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親子は里のアイドル

 いつものように朝食を三人で食べる。今日のお米はわたしが炊いた。神経をすり減らしながら火をにらみ、火傷しそうになりつつ土鍋を扱うと、炊飯器のありがたみがよーくわかった。でも、できることが増えるのは嬉しいな。

 エンジュお手製の漬物は相変わらずうんまい。これだけで白飯何杯でもいけちゃうのだ。


「アサギ。今日は町へ出かけるが、一緒に来ないか」

「ンエッ」


 変な声が出た。ついでにむせた。

 彼がたまに外出しているのは知っていたが、わたしは屋敷の外に出るのも初めてだし、誘われるとも思っていなかったのだ。

 こんな美人と芋くさいのが並んで歩いていたら刺されないかね?! ふたりを見守る壁か天井かモブAで充分なんですが……


「あしゃぎぃ」


 横から袖を引っ張られる。こてん、と不安げな顔が傾ぐ。


「おでかけ、や?」

「行きますッ」


 即堕ちである。カワイイには勝てん。


***


「どれだけつとめても、俺は俺の手の届く範囲しか救えない。もっと由緒正しい神なら違うだろうが。民が頼るものは神だけではいけない」


 いつぞや、彼はそう言った。

 「大した神ではないよ」なんて、ほんのり苦笑していたけど……


「エンジュ様!」

「こんにちは、エンジュ様!」

「あ、モミジさまだ!」


 嘘じゃん?!

 町に出た途端、住民たちが次々に声をかけてくる。誰も彼もが親しげで、歓迎する様子がうかがえた。


 里の町並みはといえば、おおむね、想像通りの昔の日本という感じ。さすがにチョンマゲのお侍さんはいないようだが、平屋が軒を連ねており、傘屋の呼び込み、飴屋の実演販売、荷車をひく馬、飛脚などなど、和服の人々が賑やかに行き交う。


 並んで歩く親子の後ろを、少しさがってついていく。おっかなびっくり周りを見回すわたしと違い、エンジュの姿は堂々たるもの。くうー、麗しいッ。

 モミジくんですら、緊張の面持ちでしゃんと父親の横を歩いている。ふふ、屋敷を出る時は抱っこをせがんでいたのに。町に近づいたところで急に降りると言い出したのを知っているので、ちょっと微笑ましかった。


「エンジュ様!」


 声をかけてきたのは団子屋のお兄さんだ。


「平八。息災か?」

「ええ、おかげさまで! エンジュ様がいらっしゃると、畑に猪も寄りつきませんからね」

「奈津とお腹の子の具合は」

「元気にしてますよ! 産まれたら、ぜひとも守護をいただけませんか」

「ああ。いつでも連れてくるといい」


 はい、神対応……神だけに! なんつってガハハ!

 まず、皆さんの名前を覚えているのがすごい。わたしは挙動不審になるのも忘れ、すっかり後方彼氏面である。

 あっという間にちょっとした人だかりが出来上がる。守り神様との触れあいイベント(?)は、住民にしてみればファンサみたいなもんだろう。


「モミジ様もお元気そうで」

「えぅ」


 まあ、人見知りなちびっこには辛いかもしれない。もじもじと父の後ろに隠れかけたモミジくんだったが、何かを見つけ、空を仰いで小さな口を開けた。


「あ……」


 目線で追うのは……凧だ! 尻尾がぱたぱた元気を取り戻す。チョウチョといい、好きなんだな、動くものが。


「行っておいで」


 促され、控えめにこくんと頷く。ちょうどよく、少年少女がわらわらと人の間を縫って姿を見せた。


「あ! モミジさま!」

「遊ぼー?」

「う、うんっ」


 子どもたちの無邪気さにはかなわない。手に手に玩具を持った彼らに引っ張られ、小さな神様は駆けていった。癒されるー。


 ……などと、親子の動向を他人事のように見守っていたのだが。どうにも先ほどから向けられる視線は、気のせいではなさそうだった。


「ついに神子様が!」

「ああなんて素晴らしい!」

「ありがたや、ありがたや……!」


 なんなら、神様本人よりありがたがられている感じだ。拝まないで……っ! 一般人を……!

 花のアザのせいで身バレしたのだろう。手袋でもしてくればよかったと、後悔してももう遅い。


「いくら御神木があるとはいえ……」

「疫病でも流行れば終いでしたからね……」

「うちの娘をと申し上げても、頷いてくださらないし……!」


 神子がいないこと、里の住民にも心配されていたんじゃないか?!

 ちょっとした非難を込めて見上げると、きまり悪そうに目が逸らされた。いや全然、神子をやるのは嫌ではないけど、少しは自分を大切にしてほしいです神様。


「すると今後は、儀式のお願いは神子様にすればよろしいのですよね?」

「と、仰いますと……?」


 薬屋のおじさんの言葉に、はてと首を捻る。ああ、とエンジュが教えてくれたことには。


「本来、民の願いを取りつぐのも神子の役割。神がこうして町へ下りることは、他の里では滅多にないんだ」

「ほ……?」

「俺の場合は神子がいないから、自ら話を聞きに出歩いていたが」


 ははーん……?

 ってことはあれか、わたしはニート生活をしている場合じゃなかったんだね?! ただ推しを礼賛していればいいのかと思っていたよ、お恥ずかしい……!


「なんで教えてくれなかったんですか?!」

「やり方を変えるつもりはないからね」


 あっさりと言う。


「俺は神子と対等でありたい。それに、報せを待つだけなのは性に合わない」


 モミジもいることだし、と付け足すことも忘れない。

 まあ人と交流する経験は、モミジくんにとっては悪くない気がする。しかしそれで里の皆さんは納得するのか……?! と見てみれば、


「よかった! うちの子ったら、エンジュ様にお会いできるのをいつも楽しみにしてるんです!」

「神子様もご一緒に、今度うちの店でお食事はいかがですか?!」

「モミジ様の成長を拝めるなぞ、光栄の極み……!」


 全会一致で大賛成だった。ほ、ほんとに扱いがアイドル……!


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