11歳―7―
それからさらに数日後。お父様から、あのギガースが釈放される、と聞いた。首輪の破片から、狂化されたことが証明されたそうだ。私と馬車以外に被害を出さなかったのも、釈放の理由であるらしい。
すぐに自分の奴隷にしたい、とお願いすると、お父様も(説得を諦めたようにため息をついてから)王都に打診の手紙を書いてくれた。
その後二週間ほどして、ギガースのパルアスが我が家に訪れる。
今はまだ彼が入れる部屋がないので、仕方なく庭で話をすることに。
私の前まで来ると、彼は片膝をついて、私と視線の高さを合わせようとしてくれる。と言っても、まだまだ見上げないといけない高さなんだけど。
エルザやショコラ、それにレナも、遠巻きに私達の様子を伺っていた。
「お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
紳士的にパルアスが礼をする。
「奴隷にしたいという話……考えてもらえたかしら?」
「願ってもないことです。元よりギガースの里が合わず、人の国で生きていきたいと考え、出てきましたので」
「それは良かった。安心して。我が家は世界でもトップクラスに奴隷の待遇が良いと評判なのよ」
「それはありがたい。ですが、ご遠慮なく御用をお申し付けいただければと存じます」
「ありがとう。貴方にお願いしたいのは三点。一つ目は力仕事を初めとした屋敷の仕事。普通の奴隷の仕事ね」
「はい」
「二つ目は私との模擬戦」
「模擬戦、ですか」
「もちろん手加減はしてほしいけど。私、もう少しだけ、強くなりたいので」
最悪、将来私の処刑が決まってしまっても、逃げられるくらいには。
もちろん、そんな未来を避けるために頑張るけどね。
「なんと向上心の高い。かしこまりました」
「そして三つ目。私は八ヶ月後にこの地を離れて、中央学園に入学することになるの。中央学園は全寮制だから、私が不在の間、レナの護衛をお願い」
「レナ……?」
「私の妹のことよ」
「なるほど。承知いたしました」
「話は決まりね。あとは、これを」
そこで、私は傍らに置いておいた大剣を持ち上げた。
「あのとき持って行っちゃったままだったから。お返しするわ」
言って、地面に突き立てる。彼の方に柄を押し出した。
――すごく手にしっくりきたから、もう一度くらい振るってみたかったけど。
「この剣は、もう不要になったということですか?」
パルアスがそう聞き返してくる。
「え? いや……不要か、と聞かれると、不要じゃない、という答えになるかも。でも、貴方の物だし」
「であれば、そのままお持ちください」
パルアスは優しく微笑んで、柄を前に押した。再び私の方に柄頭が向く。
「あのとき、私は言いました。『必要であれば差し上げる』と。まだまだ強くなりたいというお役に立てるなら、この剣も本望でしょう」
「……いいの?」
パルアスは小さく頷いてみせる。
「これは我が家に伝わる剣、『ガンガルフォン』。鋼に魔法銀を練り込んだ代物で、魔法伝導率が非常に優れていると聞いています」
「魔法伝導率?」
「はい。エンチャント時の効果が非常に高まる、とお考えいただいていいかと」
「エンチャントが前提の剣、ということ?」
「その通りです。百年ほど前、魔法の使えないギガースが中巨人族と争いになった際、エルフに助けを求めたそうで。彼女らの精霊魔法を剣に宿すために、造られた一振りがこれです。そのおかげで、魔法剣と戦技を両立し、争いに勝利したそうです。この剣はつい十年ほど前まで、そのときエンチャントされた炎魔法が燻っていました」
「いやいや! そんな大事な剣、受け取るわけにいかないって。貴方の家の家宝のようなものということでしょう?」
「ご安心ください。私の家族はもうこの世に一人もいません。だからこそ里を出るときに持ち出したのです。つまり反対する者もおりません」
「でも……」
なんだか、ギガースにとって歴史的な物らしいし……
それに真剣の所持なんて、お父様が許してくれないだろう。
――もちろん、欲しいか欲しくないかで言えば、めちゃくちゃ欲しいんだけど。
「……あの時の貴女の、見事なまでに輝かしい魔力の閃光。なにより、その小さな体で立ち向かう、大きな勇気。そのおかげで私は人殺しにならずに済み、こうしてまた人里で働くことが許可されたのです。どうか、お願いです。その体の色を奪ったせめてもの償いに、お受け取りいただきたい。あの閃光がまた必要になった時、必ずやお役に立つでしょう」
パルアスは目を細めて、剣を引き抜いた。
そして刀身と鍔元を両手で持ち、柄を私の手元に寄せてくる。
「魔法剣が廃れたこの時代に、魔法剣を扱う貴女とこの剣が出会ったのは、きっと創造神の思し召しかと」
……本当にあり得そうで困る。
『魔法剣と相性のいい剣と出会うのも才能の範疇』……というのは流石に行き過ぎだろうか?
――前生でもこの剣に襲われたハズだし、流石に考えすぎよね。うん。
「どうぞ」
パルアスはにっこりと、さらに私に柄を近づけてくる。
「……貴方も大概、強引ね」
思わず苦笑いが零れた。
「不要であれば処分するしかありませんから。曲がりなりにも形見の剣、流石にそれは心苦しい。私としても、是非お嬢様に持っていていただきたいのです」
「貴方が持てばいいじゃない」
「道具で狂化されていたとはいえ、あんなことをしでかした私が凶器を持つわけにはいきません。元々、剣は得意でもありませんし」
「うーん……。処分するなんて聞いたら、流石に断れないわね……」
「柄が太すぎるようでしたら、そのあたりは加工させていただきますよ」
「わかりました。お父様への言い訳は、また後で考えるとしましょう」
補助魔法を展開。
右手を伸ばして、柄を取った。
パルアスが手を離す。
ギガースに合わせたサイズの柄は、確かに全体を掴みきれない。けれど、どうせ魔力で支えるのだから、あまり問題ではない。
――もしかしたら、柄にも魔法の加工がなにかあるのだろうか?
だとしたら、魔法の力で持つ私の手に馴染むのも、理解できる。
「お似合いです、お嬢様」
パルアスが褒め散らかす。
「……どう見ても不釣り合いでしょ。刃の部分ですら私より大きいに」
「外面だけのことではございません。とはいえ、外面も似合っているとは思いますが」
「そうかなぁ……?」
「ちなみにですが、その剣は敵に悟られぬよう、真名を知らぬ者にはただの小剣にしか見えない欺瞞が施されています。現代であれば、よもや魔法剣の使い手と見抜かれないでしょう」
「へえ、そうなんだ」
確かに、以前アナライズを掛けたときは『ギガースの小剣』としか表示されなかったはず。
試しにアナライズで見てみた。
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【ガンガルフォン】
・攻撃力 145
・防御力 38
・魔法攻撃力 119
・魔法防御力 97
・重量 101
▽補正
・膂力 A+
・技術 A-
・魔技 S+∞(エンチャント時、エンチャント者の魔技を参照)
刀身にミスリルが編み込まれた大剣。
エンチャント効率はかつて最大で3000%以上を計測し、理論上は限界値がない。
扱いを極めれば魔法を直接使用するよりも遙かに効果が高くなる。
現在はミスリル自体が非常に希少となり、このように大量の魔法銀を用いた武器は作れないと言われている。
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「ちょっと! なんかすごいこと書いてあるんですけど!」
思わず叫んだ。
「……どうかされましたか?」
パルアスがそう尋ねてくる。
「これ、歴史的価値どころか、希少価値もヤバいらしいじゃん! どうりでミスリルなんて聞き覚えないと思ったわ」
シン、と静まりかえる我が家の庭。
――流石に返すべきよね、これ……
などと考えている、その最中、
「書いてある、とは、もしかして、今鑑定スキルをお使いになったのですか……?」
パルアスが半信半疑といった風に聞いてきた。
「えっ? いやまあ、そうだけど」
「……ミスリルの価値まで表示する鑑定スキルなど、おそらく最上位であるアナライズくらいしか無いと思われますが」
「…………」
――やっべぇ……
「人間がアナライズを習得するには、才能がある者でも数十年の修練が必要と聞き及んでおります。人間という種は鑑定スキルの適性がなく、鑑定魔法の適性も低い、と。知的ドラゴン種などは生まれつき所持している場合もごく稀にあるそうですが」
「……………………」
――へぇー、そおなんだー、べんきょーになるぅー。
「しかも今、本当に一瞬でしたよね? 人間はアクティブな鑑定スキルは所持できないはずでは……?」
「…………………………………………」
「……お嬢様……?」
「……………………………………………………………………………………」
たおやかに、できる限り引きつらないように、満面の笑み。
そして彼の耳元に歩いて、左手で手招きして耳を寄せるように要求。
さらに姿勢を低くした彼の耳元に、口元を寄せて、
「バラしたら首切りね」
そう囁いた。
パルアスは僅かに青ざめた表情で、
「それは、仕事的な意味でしょうか。それとも……」
と小声で聞き返してきた。
私は何も答えず。
右手に持ったガンガルフォンの切っ先が、たまたまパルアスの首元に向いた。
「か、かしこまりました。この口、固く閉じて参ります」
「あら、私は別に何も言ってませんが」
「主に皆まで言わせるなど、家臣として失格と存じますため」
「殊勝ね。聡い家臣は私も助かるわ」
「あ、ありがたきお言葉……」
「今後はもう少し早く賢くなってくれると、私、とっても嬉しいかも」
「はっ! 精進努めて参ります! ご指導ありがとうございます!」
「まあまあ、そう固くならず。……これからよろしくね」
――ふう、あぶないあぶない。なんとかポップでキュートに誤魔化せたわね!
†
というわけで、その後お父様に事情を説明。
せいぜい部屋に飾る許可がもられえれば、あの木剣の柄と一緒に置いておくのもいいかな、と思ってのことだったけれど……
「ふむ。それ以上の剣などそうそう用意できまい。そういうことならそれを使うがいい」
「……使う?」
思わず小首をかしげる私。
「燃え尽きた木剣の代わりは要るだろう? もちろん有事の時以外は人を傷つけたりしないようにな」
「いえ、ですが、女の私が真剣を持つのは、嫌なのでは……?」
そこでお父様は小さく息を吐いて、執務椅子に深くもたれた。
「参謁の際、国王陛下はルナの功績を大層褒めてらっしゃった。その時、お前から剣を取り上げようとした時の話をしたら、叱られたよ。あのお方は本当に柔軟で視野の広い御仁だ。今その剣を取り上げようものなら、今度は公爵の位を取り上げられるかもしれん」
お父様は冗談っぽく笑う。
「陛下の説教もそうだが、最近のルナの頑張りや、レナとのこと、ショコラのことときて、この戦果だ。さすがに私も考えを変えた。好きな事、向いている事をすればいい」
「お父様……」
「もちろん、娘が周囲から奇異の目で見られるのは避けたい、という思いは変わらない。このままいけば、きっと辛いこともあるだろう。実際、王妃陛下はルナが剣を扱う事を知って少々、眦をつり上げられたように見えた。……けれど、非公式ながら陛下に認められるほど頑張ったのも知っている。そんなお前を、私も信じるよ」
前生の最後、檻越しに泣き崩れるお父様の姿を思うと、思わず涙が零れそうになる。
頑張ってきて良かった、と。
とても嬉しかった。
嬉しかった、のだが……よくよく考えると、少々困った状況だ。
国王が認めたと言うことは、王太子も認めないわけにはいかないわけで。
少なくとも王太子の方から「女のくせに剣を振るうなんて」と婚約拒否……というシナリオはなくなってしまった。なんせ国王お墨付きになってしまったのだから。
頼みの綱の王妃も、国王の手前、大々的に批判はできないだろうし。
――なんとか王太子に穏便に婚約拒否してもらうよう、もっと頑張らないと!
まあ、王太子おっぱい好きだし、剣という保険がなくても、なんとかなるでしょう。
「突き通してみろ、お前の意地を。どうせなら世界の常識すら覆してしまえ。剣で一番強いのが王妃だなんて、そんな国、痛快じゃないか」
お父様は獰猛に、歯をむき出して笑って見せた。
本当にそんな国になったら面白くて仕方が無い、と考えているのが、ありありと分かる。
「そんな影響力持てるほど強くなれるかはわかりませんが……。今後も努力いたします」
と、お父様の手前、答えはしたものの……
――ごめんなさい。そんな未来は、絶対に来ないんです。
そう、心の中で謝る。
なにせ、当の王太子は将来、聖女となる子と浮気するわけで。
それに私自身、穏便に生きたいと思って、魔法剣の才能を得たのだから。
でもまあ、お父様が認めてくれたこと自体は、嬉しい。
今はとりあえず、それだけ噛み締めることにしよう。
でないと、今お父様に向けている笑顔に出てしまうかもしれないから。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、
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