12歳―11―
あっという間に学園一日目が終わる。
休憩時間のたびに前生で取り巻きだった子達から挨拶があり、ほぼ全員と再会(相手からしたら初対面だけど)した。
他にも色々あった気はするけど、この日の結論はただ一つ。
――うん。とにかく、殿下と距離を置こう。それしか思いつかないし、シンプルにそれが一番とも思うし。
という、新鮮味の欠片もないものだった。
本当、『剣を握る女でいれば嫌われるだろ!』と楽観視していた昔の私をぶん殴ってやりたい。王も王太子も、まさかここまで柔軟だとは想像してなかった。
とはいえ、勝算もある。前生では殿下に関わってばかりで、取り巻きの子達をぞんざいに扱ったのが悪かった。だから、その逆を心がければ良い。
――ということで、早速今日はゼルカ様達を誘って、学園や寮の敷地を巡ろうかな。
勉強道具をカバンにしまって、後ろを振り向き、ゼルカ様に声かをかけ……
「それではまた後ほど、お会いするのを楽しみにしております」
ようとしたところで、横合いから殿下が声をかけてきた。
軽く礼をして、ダン様と教室を出て行く。
――後ほど……?
殿下、何言ってるのかしら。
「ルナリア様、おめでとうございます」
使用人にカバンを預けながら、ゼルカ様が声をかけてきた。
「……おめでとう?」
なぜかは分からないけれど、彼女の話はちゃんと聞かなければいけない気がした。
「二人きりでないとはいえ、早速殿下とプライベートでお食事だなんて。……もしかしたら、ご婚約の発表も近いかもしれませんね」
流石にまだ気が早いですかね、うふふ、とゼルカ様が笑う。
そこでエルザとショコラが私の横にやってきた。エルザが残りの勉強道具を片付けて、勝手にカバンを持つ。
「先ほど殿下の使いから、レストランまでの地図を預かりました。17時予約とのことですので、自習やショコラと訓練など、用事がある場合はそれまでにお済ましくださいませ」
とエルザが言ってくる。
――……はぁっ!?
「……はぁっ!?」
脳と口が直リンクした。
「……どうかなさいましたか?」
ゼルカ様が不思議そうに小首をかしげた。
慌てて取り繕う。
「はぁっ、はっ、はっ……すみません、ちょっと、動悸が……」
全然取り繕えなかった。
――心臓、死ぬほど痛い……
泣きそう、いろんな意味で。
「大丈夫ですか?」
エルザが私の顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫。少し、時間をおけば……」
深呼吸。二回。三回。
――うん、これでちょっとはマシに……
……ならないけど、なったことにする。
「失礼しました。……えっと、私と殿下が、食事会?」
ゼルカ様の方を見はしたけど、焦点はいつまで経っても合わなかった。
「今朝、先生が来る前に、そうお話になっていましたが……」
「そ、そうでしたか……」
――ああ、今からでもまた回生したいなぁ……
あの白い世界と大きなおっぱいを思い出して、現実逃避する。
「お加減が優れないようなら、救護室にお送りしましょうか?」
心配そうにゼルカ様が覗き込んでくる。
「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません……」
そう答えても、ゼルカ様は心配そうな表情を変えない。
よっぽど私の顔色が悪く見えるのだろうか。……無理もないけど。
――どうしてこうなった……
やっぱり、破滅する運命なのかしら。可哀想、私。
――殿下に近づきたかった前生では、一緒に食事なんて丸一年以上かかったのに。近づきたくない今生では一日って、どういうことよ……。
このままだと、ストレスでさらに色素が薄くなるかもしれない。今の状態で薄くなると、透明になるしかなさそう。
――誰にも見えなくなるのも、それはそれでアリね。
なんて、暗い妄想にただ一人、乾いた笑いを零した。
†
レストランに到着する。
――まあ、事ここに至ったのならしょうがない。切り替えよう。
冷静に考えれば、流石に昨日今日で婚約とかいう話にはならないだろうし。敵情視察と思えばいいのではないか。
受付で殿下の名前を出すと、二階の個室に案内された。奥まった広大な部屋は、このレストランで最高の個室である。
中に入ると、中央のテーブルには殿下とダン様。その後ろには、十人近い使用人や護衛が壁際に並んで立っている。流石王族。
立ち上がって出迎えてくれる二人に促され、席に着く。
エルザとショコラは先方の使用人と同様、私の後ろの壁際に立つ。
「やっとこうしてお話できる機会ができて、とても嬉しいです」
アルカイックに微笑んで、殿下が腰を下ろす。
「私もです。本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
座りながら頭を下げる。
――婚約者候補筆頭だと言われてから、二年。私に言われたのがそうだから、裏ではもっと昔からそういう話になっていただろう。なんなら殿下と私が生まれた頃から、陛下とお父様は計画していたとしてもおかしくない。
「……あの、ルナリア様。お食事の前に一つ……」
立ったままのダン様が、どこか遠慮がちに言った。
「その、亜人はこの場から下げていただけますでしょうか」
――ん?
亜人……ショコラのことか。
確かに、前生の私が彼の立場だったら、同じ事を言うだろうなぁ、と思った。
「トルスギット家としてのお考えもあるかと存じますが。殿下の前では、ご配慮いただければと」
ダン様が恭しく頭を下げる。
――さて、どうしたものか……
これは、チャンスだ。
奴隷を侍らせる女、という方向で殿下の心証が落ちるのなら万々歳。剣を持つ女が受け入れられてしまった今、これを利用しない手はない……
「ルナリア嬢、お気になさらず」
などと一瞬で計算していると、殿下がサラッと言った。
ダン様の方は一瞥もせず、テーブルの上で両手を組んで私に微笑む。
「父上を通してですが、トルスギット公から聞き及んでおります。奴隷を連れて学園に行くのは、この国の亜人への偏見を正したいがため、と。そのためルナリア嬢は、周囲の奇異の目や偏見にも耐え忍ぶ覚悟で通学する、と」
――いや、そんな話、私は聞き及んでないんですが……
私のワガママに合わせて、お父様がそういう根回しをしておいてくれたんだろう。流石の辣腕である。
「それは自分も聞き及んでいます。いますが、耳も削がない亜人を殿下の前に連れてくるのは……」
「ダン」
この話になって初めてダン様を見た殿下は、ひどく冷めた目をしていた。
「亜人への偏見を正したいというのは、国王陛下の意向でもある。それに異を唱えるという事で良いか?」
「い、いえ、滅相もございません。大変失礼を……」
「であれば、耳を削ぐなど二度と口にするな」
「……申し訳、ありませんでした」
青い顔をしてダン様が深く頭を下げる。
――うーん、殿下、手強いな……
ダン様の味方をしたり、どっちつかずで居てくれたら、私の目標も達せそうだったのに。完全にこちらの味方になられちゃうと、距離を取るわけにもいかない。
「失敬。そういうことですので、ダンの発言は本当に気にしないでください」
殿下はダン様相手とは打って変わって、朗らかな顔で私を見る。
「こちらこそ、物議を醸すような真似をして申し訳ありませんでした。ただ殿下、ダン様は殿下を思って発言されたと存じます。あまり、怒らないであげてくださいませ」
殿下は一瞬、その貼り付けたような笑顔をやめると、またその表情が優しくなる。
「……かしこまりました。その寛大なお心のままに」
――いやいや、寛大なのは殿下ですけどね。
ダン様の考えが普通だ。少なくとも、今のこの国では。
よく観察すると、後ろの使用人たちも居心地悪そうにしている。きっとダン様と同じ気持ちだったのだろう。
――これは、潮時ね。
殿下との距離の話を置いておいても、このまま居続けない方が良いだろう。
――そう、殿下との距離の話を置いておいても! うんうん。
「……このまま楽しくお食事、というのは少々難しそうですので、また後日、埋め合わせさせていただきますね」
言って、私は席を立つ。
殿下は苦笑いで、ダン様は蒼白の顔を上げて私を見る。
「埋め合わせするのはこちらの方です。またお声かけさせてくださいませ」
殿下も立ち上がって、私を送る様子を見せる。
「はい。楽しみにしております」
答えて、エルザとショコラの元へ行く。
「……馬鹿野郎、俺が出て行けば済む話だろ」
ショコラが小声で私に言った。
「お父様が提言して、陛下が認めた国策、ということになっちゃったから、そう簡単な話でもないわよ。まあ、気にしないで。むしろグッジョブよ」
――予想とはかなり違ったけれど、結果として、殿下とちょっと微妙な雰囲気になれたのは大きい。
ダン様を怒らないで、と言ったのも、ダン様との縁を切らせないためだ。万が一そんなことになったら、経緯的にも私と殿下の外堀が急速に埋まってしまう。
「ショコラを連れてきて良かった」
心の底から、彼女の耳元に囁く。
それから男子二人に見送られ、レストランを後にする。
「申し訳ありません。亜人を連れていくこと自体が失礼だとは、知りませんでした」
寮に向かう道すがら、エルザがそう謝ってきた。
――平民の彼女が知らなくても当然である。まして、亜人が近くに居て当たり前のトルスギット家の侍女なら、なおさらだろう。
「私こそ、分かってたはずなのに事前に言えなくてごめんね。正直、私も麻痺してたよ。ショコラはもう、身近な存在過ぎて」
「いかがしましょう? すぐにでも埋め合わせのご準備すべきでしょうか」
「ううん。しなくていいわ。殿下の方から声をかける、という話で終わったからね」
言って、ちょっと飛び出た路石をスキップして飛び越す。
「……ルナリア様、気のせいかもしれませんが、もしかして機嫌がよろしいのですか……?」
エルザが不思議そうに尋ねた。
「え? 分かっちゃう? いやぁ、実は朝から『夜はハンバーガー食べたいなあ』って思ってたから、レストランなしになって嬉しくて」
「ハン、バーガー……ですか?」
「知らない? 焼いたミンチ肉をパンで挟んだ食べ物よ」
前生で取り巻き全員から見捨てられ、使用人にも逃げられ、牢獄に収容されるまでの間の貧乏生活で知った、ファーストフードである。
それまで馬鹿にしてきた平民食だったけれど、美味しすぎてポロポロ泣いちゃった思い出がある。
久しぶりにこれが食べられるのも、準入学の楽しみだったのだ。
「……何度思ったか分かりませんが、本当に、大物でいらっしゃいますね……」
「もしかして、小馬鹿にしてない?」
「いいえ。小馬鹿にしたことなど一度もございません」
「それは嘘でしょ」
ということで、この日の夕食は三人でハンバーガーを食べた。
懐かしくて、少しだけ目尻がうるっとしたのは、内緒だ。
――私は、気づけなかった。
結果的に殿下と距離を空けることに成功したことと、久しぶりのハンバーガーに浮かれていた私は、見逃してしまったのだ。
この日、ショコラの心に付いた傷に。
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