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14歳―17―

「この数日、考えたのです。不覚にも王女の地位を取り戻してしまった私は、不本意にも対外的にルナリア様の上の立場に見えてしまう。これは良くない、と」

「良くなくない……」

「ルナリア様が私を所有してる証が必要だと思うのです」

「別に要らない……」

「そこで、次の会議で同性婚の合法化を議題に挙げて参ります」

「えっ!?」

「なんで!?」

「どうせ……い?」


 私よりも周囲の皆の方が驚いた声を上げた。


「現在の法律では、人間が人間を所持することは出来ません。人間と人間の関係性に根拠を持たせる唯一の制度という意味で、消去法的ではありますが一番近いのが結婚です。

 養子ではどうか、という疑問もあるかと存じますが、それだと年上の私が親になってしまうので、本来の関係から逸脱してしまいますし」

「本来の関係とは……」


 ――そもそも別にそんな疑問、存じなかったけど。


「ご安心ください。私なんかと籍を入れたせいで、本当に結婚したい者との結婚が妨げられるような事が無いように計らっております。

 王家が認めた者には重婚の権利を認めるなど、目下ルナリア様の自由を阻害しないために、ありとあらゆる法の制定を同時進行で進めていますので」


「……あの……」

 そこでなぜかシウが手を挙げる。

「なんだい、シウラディア?」

 よくそうスパッと人格切り替えられるな、と感心する。

「重婚というのは、その、同性婚でもできるようになるのでしょうか……?」

「無論、そのつもりだ。なによりルナリア様のご意向が最上位ではあるけどね」

「なるほど、ありがとうございます」


 ――シウ、同性婚に興味あるのかな?

 いやまあ、応援はしたいけど……


 それよりも今は重要な問題がある。

 私はなんとか両腕を上げて、殿下の両肩を持った。


「……殿下。落ち着いてください。殿下は、あの森での出来事の混乱が、抜け切っていないのです。冷静にお考えください」


 殿下は微苦笑で、

「全く同じ事を、国王からも言われました」

 と答え、私の右手にそっと触れた。

「ですが、私はルナリア様の物であることは揺るぎない事実と存じます。ルナリア様が私を要らないと仰るまで、私はルナリア様のおそばに参ります」


「分かりました。それじゃ、私はもう貴女……リゼが要らないです。……これでいいですか?」

「……かしこまりました。それでは……」


 そこで、ドーズ先生が凄い勢いで私の左肩を掴む。


「待て、ルナリア、撤回してくれ」

「えっ……えっ?」

「私はこれで失礼します」


 殿下の顔から表情が消え、私から離れて出て行こうとする。


「君が捨てた人格も意思も、もう無いことになってるんだ。そこで体も捨てたら、あの子はもう……」


 ――自分で、自分を捨てる……。あの日みたいに。


 滝壺はこの辺には無いけれど、同じく死ぬことができるどこかで……

 ドーズ先生の言わんとすることを理解して、私は慌ててベッドを飛び降りた。


「い、要る! やっぱり要るから! どこにも行っちゃダメ!」

 殿下……リゼに背中から抱き付いて、止める。

「……本当ですか、ルナリア様……?」

 そう言って頭だけで振り返るリゼは、涙目だった。

「本当だから。……私の許可無しで、勝手なことしないで」

「はい!」


 潤んだ瞳のまま、童女のようにいたいけに笑うリゼを、周り皆は心底驚いたように見ていた。


「……ていうか、これ脅迫じゃ……?」

 そんなシンプルな事実に気付いてしまう。

「滅相もありません。持ち主に捨てられた物はゴミになる、ただそれだけです。誰かが拾ってくれなければ」

「リゼだったら拾う人なんて無数に居るでしょ……」

「いいえ、居ませんでしたよ。……あの森では」

「そりゃ私しか居なかったからね」

「はい。……足手まといでしかない私を、唯一拾ってくださった御方です」


 ――やっぱり、あの森に捕らわれてると思うんだけどなあ……


 でも妙に幸せそうだから、複雑な気持ちになる。

 いつか、解放してあげられる日は来るのだろうか?

 そんなことを考えながら体を離す。


 リゼがくるりと回って、正面を向いた。

「ルナリア様、まだお足元が覚束ない様子。ベッドに戻りましょう」

 回答する間もなく、抱きかかえられた。

 私を抱きながら、やっぱり幸せそうに運んでくれる。そのままベッドの上に座らせられた。




「それでは、名残惜しいですがこの辺りで。同性婚の件を進めなければなりませんので……」

 リゼが深く頭を下げる。


 ――そういえば、そんなこと言い出してるんだった。


 これ以上、国王陛下や王妃陛下、それに王宮の皆さんに頭痛と心労を与え続けるのも忍びない。


「待ちなさい」

 そんな彼女を呼び止めた。

「はい! ご命令ありがとうございます」

「……そういうのいいから。答えてくれる? そもそも、なんで結婚なの?」

「それは、先ほど申しましたとおり……」

「それが、良く分からないの」


 再びベッドを降りて、リゼのすぐ前に立つ。


「結婚という形で、私が所有者だという証が欲しい、って言ったわよね」

「はい。仰るとおりです」

「なんで、そんなのが要るの?」

「それは、内外に私は王女で、ルナリア様は公爵令嬢と知られている現状を……」

「もう一度聞くよ? なんで、王宮や国が発行する証がそんなに欲しいの?」

「……それがあれば、誰しもに私たちの関係を知らしめることが……」

「なんで知らしめたいの?」

「え?」

「なんで、私以外の誰かが発行した証を以って、私以外の誰かに知らしめたいの?」

「そ、それは……」


 リゼの頬に触れる。

 優しく、僅かに指を食い込ませた。


「結婚を王宮に認めさせる、ということは、つまり王宮が私より偉いということになる。そうなると、その上層にいる貴女の方が私より偉い、ってことになるんじゃない?」


「あっ……!」

 問われて、答えられない様子で目を泳がせるリゼ。


「私が、誰かにこの関係をひけらかしたい、なんて言った?」

「お、仰っていません……」

「貴女の中で一番偉くて、一番大切で、一番尊重しなければいけないのは、誰?」

「ルナリア様です」

「でしょう? だったら私が、『リゼは一生私の物だ』って言う以上に重要なこと、あるの?」

「あ、ありません……」

「あら? 貴女、王宮に『お前達は夫婦だ』って証明させるのが重要、と言ってなかった?」

「も、申し訳ありません、言って、しまいました……」

「じゃあ、撤回するのね?」

「はい、もちろんです」

「よろしい」


 言って、リゼの頬から頭に手を伸ばす。

 それだけで私の意図を察したリゼが、僅かに屈んだ。

 その頭を優しく撫でてあげる。


「理解できて偉いわリゼ。他の人間にとやかく言わせる必要なんて無いんだから」

「はい、気づきを与えていただき、ありがとうございます……」


 幸せそうに相好を崩すリゼ。

 その耳元に口を寄せて、囁く。


「ちゃんと言うわね。貴女は一生、私の物だから。安心しなさい」

「は、はい……!」

 目を潤ませて、一心に私を見上げるリゼ。


 ――これで良かったんだろうか……?


 でもまあ、今はしょうがない。頭の良い方だし、いずれ自分が馬鹿な真似をしていたと気付く日が近いうちに来るだろう。

 ……きっと。


 手を離す。

「貴女がどうしてもなにか物で私との関係を明示したいと言うなら、誰でもない、私が用意するわ。それでいいわね?」

「は、はい、もし賜れれば、ありがたき幸せに存じます……」

「今後、私のための法案とか言って自己満足に走るのはやめなさい。同性婚そのものは反対はしないし、ちゃんと国民のためなら良いけどね」

「大変申し訳ございませんでした。是正いたします」


 ――ふう。なにはともあれ、これで陛下の頭痛の種を一つ潰せたかな……?

 まだまだお詫びにはならないだろうけども。


 ベッドに戻ろうとすると、リゼが口元を両手で隠すように当てて、輝いた目で私を見下ろしていた。


「ルナリア様からいただける証、僭越ながら、楽しみにお待ち申し上げます」


 もう一度、深く礼をしてリゼは帰って行った。……とても満足そうな表情で。


「罪な女よの、ルナリア」

 面白そうにロマがからかう。


「王族洗脳罪とか王女誑惑罪(おうじょきょうわくざい)とかに問われないわよね……?」

 そんな罪あるのか知らないけど。


「そうなる前に、お主なら国王陛下すら手玉に取れるじゃろ」

「んなわけ……」


 最終的にリゼが私の所有物ということを認めてしまった相手であることを思いだして、無い、と言い切れなくなってしまった。


「……殿下がこのまま女王になったら、この国は実質お姉様の物、ということになるんですかね……?」


 レナが背筋が凍るようなことを言う。


 ドーズ先生と対面したときよりも、森で魔物に囲われたときよりも、遙かに怖すぎた。


「かかかっ! そいつは愉快じゃな!」

「まあ、聖教会も実質そうなりかけてますしね」

 シウもしれっととんでもないことを言い出す。


 なるほど確かに、と笑い出したロマに、私は冷ややかな視線を浴びせるしか否定の意思を表すことが出来なかったのだった。

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