最悪な初対面だったよな
「旧 同居人は戦いの女神さま」のリニューアル版です。
宜しくお願い致します。
「……以上のように、日本の人口減少の背景には晩婚化のほかに未婚化、つまり、独身者の増加があります。政府の推計によると今後も独身者は増加し続けて」
俺はニュースキャスターが話し終える前にテレビの電源を消し、缶ビールを一口飲んでから、額の汗を腕で拭った。
エアコンを利かせているというのに、体が熱くて汗が滲み出てくる。
飲んでいる缶ビールの本数がいつもの夜より多いからというのもあるが、ニュースキャスターの解説がクリティカルに聞こえたせいもある。
「独身者で何が悪い。独身者も一生懸命働いて、一生懸命生きているぞ」
酔いが手伝って、ひとり部屋の中で毒づく。
先週に続いて今週も仕事が猛烈に忙しく、朝早くから夜遅くまで働き、おまけに今日は土曜日なのに二週連続の休日出勤。
それだけでも疲労が溜まるというのに、九月も中旬だというのに残暑が続いて体力が削られ、仕事から家に帰るころにはヒットポイントは残り一ポイント状態。
独身者も既婚者と同じように一生懸命働き、一生懸命生きているんだ。
評価してほしいその部分をあっさりと切り捨てられ、人口減少の主犯扱いで断罪されるなんて堪らないよ。
そりゃ両親が生きている間に孫の顔を見せられなかったことについては、後悔しているけれどさ。
二十代前半の頃に交際していた彼女とめでたくゴールインしていたら、孫の顔を見せられたかもしれないけどさ。
かと言って、まだ結婚願望がまったくないというわけではない。
四十歳になるまで残り五年だから、まだ年齢的にチャンスはあるはずだ。
会社でも役職付きで働かせてもらっているから、相手に経済的に不安を感じさせるようなことはないだろうし。
ただ、出会いの場がない。
そういう場所に出向くのも気後れを感じて、俺と同じく独身の友人の誘いを断っている。
職場恋愛は破局後の社内での惨劇に見舞われるリスクがあるので、そうそう踏み出すわけにはいかない。
たまに冗談で想像することがある。
出勤のために玄関の外に出たら見知らぬ女性が立っていて、事情を聞いた上でしばらく同居することになった、とか。
休日の朝、目を覚ますとやはり見知らぬ女性がキッチンで朝食を作っており、やはり事情を聞いた上でしばらく同居する流れになった、とか。
現実的には、見知らぬ女性と出会って同居するようになるなんて有り得ない。
もしも現実的にそんな出会いがあれば、絶対に裏がありそうだから、警察に女性の保護を求めるに決まっている。
ただ、凶器を出されて脅かされたら、命を守るために素直に従わざるを得ない。
「おぇっ」
急に気持ちが悪くなってえずいた。
明日が休みだとはいえ、調子に乗って飲み過ぎた。
水を飲んで、トイレに行って、さっさと寝てしまおう。
俺は千鳥足でリビングからキッチンに行って空き缶を捨て、ペットボトルのミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して一気飲みしてから、トイレに入った。
トイレに入った途端、リビングから物が落下する音が聞こえたような気がした。
その直後、若い女性の短い悲鳴が聞こえたような気もした。
この家には俺しか住んでいないから、リビングから若い女性の声が聞こえるわけがないし、テレビの電源を消しているから、テレビからの音でもない。
今夜は本当に飲み過ぎたようだ。
いくら明日の朝はゆっくり寝坊できるとはいえ、幻聴が聞こえるほど飲んだら駄目だな。
物が落下する音が聞こえたような気がしたのも、酔いによる幻聴だろう。
部屋の電気を消すためにトイレからリビングに戻ると、無駄に肌の露出度の高い鎧を着た若い女性がいた。
驚いたように辺りを見渡していた若い女性はリビングに入った俺を見ると、急に腰を下ろし、手に持っていた長い槍を突き出してきた。
ああ、幻聴だけではなく、幻視が見えるほど酔っていたのか。
リビングに見知らぬ女性どころか、女戦士コスプレイヤーがいるわけがない。
次からは飲み過ぎに注意しよう。
そして、冗談でも見知らぬ女性とばったり出会う想像をしないようにしよう。
「貴様ッ! ここは何処ぞッ! 貴様は何者ぞッ!」
女戦士コスプレイヤーが唸るように怒鳴りつけてきたが、幻聴だから気にしない。
ただ、今後はビールの飲み過ぎで幻聴を聞いたり、幻視を見たりすることがなくなるだろうから、俺の名前だけ伝えることにしよう。
「俺の名前は大馬 優斗」
「オオマ……ユウト……?」
「そう、大馬 優斗。ここは俺の家。ところで、あなたの名前は?」
ついでに相手の名前を訊いてみた。
俺に訊かれた途端、女戦士コスプレイヤーがヨーロッパ女性風の端正な顔を険しくした。
「貴様、愚弄するつもりかッ! 我が戦いの女神であり、名をアティナと申すのを知らぬわけがなかろうがッ!」
アティナと名乗った若い女性は女戦士ではなく、戦いの女神コスプレイヤーらしい。
そればかりではなく、背中まで伸ばした髪の毛をブロンド色に染め、カラーコンタクトを付けているらしく、両目の色はエメラルドグリーンだ。
戦いの女神になりきるべく体を鍛えているようで、細身にもかかわらず俺よりも筋肉質であり、体つきは顔と同じく端正だ。
といっても、俺は幻視を見ているわけだから、実際にそんな戦いの女神コスプレイヤーは存在していないけどな。
「貴様に告ぐッ! 我を暫くの間、貴様の家に匿えッ! 悪いようにはせぬッ!」
もう二度と見知らぬ女性と同居するようになる想像はしまい。
そのせいで戦いの女神コスプレイヤーから同居するように脅される幻覚に襲われるなんて、我ながら情けない。
これ以上、幻の戦いの女神コスプレイヤーに付き合うのをやめよう。
一刻も早く寝室に行って、ベッドに横たわりたい。
「それじゃあ、おやすみ」
俺はスイッチを切ってリビングの電気を落とし、寝室に向かった。
その途中、背後から戦いの女神コスプレイヤーが喚き散らす幻聴が聞こえたが、もちろんリビングに戻らず、寝室に入ると気絶するようにベッドに倒れ込んだ。
翌朝、二日酔いで痛む頭を擦りながらリビングに行くと、部屋の隅で戦いの女神コスプレイヤーが体操座りをしていた。
俺は洗面台に戻って顔を洗い直し、古典的に頬を平手打ちしてからリビングに戻ったが、状況は変わらなかった。
二日酔いの頭痛を忘れるほど動揺する俺を、戦いの女神コスプレイヤーが涙ぐんだ目で睨んだ。
(次章に続く)
旧版「同居人は戦いの女神さま」では、戦いの女神が主人公の家に現れたのは日曜日の夜でした。また、主人公にも戦いの女神にも名前は着いていませんでした。




