10歳―7―
勉強して、ダンスを覚え、わずかだが予算の運用をしながら、ショコラと剣の修練し、レナとお風呂にベッドといちゃいちゃして、時々そこにショコラが入る……、そんな日々が続く。
そうして、ショコラと約束した丁度半年後が訪れた。
これまで多少反撃できたことはあるが、実戦形式で勝てたことなど一度も無い。正直兆しすら見えない。
まあそれも当然で、私はエンチャント以外は自主的に規制しているが、ショコラは戦技を使い放題である。
それでも今日勝てなければ、ショコラは奴隷契約を解除する事になっている。
お父様にもイズファンさんから話は行っているようだが、私からはまだ何も言っていない。
――言いに行ったら死ぬほど怒られるだろうなあ……
いろいろな意味で、負けられない……のだけれど。
かといって、今更「戦技禁止ね」などと言うのも卑怯だし……。
内心では正直、少し諦めている。
――今日が最後と思って挑むのが良いのかな。
――でも、それも嫌だな。
そんなことを思いながら、セレン先生の準備完了の合図を聞いた。
「分かってんだろうな。約束の半年目だ」
目が合うや否や、ショコラはそう言った。
「もちろん。分かってるよ」
「お前が勝てば、お前の希望通りに。俺が勝てば、俺の希望通りに」
「うん」
「お前、本当に魔法は使わないつもりか」
「エンチャントと、補助魔法は使うけど……それ以外は使わないよ」
「分かった。だったら俺も戦技は使わん」
「……えっ?」
ショコラは特にいつも通り、どこか気怠げにも見える姿勢と目だった。
「お前流に合わせてやる。戦技で一方的にたたき伏せて言うことを聞かせても、それこそ、無理矢理言うことを聞かせるのと変わらん」
「……いいの?」
そもそも、私の方から一方的に言ったことなのに……
「戦祭でも、魔法や戦技禁止ルールは割とある。体術だけでも負ける気なんてしねーし」
「分かった。……ありがと」
――こういうぶっきらぼうな優しさが、やっぱり離れがたいなあ。
ふと周囲を見渡すと、なんかギャラリーが多い。
セレン先生やイズファンさん、レナはともかく、一部の奴隷に、奴隷担当の執事達、私兵団の大人達も何人か。ちらりと屋敷の方に目を向けると、エルザを初めとした侍女達も窓越しに見える。
最近こうして見に来られることがあるけれど、今日は一段と多い。
流石に多忙なお父様やお母様は居ないようだけれど。
「結局、お前を泣かせられなかったな」
どこか爽やかにショコラは歯をむき出して、私を見下ろすように見る。
「今じゃ本気で思ってないくせに」
「そうだな。今なら、泣かせちまったら慰めるかもしれん」
「ははっ、それはそれで経験してみたいかも」
「んなことしたら、この観衆に袋だたきされちまう」
そんな軽口を叩き合える関係になれたことに、全力で感謝しながら……
私は補助魔法を纏い、木剣にエンチャントを施す。
ショコラは勢いよく両手を開き、ジャキン、と小気味良い音とともに戦爪を十本伸ばした。
もう、周りなど目に入らない。
視界も意識も、ショコラだけ。
ショコラの方も、私だけになってたら良い、と思う。
ショコラの一挙手一投足に、全神経を注ぐ。
この半年間、繰り返された日常。
……けれど、不意に訪れた勝機に、少しだけ自分の心がざわめいているのが分かった。
「……悪いけど、勝つね」
「こっちのセリフだ。生憎、俺にも譲れないモノができた。負けられねえのは一緒だよ」
構えて、
構える。
……初日は全く構えなかったこの人に、構えを取らせるくらいには強くなれたことへ、コンマの間、感傷を覚えて。
――駆けた。
どちらからともなく。
先に届くのは、武器の長い私。
自分の体で木剣を隠した体勢から、横斬りで胴を狙う。
バックステップで回避される。
さらにそのまま一歩を踏み込み、振り抜いた勢いで体ごと一回転。今度は頭上から斬りかかる。
右爪で払われ、空を斬る。
その隙に左の爪が私の右目を抉ろうと迫ってきた。
わざと左前に転ぶように身を投げ出して、前転の要領で回避。そのまま立ち上がって構え……
た所にショコラが飛びかかってきた。
――読まれた!?
逡巡も一瞬。
一撃目の左をいなし、二撃目の右を逸らし、三撃目をスウェーで回避して、脚元を掬う四撃目は脚の補助魔法全力で後ろに跳んだ。
ショコラが一足では届かない程度に距離を取る。
息を整え、構えを直した。
互いを見合う。
――戦技が無いなら、意識を切り替えろ!
――パリィは無いし、火鳥乱舞も無い。
――付け入る隙はあるはず。
しばし、双方間合いを計る時間。
――単純に両手の十指が武器のショコラに、木剣一本の私は手数では勝てない。
――力も、もちろん私の方が下。
つまり、受けに回るのも不利だし、押し合いも負けてしまう。
だから先手を取る以外に無い……そう思っていた。けれど、今までで一度も成功した試しがない。
――そうだ。ここでも、遠目の応用だ。
客観的に考えろ。なぜ先手が通用しない?
――技術が劣るから? それもあるかも。
無い物ねだりをしても仕方が無い。ある物工夫でいかないと。
今の私のある物、と言えば……エンチャントと魔力剣。
――でも魔力剣は禁止してるし、エンチャントはもう掛けてるし……。
「……いや、違う」
不意に、本当に突然、それに気付いた。
『なぜ、エンチャントが一度限りと決めたのか?』
雨の日の訓練の時もそう。思い込みが、可能性を狭めていたのでは無いか?
もう一度、木剣にエンチャントを掛けてみる。
木剣が強く、鮮烈に青く光り出した。
「……ったく、これだから規格外は」
ショコラが小さく呟いた。
――うん、これでただの防御なら貫通できるんじゃないかな。
回避は仕方ないけど、防御を崩せるなら、後は当てに行くだけだ。
「本人の手数でも腕力でも勝てないなら……武器のパワーでゴリ押す!」
「俺も脳筋だけど、お前も大概だな……」
離れたところでセレン先生がなにやら騒いでいるようだった。
「どっちが優れた脳筋か、決着付けようじゃねえか!」
ショコラが詰め寄ってきた。
木剣を横に構えて迎え撃つ。
右の五爪を……今ならできる気がして、木剣で弾きに行った。右脚を軸に、なんなら爪を砕くくらいの気持ちで。
「ぐあっ!?」
ガチンッ、と甲高い音がして、ショコラの爪に打ち勝つ。
――そうか、防御にもいいのか、二重エンチャント!
――そもそも私の才能は魔法剣なんだから、それで解決すれば良かったんだ!
ショコラがバックステップで距離を空けた。
今ショコラが考えていることをトレースしてみる。これも、ショコラから教わったことだ。「相手の身になって考えてみろ」と。
――あの剣に直接触れないように回避重視で……ってところかな?
再び間合いの計り合い。
お互い攻めあぐねている。
私は、ショコラより本人性能が劣っている。
ショコラは、私より武器性能が劣っている。
それをお互い警戒し合うように、どちらからともなく相手を撫でるような接触が続く。
……しばらくそんな時間が続いた後、ショコラが急に目を閉じて、「ふう」と息を吐いた。
「……しゃらくせえ!」
活を入れるように吠え、目を見開いた。そしてまたショコラから仕掛けてくる。
低姿勢で走ってくるショコラに、どっちの爪が来るか見極め……
……ようとしても、いつまで経ってもショコラの両腕は脇を締めたまま……
――このままだとぶつかっちゃうけど……?
と考えて、気付く。
そして、気付いたときにはもう遅い、ということにも気付いた。
「半年ボコボコにされて、防御に意識が行きすぎだぜ!」
ショコラの左肩が、私の鳩尾を打ち付けた。
そのまま両手で膝裏を掴まれて、なすすべ無く背中から倒れる。
私のお腹の上に跨がって、ショコラがニヤリと笑った。
「賭けに勝って良かった」
そうだ、私があと一瞬早く気付ければ、タックルより先に迎え撃てた。爪を構えていないショコラなら、簡単に制せたはずだ。
「うー……、くそー、悔しいなあ……」
実戦ならダウンしたら確実に負けだが、私たちの間では一旦仕切り直すことにしている。
ショコラが立ち上がり、私に手を差し伸べた。それを取って立ち上がる。戦爪を出したままなので、私だけが掴む。
「ただダメージにはあんまりならんか……。しゃあねえ」
私を起こしながら、セレン先生の左手を見てそう呟いた。
私もそちらを見ると、確かにほとんど傷はついていない。
「……お前、無理するなよ」
急にショコラがそんなことを言った。
「無理?」
「二重エンチャントなんか、負荷凄いだろ」
「そう……なのかな?」
今もエンチャントしっぱなしの木剣を見る。
「俺も詳しくは知らねえが……、二重エンチャした光石とかが高級品なのは、そういう理由だろう」
「そう……なんだ、あんまり詳しくないけど」
「……まあいい。まだできるんならとっとと再開するか」
「うん」
仕切り直し。再び間合いを取る。
またも先手を仕掛けてくるショコラ。
今度も腕を振ろうとしないので、下から斬り上げて迎え撃つ。と、それを左爪で受けながら、体を横に一回転させた。
――まずい!
これは、私が二日目に初めて一撃入れた時と、同じ構図……!
私が木剣を振り抜かされた直後、背中が強打された。
倒れながら振り返ると、右の五爪での突きのようだ。
……そのまま私が倒れたため、また仕切り直し。
次は、斬りかかってきたところを受け止めると、押し返そうとする勢いのままショコラが空中でクルリと一回転。
回し蹴りが脇腹に直撃して、崩れ落ちた。
さらに次、こちらから斬りかかる。けれど、斬り落としは半身で、横薙ぎはスウェーで、斬り上げは爪を引っかけられながら宙返りと、どれも躱されてしまう。
まるで当たる気がしない。
少し距離が離れたところを、魔力の足場を渡って空中から振り下ろした。けれど、まさか跳躍を合わせられて、振りかぶった瞬間を切り裂かれる。
空から地面にたたき落された。
その日、三度目の差し伸べられた手を掴む。
けれど、そのままショコラは起こそうとしてくれなかった。
「……ショコラ?」
「……もうやめとけ。魔力神経が真っ赤だぜ」
言われて、自分にアナライズをかけた。
=============
・魔力神経負荷 86%
=============
……二重エンチャントをかけ続けた影響か。
今鏡を見れば、きっと部族のボディペイントのように、光の線が体中に浮かび上がっていることだろう。魔力神経が、自身の魔力に焼かれた状態だ。
魔法の練習の時も、セレン先生には60%くらいの負荷で中断される。だから、休みの日に全開で練習してるんだけど。
「まだ、できる。まだ……!」
上手く言い訳出来ず、私はそれだけ訴えた。
いつもより遠くに離れているセレン先生は、多分まだ私の状態に気付いていないはず……。
「手立てはあるのか?」
敵のはずなのに、そんなことを聞いてくる。
やっぱりまだまだ、下に見られているのだろう。仕方ないけど。
「ある!」
即答。
「はっ、上等だ。分かったよ」
ショコラが私を起こす。
「センセーもすぐ気付くだろう。次がラストだ」
「うん」
言って、ショコラは背中を向けて距離を離した。
――考えろ。
――回避に専念させているところまでは良い。
――ただ身軽すぎて、回避のみで対処されきってしまってるのが問題だ。
――どうにかして、せめて防御させる所まで持って行かないと……
手立てなんてないけど、「ある」と答えた以上、なにか見つけなければいけない。
――やっぱり、これでお別れなんて、嫌だから……!
全部、私のエゴ。
自分が破滅したくないのも。
レナの未来を守りたいのも。
……ショコラと、せめてあと一年ちょっとを一緒に過ごしたい、って思うのも。
「ごめんね。でもまだ、故郷に帰してあげないから」
ショコラは私を一瞥して、言葉は返してこなかった。
相互に構えて、互いを見る。
――ここまでほとんど、回避された後の隙に攻撃を入れられている。
――だったら……
じりじりとにじり寄る。
仕掛けたのは、お互いほぼ同時に。
こうなると、リーチの長い私が先手を取れる。
右腕一本を精一杯伸ばして振り抜いた木剣を、ショコラはギリギリで躱した。
私の右手は右側に流れて、空いたスペースにショコラが一歩を踏み込む……!
――ショコラ、今一瞬見えた? 私の右手が、柄のギリギリを握っていたことを!
勢いそのまま右手を返して、背中に持って行く。左手も背後に移して、そこで木剣を持ち替えた。
ショコラが左手を振りかぶったところで、私の動きに気付いたのが分かる。
「ちっ!」
ショコラの舌打ち。
――察するのが早い!
それでもなんとか、私は左脚を踏み出して。
左手に握り変えた木剣を、渾身の力で振るった。
ショコラが右爪でそれを受け止める……瞬間、左腕の補助魔法を全開!
バギンッ、と鈍い音が響き渡った。
「くぅっ……」
「やあああああっ!」
全力で左手を振り抜こうとする。
ショコラも位置的に受け流すことが難しいようで、歯を食いしばって耐えていた。
――押し勝てる!
右手も使って、競り合いに持ち込んだ。
ショコラも左手を使うけれど、背の高さもある。わずかに私の方が押しつぶすように、じりじりとショコラを押し込んでいった。
――いける! このまま武器の力で……
そう思い、さらに一歩を詰める。
……瞬間、ふっ、と抵抗が弱まった。
つんのめるように、私の体が空を泳ぐ。
ショコラが背中から倒れたのだ。
けれどその両足の裏は、私のお腹に当てられていて……
――しまった!
そのまま、巴投げの要領で吹っ飛ばされた。
背中が地面にぶつかって、一瞬息が止まる。
視界の端で、ショコラは足を振り上げ、勢いで一気に立ち上がった。
私もうつ伏せになって、木剣を杖代わりにしてなんとか立つ。
――押し込みすぎたから、その力を利用されてしまった……でも、あとちょっとだった。次こそは……
「ストップ!」
そこで、セレン先生の声がした。
いつの間にかすぐそこまで駆け寄ってきていたセレン先生が、私の顔を見る。
「ルナリア様。今日は、もう……」
言いづらそうにセレン先生が言う。
「いえ、まだ、できます……」
言うけれど、セレン先生は小さく首を左右に振った。
「魔力神経が浮かび上がってます。これ以上の負荷を掛けてはいけません」
――いやまあ、そりゃバレちゃうか。
「二重エンチャントは物質ではなく、魔法の上に魔法を掛ける性質上、一気に難度も負荷も高まります……。ルナリア様のお体にとって、これ以上の使用は毒になります」
セレン先生がそう続けた。
――そうだったんだ。
いやもう、苦労なく習得できちゃうのも考え物だ。魔法の上に魔法を掛けるのが難しいとか、負荷が高いとか、あんまり感じないんだもん。
「そう、ですか……」
そこで近づいてきたショコラを見る。
「……ということは、私の負けね」
なんとか、笑って見せた。
「いやあ、最後はいけると思って、焦っちゃったなあ」
それにしても、結局一撃も入れられなかった。
戦技なしなのに、ここまで差があったとは……
自分が情けないのと、ショコラとお別れなのとで、思わず視界が滲んでしまう。
――ああ、悔しいなあ……
結局、ショコラに泣かされちゃった。
「……お前の魔力神経がもう少し強くなって、二重エンチャントに慣れていれば、全然分からない勝負だった。こんなにすっきりしない勝利は初めてだ」
慰めてくれるショコラ。戦爪をしまった右手で、ガリガリと後頭部を掻く。
そして手を下ろして、私を見た。
「……とはいえ約束は約束だ。俺の希望、聞き入れてもらう」
「ショコラさん。その話は、もう少し時間をおいて……」
「いいえ、セレン先生。大丈夫です」
私を心配するセレン先生を制して、私は目元を袖で拭う。
「一日でも早く帰りたいんだものね。早速……」
「俺の希望は、今の奴隷契約の破棄」
ショコラが私を遮るように言った。
「ええ」
「その後、お前を主とした奴隷契約の締結」
「そうね、私とのけいや……ん?」
「あと、この首輪はこの国に来るとき、役人のオッサンに付けられた物だから、新しくお前の手でかけて欲しい」
唖然とする私とセレン先生。
けれどショコラは至って真面目な表情で……不意に、目元を緩ませた。
「まさか、できないなんて言わねえだろうな?」
不適な物言いと笑顔がまた、似合うこと。
「……そりゃあ、私の希望だったし、できるけど……でも、帰国したいんじゃなかったの?」
「半年ありゃ気も変わる。今思えば、宰相の娘で居て面白いと思ったこと、あんまりねえし。……この半年の方が、ずっと楽しかった」
「……ショコラ……」
――また泣けてくるようなこと言っちゃって……
「アンタ言ったよな、『後悔しないように生きる』って。俺が今一番後悔することは、アンタの生き様を見届けられねえことだ。こんな面白いヤツ、他に知らねえ。そのためには、アンタの奴隷になるのが一番手っ取り早い」
「生き様って、また大げさね。来年には帰るんだから……」
「帰らねえ」
「……は?」
話してる間に近づいてきていたレナとイズファンさんも、きょとんとしてショコラを見た。
「契約期間は、どちらかが死ぬまで。分かったらさっさと契約書でも何でも用意してくれ」
「死ぬまで!? いやいや! 私、もともと来年の帰国までのつもりだったんだけど……」
「おいおい、そっちは負けたんだぜ? 勝者に文句言うんじゃねえよ」
私の顔がよっぽど面白いのか、ショコラは歯を剥き出して破顔した。
開いた口がふさがらない、なんて言葉があるけれど……
こんなところで経験するとは、思いもしなかった。
「宰相の子供だの、エリートだの……そんなつまらねえ事、兄貴達に押しつけてトンズラする。俺が欲しいって言っただろう? くれてやるよ、俺の人生」
どこか晴れやかにそんなことを言うショコラ。
そんな彼女に、私も次第と、頬が緩んで来て……
やっぱり、少し泣いちゃった。
「ふふっ、どうしよう、ウィンディ様に怒られちゃいそう」
「そんときは一緒に怒られようぜ、ご主人様」
お互いを見つめて……
同時に、声を出して、笑い合った。
横で見ていたセレン先生が私より泣いていたのは、彼女の名誉のためにも秘密だ。
†
とはいえ、まさかそんな話が受け入れられる訳ないだろう……と高を括っていた。
……いたのだが、それは意外とあっさり受け入れられることとなる。
「はっはっは! そうか、つまり、ルナリアちゃんに惚れちまったわけか!」
我が家に訪れたウィンディ様が、ショコラから話を聞いて、そう豪快に笑いのけた。
「惚れたって言やあ、そうかもしれねえな。こんな優しくて、ワガママで、良いヤツで、面白いヤツ、だから付いていきたい、って思ったから」
聞いてるこっちが恥ずかしい。
こういうこと真顔で言えるのが、ショコラという子である。
「そりゃあ、しょうがねえな」
「ああ、しょうがねえ」
二人がニヤリと笑い合う。
「……いい顔になったじゃねえか。こっちに送り込む前と、大違いだ」
「自分じゃよく分からねえけど……まあ、良い社会経験になったことは礼を言うぜ」
「かっかっかっ、本当にあのショコラと思えねえ。……変わったんだなあ」
そこでウィンディ様が私を見下ろす。
二メートルを超える彼は、不意に膝を付いたと思ったら、両手を地面に付けて頭を下げた。
「このたびは娘が大変なお世話になりました。お礼の言葉、この舌で述べるに足らぬほどでございます。どうか、貴女の一番奴隷として置いてやってください。そして願わくば、友として、仲良くしていただければと存じます」
「う、ウィンディ様! 頭をお上げください……」
びっくりして、ウィンディ様に言う。
それでも、彼は頭を上げない。
「……本当に、本当に、ありがとうございます……!」
その声は少しだけ、涙で滲んでいるようだった。
流石のショコラも驚いたようで、どこか居心地悪そうに身じろぎしていた。
「……そんな、お礼を言うのはこちらの方です」
私も膝を付いて、答える。
――けれど、なんと言えば良いのか……
でも、宰相という立場にもかかわらず、ここまでしてくれた彼に謙遜するのは違う、と思った。
そして色々考えた結果……
「……どうか、娘さんを私にくださいませ」
そう、口に出していた。
ウィンディ様がゆっくりと顔を上げる。
そして、わずかに潤んだ目尻を下げて、
「こんな暴れん坊で良ければ。よろしくお願いします」
そう言ってくれた。
「ありがとう、ございます」
今度は私が礼を返す。
そんな私の頭が、コツン、と叩かれた。
「なに言いやがんだ、この野郎」
見上げると、拳を握ったショコラが顔を赤くしていた。
「お前の言うとおり、面白い子だな」
またもウィンディ様が豪快に笑い出す。
同席していたお父様も、どこか表情を作るのに困ってるように、苦笑していた。
――いやまあ、確かに、ちょっと勝負した言葉選びだったけど……
――そんなに変な言い方だったかな?
それは男性が女性を娶る際、女性側の両親に言う言葉だと知ったのは、それから数年後の話である。
いやだって、普通の結婚とか知らないんだもの! しょうがないじゃん!
†
ショコラの主人を変える手続きは順調に進み、書類も整えた、約一ヶ月後。
新しい奴隷首輪が届いた。
ショコラの元々の首輪を外して、私は初めてショコラのまっさらの首を見る。
「……ごめんね。早く、こんな物が無くても堂々と居られる国になれば良いんだけど」
「そうかね? 昔は耳や尻尾のせいで迫害されていたから、その迫害から守るための目印として発明された……、って教えてくれたのはアンタだろ」
「まあ、歴史の教科書にはそう書いてあるけどさ」
「他の奴隷はどう思うか知らねえが……これのお陰で無駄なトラブルも減って、アンタとの関係も示せるなら、便利なもんだと思うけどな」
「そう言ってくれると気も楽になるよ」
「奴隷を使う側も色々と気苦労があるんだな」
「まあね」
言いながら、パチン、と新しい首輪の留め具を外す。
そして、前からショコラの首に首輪を掛け、留め具部分をうなじの裏まで持って行く。
カチッ、と音を立てて、首輪がロックされた。
「……これで俺は、アンタのモノか」
首輪を触りながらショコラが呟く。
「嫌になったらいつでも解除するから」
「そんときゃ遠慮無く言わせてもらうわ」
「あ、そうだ。今日からお風呂とベッドは毎日一緒ね。レナも楽しみにしてたから」
「……初耳なんだが?」
「うん。今初めて言ったし」
「いや別に良いけどよ……、隣に誰か居て上手く寝れるか……」
「まあまあ、物は試しと言うことで。どうしても馴染めなさそうだったら無理強いしないよ」
とか言っていたけれど、次の日の朝、一番最後までぐっすり寝ていたのはショコラだった。
そして、起きた後、
「……こんな気持ちよく寝れたの、生まれて初めてかもしれん」
なんて言うから、私もレナも、黙ってショコラを両側から抱きしめてあげた。
「暑苦しいな……」
弱々しく言うショコラ。
そのままなんとなく、ベッドに三人で倒れ込んだ。
……そこから二度寝してしまったせいで、三人とも方々から怒られたのまで含めて、初めて三人で寝た日の思い出である。
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