12歳―13―
その後、当たり前だがパーティはご破算。エルザがご令嬢一人一人にお菓子を包んで帰っていただいたらしい。
それから私とショコラは汚れた服をエルザに脱がされ、バスルームに放り込まれて、今である。
――終わった……。
バスタブに浸かりながら、頭を抱える。
未来で裏切られるとかいう次元では無い。明日から近寄られなくなったかもしれない。
真っ白な体がさらに真っ白になった気がする。
シャワーの音が止まった。ショコラが体を洗い終えて、こちらに振り向く。
私は黙って伸ばした脚を縮めて、ショコラの入る場所を空ける。
ショコラがそこに入ってきて、二人で向かい合った。
「で? なんでいきなり蹴っ飛ばしてきたの」
ジト目で尋ねる。
「……同じベッドでモフモフとか、その、あんまり、良くないだろ」
ショコラは視線を逸らして、どこか恥ずかしそうにしていた。
「なんでよ。事実でしょ」
「あれだ、ほら、亜人と一緒に寝るとか、あの女達にとっちゃ信じられないことだろ。あの場は、黙っておいた方が……」
「だからって蹴っ飛ばすこと無いと思うけど」
「それは、だから……」
珍しく歯切れが悪いショコラ、その顔がどんどん赤くなっていく。……お湯はそんなに熱くないと思うんだけど。
でもまあ、私の口を塞ぐのが私のため、と思っての行為だったのだろう。そこは別に疑っていない。
あれがあろうが無かろうが、状況としては大差なかったし。……多分。
皆の亜人への抵抗感を、少しずつ払拭していかなければいけないことに変わりは無い。
――いやでも、貴族の園で喧嘩しだしたのは、心証悪いわよね……
「……ともかく、明日学園で皆さんに謝りに行くわよ」
顎先までお湯に沈めて言う。
「俺もか?」
「当たり前でしょ」
「いや、俺は行かない方がいい」
「そんなわけにいかないっての」
「あいつらにとって、亜人が近づく方がよっぽど嫌なことだろ。謝りに行って不愉快にさせたら世話ねえ」
「先に仕掛けた貴女がいない方が不自然よ」
「……いいかげん、分かってんだろう? 俺はお前のそばに居ない方が良い」
思わずショコラを二度見した。
何でも無い……ことのように装って、ショコラがバスタブの縁に頬杖を付く。
「俺の人生に価値をくれたお前を尊敬してる。多分、信奉してるし、崇拝すらしてる。だから、俺の人生全部くれてやったんだ。今でもそれは変わらない」
大真面目な顔で、こういうことが言える子なのである。
――崇拝してくれてるわりには蹴っ飛ばされたけど。
「そんな相手を、この二日で貶め続けてる。俺が居たせいで、王太子妃の道も遠のくし、パーティも敬遠された」
「そんなこと……」
「お前のためなら、耳だろうが尻尾だろうが削ぎ落としてやる。……だが、多分、そういう問題でも無いだろ」
私を遮って、ショコラは言い募る。
私も、彼女の覚悟を押さえつけるほどの言葉が、まだ思い浮かばない。
「昨日はあの男に『今すぐあの亜人の耳と尻尾を切り落とす』と答えるべきだった。今日は俺のことを『一番の友』と言ったのは悪手だ。お前が、俺のせいで異常者のような視線を送られるのが、何より、耐えられない……」
そう言った直後、ショコラの目尻に光るものが見えた、気がした。
直後、バシャバシャッ、と勢いよくショコラが自分の顔を洗い出す。
――ああ。良かった、ショコラに出会えて。
思わず、にんまりしてしまう。
「……俺を送り返して、別の侍女を呼んでこい」
洗った勢いのまま、目元を両手で押さえながらのショコラが言った。
「イヤよ」
「なら、俺の耳と尻尾を切り落とせ」
「絶対イヤ。そんなことしたら、モフモフできなくなっちゃう」
「なら、俺が消える」
「どっちかが死ぬまで、って契約したでしょ。勝手にそんなこと許しません」
両手を伸ばして、彼女の背中に回す。ぎゅっ、と抱きしめた。
「……馬鹿野郎、んな契約、とっとと破棄しろ」
「するわけない」
「なんでだ!」
突き飛ばされる。
立ち上がったショコラは、両目いっぱいに涙を湛えていた。
「王妃になるんだろ! 俺なんか切り捨てろ! こんなチンケな女一人に情を絆すな!」
「……そう言われて、私が『うん』って頷くと思う?」
「頷けよ、これだから、お前はバカなんだ……」
右腕でゴシゴシと目元を豪快に拭う。
「そんなにしたら目元が腫れちゃうよ。ほら」
私も立ち上がり、ショコラの右腕をどかす。人差し指の背中で優しく、涙を拭った。
――あのショコラが、泣くなんて。
ガサツで、自分の力に自信があって、思ったことをスパッと言う、強すぎるくらい強い子だと思っていた。
でも、考えてみれば、まだ十一歳の女の子。
初めて来たトルスギット家以外の場で、迫害の視線を浴びせられ、『耳を削げ』と同義の言葉で罵られ、私が招いた令嬢全員から忌避された。
思い悩むな、と言う方が、無理がある。
「私のために泣いてくれて、ありがとう。すごく嬉しい。それと、ごめんなさい。そんなに思い悩んでるとは思ってなかった。貴女ならこれくらい平気だろう、って、甘えてた。本当に、申し訳ない」
「……謝るな。俺が悪いんだ。俺が……。お前と、学園に行ける、って浮かれてた俺が悪いんだよ……」
「そんなの、私だって一緒だよ。ショコラのメイド服可愛い、って、はしゃいでたもん」
ぐずるショコラの頭を抱えて、胸元に抱き寄せる。
「ねえ、ショコラ。昨日言ったでしょう? 『グッジョブ』って。『ショコラを連れてきて良かった』って」
「……ああ。覚えてるよ、ハンバーガー食べたかった、とか露骨に気を回しやがって」
「違うの。あれはね、本当に、心の底から本音なんだよ」
「なわけねえだろ。王太子の友達から顰蹙買ったのが婚約に不利なことくらい、俺だって分かる」
「うん。私、王太子と婚約なんてしたくないから」
「流石にそのことに気づかないわけ……あぁっ?」
真面目なトーンから急に間抜けな声になって、私は小さく声を出して笑ってしまった。
「私たちだけの秘密ね。エルザにも、レナにも」
「な……お、お前、……えっ?」
私の胸の中で顔を動かして、こちらを見上げてくる。なんだか、抱えた小動物みたい。
「あー、良かった。これで、ショコラに内緒にしてたこと、一つ吐き出せたわ」
――いやもう、本当に。
なんだか胸のつかえが下りるような気がした。
「そう……だったのか……?」
まだ信じられないものを見るようなショコラ。
驚きすぎたせいか、ほっぺをムニムニと遊ばれていることにも気づいてないようだ。
「うん。だって、卒業したら冒険したいし」
――これまで、なんとなく漠然と思っていただけだけど。
王妃になりたいか冒険したいかでいえば、間違いなく冒険したい。
これからの人生で夢が変わるかもしれないけれど。今のところは。
「もちろん、ショコラも一緒にね」
リンとロウでは、人間の女の子と一匹の狼だったけれど。
私達の場合は、人間の女と、狼型の獣人の二人旅ということか。
――いやでも、それだとレナと離ればなれになっちゃう。レナも一緒に付いてきてくれるかな?
「……ははっ、そうか」
そこで、ショコラがやっと笑ってくれた。
「確かに、一国の王妃に収まる器じゃねえか」
「器はどうか知らないけど、やりたくないってだけよ」
――王妃という栄光を拒む主と、そんな栄光より上があると言う従者。
不敬な主従はそうして、しばらくの間、笑い合った。
二人で再び腰を下ろして、お風呂に浸かる。
「ということで、殿下の方はなんとかするから。他のご令嬢の皆さんとも、まあ良き距離感で、少しずつわかり合えれば良いわよ」
「……それは分かったけど、いつまでこのままなんだよ」
私の胸の中でショコラが僅かに頬を膨らませた。
「ショコラって、スキンシップは嫌いじゃないくせに、抱き合うのあんまり好きじゃ無いよね。なんで?」
「自由を奪われるから、昔からハグはあんまり好きじゃない。あと、ルナのここはレナの特等席、って思ってるのかも」
「ふうん」
「……まあでも、今日はあんまり、悪い気しねえよ」
言って、ショコラがぎこちなく私の背中に両手を回す。
そんな彼女の頭を優しく撫でると、気持ちよさそうにショコラは目を細めた。
その様が、なんとも可愛らしい。
……と思ってから、気づく。
――うーん、愛玩用亜人を暗に否定しておいたくせに、少し気持ち、分かっちゃったな……
亜人側とちゃんと合意が取れてるなら、愛玩用も頭ごなしに否定するのはやめよう!
可愛いは世界を救う、正義なのである。
†
「仲直りできましたか?」
お風呂から出ると、開口一番、エルザからそう尋ねられた。
私たちは目を合わせて、微笑みあってから、
「うん!」
「……まあな」
とほぼ同時に答えた。
「それは重畳です」
エルザも口元を和らげて、私たちを見た。
「エルザ、今日は後始末ありがとうね。これからも迷惑かけると思うけど、よろしく」
「わりいな。俺のせいで」
「まだ言う」
「俺のせいなのは変わらねえだろ」
「エルザ、一応言っておくけど、ショコラを送り返したりしないから」
「もとよりそんなことお嬢様が言うとは思っておりません」
エルザは当たり前のように言う。
「それに、少なくとも今日の事でしたら、そう悲観する必要は無いかと」
「……そうなの?」
「はい。『お風呂も毎日一緒に入っている』とお教えしたら、皆様興味津々と言った風でした」
「ちょ、バカ!」
ショコラが声を荒げる。
「大丈夫です。『私はバスルームも寝室もご一緒しないので本当のところは分かりませんが、多分そのようなご関係ではございません』と否定しておきました」
「最初の下りがいらねえんだよ! 全く信憑性無くなるだろ!」
――? 二人は何を言ってるんだろう?
「なに? 『そのようなご関係』って……」
「ややこしくなるから黙ってろ!」
「なんなのよ、二人だけ通じる会話、ズルいわ!」
「想定してたよりマズい誤解が広まりかねない、って状況だけ理解しときゃ良いよ!」
「どうしたの、顔真っ赤よ?」
「だああああ! コイツらマジでウゼェ! やっぱやめてやるこんな職場!」
「だからダメって言ってるでしょ!」
「お二人とも、近隣のご迷惑になります。お静かに」
エルザが口元に人差し指を立てて見せた。
「誰のせいで……」
ショコラが拳を振るわせる。
結局、なんとなく一人勝ちしたようなエルザのクスクスという笑い声で、この話は強制的に終わらせられた。
――一体何だったのか……
二人が教えてくれないなら、今度レナにあったときに聞いてみようかしら。
『ベッドでモフモフしたり、一緒にお風呂に入ったりすると、変な関係になっちゃうらしいけど知ってる?』とでも。
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