無意識の自傷
三題噺もどき―さんびゃくごじゅうきゅう。
※そういう表現はしてないけど一応注意※R-15にしてます※
車から降りると、ヒヤリとした風がむき出しの頬を撫でた。
「さむ……」
ぼそっと、独り言をつぶやきながら、車の鍵をかける。
ガチャ―と、扉が開かないことを確認する。その上で、鍵をズボンのポケットの中にねじ込む。この後、どうせ鞄の中に入れるのに、この癖はどうにも治らない。
「……」
朝のこの時間の出勤はほんとに寒い。10月に入って尚更。
仕事中はそれなりに動いて体温が上がるので、半そでを着ている。
その上にカーディガンを羽織ってはいるが、薄手のものだ。
これでも動くと暑い。朝のこのタイミングだけは寒い。
「……」
上手く調節ができないんだよなぁ……。特に今年は。
朝はかなりこうして冷えるが、昼間は暑いぐらいの日が未だにある。
「……」
少し駆け足気味で中へと入っていく。
あるスーパーの仕事をしているが、今日はいつもより早めの出勤である。
だから特に寒い。せいぜい2,30分ではあるが。
「……」
重たい自動ドアを開く。
中はまだ電気をつけていないのか少し薄暗い。
鍵当番の副店長はどこだろう……ロッカーかな。
今日があの人で良かった。店長はいつもギリギリに来るので、この仕事の時は厄介だ。
ただでさえ時間がかかる作業に、若干の遅れが生じる。
「……」
冷蔵機能を備えたものがあるので、店内はひんやりとしている。
通路を奥へと進んでいき、ロッカーに向かう。とりあえず荷物を置く。
倉庫の中へと入ると、事務所の電気がついていた。
あ。
「おはようございます」
「ぉ、おはよー」
少し間延びしたような返事が返ってくる。
この店の中で、割と好意的な印象を持っているのは、数少ないのだが、副店長はそのうちの1人だ。
ちなみに、店長は最悪レベルだったりする。第一印象が最悪だったし、対応が何にしても雑なのだ。いいところは一つもない。―ここだけの話。たまたま親戚が店長の事を知っていたのだが、その親戚にもアイツはやめろと言われたのだ。だからなおさらである。
「……」
打刻をしに行った副店長を見送り、ロッカーに荷物を置き、準備をしていく。
今日は裏にいるから、エプロンは後で良いとして。ペンとカッターと、念の為のメモ帳……入らないか。よし。私も早く打刻しに行こう。
「おはようございます」
「ぁ、おはようございます」
もうひとり来た。ある男性スタッフだ。
この人はいつも早い。
これといった印象は全く持っていない、普通の人。あまり関わることがない。
他の人には、どうやら避けられているようだが。特に1人の女性スタッフから。
別に何も思うことはないと感じているが……。
その女性スタッフの事は嫌い。
「……」
何というか……その女性スタッフそれなりに年上なのだが。
この人に弱みを握られでもしたら、面倒くさそうだなという感じがしている。
面倒くさいと言うか……何だろうか。
分かりやすく言うと、お局的存在感がしている。
店長にも口を出すし、客にもたまに何か言っているし。
なにより話し方が、私は苦手なのだ。どうにも、高圧的でうるさくて。
嫌な気分になる。
「……」
おかげで毎日辞めたいと思いながら仕事をしている。
……たまに思うが。私はほんとに人に恵まれない。
実のところ、これまで何度か職を変えているが。
その度、人に恵まれず、限界がきて倒れてやめている。
自分が悪いのは分かっているが、どうにも限界というのがふいに訪れてしまう。
「……」
これでも今は落ち着いている方だ。これが続くといいが。
今日はあの人が来ないから気持ち的にも楽だし。
―なんてことを思いつつ、打刻を済ませ、仕事を始める。
今日は倉庫に来ている荷物の整理をしなくてはいけない。
朝に出すものを優先的に、摘まれている段ボールから先に片付けていく。
「……」
大量に段ボールが乗った台車を、引っ張り出し、巻かれたビニールを外していく。
カッターで、ビッーと、切込みをいれ、適当に引きちぎっていく。
それを数回繰り返す。
終わった後には、売り場別に分けていく作業がある。
作業を黙々と進めていくうち、他のスタッフも出勤してくる。
「こっちのしてくね~」
「はぁい」
そのうち一人が、更に奥にあるコンテナ類の仕分けを進めてくれる。
その間にも私は、段ボールをわけ、別の台車に乗せていく。
たまに中身がよく分からないものもあるので、カッターで切って確認したりもする。
「……」
段ボールの整理が進み、残り一台となった。
……あとはこれを分けて、あっちのコンテナ類も一緒にしていって。
「……?」
やるべきことを頭の中で整理しつつ、カーディガンの素手を軽くまくる。
その時、撫でた腕の内側になぜか痛みが走った。
痣でもできたのだろうか?
そう思い、その痛みの元に視線を移す。
「ぅゎ……」
そこには、少々大き目の傷ができていた。
ジワリと血が滲んでいるのを見る限り、思っているより深いかもしれない。
とは言え、表面を軽く傷つけた程度のものだろう。
「……」
自覚した途端に走る痛みと、視界の中で滲みだす血の色。
過去に数度、これに似たものを受けた―つけたことのある身としては、引っかかるものはある。そういう気分に浸っているわけではないが。
「……」
いつの間にできたのやら。
無意識にカッターで切りでもしただろうか。
いやいや、何かに引っ掛けたのだろう。勢いが強かったのか、小さく痣すらできている。
「……」
切り替え切り替え。
さっさと仕事をしよう。
この後この腕を外にさらすことにはなるが(レジの業務もあるので)、誰も気にはしまい。
人は案外、他人のことは見ていないから。
お題:カッター・弱み・血