表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/105

10歳―7―

 勉強して、ダンスを覚え、わずかだが予算の運用をしながら、ショコラと剣の修練し、レナとお風呂にベッドといちゃいちゃして、時々そこにショコラが入る……、そんな日々が続く。


 そうして、ショコラと約束した丁度半年後が訪れた。


 これまで多少反撃できたことはあるが、実戦形式で勝てたことなど一度も無い。正直兆しすら見えない。

 まあそれも当然で、私はエンチャント以外は自主的に規制しているが、ショコラは戦技を使い放題である。


 それでも今日勝てなければ、ショコラは奴隷契約を解除する事になっている。


 お父様にもイズファンさんから話は行っているようだが、私からはまだ何も言っていない。

 ――言いに行ったら死ぬほど怒られるだろうなあ……


 いろいろな意味で、負けられない……のだけれど。

 かといって、今更「戦技禁止ね」などと言うのも卑怯だし……。

 内心では正直、少し諦めている。


 ――今日が最後と思って挑むのが良いのかな。

 ――でも、それも嫌だな。

 そんなことを思いながら、セレン先生の準備完了の合図を聞いた。


「分かってんだろうな。約束の半年目だ」

 目が合うや否や、ショコラはそう言った。


「もちろん。分かってるよ」

「お前が勝てば、お前の希望通りに。俺が勝てば、俺の希望通りに」

「うん」

「お前、本当に魔法は使わないつもりか」

「エンチャントと、補助魔法は使うけど……それ以外は使わないよ」

「分かった。だったら俺も戦技は使わん」

「……えっ?」

 ショコラは特にいつも通り、どこか気怠げにも見える姿勢と目だった。


「お前流に合わせてやる。戦技で一方的にたたき伏せて言うことを聞かせても、それこそ、無理矢理言うことを聞かせるのと変わらん」

「……いいの?」

 そもそも、私の方から一方的に言ったことなのに……


「戦祭でも、魔法や戦技禁止ルールは割とある。体術だけでも負ける気なんてしねーし」

「分かった。……ありがと」

 ――こういうぶっきらぼうな優しさが、やっぱり離れがたいなあ。


 ふと周囲を見渡すと、なんかギャラリーが多い。

 セレン先生やイズファンさん、レナはともかく、一部の奴隷に、奴隷担当の執事達、私兵団の大人達も何人か。ちらりと屋敷の方に目を向けると、エルザを初めとした侍女達も窓越しに見える。


 最近こうして見に来られることがあるけれど、今日は一段と多い。

 流石に多忙なお父様やお母様は居ないようだけれど。


「結局、お前を泣かせられなかったな」

 どこか爽やかにショコラは歯をむき出して、私を見下ろすように見る。

「今じゃ本気で思ってないくせに」

「そうだな。今なら、泣かせちまったら慰めるかもしれん」

「ははっ、それはそれで経験してみたいかも」

「んなことしたら、この観衆に袋だたきされちまう」


 そんな軽口を叩き合える関係になれたことに、全力で感謝しながら……

 私は補助魔法を纏い、木剣にエンチャントを施す。

 ショコラは勢いよく両手を開き、ジャキン、と小気味良い音とともに戦爪を十本伸ばした。


 もう、周りなど目に入らない。

 視界も意識も、ショコラだけ。

 ショコラの方も、私だけになってたら良い、と思う。


 ショコラの一挙手一投足に、全神経を注ぐ。

 この半年間、繰り返された日常。

 ……けれど、不意に訪れた勝機に、少しだけ自分の心がざわめいているのが分かった。


「……悪いけど、勝つね」

「こっちのセリフだ。生憎、俺にも譲れないモノができた。負けられねえのは一緒だよ」

 構えて、

 構える。


 ……初日は全く構えなかったこの人に、構えを取らせるくらいには強くなれたことへ、コンマの間、感傷を覚えて。

 ――駆けた。

 どちらからともなく。




 先に届くのは、武器の長い私。

 自分の体で木剣を隠した体勢から、横斬りで胴を狙う。

 バックステップで回避される。


 さらにそのまま一歩を踏み込み、振り抜いた勢いで体ごと一回転。今度は頭上から斬りかかる。

 右爪で払われ、空を斬る。


 その隙に左の爪が私の右目を抉ろうと迫ってきた。

 わざと左前に転ぶように身を投げ出して、前転の要領で回避。そのまま立ち上がって構え……

 た所にショコラが飛びかかってきた。


 ――読まれた!?

 逡巡も一瞬。

 一撃目の左をいなし、二撃目の右を逸らし、三撃目をスウェーで回避して、脚元を掬う四撃目は脚の補助魔法全力で後ろに跳んだ。


 ショコラが一足では届かない程度に距離を取る。

 息を整え、構えを直した。

 互いを見合う。


 ――戦技が無いなら、意識を切り替えろ!

 ――パリィは無いし、火鳥乱舞も無い。

 ――付け入る隙はあるはず。


 しばし、双方間合いを計る時間。

 ――単純に両手の十指が武器のショコラに、木剣一本の私は手数では勝てない。

 ――力も、もちろん私の方が下。


 つまり、受けに回るのも不利だし、押し合いも負けてしまう。

 だから先手を取る以外に無い……そう思っていた。けれど、今までで一度も成功した試しがない。


 ――そうだ。ここでも、遠目の応用だ。

 客観的に考えろ。なぜ先手が通用しない?

 ――技術が劣るから? それもあるかも。

 無い物ねだりをしても仕方が無い。ある物工夫でいかないと。

 今の私のある物、と言えば……エンチャントと魔力剣。


 ――でも魔力剣は禁止してるし、エンチャントはもう掛けてるし……。

「……いや、違う」

 不意に、本当に突然、それに気付いた。


『なぜ、エンチャントが一度限りと決めたのか?』


 雨の日の訓練の時もそう。思い込みが、可能性を狭めていたのでは無いか?

 もう一度、木剣にエンチャントを掛けてみる。

 木剣が強く、鮮烈に青く光り出した。


「……ったく、これだから規格外は」

 ショコラが小さく呟いた。


 ――うん、これでただの防御なら貫通できるんじゃないかな。

 回避は仕方ないけど、防御を崩せるなら、後は当てに行くだけだ。


「本人の手数でも腕力でも勝てないなら……武器のパワーでゴリ押す!」

「俺も脳筋だけど、お前も大概だな……」

 離れたところでセレン先生がなにやら騒いでいるようだった。


「どっちが優れた脳筋か、決着付けようじゃねえか!」


 ショコラが詰め寄ってきた。

 木剣を横に構えて迎え撃つ。

 右の五爪を……今ならできる気がして、木剣で弾きに行った。右脚を軸に、なんなら爪を砕くくらいの気持ちで。


「ぐあっ!?」

 ガチンッ、と甲高い音がして、ショコラの爪に打ち勝つ。


 ――そうか、防御にもいいのか、二重エンチャント!

 ――そもそも私の才能は魔法剣なんだから、それで解決すれば良かったんだ!


 ショコラがバックステップで距離を空けた。

 今ショコラが考えていることをトレースしてみる。これも、ショコラから教わったことだ。「相手の身になって考えてみろ」と。

 ――あの剣に直接触れないように回避重視で……ってところかな?


 再び間合いの計り合い。

 お互い攻めあぐねている。


 私は、ショコラより本人性能が劣っている。

 ショコラは、私より武器性能が劣っている。


 それをお互い警戒し合うように、どちらからともなく相手を撫でるような接触が続く。

 ……しばらくそんな時間が続いた後、ショコラが急に目を閉じて、「ふう」と息を吐いた。


「……しゃらくせえ!」

 活を入れるように吠え、目を見開いた。そしてまたショコラから仕掛けてくる。

 低姿勢で走ってくるショコラに、どっちの爪が来るか見極め……

 ……ようとしても、いつまで経ってもショコラの両腕は脇を締めたまま……


 ――このままだとぶつかっちゃうけど……?

 と考えて、気付く。

 そして、気付いたときにはもう遅い、ということにも気付いた。


「半年ボコボコにされて、防御に意識が行きすぎだぜ!」

 ショコラの左肩が、私の鳩尾を打ち付けた。

 そのまま両手で膝裏を掴まれて、なすすべ無く背中から倒れる。


 私のお腹の上に跨がって、ショコラがニヤリと笑った。

「賭けに勝って良かった」


 そうだ、私があと一瞬早く気付ければ、タックルより先に迎え撃てた。爪を構えていないショコラなら、簡単に制せたはずだ。 


「うー……、くそー、悔しいなあ……」

 実戦ならダウンしたら確実に負けだが、私たちの間では一旦仕切り直すことにしている。

 ショコラが立ち上がり、私に手を差し伸べた。それを取って立ち上がる。戦爪を出したままなので、私だけが掴む。


「ただダメージにはあんまりならんか……。しゃあねえ」

 私を起こしながら、セレン先生の左手を見てそう呟いた。

 私もそちらを見ると、確かにほとんど傷はついていない。


「……お前、無理するなよ」

 急にショコラがそんなことを言った。

「無理?」

「二重エンチャントなんか、負荷凄いだろ」

「そう……なのかな?」

 今もエンチャントしっぱなしの木剣を見る。

「俺も詳しくは知らねえが……、二重エンチャした光石とかが高級品なのは、そういう理由だろう」

「そう……なんだ、あんまり詳しくないけど」

「……まあいい。まだできるんならとっとと再開するか」

「うん」




 仕切り直し。再び間合いを取る。

 またも先手を仕掛けてくるショコラ。


 今度も腕を振ろうとしないので、下から斬り上げて迎え撃つ。と、それを左爪で受けながら、体を横に一回転させた。


 ――まずい!

 これは、私が二日目に初めて一撃入れた時と、同じ構図……!


 私が木剣を振り抜かされた直後、背中が強打された。

 倒れながら振り返ると、右の五爪での突きのようだ。

 ……そのまま私が倒れたため、また仕切り直し。


 次は、斬りかかってきたところを受け止めると、押し返そうとする勢いのままショコラが空中でクルリと一回転。

 回し蹴りが脇腹に直撃して、崩れ落ちた。


 さらに次、こちらから斬りかかる。けれど、斬り落としは半身で、横薙ぎはスウェーで、斬り上げは爪を引っかけられながら宙返りと、どれも躱されてしまう。

 まるで当たる気がしない。

 少し距離が離れたところを、魔力の足場を渡って空中から振り下ろした。けれど、まさか跳躍を合わせられて、振りかぶった瞬間を切り裂かれる。

 空から地面にたたき落された。


 その日、三度目の差し伸べられた手を掴む。

 けれど、そのままショコラは起こそうとしてくれなかった。


「……ショコラ?」

「……もうやめとけ。魔力神経が真っ赤だぜ」

 言われて、自分にアナライズをかけた。


=============

・魔力神経負荷 86%

=============


 ……二重エンチャントをかけ続けた影響か。

 今鏡を見れば、きっと部族のボディペイントのように、光の線が体中に浮かび上がっていることだろう。魔力神経が、自身の魔力に焼かれた状態だ。


 魔法の練習の時も、セレン先生には60%くらいの負荷で中断される。だから、休みの日に全開で練習してるんだけど。


「まだ、できる。まだ……!」

 上手く言い訳出来ず、私はそれだけ訴えた。

 いつもより遠くに離れているセレン先生は、多分まだ私の状態に気付いていないはず……。


「手立てはあるのか?」

 敵のはずなのに、そんなことを聞いてくる。

 やっぱりまだまだ、下に見られているのだろう。仕方ないけど。


「ある!」

 即答。


「はっ、上等だ。分かったよ」

 ショコラが私を起こす。

「センセーもすぐ気付くだろう。次がラストだ」

「うん」

 言って、ショコラは背中を向けて距離を離した。


 ――考えろ。

 ――回避に専念させているところまでは良い。

 ――ただ身軽すぎて、回避のみで対処されきってしまってるのが問題だ。

 ――どうにかして、せめて防御させる所まで持って行かないと……


 手立てなんてないけど、「ある」と答えた以上、なにか見つけなければいけない。

 ――やっぱり、これでお別れなんて、嫌だから……!


 全部、私のエゴ。

 自分が破滅したくないのも。

 レナの未来を守りたいのも。

 ……ショコラと、せめてあと一年ちょっとを一緒に過ごしたい、って思うのも。


「ごめんね。でもまだ、故郷に帰してあげないから」

 ショコラは私を一瞥して、言葉は返してこなかった。


 相互に構えて、互いを見る。


 ――ここまでほとんど、回避された後の隙に攻撃を入れられている。

 ――だったら……


 じりじりとにじり寄る。

 仕掛けたのは、お互いほぼ同時に。

 こうなると、リーチの長い私が先手を取れる。

 右腕一本を精一杯伸ばして振り抜いた木剣を、ショコラはギリギリで躱した。


 私の右手は右側に流れて、空いたスペースにショコラが一歩を踏み込む……!

 ――ショコラ、今一瞬見えた? 私の右手が、柄のギリギリを握っていたことを!


 勢いそのまま右手を返して、背中に持って行く。左手も背後に移して、そこで木剣を持ち替えた。

 ショコラが左手を振りかぶったところで、私の動きに気付いたのが分かる。


「ちっ!」

 ショコラの舌打ち。


 ――察するのが早い!

 それでもなんとか、私は左脚を踏み出して。

 左手に握り変えた木剣を、渾身の力で振るった。


 ショコラが右爪でそれを受け止める……瞬間、左腕の補助魔法を全開!

 バギンッ、と鈍い音が響き渡った。


「くぅっ……」

「やあああああっ!」

 全力で左手を振り抜こうとする。


 ショコラも位置的に受け流すことが難しいようで、歯を食いしばって耐えていた。

 ――押し勝てる!

 右手も使って、競り合いに持ち込んだ。

 ショコラも左手を使うけれど、背の高さもある。わずかに私の方が押しつぶすように、じりじりとショコラを押し込んでいった。


 ――いける! このまま武器の力で……

 そう思い、さらに一歩を詰める。


 ……瞬間、ふっ、と抵抗が弱まった。


 つんのめるように、私の体が空を泳ぐ。

 ショコラが背中から倒れたのだ。

 けれどその両足の裏は、私のお腹に当てられていて……


 ――しまった!


 そのまま、巴投げの要領で吹っ飛ばされた。

 背中が地面にぶつかって、一瞬息が止まる。


 視界の端で、ショコラは足を振り上げ、勢いで一気に立ち上がった。

 私もうつ伏せになって、木剣を杖代わりにしてなんとか立つ。


 ――押し込みすぎたから、その力を利用されてしまった……でも、あとちょっとだった。次こそは……


「ストップ!」

 そこで、セレン先生の声がした。




 いつの間にかすぐそこまで駆け寄ってきていたセレン先生が、私の顔を見る。

「ルナリア様。今日は、もう……」

 言いづらそうにセレン先生が言う。


「いえ、まだ、できます……」

 言うけれど、セレン先生は小さく首を左右に振った。

「魔力神経が浮かび上がってます。これ以上の負荷を掛けてはいけません」

 ――いやまあ、そりゃバレちゃうか。


「二重エンチャントは物質ではなく、魔法の上に魔法を掛ける性質上、一気に難度も負荷も高まります……。ルナリア様のお体にとって、これ以上の使用は毒になります」

 セレン先生がそう続けた。


 ――そうだったんだ。

 いやもう、苦労なく習得できちゃうのも考え物だ。魔法の上に魔法を掛けるのが難しいとか、負荷が高いとか、あんまり感じないんだもん。


「そう、ですか……」

 そこで近づいてきたショコラを見る。

「……ということは、私の負けね」

 なんとか、笑って見せた。

「いやあ、最後はいけると思って、焦っちゃったなあ」


 それにしても、結局一撃も入れられなかった。

 戦技なしなのに、ここまで差があったとは……

 自分が情けないのと、ショコラとお別れなのとで、思わず視界が滲んでしまう。


 ――ああ、悔しいなあ……

 結局、ショコラに泣かされちゃった。


「……お前の魔力神経がもう少し強くなって、二重エンチャントに慣れていれば、全然分からない勝負だった。こんなにすっきりしない勝利は初めてだ」

 慰めてくれるショコラ。戦爪をしまった右手で、ガリガリと後頭部を掻く。

 そして手を下ろして、私を見た。

「……とはいえ約束は約束だ。俺の希望、聞き入れてもらう」


「ショコラさん。その話は、もう少し時間をおいて……」

「いいえ、セレン先生。大丈夫です」

 私を心配するセレン先生を制して、私は目元を袖で拭う。

「一日でも早く帰りたいんだものね。早速……」

「俺の希望は、今の奴隷契約の破棄」

 ショコラが私を遮るように言った。

「ええ」



「その後、お前を主とした奴隷契約の締結」



「そうね、私とのけいや……ん?」

「あと、この首輪はこの国に来るとき、役人のオッサンに付けられた物だから、新しくお前の手でかけて欲しい」


 唖然とする私とセレン先生。

 けれどショコラは至って真面目な表情で……不意に、目元を緩ませた。


「まさか、できないなんて言わねえだろうな?」

 不適な物言いと笑顔がまた、似合うこと。


「……そりゃあ、私の希望だったし、できるけど……でも、帰国したいんじゃなかったの?」

「半年ありゃ気も変わる。今思えば、宰相の娘で居て面白いと思ったこと、あんまりねえし。……この半年の方が、ずっと楽しかった」

「……ショコラ……」

 ――また泣けてくるようなこと言っちゃって……

「アンタ言ったよな、『後悔しないように生きる』って。俺が今一番後悔することは、アンタの生き様を見届けられねえことだ。こんな面白いヤツ、他に知らねえ。そのためには、アンタの奴隷になるのが一番手っ取り早い」

「生き様って、また大げさね。来年には帰るんだから……」

「帰らねえ」

「……は?」

 話してる間に近づいてきていたレナとイズファンさんも、きょとんとしてショコラを見た。


「契約期間は、どちらかが死ぬまで。分かったらさっさと契約書でも何でも用意してくれ」

「死ぬまで!? いやいや! 私、もともと来年の帰国までのつもりだったんだけど……」

「おいおい、そっちは負けたんだぜ? 勝者に文句言うんじゃねえよ」

 私の顔がよっぽど面白いのか、ショコラは歯を剥き出して破顔した。


 開いた口がふさがらない、なんて言葉があるけれど……

 こんなところで経験するとは、思いもしなかった。 


「宰相の子供だの、エリートだの……そんなつまらねえ事、兄貴達に押しつけてトンズラする。俺が欲しいって言っただろう? くれてやるよ、俺の人生」

 どこか晴れやかにそんなことを言うショコラ。


 そんな彼女に、私も次第と、頬が緩んで来て……

 やっぱり、少し泣いちゃった。


「ふふっ、どうしよう、ウィンディ様に怒られちゃいそう」

「そんときは一緒に怒られようぜ、ご主人様」

 お互いを見つめて……

 同時に、声を出して、笑い合った。




 横で見ていたセレン先生が私より泣いていたのは、彼女の名誉のためにも秘密だ。


   †


 とはいえ、まさかそんな話が受け入れられる訳ないだろう……と高を括っていた。

 ……いたのだが、それは意外とあっさり受け入れられることとなる。


「はっはっは! そうか、つまり、ルナリアちゃんに惚れちまったわけか!」

 我が家に訪れたウィンディ様が、ショコラから話を聞いて、そう豪快に笑いのけた。


「惚れたって言やあ、そうかもしれねえな。こんな優しくて、ワガママで、良いヤツで、面白いヤツ、だから付いていきたい、って思ったから」

 聞いてるこっちが恥ずかしい。

 こういうこと真顔で言えるのが、ショコラという子である。


「そりゃあ、しょうがねえな」

「ああ、しょうがねえ」

 二人がニヤリと笑い合う。

「……いい顔になったじゃねえか。こっちに送り込む前と、大違いだ」

「自分じゃよく分からねえけど……まあ、良い社会経験になったことは礼を言うぜ」

「かっかっかっ、本当にあのショコラと思えねえ。……変わったんだなあ」


 そこでウィンディ様が私を見下ろす。

 二メートルを超える彼は、不意に膝を付いたと思ったら、両手を地面に付けて頭を下げた。


「このたびは娘が大変なお世話になりました。お礼の言葉、この舌で述べるに足らぬほどでございます。どうか、貴女の一番奴隷として置いてやってください。そして願わくば、友として、仲良くしていただければと存じます」

「う、ウィンディ様! 頭をお上げください……」


 びっくりして、ウィンディ様に言う。

 それでも、彼は頭を上げない。


「……本当に、本当に、ありがとうございます……!」

 その声は少しだけ、涙で滲んでいるようだった。

 流石のショコラも驚いたようで、どこか居心地悪そうに身じろぎしていた。


「……そんな、お礼を言うのはこちらの方です」

 私も膝を付いて、答える。


 ――けれど、なんと言えば良いのか……

 でも、宰相という立場にもかかわらず、ここまでしてくれた彼に謙遜するのは違う、と思った。

 そして色々考えた結果……



「……どうか、娘さんを私にくださいませ」



 そう、口に出していた。

 ウィンディ様がゆっくりと顔を上げる。


 そして、わずかに潤んだ目尻を下げて、

「こんな暴れん坊で良ければ。よろしくお願いします」

 そう言ってくれた。

「ありがとう、ございます」

 今度は私が礼を返す。


 そんな私の頭が、コツン、と叩かれた。

「なに言いやがんだ、この野郎」

 見上げると、拳を握ったショコラが顔を赤くしていた。


「お前の言うとおり、面白い子だな」

 またもウィンディ様が豪快に笑い出す。

 同席していたお父様も、どこか表情を作るのに困ってるように、苦笑していた。


 ――いやまあ、確かに、ちょっと勝負した言葉選びだったけど……

 ――そんなに変な言い方だったかな?

 



 それは男性が女性を(めと)る際、女性側の両親に言う言葉だと知ったのは、それから数年後の話である。

 いやだって、普通の結婚とか知らないんだもの! しょうがないじゃん!

 

   †


 ショコラの主人を変える手続きは順調に進み、書類も整えた、約一ヶ月後。


 新しい奴隷首輪が届いた。

 ショコラの元々の首輪を外して、私は初めてショコラのまっさらの首を見る。


「……ごめんね。早く、こんな物が無くても堂々と居られる国になれば良いんだけど」

「そうかね? 昔は耳や尻尾のせいで迫害されていたから、その迫害から守るための目印として発明された……、って教えてくれたのはアンタだろ」

「まあ、歴史の教科書にはそう書いてあるけどさ」

「他の奴隷はどう思うか知らねえが……これのお陰で無駄なトラブルも減って、アンタとの関係も示せるなら、便利なもんだと思うけどな」

「そう言ってくれると気も楽になるよ」

「奴隷を使う側も色々と気苦労があるんだな」

「まあね」


 言いながら、パチン、と新しい首輪の留め具を外す。

 そして、前からショコラの首に首輪を掛け、留め具部分をうなじの裏まで持って行く。

 カチッ、と音を立てて、首輪がロックされた。


「……これで俺は、アンタのモノか」

 首輪を触りながらショコラが呟く。

「嫌になったらいつでも解除するから」

「そんときゃ遠慮無く言わせてもらうわ」

「あ、そうだ。今日からお風呂とベッドは毎日一緒ね。レナも楽しみにしてたから」

「……初耳なんだが?」

「うん。今初めて言ったし」

「いや別に良いけどよ……、隣に誰か居て上手く寝れるか……」

「まあまあ、物は試しと言うことで。どうしても馴染めなさそうだったら無理強いしないよ」




 とか言っていたけれど、次の日の朝、一番最後までぐっすり寝ていたのはショコラだった。


 そして、起きた後、

「……こんな気持ちよく寝れたの、生まれて初めてかもしれん」

 なんて言うから、私もレナも、黙ってショコラを両側から抱きしめてあげた。


「暑苦しいな……」

 弱々しく言うショコラ。


 そのままなんとなく、ベッドに三人で倒れ込んだ。

 ……そこから二度寝してしまったせいで、三人とも方々から怒られたのまで含めて、初めて三人で寝た日の思い出である。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

もし「良かった」、「続きを読みたい」、「総文字数が増えたらまた見に来ようかな」などと思っていただけましたら、

この画面↓の星の評価とブックマークをポチッとしてください。

執筆・更新を続ける力になります。

何卒よろしくお願いいたします。

「もうしてるよ!」なんて方は同じく、いいね、感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ショコラ姐さんカッケー!^_^ そして可愛い。
[良い点] まさかの「私に娘さんを下さい!」 結婚指輪ならぬ結婚首輪だこれ!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ