表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/105

11歳―2―

 そしてやってきた、参謁に出発する当日。


 王都への旅路は、四台の馬車で向かう。

 先頭は王宮からやってきた先導役の騎士が乗る大型馬車。次がお父様とお母様が乗る小型馬車。その次が私とレナの小型馬車。最後尾が私兵団や使用人が乗る大型馬車である。


 朝出発し、夜に到着する予定。

 襲撃があるのは、到着の目前。夕日も落ちそうになる頃だったはず。


「初めての王都、楽しみです」

 レナのそんな声で、意識を未来――前生を過去というなら過去なんだけど――から現在に戻す。

 今は昼前、まだまだ旅の前半である。


「……そうね」

 今、レナは私の膝の上。私の隣にはぽっかりと空席がある。彼女がそこに座っていたのは、最初の十分だけだった。


 前生では、こんなに近づくことなんてほとんど無かった。移動中はずっと隣に座ってたし。

 ――こんなに仲良くなれて、お姉ちゃん、嬉しい。


「私、サーカスという催し物が見てみたいです」

「ああ、サーカス……」

「お姉様は、行きたいところや見たいところあります?」

「え? 私は、えっと、そう、ね……」

 レナの質問に上手く返事ができない。

 ――どうしても、この旅路の先に、楽しい光景を思い描けなさすぎて。


「……今日はお加減が優れませんか?」

 多分、朝から感づかれていただろう。レナが心配そうに私の顔を覗き込む。


 ――せっかく楽しみしているのに、私が水を差すのは良くない……

 楽しい光景を思い描けないのなら。

 レナと二人で、実際に見て見れば良いだけなんだから。


「ううん、そんなことないよ。ただ、そうね……。多分、緊張してるんだわ」

「緊張、ですか? ……そうか、両陛下と、将来の結婚相手になるかもしれないガウスト様がいらっしゃるかもしれませんもんね」

 王太子の名がガウストという。正式にはガウスト・エル・オルトゥーラ。


「結婚だなんて、まだまだおこがましいわ」

 できる限り謙虚な言い方を心がけたが……どうだろう。本心に気付かれていないか、少し不安だった。


「それより、私の行きたいところだったわね。そうだなぁ……、レナのお洋服とか買いに行きたいな」

「お買い物! 楽しそうですね」

「商人が持ってきた物を見るんじゃなくて、自分の足でお店を巡るの。流石王都、大衆向けのお店だからってバカにできないわ。まあ、お父様が許してくれるか分からないけど」


 ――うん、それはとっても、素敵だ。

 レナは何を着ても似合うから、きっと楽しい時間になるに違いない。


「あの、お姉様」

「ん?」

「王都のお店に、行ったことがあるのですか?」

「……」


 固まる私。

 ――ヤバッ、初めて王都のお店に行ったのは、前生で正式に婚約者になってからだった……!


「お姉様も、参謁は今回が初めてですよね……?」

 私の左肩に自分の頭を乗せるようにもたれながら、横目でこちらを伺うレナ。


 参謁は通常、九歳から十歳になった子供も同席するのが習わしである。

 けれど私は前回の参謁……つまり二年前の九歳の時、前生と同じく風邪を引いたため、同行しなかったのだ。


「ああ、いや、そういう噂を、最近聞いてね……」

 なんとかそう取り繕う。

「そうでしたか。服を作る方達の努力は凄いですね」

「ええ、本当に」

 ――いいかげん、ついつい前生の記憶を持ち込むのをやめないと、と反省。


「……でも、そうよね。王都に着いたら、そうやってデートするんだ、って気持ちじゃ無いとね」

 あらためて、気を引き締める。

「で、デート、ですか……」

 レナの声がうわずる。


 私はぎゅっ、とレナを抱き締めて。

「あら、私とデートは嫌?」

 返事が分かりきっている質問を投げかけた。

「まさか! 嫌じゃないです! 嫌じゃない、です、けど……」

 耳まで赤くして、レナの語尾は掠れて消えていった。


「それじゃ、決定ね」

 ゴリ押しする。

 ――うん。今決めた。王都でレナと、デートする。


 楽しい未来を迎えるために、回生したんだから!


   †


 そして訪れる、夕暮れと宵闇の境界。

 窓から見える菜の花畑。その上澄みを、沈みかけの夕日のオレンジが彩る。


「凄い、綺麗……」

 レナが窓の外を見て呟く。

「ほんとね」

 私も視線を動かして、そちらを見るけれど……


 意識は、私たちの後ろに居る一台の大型馬車に向いている。

 ……キャラバンに見せかけた、野盗の馬車に。


「見えてきましたよ」

 そこで、御者のイズファンさんが声を掛けてきた。

 前を見ると、遠くに王都の門が見える。


「あと二時間といったところですね。ご休憩は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫です。お姉様はどうですか?」

「私も平気よ」


 そう答えた、直後だった。

 大きな音がして、最後尾の使用人達の馬車が横転するのが分かった。

 野盗の馬車に隠れていた小巨人(ギガース)が、強襲したのだろう。


 使用人や私兵のみんなの悲鳴。

 野盗達の鬨の声。

 ギガースの咆哮。


 それらが、イズファンさんやレナの思考を一瞬奪う。

 次の瞬間、馬車が大きく揺れて、左に傾いだ。

 私たちの馬車に取り付いてきた野盗達が、車輪を壊したのである


「ルナリア様、レナーラ様、馬車を降りてください!」

 レナの悲鳴の最中、イズファンさんが叫ぶ。

 足下に置いていた木剣を握り、ドアを開けて、レナを先に外に出す。その後自分も外に。


 そんな私たちを狙った一人の野盗を、イズファンさんが横から蹴り飛ばした。

 ――イズファンさん、強かったんだ。

 だからこそ、荒くれ者もいる奴隷の管理を任されたのか、と、こんな時なのに妙に納得してしまう。


「行きましょう!」

 他の野盗はまだ馬車の反対側に居るようで、私たちは馬と車を捨てて走り出した。

 前から、イズファンさん、レナ、私の順で走る。


 お父様とお母様の馬車はすでに見えなくなっていた。

 後ろから、私たちの動きに気付いた野盗達が追いかけてくる。


「待ってください! 使用人や私兵の皆さんが……!」

 こんな時でも他者を心配するレナ。

 優しい子だ。


 私も、エルザや他の皆が気にならないといえば嘘になるけど……

 それより、今はレナの安全しか考えられていないのに。


「今はご自身のことをご優先ください!」

 イズファンさんが窘める。


 と、そこでレナが足をもつれさせて、転んだ。

「きゃっ」

 一瞬遅れて、彼女を追い抜いたところで振り返る。

「レナ!」


 ――やっぱり、逃げ切るのは無理だったか……


「お姉様……」

 次の瞬間、力強く抱き上げられた。

 イズファンさんが、歯を食いしばって、私を持ち上げる。


 ――きっと、忸怩たる思いだろう。

 仲間の使用人も、レナも、切り捨てることだってきっと勇気だ。

 この一瞬でその判断をした彼を責める気なんて、毛頭無い。


「……でも、ごめんなさい」

 補助魔法を展開。

 補助された筋力による力尽くで、イズファンさんの拘束から抜け出した。


 レナに襲いかかろうとする野盗達が見える。

「汚い手で私のレナに触るな」

 魔力剣を作り、放つ。

 殺すつもりで、彼らを貫いた。


 そちらは魔力剣に任せながら、周囲を見渡す。

 どうやら、こちらの馬車に来たのはこれで全部のようだ。


「レナ、立てる?」

 手を差し伸べる。

「は、はい」

 伸ばされたレナの手を取った。


 そのままレナを起こしたところ、不意に周りが暗くなる。

 ……いや、正確には、私たちのところに影が落ちた。


 気付いて見上げると、ギガースがこちらに剣を振り落とそうとするのが見える。

「━━━━━━━━━━━!」

 明らかに正気を失った叫びと共に、ギガースの剣が地面を叩きつけた。


 レナを抱えて、後ろに跳んでなんとかそれを回避。

 すさまじい衝撃波で、まるで太鼓の中に放り込まれたようだ。


 着地まで考えられず、背中から地面に落ちる。レナを取り落とさないよう、強く抱き締めた。


 ――どうして?

 起き上がりながら、違和感を覚える。

 なぜ、ギガースが私たちに向かってくる?


 全滅と見て応援に来た……にしては早すぎる。後ろの馬車を横転させた後、すぐにこちらに向かってきたような速度だろう。

 現に、今もギガースは私を見ていた。

 ……まるで、警戒するように。


 なにはともあれ、分からなければアナライズだ。


=============

【パルアス】(狂化)

・HP 6099/6099

・MP 13/13

・持久 898

・膂力 1780

・技術 43

・魔技 13

・幸運 32


・右手装備 ギガースの小剣

・左手装備 なし

・防具   布の腰巻き

・装飾1  狂化の首輪

・装飾2  ギガースのミサンガ


・物理攻撃力 2161

・物理防御力 946

・魔法攻撃力 12

・魔法防御力 799


小巨人族。ギガースとも。

戦闘民族の一つである小巨人族は『全体鑑定』と呼ばれるスキルを常時発動させている。

『全体鑑定』により、周囲全体を一度に簡易鑑定できる。

集団戦において、最も脅威となる敵を優先的に撃破しに行くためである。

強靱な肉体と、鈍い痛覚を盾に多数で攻め込み、『全体鑑定』で局所撃破を図る小巨人族は、しばしば自分より大きな中巨人族や大巨人族にすら勝利を記録することがある。

一対一の対戦も好み、一対一で自分より強い者には従う習性がある。

=============


 狂化状態ということは、正気でないと感じたのは、本当だったんだ。


 ――『全体鑑定』で、最も脅威な敵を優先的に撃破しに行く……?

 つまり、私兵団も含めて、私が一番脅威と見なされた、ということか。


 ……といっても、まともに戦うには絶望的なステータスである。

 そんな相手に狙われてしまったのは、幸か不幸か……。

 私がこの場を離れれば、少なくともレナが襲われなさそうなのは良いことだけど……


「━━━━━━━━━━━!」

 ギガースが私に向かって吠える。


「お、おい、なんでそっちに行く! こっちを手伝え!」

 ギガースの後ろに居た野盗の一人が、そう叫んだ。

 ギガースの背後では、体勢を立て直しつつある私兵団と野盗の戦闘が始まっていた。


 ――前生では、私兵団は全滅したと記憶している。その影響で、逃げられなかった使用人達もいたという。

 でも、ギガースの注意をこちらに引ければ、野盗だけになる。そうすれば、私兵団の皆なら勝機もあるはず……!


「イズファンさん、レナをお願いします」

 駆け寄って来たイズファンさんにレナを預けた。

「ルナリア様……?」

 イズファンさんの怪訝な声。けれどギガースから視線を離すわけにも行かない。


「こっちはいい! 誰か、あのギガースを食い止めろ! お嬢様達だけは死守だ!」

 ギガースを挟んだ反対側から、剣兵隊長のそんな叫びが聞こえた。


「ダメ! 全員、ギガースは放置!」

 咄嗟に、私は叫んだ。

「最優先はレナの護衛! その次は戦えない人の安全! 私は今からギガースをこの場から離します! 私のことは居ない者として扱いなさい!」


「お姉様、なにを……」

 レナの震えた声。

「繰り返します! レナが最優先! 私とギガースは無視! これは命令です!」


「何を言うんです!」

 イズファンさんの焦った声。

「私とレナは、王都でデートするんだから! 誰一人命令違反は許しません!」


 私が大きな声を出したからか、ギガースが興奮して私に向かってくる。

 それを見て、街道の外れに駆け出す。


「お姉様ぁ!」

 ――そんな大きい声だしたらダメよ、レナ。喉を痛めちゃうわ。

 ほとんど月明かりだけになった、菜の花畑に突っ込んだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、

この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。

執筆・更新を続ける力になります。

何卒よろしくお願いいたします。

「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ