12歳―2―
ティータイム後。算術の勉強に向かう廊下。
エルザとともに、教室に向かっている最中だ。
「……私のこと、軽蔑するかしら」
誰もいない時を見計らって、私はそう尋ねた。
「なんのことでしょう?」
こともなげなエルザ。
「私とレナの大事な話と察してたでしょう? 貴方ほどの侍女が聞き耳立てないわけないわ。私に仕える上で不利になるかもしれないんだから。一生聞いてないフリをするつもりだったでしょうけど、別にいいよ」
「……流石のご慧眼でございます」
暗に認めてきた。
――やっぱり聞いてたのね。まあ、いいんだけどさ。
「勢いで言っちゃったとはいえ、もちろん本心なんだけど……我ながら、クズだなと思うわけよ」
「そうでしょうか?」
「……と言うと?」
「まさにレナーラ様が望んでいたご返答だったかと」
「いやまあ、結果論そうだけど……」
「ルナリアお嬢様のために治癒魔法を習う、と言ったレナーラ様です。生涯お嬢様と共に生きるのが一番の幸福というのは、端から見てる身としては、至極当然の流れと思いました」
「いやでも、しばらくそばに居られなくなるわけで……その間、寂しい思いを強制しちゃうのはやっぱり、どうかと思うんだけど……」
「おそらくレナーラ様自身、『自立なんてできない」と内心考えておられたと思われます」
「そうなの?」
「想像に過ぎませんが。『嫌でも自立しなければ』という思いのみで、あの話を切り出されたように見受けられました。ですから、お嬢様の回答が満点だったと思うのです。どうせ寂しい夜を過ごすなら、『忘れよう』とするより、『早く会いたい』と思う方が建設的かと」
「……なんだか一理あるように聞こえてしまうわね」
「いずれにしても、レナーラ様ご自身もご納得されたのですから。あまり悔いる必要も無いかと」
「まあ、そうね。今更撤回もできないし、する気も無いし」
「それより、どちらかというとその後の方が、どうかと思います……。軽蔑とまでは言いませんが」
「その後? ああ、キスしたこと?」
「……したというか、なんというか……」
表情が動かないことに定評あるエルザの顔が、わずかに引きつった……ような気がした。
「しない方が良かった、ってコト? そうかな、可愛らしいおねだりだったと思うけど」
「……いえ、失言でした。今の言葉はお忘れください」
「? なによ、含み持たせるわね」
それから、エルザは固く口を閉ざす。
エルザが私の不利益になるような事をするとは思えないから、黙っている方が私のため、と判断したのかもしれないけど……
最後のレナの表情と相まって、どこか納得いかない気持ちは残らないでもない。
でもまあ、いつか必要になれば、真意を言ってくれる日が来るでしょう。レナもエルザも、多分。
エルザが黙るなら、今はあんまり考えないようにするとしよう。
†
「なんだ、今日からやめるんじゃなかったのか?」
夜。脱衣所に入ったレナを見て、ショコラがそう言った。
「やめるのを、やめることにしました」
フランに服を脱がせられながら、レナが答える。
「ショコラは知ってたんだ」
二人のやりとりを聞いて、私は言う。
「三日くらい前に聞かされた。俺に言われても、って感じだが」
「誰かに言っておかないと、決心がぶれそうだったので……」
「ふうん……」
なんとかショコラへの嫉妬心を押さえる。
そのまま裸になった三人で浴室へ。
まずは体を洗う。ショコラは一人で自分を洗うけど、最近の私とレナはお互いを洗い合うのが流行だった。
先にレナの髪を私が洗い初める。
「なんでまた気が変わったんだ? 俺に言ってきたときは結構な決意だった感じなのに」
ショコラからレナに質問が飛んできた。
「……本当は、お姉様と離れたくない、って気付いたからです。ショコラさんには馬鹿にされるかもですけど……」
「私がワガママ言って止めたのよ。私とずっと一緒に居たいと思って欲しい、って」
「あー、なるほどね」
あっけらかんとショコラが言って、体の泡を洗い流す。
「そりゃ、しゃあねえな。俺が馬鹿にする権利なんてねえよ」
「……そう、なんですか?」
レナが下を向いたまま、目だけでショコラの方を見る。
「俺も一緒だからな」
「一緒?」
「同じく、ルナに欲しいと言われた側だから」
「……そういえば、確かに」
「この女にそう言われちゃ、しゃあねえよ」
「ふふっ、そうですね。しょうがないですよね」
二人で小さく笑い合う。
――仲の睦まじいことで。
「それは置いておいても、俺に言ってきたときと今じゃ全然顔違うし。良かったんじゃねえかな」
「顔、違います?」
「『お姉様離れします』って言ってきたときは、本当にこの世の終わりみたいな顔してたからな」
「そ、そこまでじゃ……ない、と思うん……ですけど……」
自分で言ってて自信が無くなっていくようで、ドンドン語尾が小さくなる。
「ルナに言いに来たときも、そうだったんじゃねえか?」
ショコラが私の方を見る。
「そうね。私より白い顔してたかも」
「今のお姉様より白いわけないじゃないですか!」
なんて話をして、体や髪を洗い終える。
そして、三人で移動し、湯船に浸かった。
ほとんど同時に息を吐く。そんな息と一緒に、一日の疲れが飛んでいくようだ。
「そもそも、姉離れしたくなったのは、なにか理由があるの?」
昼から考えていた質問を投げかける。
「理由……やはり、貴族は自立が尊ばれますし。私ももう十歳になって、一応名目上ですが、人様を雇わせていただく立場になりました。それなのに、いつまでも夜が寂しいなんて言ってちゃ駄目だと思いまして。最近、お父様とお母様にも言われました。自立しろ、と」
「そうだったんだ。まあ、お父様達はそろそろ言い出すか……」
――うーん、お二人にはどう対処したものか。
「誰かと居ると自立してない、と言われる意味が良く分からんな」
ショコラが言い始める。
「愛玩動物みたいな扱いなら分かるが……。お互いの意思なら、それも自立の一つだろ。結婚だって、寂しいから、って理由でするヤツが大半だし。結婚してるから自立してない、とはならないじゃんか」
「そうね。全面同意」
味方を得て意気揚々になる私。
「レナに聞かされた時は、俺に言う権利ないし黙ってたけど。こうなって正解だったと思うけどな」
ショコラは両肘を後ろの縁に乗せて、誰を見るわけでもなく続けた。
「そう、ですかね?」
「三年前は、ただ『寂しい』って本能に負けて姉貴を頼った。で、今度は『姉離れすべき』って親の声に負けて姉離れを言い出した。そこに自分の意思なんてなかった」
「……そう、ですね。否定できないです」
シュン、としてレナが言う。
「でも、これから二年間の『寂しい』に耐えると決めて、『姉離れ』なんて言葉に唾を吐いた今こそ、やっと、少し自立できたと言えるんじゃねえかな。どっちが欠けても、それは本当の自立と言えないと思うぜ」
……私もレナも、唖然としてショコラを見る。
「なんてのは、ただのへりくつだから。親父さんとお袋さんに通用するかは知らねーけど」
最後に茶化したように笑い飛ばして、ショコラは締めくくった。
「……ありがとう、ショコラが居てくれて良かった」
素直にそう言う。
「別に、思ったことを言っただけだ」
「それが、嬉しいのよ。ね、レナ?」
「はい。味方でいてくれる人が居るんだなって。勇気になります」
真っ直ぐな目で言うレナに、ショコラも僅かに照れくさそうに鼻の頭を掻いていた。
「でも、そうね。このままだとお父様とお母様のお小言は止まらないだろうし……」
「私、お話ししてみます。今のショコラさんのお話を参考にして」
「うん……。でも、流石にショコラの言うとおり、へりくつと言われるだけのような気も……」
そこで、ふと思いついた。頭の上に豆電球が光ったようだった。
「結婚しよう、レナ!」
「けっ!?」
レナの顔が一瞬で真っ赤になった。
「今ショコラが言ってくれたじゃん! 結婚は、自立してる者同士がすることだ、って」
「……脳みそ茹だったのか? お前ら姉妹だろ」
ショコラが呆れたように私を見下す。
「本当の婚姻は無理だけど、私たちの間だけの約束というか、決め事というかさ。そうよ! なんで思いつかなかったのかしら……」
言いながら、ドンドンこれからの展開が思いつく。
「まずは指輪よね。領内の業者さんに頼んで二個作って貰うのがいいかな……」
「おい」
「それから私たちだけの婚姻届を作ってもいいかも。そこにお互いのサインを書き入れて……」
「待て、こら」
「あ、証人はショコラお願いね!」
「待てって。肝心の結婚相手が付いてきてねえよ」
ショコラがレナを指さす。
促されて隣を見ると、ゆでだこみたいに真っ赤になって、目を回してるレナが居た。
「大丈夫? のぼせちゃった?」
「い、いえ……け、結婚は、その、お姉様、王太子殿下の、筆頭候補なんですし、私たち、女同士ですし……」
「あくまで私たちだけの結婚よ。もしお互いが将来男の人と結婚しても、無くならない。世界で私たちだけは、奥さんをもう一人持ってる、みたいな。素敵じゃない?」
「確かに、す、素敵です。素敵すぎて、その……」
「……私と結婚するの、嫌?」
「嫌なわけないです! 嫌じゃないんですけど! その、あまりに急展開過ぎて……」
「……ごめんなさい、レナが何を言いたいか、良く分からない。そんなに変なこと言ってるかな」
「変なことは言ってるだろ。個人的には面白そうだと思うが……今はやめてやったほうがいいと思うぞ」
ショコラに止められて、今度は私がシュン、となる。
――いい案だと思ったんだけど、何か悪かったかな……?
――『お姉様と結婚したので、今後も一緒にお風呂に入るし一緒に寝ます』って言えば、お父様もお母様も、流石に自立がどうとか言わなくなるとおもうんだけど。
……と二人に言おうと思ったけど、なんとなく一蹴される予感がしたので、口を閉じることにした。
「……レナ、前言撤回するわ。多分お前、このままだと姉貴にいろんな意味でひどい目に合わせられそうだ」
「どういう意味よ?」
「……本気で聞き返してくるのが大物だな、ホント」
「?」
――本気で聞き返してるから、本気で答えていただきたいんですけどっ!?
「……心配してくれてありがとうございます。でも、こういうひどい目なら、ちょっと本望ですから」
「姉妹そろって大物だぜ」
ショコラは犬歯をむき出して笑う。
「私だけのけ者にしないでよ」
ついつい口をとがらせてしまう。
「安心しろ。徹頭徹尾、話の中心に居るのはルナだから」
「……それは、間違いないですね」
また二人だけ笑い合う。
――もう知らない。二人で仲良くしてればいいわ!
結局、エルザからも「結婚という言い回しは避けた方がよろしいかと……」という忠告を受けたため、作戦変更。
エルザからもらった助言どおり、「学園に行けば強制的に自立することになるのだから、あと二ヶ月だけ見逃して」と私とレナの二人で言いに行くことで、渋々納得させた。
納得というか、諦めかもしれないけど。
親を諦めさせることに定評がある、今生の私です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。
執筆・更新を続ける力になります。
何卒よろしくお願いいたします。
「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。




