14歳―15―
~幕間~
リゼが霧……に見える固い壁に触れる。
が、その壁はなんの変化もなく、もちろん晴れる様子もない。
「ダメか……」
トリガーは良く分からないが、少なくともボスが敵を察知している状態では『戦闘中』という判定なのかもしれない。
「急いで戻らないと……」
踵を返して、ルナリアと分かれた方へ走り出……
そうとした瞬間、ポォン、と音がした。霧の壁が解除される音だ。
リゼが振り返った先で徐々に霧が晴れ、向こう側が見えるようになっていく。
「相手は全長六、七メートル。四本の鋼の腕だそうだ。気を抜くな……」
霧の向こうから聞き慣れた声が、僅かに緊張を含んでそう言っているのが聞こえる。
さらに視界が開けて、声の主と目が合う。
「なっ!?」
流石に驚いた様子で、ドーズが目を見開いた。
「……ドーズ……」
見ると、ドーズの横や後ろには他にもたくさんの人が居る。
見覚えがある者、そうでない者、およそ半々くらい。
助かった、という感傷は、けれどすぐに捨てる。
なぜなら今のリゼが最も大切なのは、ルナリアの安否以外にないのだから。
「姫様! 良かった、ご無事で……」
「シウラディア! シウラディアは居るか!?」
ドーズの横で言うギルネリットを遮って、集団を見渡す。
「は、はい!」
ギルネリットと同じ意匠の服を着たシウラディアが手を挙げた。
「あの杖をルナリア様に! あと、治癒魔法を使える者は居ないか?」
「……様?」
誰かの疑問符もどうでもいい。
とにかく、一刻でも早く回復を……
「私が使えます!」
そう言って一歩前に出たのはレナーラ。
リゼと同じく、様呼びなんて心底どうでも良い同士が、一瞬で互いを理解し合う。
「二人とも急いでこっち……」
ルナリアの方へ案内しようと、再び踵を返した。
と同時に、宙を舞うルナリアの姿が視界に飛び込んでくる。
「……ルナリア、様……」
絶望するリゼの横を、ドーズが駆け抜けた。
落ちてくるルナリアを、地面を滑りながら受け止める。
遠くからズシン、ズシン、と重い足音。
「シウラディア! レナーラ! 早くルナリアを!」
ドーズの怒声で、二人が「「はい!」」と声を揃えて駆け寄る。その二人と同時に、ショコラも走り出す。
「……だろう? リーゼァンナ」
そう言われて、リゼも頷く。二人を追ってルナリアとドーズの元へ駆け出した。
「姫! 危ないですから、こちらへ……」
ギルネリットがリゼの背中に叫んだ。
「そうだ! ずっと、危なかったんだ!」
心の隅では体力の無駄だと思いつつも、ギルネリットに言い返さずには居られなかった。
「誰が、ここまで守ってくれたと思う。どんな思いで……」
それ以上は涙に邪魔をされて、リゼは涙を拭う。ドレスの袖もコートの袖も、もう涙の跡でボロボロだ。
「…………」
そんなリゼを、ドーズは意外そうな……けれどどこか嬉しそうに見ていた。
「ルナ……」
ルナリアの元に一番先に着いたシウが、その様子に息を呑む。
「シウ、お姉様の手に杖剣を」
次に着いたレナーラはそう言って、治癒魔法を発動した。
レナーラに言われたとおり、シウラディアは杖剣をルナリアの右手に握らせる。ガンガルフォンは今の一撃でどこかに吹き飛んでしまっていた。
「背中側の左肩が一番古くて、多分一番重傷だ。そこから治癒を頼む」
「分かりました」
レナーラが魔法を湛えた両手をルナリアの左肩に近づけていく。
「ゼルカ! 四人に結界を!」
「は、はい!」
ドーズが呼んで、ゼルカが走ってくる。
ドーズはルナリアをゆっくりと離して、地面に横たえた。
立ち上がって、近づいてくる巨大な魔物を見上げる。
「シウラディアもこのままルナリアに付いていろ。他の魔物の警戒を怠るな」
「はい」
「ショコラは……」
「近くを哨戒する。こっちにも近接職が居た方が良いだろうし、ガンガルフォンも見つけねえと」
「分かった、何かあったら呼べ」
ドーズが一歩踏み出し、シミターを抜き放った。
「ギル、ロマ、ギリカ、あのデカブツを仕留めるぞ」
「了解です」
「おうよ」
「かしこまりました」
呼ばれた三人がそれぞれ返事した。
ロマが一人、ふわりと空中を浮遊する。
「良くもワシの親友をぶん殴ってくれたのう。万倍にして返してやるわ」
八本の極聖の光がロマの背中に顕現した。
「いくぞ!」
ドーズの合図で、ドーズとロマがそれぞれ地上と空中から魔物に向かう。
ギルネリットは詠唱をはじめ、ギリカがその三人の周囲に防御結界を展開した。
†
戦闘を始めてから、二十分が経とうとしている。
魔物はその大きな体で、簡単な戦技も使うことが分かってきた。
自分の腕をもいで作った圧倒的な射程で、簡単には懐に入れない。
とはいえ、その大きさと攻撃力は並外れてはいるものの、ドーズやロマであればさして脅威ではない。
問題は、その強靱さ。武器も腕も――まあどちらも同じ物なのだが――どんな攻撃も受け付けない。
胴体も非常に高度な物理・魔法耐性が施されており、聖光八足も、闘神気からの斬鉱断鉄も、まるでダメージが通らなかった。
「堅いだけの木偶の坊が、時間ばかり掛けさせよって……」
忌々しげに言うロマの皮膚には、魔力神経が仄かに浮かび上がっている。
霧を抜けて入った以上、この魔物を倒さなければ森の外には出られない。
もしかするとこの魔物は門番ではなく、一度入った者を引き返せなくするための存在なのかもしれない。
「ロマ、待て! 合わせるぞ!」
離れた空中にいるロマに大声で言って、ドーズはレッドドロップの空き瓶を放り捨てる。
「合わせるったって、もう何度もやったじゃろ! 次はどうするつもりじゃ!」
「胴だ! 伐採と同じ要領だ。同じ部位を繰り返し狙う!」
「……あいよ、リーダー殿の言うとおりに」
魔物の武器二本を掻い潜りながら、ロマが狙いを定める。
ドーズが今日何度目になるか分からない闘神気を発動。
魔物の動きを見極めようと、二人がそちらに集中……
「ドーズ先生、右押さえてくれますか?」
「……ああ」
そう返事をして、ドーズは視界に納める範囲を全体から右腕のみに切り替えた。
「ロマ、左、よろしく」
「任せい、大将……!」
ロマは泣きそうな気持ちになりながら、けれど自然と笑みが浮かんでいた。
二人の間を、補助魔法を用いて人間を超えた速度でルナリアが駆け抜ける。
そのルナリアを迎撃しようと、魔物が右腕を横からしならせた。
その間に、ドーズが入り込む。
「斬鉱、断鉄!」
激しい火花と甲高い金属音を放って、魔物の右腕が止まった。
右腕を止められた魔物は、次に左腕を振り上げる。
ルナリアを上から叩き付けるように、重力に任せて先端を振り下ろした。
「二度も殴らせんわ!」
八本の極聖が、左腕を絡め取る。
空中、ルナリアの頭上一メートルほどの高さで、左腕は静止した。
魔物の足下まで駆け抜けて、ルナリアが跳躍。
ガンガルフォンを両手で逆手にして持つ。
「いいかげんこの森を出て、みんなとお風呂に入るのよ!」
魔物の頂点に、ガンガルフォンが深く突き刺さる。
その衝撃は、魔物の胴体を縦に貫いて。
一拍の後、轟音を立てて真っ二つに崩れ落ちた。
~幕間 了~
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