14歳―13―
~幕間 続き~
そんな中、ルナリアは予想外のことを言い出す。
人格も意思も夢も分離して、肉体だけ持って帰る、と。
荒唐無稽な、ただの屁理屈。けれど、聖女の体に流れる時間を斬った彼女なら、やろうと思えば本当に出来るかもしれない。
でも、そういうことじゃない。
国、父、母、弟、王宮、騎士、貴族、民……
人、心、哲学、宗教、倫理、道徳、命、時間……
あらゆる要素から導き出した、『捨てる』という結論。
それらを全部無視して、『拾う』とねじ曲げた、ワガママなゴリ押しが……
どうしてかリーゼァンナの心臓を、生きる気力を、意欲を。この上なく、叩き起こしてしまった。
――もし、この子があの日、あの時、あの場にいたなら……
――自分で剣を担いで、全員助けに飛び出したのかな?
理屈も正論も押しのけて。
『正義』のワガママを貫き通す、彼女だから。
†
ありとあらゆる知識と情報を四次元的に処理していたリーゼァンナの頭脳は、この四日、護法剣の中でただ無事を祈り、溢れる涙を耐えることしか出来なかった。
安易に護衛を頼んだ私のせいだ。
足手まといの私のせいだ。
年下の女の子一人を戦わせて、安全なところで見物する私のせいだ。
でも、私だって死にたくない。
あのお人好しの少女を利用しろ。
いや、私が死ねばルナリアだけは助かる。
あのお人好しの少女を解放しろ。
私が死んだら、家族が悲しむし、なにより国益を損なう……
そんなのルナリアだって一緒だ、この利己主義者……
そんな思考がずっと脳裏でループしつづけていた四日間だった。
だが彼女の所有物になった今、リーゼァンナの思考は晴れていた。
だって、所有主の意向に従えば良い。
――私は彼女の道具なんだから。
それはひどく一次元的で、大変に分かりやすい。
所有者の意向、それはつまり……
「なにがあったって、持って帰るんだから……!」
だから私は、ルナリアに持って帰ってもらうんだ。
――意思と夢と人権を自ら捨てた以上、私の意思と夢と所有権は、全部彼女の物。
気付けば、リーゼァンナは大きく息を吸っていて。
そんな自分の動作に、やっと頭も何をするべきか気がつく。
「頑張れルナリア様! そんな奴ら、やっつけちゃえ!」
ここ数年出したことない大きな声で、リーゼァンナは思いっきり叫んだ。
~了~
†
滝の裏から出てから、リゼ――新しい名前を付けようと思ったけど、紛らわしいので略称をそのまま採用した――は、なんだか憑き物が落ちたようだった。
「……そうか。今の私は、ただの物か。それじゃ、持ち主に逆らえるわけもないね」
と、護法剣を解除しても滝壺に飛び込むでもなく、邪魔するわけでもなく従順に私の言うことを聞く。
とりあえず解決したようでなによりだ。
その後ゴールドフルーツを食べてから、私は滝の流れを利用して久しぶりに体を洗うことにした。
今朝は太陽も戻ってきて、比較的暖かい。本当は寝る前の方が体力的に良いと分かっていたけれど、流石に気持ち悪くて我慢できなかった。
「貴女も体を洗いなさい。いいかげん、気持ち悪いでしょう?」
なぜか躊躇っているリゼに言いながら、傷だらけのドレスを脱いで裸になる。
「……い、いや、私は……」
「?」
――なんだろう? 二日前は勢い良くすっぽんぽんになって暖めてくれたのに。
少し考えて、私は高圧的に出ることにした。『拒めば許してもらえる』という前例を作ると、また逃げるとか死ぬとか言い出しかねないし。
「……私への返事に『はい』以外の言葉が許されるわけないでしょ。泥や雨に汚れた物を私に持たせておく気?」
「……そう、だな。すまない……」
観念したように、ゆっくりドレスを脱ぎ始める。
……この前みたいにガバッと脱いでくれればいいんだけど、頬を染めて躊躇いながら脱ぐ姿は、なんかえっちだ。
「……女同士で、なにを今更気にしてるのよ」
勢い良くドレスを脱がしにかかる。
「きゃあ!?」
悲鳴を上げて、リゼは自分の体を隠した。
「……す、すみません、声を荒げて……」
耳まで真っ赤にして、涙目で縮こまりながらリゼが謝る。
――なに? なにが起きてるの?
実は怪我をしていてそれを隠したいとか、そういう感じでもない。見た感じ、綺麗な体だ。
「……良く分かんないけど、さっさと洗っちゃいなさいよ」
それ以上無理強いするのも躊躇われて、私は再び滝に戻る。
「は、はい、申し訳ありません……」
いつの間にか敬語になったリゼが、胸元を隠しながら謝った。
それから少し時間をおいて、一糸まとわぬ姿になった彼女と横に並んで体を洗った。
リゼは一言も話さず、やはり体を隠したがる様子だ。
――もしかして、一昨日は無理していたんだろうか。
だとしたら、これからはあんまり強要しないほうがいいかもしれない。
そんなこといちいち決めなくても、すでにこっちの罪悪感が凄いので、二度とできなさそうだけど。
†
五日目は、昨日より比較的魔物達は大人しかった。
かなり進むことが出来たことに内心安心したとき、初日に戦った狼の魔物――私が密かにダブルヘッドウルフと名付けていた――の群れに出くわした。
アナライズすると、名前の欄が【ダブルヘッドウルフ】になっている。……もう少しちゃんとしてた名前考えておけば良かったな。
どういう敵かはもう分かってる。防御力が低目だから、魔力剣を駆使すればなんとかなるだろう。
リゼの周囲に護法剣を置いてから、魔力剣を展開。
――目標は、三十分以内ってところか……
先頭のダブルヘッドウルフに、ガンガルフォンを構え……
「頑張れルナリア様! そんな奴ら、やっつけちゃえ!」
予想外な声に、敵前にもかかわらず思わず振り向いてしまった。
護法剣の中のリゼは両手でメガホンを作っていて、私と目が合うと満面の笑みで手を振ってきた。
その表情は、ここ一年ほどの付き合いで全く見たこともない、キラキラしたもので……
なぜか、絵本の中のリンを応援してる時の幼い自分が、フラッシュバックした。
――情緒、大丈夫……?
今朝からの一連の流れで心配になってしまう。
……けれど、その真っ直ぐな応援は、素直に嬉しくて。
なんだか、体中に力がみなぎるようだった。
それからも度々、リゼは私に声援を送る。
その都度、私の気力は回復して、心が躍った。
応援の力って、偉大だ。
†
全滅させたのは、予想よりも早く二十分くらいだっただろう。時計がないので正確には分からないけど。
護法剣を解いて、リゼを自由にする。
「……リゼ、途中のあの声援は、どうしたの?」
「申し訳ありません。その、つい、口から出てしまって……」
尋ねると、リゼは怒られてると思ったのか頭を下げた。
そのまま、上目遣いで私を見上げる。
「お嫌でしたか?」
「いや、嫌じゃないよ。これからもお願い」
そう答えると、目に見えてリゼの表情が明るくなる。
「はいっ!」
「それと……その、様とか、敬語はなに? 別に今まで通りでいいよ?」
「その方がルナリア様の所有物っぽいかな、と思いまして。耳障りなら戻すよう努力します」
――すでに努力が要るんだ……。
「……別にどっちでも良い。好きにして」
「かしこまりました、ルナリア様のご随意に」
……調子狂うとかいう次元じゃない。
今朝の反動とかもあって、躁状態なのだろうか?
まあ、ウジウジされるよりは良い。申し訳ないが、そこまで心のケアする余裕もない。
とにかく今は、脱出することだけを考えよう。
――と、その前に。
「リゼ、少し頭を下げてくれる?」
「はい?」
言われるがまま、リゼは少しかがみ込んだ。
「敬語を使ったり応援してくれた、ご褒美よ」
頭を撫でてやる。
……今あげられるご褒美って、これくらいしか思い付かなかった。
ショコラだったら最大級に喜んでくれるご褒美だ。
「拾われたばっかりなのに、順応できて偉いわ。これからも、私の意に沿うよう頑張りなさいね」
「……あ、ぅ……」
――いや、逆に屈辱だった……?
なにせ昨日まで王女様だったのだ。頭を撫でられて喜ぶわけが……
「ルナリア様……お褒めいただき、嬉しいです。これからも、ルナリア様のおそばに置いていただけるよう、頑張ります」
潤んだ瞳で、気持ちよさそうに目を細める。
どう見ても、心の底から喜んでいた。
――これは、帰ったら真っ先に心療医に診て貰わないと……
なおも愛おしそうに私の手の感触を楽しむリゼを見下ろしながら、こんな風に変えてしまった罪悪感と共にそう決めた。
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