12歳―10―
翌朝。
いよいよ本格的に学園生活が始まる、一日目。
エルザに制服を着付けてもらい、最後に襟元のリボンを締めて完成。
二度目の新品の制服は、それでもどこか身が引き締まるような気持ちになれた。
登園すると、門を入ったすぐの場所に、大きな掲示板が複数設置されていた。そこには私たち準一年生の、昨日の準入学測定結果が記されている。
私の名前を探す。心なしか一番人だかりが多い掲示板に、私の名前は書かれていた。
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【ルナリア・ゼー・トルスギット】
筆記 :良(77点/100点)
マナー:優(90点/100点)
実技 :優(戦闘、武術)
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――筆記、良!?
二回目なのに、約四分の一不正解とか、めっちゃ恥ずかしい……
『目立たないよう、わざと失敗しておこうかな?』とか考えたけど、結局手を抜かず本気でやったのに……
顔から火が出そう、とはまさにこのことか。
「流石でございます」
エルザが褒めてくれる。
「……エルザは優しいわね」
「ご不満な結果ですか?」
「ああ、うん、まあ……。自分の頭の悪さにがっかりしてたところ」
誰にも共有できないのがつらいところである。回生者はつらいよ。
「十二分かと存じますが……。志が高くいらっしゃいますね」
――そういうんじゃないんだけどねぇ。
「あはは……」
とりあえず笑ってごまかしておいた。
「おはようございます」
後ろから聞き覚えのある声がして、振り返る。
目が合うと、にこりと微笑んで、ゼルカ様が一礼して見せた。
「ゼルカ様、おはようございます」
私も礼を返す。
「凄いですねルナリア様。女性で戦闘が優なんて」
すでに掲示板を見たのか、ゼルカ様は言う。
「ありがとうございます。えっと、ゼルカ様は……」
掲示板から探す。
「あちらですわ」
ゼルカ様が指を指す方を見る。
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【ゼルカ・ゴドー・アーレスト】
筆記 :優(93点/100点)
マナー:可(65点/100点)
実技 :可(芸術・音楽、ピアノ)
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――人生一周目の子に知力で負けてるんだよなあ……
「可が二つで、お恥ずかしい限りです」
シュン、とするゼルカ様。
――さっきの微笑みは、無理して作ってくれてたのね。
前生での私は、彼女になんと言っただろう。多分、見下すようなことを言った気がする。もう覚えてすらいないんだから、お察しというものだ。
ぎゅっ、とゼルカ様の両手を握る。
私より少し背の高いゼルカ様は、驚いたように私を見下ろす。
「マナーなんて、十二歳なら相手に失礼じゃない程度で充分です。それに、ピアノが演奏できるのも凄いじゃないですか。なにより、知力が群を抜いて優れていることを誇るべきです!」
――いやもう、本当に。
ゼルカ様はしばらく目を瞬かせると、少し照れたように微笑んでくれた。
そんな表情が、私は衝撃で。
なにせ、全く見覚えのないゼルカ様だったから。
「……実は、ちょっとだけ、それが嬉しかったんです」
はにかむようなゼルカ様は、とても可愛らしかった。
「それでいいと思います。人には向き不向きがありますから」
まるで自分に言い聞かすようだな、と言ってから思った。
「私なんて筆記終わった後、『まあ90点後半はいけた』とドヤってたのに、蓋を開けたらあの点数ですから……」
「そうなのですか? 見返したりしても……?」
「ええ。ちゃんと見返したんですけどね」
「であれば、回答欄を間違えてしまったりしたんじゃないでしょうか?」
「いや、そういうミスも見直したつもりなんですが……」
言われて、自信がなくなってくる。
「手応えがあったのに点数が乖離しているのとなると、そう考えるのが自然な気もしますわ。いずれにしても、今日答案が返されると思いますし、そこで見てみましょう」
「そう、ですね。慰めてくれてありがとうございます」
「そんな! こちらこそ、ありがとうございました」
二人で並んで教室に向かう。
殿下やダン様の成績も見ようと思っていたけど、完璧に忘れていた。
ゼルカ様と話しながら、私の頭の片隅には、先ほどの彼女の表情が思い浮かぶ。
前生であれだけ長く一緒に居たのに、あんな顔、初めて見た。
それだけ私は、前生の彼女から笑顔を奪ってきたのだろう。
――ごめんなさい、ゼルカ様。せめて、今生で償わせていただきます。
自分が破滅したくない、という理由は、確かにある。
それに併せて、もっと彼女の笑顔が見てみたい、と強く思った。
だって。
二人で未来も笑っていられたら、それが一番素敵じゃない?
†
教室は講堂を縮小して左右を大きくカットしたような構造になっている。入り口から奥に向かって段々で低くなり、一番奥には教壇。二人が並んで座れる長机が、左、中央、右に並んでいる。
講堂と大きく違うのは、教壇の後ろに大きな黒色文字板――略して『黒板』――が壁に埋め込まれている。
黒板は、備え付けの魔力筆記棒――通称、『チョーク』――でなぞった部分が白く文字として浮き出る仕組みになっている。チョークによっては他の色にすることもできる。
今、黒板には『自由にお座りください』と全体を使って書かれていた。
……もっとも、自由と言っても貴族の世界では暗黙の了解で席は決まっている。
入り口から遠い場所、つまり上座から地位の上の者が座る、と。
今年はガウスト殿下がいるから、一番の上座……つまり、最前列は彼一人が独占することになる。
その次の列は公爵家。こちらも今年は私しか居ないから、私一人になる。その後ろが侯爵家であるゼルカ様たち。
つまり、せっかく学園が用意した席のうち、十席ほどを無駄にするわけだ。バカバカしい決まりだが、特に貴族しかいない準学生達にとっては、ほとんど絶対と言ってもいい。
正一年生になると、そんなルール知らない平民達がやってきて、一悶着あるのが常である。
――私も、二列目に座ろうとするシウラディアに文句を言ったっけ。
今生では逆らって後ろの方に座ってやろうかとも思ったけど、悪目立ちするのも面倒だ。素直に前生と同じく前から二列目の中央に座る。
私のすぐ後ろに侯爵家のゼルカ様が腰を下ろす。
と、その直後、
「おはようございます」
振り向かなくても分かる、イケメン声。
声の方を向くと案の定、ガウスト殿下が爽やかに微笑んでいた。
「おはようございます、殿下」
すぐさま立ち上がり頭を下げる。
「早速話題になられてますね」
殿下が前の席に座りながら言ってくる。
「……話題?」
殿下が座りきるのを待って、私も座った。
「測定の結果ですよ。女性が戦闘で優を取るなんて、学園建立以来初めてのことだそうですから」
「へえ……、そうなんですか」
そう答えると、殿下が面白そうに小さく笑った。
「失礼。そんな些事に踊らされる方ではありませんでしたね」
「ああ、いえ、学園の歴史に名を残すことになったのは、光栄です……」
――意外だなぁ、と思っただけなんだけど、なんか笑われちゃった。
「男子の間では、早くもファンが生まれだしてるみたいですよ」
「ファン!?」
思わず声が裏返る。
心底楽しそうに、殿下はさらに目尻を下げた。
「ドレスを引き裂いて、自身よりも大きな剣を自由に振るう姿に、あの場の全員、魅了されたのですよ。付いた渾名が『白銀の剣花』だそうです」
「……殿下、冗談はおよしください。剣を振るう野蛮な女に、そんな渾名いただけると思えません」
「確かにあの場全員、女のくせに、などと思っていたでしょうね。貴女が戦うまでは」
殿下の目は、笑ってはいるけど本気だ。
「そんなくだらない常識を、貴女はその剣で一掃されたのですよ。強くて美しい者に、人は惹かれるものです。……もちろん、僕もね」
最後を小声にして、殿下が目を細めて笑う。
――やっばい!
思わず鳥肌立ってきた。
絶望の未来が一気に近づいてきた事に、拒絶反応でも起こしたように。
――惹かれちゃまずいんだって!
一体何を間違えた?
なんで準入学早々、こんな人生の修羅場に放り込まれたの……?
『狂化状態のパルアスと一対一した時の方が、まだマシだったわ!』
……などと叫び出すわけにもいかず、私は笑顔を取り繕う。何を喋ってるか、もはや自分でもよく分からない。
心臓が早鐘を打つ中、先生が入室する。
それから先生の自己紹介があり、各生徒が全員に自己紹介し、今後の学園生活の流れを説明される。
前生の記憶が確かなら、多分、環境の変化に配慮して一ヶ月間の授業は午前中のみ、三ヶ月間は戦闘実技なし、といったことが説明されただろう。
多分というのは、一ミリも聞いてなかったからである。
空いた時間で学園や寮の敷地内を探索してみたり、聖教区内をグループで観光するプランすら用意されていたりしたはず。
それから答案が返ってきても上の空だった。ゼルカ様が「……八割近く正解されてるんですから! 大変素晴らしいです!」と、言いよどみながらフォローしてくれたので、その時は塩対応にならないよう気を付けたけど。
――そんなことよりも、とにかくこの状況を打破することを考えねばならない。
なんとしても、正一年生になるまで婚約の話を進めさせないようにしなければならないのだ。できなければ、待っているのは破滅、死刑、そして、前生ではそれを見る前に死んじゃったけど、恐らくトルスギット家の没落。
レナに雑草と泥水の食事をさせるわけにはいかない!
――考えろ私。死ぬ気で、命を全部投げ打つ覚悟で……!
とにかく、距離だ! 物理的にも精神的に距離を置くのである。
だが、不敬になってはいけない。「王家に楯突いたから、家ごと取り潰すわ」となる可能性だってゼロではない。殿下本人はしないかもしれないけど、周りの人間がするかもしれない。
――って、今までと何も結論変わらないじゃんか! この馬鹿!
生まれ変わっても悪い頭が恨めしい限りである。
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