12歳―14―
翌朝。学園三日目の始業前。
教室に入ると、ちょうど窓際で昨日の参加者の五人が談笑していた。
ショコラと二人でそちらに近づく。
「あ、ルナリア様、おはようございます。ちょうど皆さんで昨日の話をしていたんですよ」
先に挨拶してくれたのは、ゼルカ様だった。他の皆さんも会釈してくれる。
「おはようございます。昨日はお見苦しいところをお目にかけ、本当に申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる。後ろでショコラも同様に。
「そんな、顔をお上げください」
そう言ってくれるのは、エープル様。
「そうです! 『白銀の剣花』を間近で見られて、むしろ役得でした」
エープル様に追随するのは、五人のうち唯一の男爵令嬢、ジョセフィカ・イアナム様。
「私もです。お二人とも、体術や魔法が凄すぎて、びっくりしました。女性でもこれだけ強くなれるんだ、と」
そう頷くのは、シャミア・アルジェブラー伯爵令嬢だった。
「それもですし、亜人と愛を育むことを公言して憚らないルナリア様に感銘を受けました。流石、領であるにもかかわらず、唯一他国と取引を許されたトルスギット様」
両掌をポンと合わせて微笑む、アリア・アデランナ侯爵令嬢。
予想外な好反応に、一瞬ポカンとしてしまった。
――でもまあ、本人を目の前に嫌悪感を口にするわけにもいかないか。人前でキレちゃう私より、皆よっぽど大人だ。
「……ありがとうございます。昨日の事で完全に見捨てられると思っていましたので、びっくりしてます」
「見捨てるだなんてとんでもございません。ここに居る皆、剣を担ぎ、亜人にも平等に愛を注げるルナリア様を慕っていることを確認したばかりですわ」
ゼルカ様が言うと、皆も揃って頷く。
――嬉しい言葉ではある。
あるけれど、つい前生の記憶がフラッシュバックしてしまった。表情が引きつるのを必死で押さえて、なんとか微笑んで見せる。
――あれは、シウラディア嬢が聖女に即位し、私の罪を告発した直後。周囲の人間が全員、私を蛇蝎のごとく嫌い、汚物のごとく扱うようになった頃。
「見捨てないで? 今更無様ですわね、ルナリア様」
「泣いて済むわけ無いでしょう。ご自分が何をしたかお分かり?」
「私、親の命令で嫌々付き合ってただけなので。昨日親から言われました、口を利くな、と。全く、この三年間は何だったのか……時間を返して欲しいわ」
そう言い捨てた彼女たちの冷たい視線と、心臓を締め付けられたような絶望感を、思い出してしまった。
――そうだ。目先の言葉に浮かれてはいけない。
「……皆様の優しさ、痛み入ります」
――こんなこと言ってる彼女たちも、実家に『ルナリアとの関係は不利益になる』と判断されば、私をあっさり見限るだろう。
「ショコラとは気が置けなさすぎて、昨日はつい頭に血が上ってしまいました。まあ、主人を蹴飛ばす奴隷も奴隷ですが」
クスクス、と皆さんが小さく笑う。
――そんなこと、させないように。改めて、誓う。
「また近いうちに、埋め合わせさせてくださいませ。そしていつか、皆様が貼り付けた笑みをする必要も無く、ご両親にお伺いを立てる必要も無い仲になれれば、と願っております」
笑っていた皆さんの顔が、一様に真顔で固まる。
「ふふっ、見ていてください。私、本気ですので」
ニヤリと笑って、私はまた一礼。
きびすを返して、自席に向かった。
「……ご愁傷様だな」
自席に座る直前、ショコラが小声で言う。
「なにが?」
「あのご令嬢方。ルナに目付けられたばっかりに」
「……どういう意味よ」
「上手いこと、たらし込められるんだろうなあ、って」
「人聞き悪いわね。なんとしてでも仲良くなってもらうってだけ」
「ほとんど同じ意味だろ」
反論しようとして……、言葉が出てこなかった。
ぐぬぬ、な気持ちで座りながらショコラを見上げる。
ショコラは楽しそうに笑って、私を見下した。
――たらし込められた本人がそうやって笑えてるなら、甘んじて受け入れてあげるわよ。甘んじてね!
†
それから一ヶ月間、私は皆の信頼を得るために動いた。
そのために、まず一人一人と深く話をすることにする。
剣を担いで亜人を連れた女のパーティーに、どうして参加してくれたのか、というところから紐解くように。
ジョセフィカ様の場合。
「父は男爵の爵位をいただいてはおりますが、その、あまり裕福ではなく。人間の使用人を雇う余裕がないので、小さい頃から亜人がそばにいて当たり前でした」
「確か、イアナム家は自宅に畑を持っていらっしゃいますよね」
最近勉強した知識である。
「はい。広大な畑を任されておりますので、彼ら彼女らがいなければ、我が家は立ちゆきません。ですので、ルナリア様の亜人を大切にされるお気持ちは良く分かりますし、だからこそお近づきになりたいと思っておりました」
「そうだったのですか……。でも、今連れている侍女は人間ですよね。入学に合わせて雇われたんですか?」
ジョセフィカ様には、一人の侍女が付いている。亜人には見えない。
「彼女は、その、姉でして」
言いづらそうにジョセフィカ様が言う。
騒然とする会場。
本来目上となるべき年長の家族を、使用人として連れるのは一般的では無い。
「貴族が入学するには、多大なお金がかかりますから。姉は、自分よりも私を優先してくれたのです。『学園に亜人を連れて行くわけには行かない』と、侍女役を買って出くれまして……」
「……お嬢様、それは言わないように……」
「でも、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃんって言わない!」
――ダメ。泣いちゃう……
目頭が熱くなるのと、皆が私をぎょっ、とした目で見るのはほぼ同時だった。
立ち上がり、ジョセフィカ様と、侍女のお姉様の元に。
二人の手を取って、体の前で強く握る。
「ルナリア様! 私達の手は汚いですから、お離しください」
慌てたようにジョセフィカ様が言う。
確かにシワのところに土が入って黒くなっているように見えるし、掌も私よりずっと硬い。きっと、物心ついた頃から農作業をしていたためなのだろう。
「お姉様……いえ、侍女の貴女、お名前はなんと?」
私は構わず握る力を強めて、尋ねる。
「……アイリンと申します」
おずおずといった様子で、彼女、アイリン様は名乗った。
「私にも妹がおります。大事な大事な妹です。命を賭してでも守ると誓いました。が、私がもしアイリン様と同じ境遇だったら、同じ選択をできたかどうか」
「ルナリア様、私は今はただの侍女です。様づけなど不要でございます」
「敬うべきと思った相手を敬うのに、立場など関係ございません。お二人の美しい姉妹愛に、最大の敬意を」
そこで最初に拍手を送ったのは、ゼルカ様だった。
それから周りの皆も拍手を送り、イアナム姉妹は恥ずかしそうに頬を染めた。
「もしなにか困ったことがあれば、お知らせくださいませ。微力ながら、お力になれればと存じます」
「……ありがとうございます。そう言っていただいて、嬉しいです」
ジョセフィカ様は恥ずかしそうに、どこか照れたように、はにかんで私を見てくれる。
私も自然と笑みが零れた。
アイリン様も、妹とその友人に呆れる年上のお姉さんのように、微笑んでいた。
……その瞬間、ショコラとエルザは、
「まず一人堕ちたな」
「ええ」
などと会話したとか。
――自分を犠牲にしてでも妹に尽くすアイリン様と比べて、なんて心が卑しい使用人達なのかしら。
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