12歳―12―
準入学二日目。
登園するや否や、殿下とダン様はあらためて謝りに来て、逆に申し訳なくなる。こっちは、ああなってむしろラッキーと思ってるのに。
授業は軽めの座学ばかりで、屋敷に居た頃の方がむしろ難易度は高かった。あくびをかみ殺しながら、時間が経つのを待つ。
戦闘の実技があるまであと三ヶ月もあるなんて、退屈で死んじゃいそう。
――とはいえ、私にはやるべき事がある。
殿下の方は『接触しない』でとりあえずはなんとかなりそうなので、もう一つの重要項目。
取り巻き……もとい、女子との友達関係を築くことである。
前生では、近づいてくる女子は誰も彼も、私の家柄しか見ない寄生虫のように見えて、気持ち悪いとすら感じていた。
正直に言うと、その感覚は今生でもあまり変わっていない。
あまり変わっては居ないのだけど、少し考え方を変えた。
家柄を見て近づいてくる、ということは、父や先祖たちが結んでくれた縁である、と。
そんな縁を切り捨てたから前生の自分は破滅した……と考えれば、納得できるというものだ。
家柄を見て近づいた人と、家柄を超えた関係を築けないのであれば、それは自分のせいではないか?
家柄にこだわっていたのは、自分の方なのではないか?
そう考えるようになったのである。
†
ということで、パーティよ!
貴族社会で人間関係を築こうと思ったら、一番基本的なのはパーティだ。
なので早速エルザには朝からお菓子作りをしてもらっていた。今日は学園にショコラと二人でやってきている。
休憩時間に同じ教室の女子各々の席を招待して回った。
最初にゼルカ様を招待すると、満面の笑みで快諾してくれる。
ただ、その後からの反応が、少し予想外だった。
前生では私がパーティを開こうものなら、わざわざ招待などしなくても参加者がこぞってきたものだ。
だが、今生では難色を示す子も多い。
まあいくら公爵の娘といえど、初日からドレスに剣を担いでやってくる女なんて、近寄りたくないのは仕方ない。
――今生で一番遠ざけたかった王太子殿下に効果薄く、一番近づきたい女子から避けられたのは残念だけど。
†
放課後。午後三時を過ぎた頃。
あらかじめ寮の管理人に許可を取った寮庭の一角で、今生初の寮内パーティを開催する。
集まったのは私以外の女子十二名中、五名。ゼルカ様を含め侯爵家の子が三名、伯爵家の子が一名、男爵家の子が一名、という内訳。
不参加のほとんどは伯爵家、子爵家、男爵家の子だ。逆に、侯爵家の子は全員参加である。
「皆様、本日はご参加いただきありがとうございます。これからの四年間を共にする学友との出会いに……乾杯!」
開催の挨拶をして、手に持ったグラスを掲げる。皆も同じように、声をそろえて乾杯した。
それから、裏で準備をしているエルザとショコラの元へ行く。
「ごめんなさいね、たくさん作ってくれたのに」
十人分以上のお菓子を作ってくれたエルザに謝る。
「いえ。ルナリア様の招待に来ない方が悪いです」
エルザがさらっと毒を吐く。
「そんなわけないでしょ、私の人望がないだけよ」
と、そこでショコラが一歩近づいてきた。
「なあ。俺は出て行かない方が良いんじゃないか?」
「? どうして?」
「この国の人間は、亜人が嫌いみたいだからな」
「別に気にしなくて良いよ。もし嫌がらせされたりしたらすぐ言ってね。私がどうにかするから」
「……どうにか、って言ってもよ」
「ごめん、皆さん待たせてるから、そろそろ戻るわ。ともかく今日は生菓子を中心にお出しして、日持ちするものはしまっておきましょう」
「分かりました」
エルザが答える。
「それじゃ準備でき次第、お願いね」
再び皆の元に向かう。
会場に戻ると、真っ先にゼルカ様が私の方へ来てくれた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
ゼルカ様がカーテシーで礼をする。
「こちらこそ、来ていただいて助かりました。……正直、予想以上にお断りされてしまって、焦っていたので」
「いえ、そんな……」
言葉を濁すように、ゼルカ様が苦笑いした。
「ごきげん麗しゅうございます、ルナリア様」
と、また別の子が声をかけてくれる。確か、ヴェローノ侯爵令嬢、エープル様。
「エープル様。急なお誘いにもかかわらず、ご参加ありがとうございます」
「もちろんです。今噂の『白銀の剣花』、ルナリア様からのお誘いを断るはずございませんわ」
頬に手を当て、目を細めて言うエープル様。
「あはは……その異名、ご存じでしたか。恥ずかしいのでやめていただきたいんですけどね」
「そうなのですか? とてもお似合いと思いますのに……」
「ふふっ、そんなに残念そうな顔をされてしまうなら、撤回しましょう」
「えっ? そんな顔していましたか? お恥ずかしい……」
可愛らしく両手で口元を覆うエープル様に、私とゼルカ様はくすくすと笑ってしまう。
それから三人で談笑する。ゼルカ様とエープル様は入学前から面識があったらしい。
「そういえば、先ほどのお話ですが……」
話の折、ゼルカ様がそう切り出した。
「ルナリア様は、もっと大勢に参加して欲しいとお考えでしょうか?」
「そうですね。自意識過剰だったことに気づいて、恥ずかしいやら情けないやら……」
「いえ、決してそのようなことはございませんわ。皆、内心では参加したかったと思いますよ」
エープル様がそうフォローしてくれた。
「同感です。原因は、恐らく……」
ゼルカ様がそこまで言ったところで、エルザとショコラがカートに乗せたデザートを運んできてくれた。
私は一歩前に出て、皆に向かって声を出す。
「皆様、お待たせしました。向かって右側の侍女、エルザが手ずから作らせていただいた、自慢のお菓子です」
私の言葉に、無言でペコリと頭を下げるエルザ。
「お好きなものをお選びいただければ、侍女が取り分けさせていただきますのでお申し付けくださいませ」
……と、言ってからの光景に、愕然とした。
三名とも皆、エルザの方に並び、ショコラの方には誰も行かなかったからだ。
「……参加を断ったご令嬢の皆様は、その……」
私の表情を見てか、ゼルカ様が言いづらそうに話を続ける。
「全く、見る目がございませんわよね」
エープル様も、どこか私を慰めるように語る。
「あの獣人、傷こそ目立つものの、非常に毛並みも良く、小柄で顔も美しい。愛玩用としては、かなり上等ですもの。トルスギット家のことを知っていれば、敬遠する意味が分かりません」
――愛玩用……、上等……
そうか、好意的な人ですら、そういう意見なのか。
「そうだ、ルナリア様。私も獣人のペットに興味がございまして。よろしければイヌ科かネコ科の獣人を二、三匹見繕っていただけませんか?」
そう言うエープル様に、悪意は全く見えない。
私に――公爵令嬢で王太子の婚約候補筆頭に――すり寄りたい意思はあるかもしれないけど、ショコラや私をけなすような意図は皆無だった。
それが、余計に悲しくて、寂しい。
――昨日のことが、あったばかりなのに。
私はここでやっと、自分のショコラへの感情と、皆の亜人への感情の乖離に、本当の意味で気づいたのである。
「ルナリア様……?」
無言の私に、エープル様が様子を窺ってくる。
――どうしよう。
殿下やダン様の時とは違う。
ダン様は明確に拒絶してきたし、殿下も積極的に受け入れたわけではない。あくまでお父様の立ち回りに助けられただけだ。
だが、ここに来てくれた方々は、多かれ少なかれ好意的なはず。
『亜人のペットを連れている』という誤解の元、直接食べ物は受け取りたくない、という程度で。
……それを本当に好意的というかは微妙だけど。
「エープル様」
なんとか言葉を絞り出す。
「他の皆様も、お耳だけ拝借できればと存じます。……エルザ、ゼルカ様とエープル様に、何個か見繕って差し上げて」
「かしこまりました」
「ショコラ、こちらに」
所在なさげにしていたショコラは少し驚いたように私を見、ゆっくりこちらに歩いてきた。
「彼女はショコラ・ガーランド。アルトノア皇国の現宰相のご息女です。縁あって、今は私の従者をしてもらっています」
ショコラの後ろに回り、両肩に手を乗せ、皆に見てもらう。
「今は猫をかぶってますが、性格は乱暴で、指導は手厳しく、近接戦のエキスパートです。モフモフな耳や尻尾が心地良く、私も妹もときどき触らせてもらっています」
「……お嬢様」
ショコラがたしなめるように私を呼ぶ。
――この半年でエルザから仕込まれた呼び方が、こんな時なのになんだか可笑しい。
「私の師匠であり、従者であり、姉のようであり、妹のようであり、一番の親友です」
僅かに場がざわつく。
「親友……? 亜人が?」
困惑した誰かの呟きが、耳に届いた。
「皆様の常識からかけ離れているであろう事は、察しております。なので、ショコラの……亜人の近くに居たくない、従事されたくない、という方は、無理をせず立ち去っていただいて構いません」
それはつまり、この場の誰よりもショコラを優先する、という意味だ。
ショコラが手を伸ばして、私の口を塞いだ。
「なにを言ってやがる」
ドスの効いた小声で言いつつ、ショコラが私を睨む。最近丸くなった彼女にしては珍しい。初対面の時を思い出す。
聞こえないようにしたつもりだろうけど、どのみち主の口を塞ぐ時点で従者としてあるまじき行為である。
ショコラが助けを求めるように、エルザの方を見た。
が、エルザはまるで何事も起きていないかのように、悠然とデザートを盛り付けたお皿をゼルカ様とエープル様に渡していた。
そっとショコラの手をどかす。
「皆様、トルスギット家のことはご存じでしょう。彼女以外にも、我が家にとって亜人は良き隣人であり、パートナーなのです。たとえば最近来たギガースは、ギガースとしては変わり者でして。戦うよりも学ぶ方が好きなのです。最初は剣の練習相手を期待してましたが、いつの間にか勉強の先生になってました」
そして、そのパルアスにショコラが戦技を教えて、私と模擬戦する……というのが、ここ半年のことである。
「奴隷の首輪は、周囲の迫害から保護するために仕方なく付けているもの、というのが我が家の基本的な考え方です。もし亜人との縁を欲する方が居れば、喜んでお手伝いさせていただきましょう。仕事のパートナーであったり、なにかの師匠や教師としてであったり、友であったり。我が家の中では無い出会いもきっとあることと存じます」
そこでエープル様を見る。
エープル様は、先ほどの発言を気にしてるのだろう。申し訳なさそうに、眉を顰めている。
――別に気にしなくていいんですよ。
そう伝えたくて、私は微笑んでみせる。
単に、文化が違っただけ。
知らないのなら、知っていけば良いだけなのだから。
「最初は手を触れるも嫌がられた相手と、少しずつ心を通わせたのち、初めて同じベッドでモフモフさせてもらった時は、えも言われぬ感動でした。そういう出会いのお手伝いなら、是非当家をご用命くださいませ」
一瞬、静まりかえる。
――やっぱり、伝わらないのかな……
彼女らには、私は異常者にしか見えていないのだろうか。
「……同じ、ベッド……?」
誰かが呟いたのが聞こえたか否かのタイミングで、ショコラが脚を上げるのが見えた。
直後、視界が揺れて、私は尻餅をつく。
どうやらショコラが私の側頭部に回し蹴りを放ったらしい。
「このバカ! どうして、お前はそう、毎回誤解を招く言い方しやがるんだ!」
スカートをふわりと翻し、顔を真っ赤にしたショコラが吼えた。
「いきなりなにするの!」
側頭部を押さえて抗議する。
――ここで皆を説得できるか、割と重要な時なのに!
「言い方考えろって言ってんだよ!」
「口で言えば良いでしょうが!」
「こんな場所で言っちまうバカ相手じゃ脚も出るわ!」
「バカって言う方がバカよ!」
「バカ相手にバカって言えない方がバカだ!」
カッチーン#
――あったまきた。
「バカって言葉が口癖になっちゃったみたいね。主人として調教してあげるわ」
補助魔法展開。魔力剣を生成し、右手に持つ。
「お前こそ、いい加減言葉を選べるようになれや」
それを見て、ショコラも両手を体の前に構えた。
「お嬢様、ショコラ!」
と、そこでエルザが声をかけてくる。
「エンチャントは無し、戦爪も無しでお願いします。あと、埃が舞うので離れてください」
ご令嬢方のツッコミやら悲鳴やらを皮切りに、喧嘩の火蓋が切って落とされた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
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