12歳―3―
それからの二ヶ月は、本当にあっという間で。
気付けば、学園へ出発する日がやってきた。
「お姉様、どうかお元気で」
庭に出迎えに来たレナの目尻には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「レナも元気で」
全寮制の学園は五ヶ月の学期の後、一ヶ月の長期休暇となりその間は寮を出ることが許可される。慶弔など特別な事情がある場合はその限りじゃないけど。
なので、この間に親族や情勢等で大きななにかがない限り、再会は五ヶ月後となる。
「エルザさんとショコラさんも、どうかお姉様のことよろしくお願いします」
レナが深々と頭を下げた。
使用人と奴隷に対して、心の底からそうできる彼女に、あらためて敬意を覚える。
「はい。お任せくださいませ」
「まあ、できる範囲でな。コイツ相手に俺らができる範囲なんて高が知れてそうだが」
レナ以上に頭を下げるエルザに、特にいつもと変わらないショコラ。この二人が学園に同行し、私と同じく寮に住み込むこととなる。ちなみに使用人は三人まで連れて行って良いらしい。
前生では、レナが心を病んでから私の専属になったフランと、もう二人が代わる代わる寮にやってきた。代わる代わるとなったのは、私が少しでも気に入らなければ送り返していたからだ。彼女達にも悪いことをしてしまった。
その時の侍女達は今生では全員、屋敷で楽しそうに勤めてくれている。
「そうだエルザ、あれを」
「はい」
エルザに言って、とある物を出してもらう。
一つの横長の箱に収められた、二つの指輪を。
エルザから受け取ると、不思議そうにするレナの前でそれを開いて見せた。
「……あっ」
思い出したように、レナが小さな声を出す。
「作ってもらっちゃった♪」
ちなみにサイズはレナが寝てるときに黙って計っておいた。
僅かにサイズが小さい方を取り出して、一旦エルザに箱を預ける。
レナの右手をとって、薬指にはめる。
そして、少し離れたところに居るお父様とお母様に聞こえないように、
「私たちの結婚指輪は、こっちの指に、ね」
そう囁いた。
本物の結婚指輪は左の薬指だから、その反対、という意味だ。
「お姉、様……!」
レナの涙が増える。
エルザが持ったままの箱からもう一つの指輪を取り出して、レナに渡した。
「私のはレナがはめてくれる?」
レナが僅かに震える手で、ゆっくりと私の右薬指に指輪を通していく。
最後まではめ終えると、レナは黙って抱き付いてきた。静かに泣いているようで、私はそんなレナを、ぎゅぅっと、強く強く、抱きしめる。
「つい昨日届いたの。今日に間に合って良かったわ」
「一生、大事にします……!」
震えるレナは、小さい声だったけれど、力強く言ってくれた。
――どうしよう、私もちょっと、涙腺緩んで来ちゃう。
この国の結婚は、創造神への誓いと感謝の儀式である。
レナを救わせてくれた、あの痴女まがいの神様に、最大限の感謝を。
――もしかしたら、年を取るにつれて、姉とのペアリングなんて捨てる日が来るかもしれない。もっと愛する人ができて、私なんて居なくても平気になれる日が来るかもしれない。
それでも良い。
レナを幸せにできたなら、それが私の誇り。
このかけがえのない三年間があったことは、変わらないのだから。
「……相変わらずレナを甘やかしおって」
二歩、三歩と近づいてきたお父様が、呆れたように文句を付けてくる。
私は目尻を拭って、お父様を見上げた。
「あらお父様。三年ほど前、姉が妹を甘やかすのは貴族基訓でも許されてる、と仰ったのはお父様ですよ?」
「拡大解釈が過ぎる。大人が子供を甘やかしすぎる事への訓戒であって、姉妹に適用はされない、と言ったまでだ」
「似たようなモノです」
「全く……」
「大丈夫。私は二人の味方ですからね」
と言って、お父様の後ろから出てくるお母様。
二ヶ月前の話し合いの時も、私の説得で一番奮い立ってくれたのが、お母様だった。
お母様は一人っ子だったため、姉妹が仲良くしてるのはとても嬉しがってくれていたらしい。
それでも最初はお父様の意向を尊重しようとしていたそうだが、私とレナの思いを知り、一転。私たちの味方となってくれた。
三対一となったお父様は、現在孤立しているわけである。
――可哀想だけど、自業自得だもんね!
「もう散々話したではないですか。男子がいない中、ルナがもし王家に嫁いだら、レナの旦那さんがこの家を継ぐことになる。となると、ルナとレナの仲を引き裂くのは得策ではない、と」
「……ああ、分かってる。分かってるさ」
分かってはいるけど認めたくなさそうに、頭を掻くお父様。
「これ以上小言を言うようなら、レナを攫って駆け落ちしますから。私が学園に行った後、レナの気持ちをねじ曲げるようなことしないでくださいね」
そう言うと、横目でお父様が私を見下ろす。
「……お前なら本当にやりかねないのが恐ろしい」
「本当にやりかねない、と思わせないと脅迫の意味がありませんからね」
「減らず口を……。誰に似たのやら」
「毎日が侃々諤々な政治経済界で若き辣腕と謳われる、公爵様かもしれません」
「娘に口で負けるとは、大した辣腕だ」
自虐して、けれどどこか楽しそうに、お父様は小さな声で笑う。
つられて私も少しの間、口元を押さえて笑っていた。
「何か困ったことがあれば、すぐに言いなさい。情けない辣腕の力が役に立つこともあるだろう」
お父様が右手を差し伸べる。
「……ありがとうございます。情けなくないですよ、とても心強いです」
レナから右手だけ離して、その手を握った。
「なにせルナが困ってるのに助けなかったとなれば、うちの使用人に奴隷、それに妻に娘、最悪は国王陛下まで全員敵に回す事になる。遠慮せず言って来い。俺を守ると思ってな」
「あははっ、お父様の周りは皆、薄情ですね」
「薄情というより、俺よりもルナの方が人気なんだろう」
「でしたら、その時私はお父様の味方になりますね」
「はははっ、それはいいな。是非頼むよ」
朗らかに言って、お父様は手を離す。
と、ほぼ同時にお母様が後ろから抱きかかえてきた。いつの間にか背後に回られていたらしい。
「食事のバランスしっかりね。あと、きちんと決まった時間に寝ること。エルザの言うことちゃんと聞くのよ?」
「もう、子供じゃないんですから……」
「私の頃は、親元を離れた貴族の子がハメを外したものよ。健康を崩したり無気力になったりする子が多くて、先生からもよく叱られたわ」
「実体験なんですね」
「そう。剣も魔法も体が資本なんだから。贅沢や夜更かしするなとは言わないけど、計画的にね」
「ありがとうございます。心に留めておきます」
正面にはレナを抱き、後ろからはお母様に抱かれ。そんな私たちを、優しい眼差で見つめるお父様。
――こんなに暖かい門出ができるだなんて、思いもよらなかった。
前生ではレナの事もあり、そんな雰囲気じゃなかったから。
――ああ、私は家族に恵まれていたんだな……
そんなことに、前生では微塵も気付けなくて。
気付けた今生では、目一杯大事にしよう、と改めて心の中で思った。
「……二人ともそろそろ離れてあげなさい。予定が押してしまってる」
お父様に言われて、お母様とレナが私から離れる。
「それでは、行って参ります。どうかお元気で」
「行ってらっしゃいませ、お姉様」
「ああ、行ってらっしゃい」
「着いたら手紙でも頂戴ね」
「はい」
一礼して、待たせていた馬車に乗り込む。
――さあ、いよいよだ。
いよいよ、私自身の破滅の未来と向き合う時が来た。
待ってろよ王太子、必ずやそっちから婚約破棄を申し出るよう仕向けてやる!
戦場に向かうような気持ちで、私は馬車の扉が閉まる音を聞いた。
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