するわよ。私がする、って言ってるんだから」
「そんなの、言ったもん勝ちじゃねえか」
「往生際が悪いわね」
ショコラを仰向けにさせる。その上で腕立て伏せの体勢で、ショコラに覆い被さった。
「私が抱きたいって言ってるの。文句言わず、黙って抱かれなさい」
そのまま逃げられないように、ショコラを抱きかかえた。
ショコラの吐息が、私の耳をくすぐる。
「……奴隷の意見を柔軟に聞き入れる主で鼻が高いぜ」
皮肉っぽく言うけれど、なんだかんだ、ショコラも私を抱き返してくれた。
「ふふっ、突き飛ばさなくて偉い偉い」
褒めるように頭を撫でる。
レナと居たときの癖半分、ショコラへのご褒美あげなきゃ、という気持ちが半分。
「……ああ、それ、めっちゃ気持ちいい」
息を吐くように、ショコラが言う。
「前も気持ちよさそうにしてたね。頭撫でられるのは好きなの?」
「……前に親父から聞いたことがある。イヌ科の獣人は、主と認めた相手に頭を撫でられると、それしか考えられなくなるって」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、それしか考えられなくしてあげるね」
「躊躇なさ過ぎて怖えんだけど」
「頭撫でるのがセットなら、抱き合うのも好きになれるって事でしょ? ならやるよ」
「……まあ、それなら、許してやるよ」
「わーい」
それから、時に優しく、時に少し乱暴に、頭を撫でた。ショコラが一番気持ちいい具合を探る。
レナはふわふわと髪を撫でるように優しくするのが一番お気に入りだけど、ショコラの場合はちょっと激しいくらいがお好みらしい。
熱っぽい吐息とトロンとした目で、そんな風に分析した。
「……悪いな、レナ」
どこか夢見心地な様子で、ショコラが呟く。
「確かに。レナは今頃寂しい思いしてるのに、なんだか悪い気分になるね」
「まあ、それもあるな」
「も?」
と聞き返したけど、ショコラは答えず、目を閉じて私の手の感触を楽しんでいた。
もしかしたら本当に、まどろみの中に入っているのかもしれない。私はそのまま、彼女を胸の中に掻き抱いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
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