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本をつくるタイプですので

 とある昼下がり。ほどよく日が差す部屋の中、モミジくんをお昼寝させたところで、エンジュが何やら棚から木箱を持ってきて、卓の前に腰をおろす。取り出したのは筆、墨、そしてスズリ。習字……書写?


 ぷうぷう寝息を立てる小さな神様を起こさないよう気をつけながら、そっとエンジュのそばに近寄ってみた。彼は慣れた手つきで水差しから数滴を垂らし、丁寧に墨をすり始める。


「見ていてもいいですか?」

「構わないよ」


 特にすることもないので、横に正座する。さりさりと心地いい音。独特の、華やかな香りが立ちのぼる。

 習字の授業は苦手だったなぁ。修正がきかない一発書きというのがやけに緊張したし、あちこち汚れるし、ていうか全然うまく書けないし!

 こちらに来てから、字を書く機会はほぼない。鉛筆やペンなんてあるはずもなく(子ども用の木炭ならあるけど)たまに必要に迫られた時は、細くて取り回しやすい筆を借りている。ちょうど今、エンジュが使っているような。


「古い詩だ」

「詩?」


 さらさらと流れるように連ねられる筆跡は……達筆すぎて読めない。恐らくニホンゴではあるのだろう。かえすがえすも会話ができること、言葉の壁がないことは、本当にありがたかった。


「エンジュの作品なんですか? ただ文章を書くのとは、また違った難しさがありそうですねえ」

「いや、昔のヒトの作だな。今となっては知る者も多くないだろう」

「へえ……」

「これは塾の教本に使うと聞いている」


 塾とはあれか、寺子屋というか、学校のことかな。なるほどこれだけ美麗な筆跡を前にすれば、学ぶ側も気合いが入ろうというものだ。神様の直筆というだけでご利益がありそう。


「そんなお仕事もするんですね」

「還せるものは還すさ。俺が神でいられるのも、里の人々のおかげだから」

「ほわぁー」


 いやはや、善の権化。


「……あの、変な話ですけど。エンジュにも反抗期とかってあったんですか?」

「反抗期? ……父上に殴らせてしまったことなら、あるな」

「ファ?!」


 親父にぶたれたことが?!

 想像がつかない。優等生のような彼が若い頃(?)はグレていたとしたら……まあそれはそれでアリだな!


「ところできみ、文を書くのか?」

「へ? ――あ、ああいやっお見せできるようなものでは!」


 やば、口を滑らせた! 慌てて両手を振り、のけ反る。わたしは同人誌を作るタイプのオタクだったが、わざわざ神様に話すことでもない。

 まさか、あなたに似たキャラがあんなことやこんなことをする話を妄想していた……なんて、まかり間違っても知られたくない。汚点が過ぎるだろ!


「そうか、残念だ。気が向いたら読ませてくれ」

「ハ、ハハッ……善処シマスネ……」


 気を取り直して、手元を観察。

 そもそも、詩を暗記しているのもすごいな。ガイドになる線もないのに、よくまっすぐと書き続けられるものだ。書き終えた紙は横へとよける。


「書家になれそうですね。お茶も生け花もできますし。もしや日本舞踊とかもできます?」

「にほんぶよう?」

「あー、えっと、踊り? 舞い?」

「神楽のことか。俺自身ができても大した役には立たないが、舞えなくはない」

「楽器も?」

「笛くらいなら」

「おお、さすが」

「時間はあったからな」


 これだけ聞くとまるで箱入り娘だけど、彼は身の回りのことも全部やってしまうんだよなぁ。家事も畑も竈のお世話も、自らの手でこなしてしまう。長年、神子がいなかったせいかしら。


 よーし。ここはひとつ、飲み物でも用意して差し上げよう! ふふ、デキる神子!

 一念発起して立ち上が……立ち、上が……ッ!


「んぐ、ぅ」

「アサギ?」


 完璧に感覚のなくなった膝下を抱え、わたしにできるのは座布団から転げることだけだった。


「エンジュ、あの」

「うん」

「痺れがとれるまで、ちょっと転がっていてもいいですか」

「ああ、どうぞ」

「スミマセン……」


 うう、情けなくて泣きそう。正座も満足に出来やしないなんて!


 塵ひとつない畳に頬を押し付け、足先のじんじんとした痛みをやり過ごす。向こうのお布団に眠るモミジくんの、ちょっと丸まったおててが見える。あーかわいい、吸いたい。

 目線を移せば麗しいお父様。下からの煽りアングルもお美しい。書き物をしているから、少し伏せ目がちなのも堪らない。神作画だわぁ。


「まじで顔がいいな……」


 思わず溢れた感想に、さすがのエンジュも手を止めた。


「……俺の顔が好きなのか?」

「はい、めちゃくちゃ」


 否定する理由もないので素直にうなずく。ヤダわ、照れちゃう。

 そうか、と筆を置いた彼は、特に驚きも浮かれもせず、また硯に少し水を垂らした。


「あまり、そんな風に言われたことはないな」

「んなわけッ……」


 と思ったけど、よくよく考えれば神様だもんな。面と向かって言うのは畏れ多い。そういうものかもしれない。


「や、その。失礼でしたね」

「嫌ではないよ。何を好ましく思うかは各々の自由だからね」


 ふ、と口元を微かな笑みの形にして、再び墨をすり始める。リラックスした様子で投げ出されたままの尻尾は、見るからにもふもふ。


「……このまえ、シノノメ様にお聞きしたんですけど」

「うん?」

「エンジュも、尻尾に油を塗ってるんですか?」


 灰色の耳がぴくりと動いた。

 狐のお姉様は内緒話でもするように、椿油を塗って手入れするのだと教えてくれた。ご自慢の毛並み? がやたら艶々としていたのも、恐らくそのためだろう。


「ぬ、塗ってあげましょうか……?!」


 両手をわきわき。触ってみたいというのが本音である。たまに何かの拍子に触れてしまうだけでは飽きたらない、大義名分がほしい!

 しかしエンジュは唸り、ゆるやかに首を振った。


「俺はそういう……なんというか……べたべたと体に何かを塗るのは好かん」

「え? そうなんですか?」

「石鹸も苦手だ。モミジの手前、我慢はするが」

「あー……」


 なんだか妙に納得してしまった。シャンプーが嫌いなワンちゃん、いるよね。

 神様にも、というか、完全無欠に見えたエンジュ様にも苦手なものがあるんだな。親近感が増して思わずニマニマ。人間味(?)のあるところ、ますます推せる。

 これで彼の霊力が回復するというのだから、お互いウィンウィンじゃないか。無様に転がりながら考える。わたしにとって神子は天職なのかもしれない。


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