11歳―6―
目が覚めて六日後。
私の体力もある程度戻ってきたところで、領内にある治療院に訪れた。
治療院とは、文字通り継続的な治療を施すための施設である。ここでは、一度の治癒魔法では回復しきれない怪我や、魔法では解消出来ない病気を患った人達が通い、入院している。
その内の一室。エルザがドアを開け、私は中へ入った。
ベッドの上に座っていた一人の青年がこちらを見る。右手で何かの器具を握る訓練をしてるようだったが、私の姿に驚いた様子で目を丸くした。
以前、剣兵隊長と一緒に話をした青年であり――野盗達との戦いで、レナの馬車を守ってくた人物である。
先日の野盗達との戦いで、唯一、まだ退院できていない私兵でもある。
「お邪魔します」
私の後ろにはショコラと、剣兵隊長も居る。私が領地へ降りると聞いて、護衛を買って出た二人だ。
青年は私たちを……というか私を見て、一瞬きょとんとしていた。が、すぐに気付いたように体をこちらへ向ける。
「ルナリア様……ですか?」
「ええ。自分でもこの見た目に慣れませんけど」
「……噂には聞いていました。色素を失ったと」
「おかげさまで、色素だけで済んだみたいです」
遅れて他の後遺症が来るかもしれない、とは言われているけど……延べ九日経って特に無いし、可能性は低いと思う。
「どうしてこんなところに?」
「どうして、って。もちろん、お見舞いですよ」
エルザがドアを閉めて、持ってきた花を備え付けの花瓶に用意し始めた。
「腕が動かなくなったと聞きましたが……その後、お加減いかがですか?」
「……このままリハビリを続ければ、日常生活には戻れるだろう、と言われています」
青年の表情は暗い。
彼はあの戦いで、右腕の筋を大きく切り裂かれたらしい。レナの馬車を守ろうとした時だという。だから私が合流したとき、彼はうずくまっていたのだ。
「……ありがとうございます。レナを、守ってくれて」
言って、私は頭を下げた。
エルザと隊長が、そんな私を制止しようとする。ショコラだけはなにもしてこなかったけど。
「腕が斬られたまま野盗に立ち向かった、と聞いています。貴方の勇敢さに、レナも、私も救われたんです。本当に、本当に、ありがとうございました……!」
「お、おやめください。自分はもう、とにかく必死だっただけで……」
そう言われて、私はゆっくりと顔を上げる。
「一人でギガースを倒したルナリア様に、頭を下げられるような価値のある人間ではありません……」
青年が吐き捨てるように言った。
「私がギガースを倒すと、どうして貴方の価値がなくなるんです?」
「だって、俺は、男なのに……!」
初めて聞いた彼の『俺』は、ひどく悲痛だった。
「……すぐ魔法隊に治療してもらえば大事に至らなかったかもしれないのに。それでも貴方は退かず、斬られた腕を無理させて、レナのために戦ってくれた。そんな貴方だから、私は敬意を表すのです。そこに、功績も立場も関係ないですよ」
懐から一枚の書類を取り出す。
先日、彼が屋敷に送ってきた、退職届けだ。
「今日私が来たのは、お礼を言いたかったのと……もう一つ、これについてです」
「これについて、と言われても……。そこに書いてあるとおりです。自分はもう、使い物になりません」
「でも、リハビリは順調なのでしょう?」
「あくまで、日常生活に戻れるかも、というだけです。剣は一生握れない、と言われました」
シン、と静まりかえる。
……私が紙を引き裂く音が、響くまでは。
その場の全員が、私に注目した。
「……ルナリア様……?」
隊長が戸惑ったように私を呼ぶ。
「こんなもの受け取りません。腕を負傷した程度では、屋敷を去る理由になり得ませんので」
「なにを……」
青年も隊長と同じような表情で私を見ていた。
「物理的に剣を握れないなら、管理職でも事務職でもあります。それもダメなら、私の執事でも。いずれにしろ、国王陛下から一等の領地を預かる我が家には、仕事が山ほどあります」
「……そういう仕事は、自分には向いていません。剣だけが取り柄だったんです。ですから……」
「嫌です」
彼の言葉を断ち切る。
「剣だけが取り柄? とんでもない。貴方ほど責任感と強い心を持つ方、他に知りません。その右腕を呈して、貴方は自分の有能さを知らしめたんです。こんな素晴らしい方、他の屋敷や仕事場に渡しません」
呆然としていた彼の表情が、僅かに赤みを得たように見えた。
「ご存じの通り、私、ワガママで性格の悪い公爵令嬢ですから。たとえ本人が諦めたとしても、この私が、貴方を諦めてなんてあげません」
そう言うと、彼は表情をそのまま……一筋の涙をこぼした。
「ご理解いただけたら、退職ではなく、転属届けを書きましょう。とはいえ、一つだけ制限を設けます。レナに恒常的に近づける職は禁止します。貴方のように素敵な殿方が側に居られたら、レナを取られてしまうかもしれませんから」
「ははっ……。それは、あり得ないと思いますけどね」
そこでやっと、彼は声を出して笑った。
笑いながら、ポロポロと涙を零し始める。
そして、ベッドの上で両膝をついて――うまく動かない右腕だけは放り出すような姿勢で――深く私に頭を下げた。
「ありが、とう、ございます……! この身、トルスギット家のために、必ずや役立てて見せます」
「お礼を言うのはこちらの方です。ありがとう。これからも、よろしくお願いしますね」
それから、ひとまずは腕の経過を見てから話をすることにしよう、と言うことで、その場は解散となった。
そうして、一ヶ月後。
色々と話し合った結果、イズファンさんの元で、執事見習いとして働くことになった。
イズファンさんと一緒に転属の挨拶に来た彼は、新品の執事服を着て、ぎこちない最敬礼で私に頭を下げた。
イズファンさんが脚撃術を教えるようになると、持ち前の身体能力で凄い速度で習得していっているという。
腕がダメなら脚で戦うというのも、なんともたくましいことである。
私も、お父様への説得を頑張った甲斐があったというものだ。
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