11歳―4―
気絶してる場合か! と自分を起こす。
横たわっていた私は土と菜の花まみれで、右手には木剣の柄だけが握られていた。その柄だった部分も大半が焦げている。
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・右手装備 コカルト樹の木片
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見たとおり、もう木剣としては機能しないようだ。
とはいえ、これまで鍛錬の日々を共に過ごした愛剣。捨てる気になれなくて、懐にしまう。
「……皆は……?」
とにかく、戻らないと。
月の位置を見ると、そんなに長く気絶していなかったようだ。まだ戦闘中かもしれない。
でも、剣が無い私なんて、ただの非力な性格の悪いワガママ令嬢に過ぎない。
行っても役に立つか分からないけれど、とりあえず起き上がることにした。
少し離れたところで、ギガースが倒れているのが見える。生きているか死んでいるかは分からない。少なくとも動き出す様子はなかった。
そんなギガースの傍らに、剣が突き刺さっていた。月光を浴びて、刀身が鈍く輝いている。
――剣、あったわ。
そちらに向かって歩き出す。なんだか左脚が上手く動かないのと、視界がチカチカするのが、少し鬱陶しかった。
確か『ギガースの小剣』と言うことだったけど、私から見れば大剣である。刀身が私の身長と同じくらいだ。
とはいえ、剣というなら扱えるだろう。どうせ魔法剣の天才なんだし。
補助魔法を展開。
――うん、魔力神経は壊れてないみたい。
使った瞬間、体中が死ぬほど痛かったけど。まあ、死ぬほど痛いだけで、死にはしないでしょう。多分。
そのまま右手でギガースの小剣――私にとっては大剣なので、以後大剣――を掴む。
生まれて初めて握った真剣は、驚くくらい手に馴染んだ気がした。不思議だ。柄の全部に指が掛けられないくらい、サイズは不相応なのに。
そのまま引き抜く。
すると、ほぼ同時にゆっくりとギガースが体を起こした。
咄嗟に剣を構える。
――嘘、アレ喰らって生きてるの!?
「……争う気はありません。その剣も、必要なら差し上げます」
ギガースが喋った。
その目は先ほどまでと打って変わって、知性に溢れている。
「狂化が解けたの……?」
「貴女のお陰です。この首輪のせいで狂わされていましたが、あの一撃で壊れたようです」
確かに、よく見ると首輪にヒビが入っていた。
ギガースはその首輪を、バキッ、と握り砕く。重い音を立てて首輪の破片が地面に落ちていった。
「……くれるというなら、この剣、いただくわ。まだ戦わないといけないかもしれないから」
「であれば、自分もお供しましょう」
「本当なら助かるけど……いつ裏切るか分からない相手を連れて行けない」
「この傷です。どうせ、もって数刻の命でしょう。であれば、どうか罪滅ぼしに使わせていただきたい」
ギガースが自分の胸元の傷を指差す。
――そういえば、痛覚が鈍い、ってアナライズで書いてあったっけ。
「分かったわ。だったら余計、急ぎましょう」
「はい」
走り出す。上手く動かない脚は筋肉代わりの補助魔法で無理矢理動かす。
方角は全体鑑定をもつギガースに案内してもらった。全体鑑定は、アナライズより効果範囲も広いようだ。
「私の先生に、治癒が得意な方が居ます。その方なら、その傷も治せるはず」
「……かたじけのうございます。ですが、私のことは二の次で構いません」
「ええ、悪いけど、それはそうさせてもらうわ」
戦闘中に吹っ飛ばされた分を駆け、壊された馬車の元までなんとか戻ってきた。
戦況を見る。
私兵団と言っても、全員が馬車に乗れたわけでは無い。およそ十人ほどだったはず。それに戦えない使用人も多い。対してあちらは三十人から四十人規模。
個々の能力は私兵の方が高くても、数の暴力でやや押されているようだ。
「レナは!?」
レナと別れた方を見る。
私たちが乗ってきた馬車に、三人の野盗が群がっているのが見えた。ドアをこじ開けようとしている。
その周りではイズファンさんが倒れ、先日会話した青年がうずくまり、剣兵隊長が他の野盗と戦っていた。
魔力剣を五本生成。
最優先は馬車をこじ開けようとしている連中!
背中から不意の攻撃を受けて、三人のうち二人が倒れ、一人が痛みにどこかへ逃げ去っていく。
「貴方は向こうの倒れた馬車の方を!」
「承知です」
そう指示してギガースと別れ、大剣を担いだまま駆け出す。
馬車の窓を覗き込む。
中ではこちらに背中を向けて、体を縮こまらせて振るえているレナが見えた。
「レナ!」
思わず名を呼んでいた。
レナは振り返って、私の顔を見ると、恐怖に染まった顔をくしゃくしゃにして、「お姉様!」と窓に近づいてくる。
「……お姉、様……?」
「もう少しじっとしていてね。大丈夫。全部、お姉ちゃんがやっつけてくるから」
そう言って、剣兵隊長の加勢に向かおうとした……
瞬間。
「お姉様危ない!」
レナの声で、背後から突き立てられた切っ先をなんとか転がるようにして躱した。
「きゃっ!」
馬車に突き刺さって、レナの悲鳴がドア越しに聞こえる。
私は転がった勢いのまま立ち上がり、大剣を構えた。
背中に魔力剣が刺さったままの野盗の一人が、血走った目で私を睨む。
「くそっ、ギガースも居て、なんでこんなことに……。せめてどっちかだけでも持ち帰らなきゃ、割に合わねえ!」
剣を引き抜いて、再び私に襲いかかってくる。
その野盗を、右腕の大剣一本で剣ごと斬り裂いた。
「ぐわあああああ!?」
野盗が胸から血を吹き出して倒れる。
――生かしておく選択肢はない。
もし回復手段を用意していたら、危険だ。
私の体もいつまで保つか分からない。
レナの側に危険な存在を生かして置いておくわけにはいかない。
私は大剣を逆手に持って、仰向けになった男の真上で切っ先を向ける。
大剣を振り下ろそうとした……
その時だった。
「ルナリア様」
横合いから手を捕まれる。
見ると、額から血を流す剣兵隊長だった。
「隊長さん……」
「ルナリア様が背負うべき命ではありません」
言って、剣兵隊長が自分の剣を掲げる。
そのまま野盗の心臓に、剣兵隊長の剣が突き刺さった。
野盗は静かに、かくん、と力を失って絶命する。
――初めて目にした、人の死に、思うところが無いではないが……
感傷に浸っている暇はない。
まだ、敵は残っているのだ。
二、三度、頭を左右に振って、意識を切り替えた。
「隊長さん、魔力剣を置いていくので、ここをお願いします」
言って、魔力剣を追加で五本展開。
トルスギット家関係者以外の、害意のある者を目標にするよう命令。
一瞬気絶したけど、なんとか倒れる前に脚を踏ん張った。
「ル、ルナリア様、大丈夫ですか!?」
剣兵隊長が私を支えてくれる。
……戦って、走って、また戦ったせいか、体中の血が熱い。
手足の感覚もとっくに無い。
けど、それでも……
「……大丈夫よ。なにせ、王都でデートが待ってるんだから」
「……そう、でしたね」
剣兵隊長と小さく笑い合って、私一人でギガースの加勢に向かう。
私が着く頃には、すでに野盗達は敗走を始めているところだった。
――そりゃ、ギガースの強さを一番知ってるのは、彼らだもんね。
「ありがとう、助かったわ」
去って行く野盗達を横目に、ギガースを見上げた。
私の言葉で、私兵団や使用人達も、少しギガースへの警戒を解いたようだった。
「いえ、なにもしておりません。奴らが怖じ気づいただけです」
「無理も無いわ。……セレン先生!」
少し離れたところで使用人達を守るように立っていたセレン先生を見つける。
彼女も全身の魔力神経を浮かび上がらせて、肩で息をしていた。
「ルナリア様、その御髪……」
「セレン先生、命に関わる怪我をしてる人を優先して治療をお願いします。その後、MPと魔力神経に余裕があれば、このギガースを治してください」
セレン先生が呆然と私とギガースを見比べる。
「ギガースは強い者に従う種族です。私が彼に勝った以上、もう危害は加えません。だからどうか、お願いです。このままだと、私の付けた傷でもうすぐ死んでしまいます」
実際、ギガースは今も胸の傷跡から血を垂れ流している。
「わ、分かりました。であれば、そちらを優先しましょう」
「ありがとう、先生」
さて、次は……
――怖かっただろうから、レナを早く馬車から出して顔を見せてあげたい……
――エルザは無事?
――イズファンさんやあの青年の怪我は大丈夫だろうか……
――倒れてる野盗達をちゃんと捕縛しておかないと……
――もしかしたら援軍をつれて再襲撃もあるかもしれない、警戒を……
――お父様達と合流するには……
……そこまで考えたところで、ふっ、と私の思考は途切れた。
ガラン、と音を立てて地面に倒れる大剣の音が、妙に大きく聞こえる。
そのまま、私の意識は虚空に消えていく。
――気絶って、するたび脳にダメージがある、って聞いたことあるんだけどなあ……
今日何度目か分からない気絶に、ついついそんな心配をしてしまった。
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