14歳―14―
それから、どれほどの日数が経っただろう。
いつの間にか、寝ても全然疲れが取れなくなった。
いつの間にか、視界は赤いモノクロになっていた。
いつの間にか、リゼに支えられないと歩けなくなった。
いつの間にか、護法剣が生成できなくなった。
いつの間にか、エンチャントも魔力剣も複数の発動ができなくなった。
いつの間にか、近くに居てくれないとリゼの声も聞こえなくなった。
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【ルナリア・ゼー・トルスギット】
・HP 8/149
・MP 49/11323
・持久 96
・膂力 20
・技術 337
・魔技 581
・幸運 1
・右手装備 ガンガルフォン(中破)
・左手装備 なし
・防具 貴族のドレス(小破)
・装飾1 なし
・装飾2 なし
・物理攻撃力 409
・物理防御力 22
・魔法攻撃力 725
・魔法防御力 34
・魔力神経強度 中
・魔力神経負荷 2857%
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戦って、戦って、戦って、戦った。
私が傷を負うたびに、リゼは泣く。
けれど次の瞬間には、涙を拭いて私を支えて歩き出す。
「ルナリア様、私の覚えてる地図と、歩いてきた感覚が正しければ、恐らくあともう少しです」
彼女を所有した日、褒めたのが良かったのか。常に私を励まして、応援して、支えようとしてくれる。キザで斜に構えた王女はどこへやら、これが本来の彼女のようにすら感じた。
王女として、無理をして生きてきたのかもしれない。私の知る由もないことだけど。
「……リゼ、ありがとう……」
「……とんでもございません。私は、ルナリア様のお役に立つのが本懐ですから」
その返事を聞いて、もう何度もしたやりとりだったと気がつく。
口を開くたび、私はそれしか言っていない。
「ルナリア様、絶対、二人で生きて出ましょう!」
他ならぬ彼女の口からそんな言葉が出るのがおかしくて、私は笑ってしまう。
そんな私に、リゼも笑い返してくれた。
……大粒の涙を流しながら。
†
遠くに、ぼんやりと巨大な陰が見える。
陰は、こちらに気付いてゆっくりと体を向ける。
これまでの魔物とは、明らかに違う。襲ってくるのではなく、迎え撃とうとしていた。
「あれは……おそらく、このダンジョンの門番です」
その大きな陰の向こう側には、黄色い霧が見える。
ダンジョンのボス前にある、出入りの霧だ。
私たちが来た道にあの霧はなかったが、この魔物が門番だというなら納得も行く。こちら側から戦いに来る者を想定していないのだろう。
「リゼ、少し離れていて」
言いながら魔力剣を一つ生成。リゼの周囲に浮遊させ、護衛にしている。護法剣が作れなくなってからはこうしてリゼを守っていた。
リゼの周囲に敵が居ないときは私を援護するよう命令してあるから、リゼに危機が迫ってるのかどうかも分かる。
今の私には、数少ない頼りになる味方だ。
「いつもみたいに、カッコ良くやっつけちゃってください」
そんな軽口が、重くなった私の体を押してくれる。
鉛のように重い手足を、補助魔法で無理矢理に動かす。今や補助魔法というより、身体操作魔法と言った方が実態に近い。
自分の体を魔力の操り人形にして、魔物が振り下ろした腕を横に避けた。
その大きな魔物は、周囲の木より倍近い背の高さがある。その身長にしては手足も体も細く、一見、木の幹を継ぎ合わせて作った四本腕の人型のようだった。
だが近寄って見ると、腕は硬い金属のような性質で、胴体も生気は感じられない。頭に相当する部位はなく、この森に生息するどの魔物とも似ていない。
全く違う場所からこの森を守護するためだけに来たような、そんな歪さを感じる。
試しに伸ばされた腕を斬り付けてみるが、ギィン、と音を立てて弾かれた。一重エンチャしかできない状態では、腕にダメージは通せなさそう。
――だったら、胴体だ。
四本腕を掻い潜る。ロマの聖光八足を相手するよりよっぽど簡単だった。
すれ違いざま、横一閃に斬り裂く。
腕よりは手応えがあったけれど、表面のすぐ下に芯があって、斬り落とすことは出来なかった。
「woooooooooooooooooo!!」
魔物がどこからか声を出して、吼える。
瞬間、魔物の全身から咆哮砲に似た衝撃波が発生。私の体は空中で弧を描いて、地面に叩き落とされた。
悲鳴を上げる元気もなく、全身を打ち付ける。
「ルナリア様!」
リゼが駆け寄り、膝を付いて私を覗き込む。
――普段なら、大したダメージでもないだろうに、情けない……
衝撃であっさり補助魔法を剥がされてしまう。
朦朧とする私は、上手く補助魔法すら再展開できず身動きが取れなくなってしまった。
「ルナリア様……ルナ、リア……」
すっかり泣き虫になったリゼが、動かない私を見てポロポロと涙を流し出す。
「……馬鹿。泣か、ないで……いつもみたいに、応援、してよ……」
リゼの頬に手を伸ばすと、その手を取って彼女は嗚咽混じりに、
「が、頑張って、ルナリア様、負けないで……」と強く握りしめる。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
魔物を見ると、右上の腕で左下の腕の根元を、左上の腕で右下の腕の根元、それぞれ掴んだ。
ここまで聞こえるようなギリギリッ、と軋む音で握り潰し、捩り始める。
――なにを……?
次の瞬間、魔物はそれぞれの腕を引き千切った。
意味不明な自傷行為。けれど、その腕を持ったまま魔物が周囲の木をなぎ払ったとき、その目的に気が付く。
「自分の腕を武器にして、リーチを伸ばした……?」
四本腕では私を叩き落とせないと見て一転、近づけさせない作戦に出たのだ。
――そんなことしなくたって、こっちはもう満身創痍の疲労困憊だってのに。
リゼに支えられて立ち上がる。
「ルナリア様、霧に触れてみましょう」
「霧に?」
「普通、ボス戦中は霧の先には行けませんが、今回は霧を潜って戦いに来たわけじゃありません。もしかしたら、このまま出られるかも……」
「……分かった。アイツは私が引きつけるから、リゼが触れて」
そう言うと、リゼが真剣な顔で私を見る。まだ濡れた目に私の顔が映る。
「ご無理なさらず……。霧が晴れたのが見えたら、すぐに来てくださいね」
「分かってるって」
「絶対、約束ですからね!」
「ええ、貴女みたいに自己犠牲なんてする気ないから平気よ」
「……ルナリア様はイジワルです」
私が小さく笑うと、リゼもすぐに笑い返してくれた。
「もう一人で立てるから大丈夫、行って」
軽くリゼを押す。
「はい!」
リゼが霧に向かって駆け出した。
なんとか補助魔法を再展開して体を操り、ガンガルフォンを構える。
私を見つけた魔物が、ズシン、ズシン、と重い足音を立てて近づいてくる。
「……そうよ。自己犠牲なんて、美しくもなんともない」
――泥臭くたって、生き延びてこそだ。
……生き延びてこそ、なんだけど……
「……ごめんね」
リゼ。レナ。ショコラ。エルザ。ゼルカ様。ロマ。シウ。ガウスト殿下。
お茶会の皆に、お風呂会の皆。
お父様、お母様……
遠くで、霧が晴れていくのが見えた。
「……流石、殿下。推測どおりでございましたね」
そして、目の前の魔物を睨む。
「……お前がいなかったら、ハッピーエンドだったのに。邪魔、しないでよ」
一歩、踏み出そうとした瞬間……
横合いから、武器と化した魔物の腕に薙ぎ払われて、防御も出来ずに私の意識は飛んで消えた。
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