推しのナミダで雨が降る?!
「あのー、もしかして怒ってます?」
「怒る?」
美人は三日で飽きるのだったか。やっとゼン様似の美貌にも慣れてきたが、飽きる気配は皆無である。はー、永遠に眺めていられる。毎秒がサービスショット、最高。
しかしそれはそれとして、だ。
「いやあ。いつも落ち着いているというか、爆笑とか、しないよなと」
そりゃ確かに、神子が何の能力も持たない平凡な会社員では、いくら寛大な神様だってがっかりしていることだろう。
モミジくんがはしゃいでいても優しげに目を細めるばかり。今も庭で虫を追いかけまわす姿を、ふたりで縁側にて眺めている。
エンジュは少し考え、
「何か困っているのか?」
と首を傾げた。
「困るとかじゃなくて、ええと、楽しくないのかなと……」
「不快なら、生活など共にしないと思うが」
にべもない。意地悪でないことはわかる、心の底から疑問に思っている声だ。この神様はどうもたまにトンチキな理屈屋になる。そして、ちょっとかわいい。
モミジくんを見守って……いるように見せかけて、実は時折、同じくチョウチョを目で追っているのにわたしは気づいている。尻尾がゆったりと往復していることにも。ワンちゃん……。
すい、と蜂蜜色の視線がこちらを向いた。
「アサギはよく笑う」
「そうですかね? ま、笑いでもしなきゃやってらんないなーって!」
だはは、と冗談で笑ったつもりが、彼がふと悲しげに目を伏せたものだからかなり慌てた。
「あ、いえ、そういう意味じゃなくてですね?! 楽しく過ごさせてもらってますよ!」
「なら、良いんだが」
おもむろに立ち上がった彼の尻尾を盗み見る。よかった、しょんぼりはしていなさそう。彼ら親子の『犬』の部分は表情豊かなのだ。
「俺は少し部屋に籠る。モミジを見ていてほしい」
「あ、はい。了解です」
動きに気づいて駆け寄ってきたモミジくんは、もうすっかり汗だくだ。
「ととしゃん、お仕事?」
「ああ。アサギの言うことをよく聞くんだぞ」
「んぅ」
わたしのギクシャクとした微笑みをちらと見て、モニョモニョとお返事らしきもの。縁側の近くにしゃがみこんで大人しくしているところを見ると、嫌われてはいなさそうなんだけど。んー、今度はダンゴムシの観察かなー?
「あっついなぁ……」
そういえば、この世界に四季はあるのだろうか?
じりじりと照りつける太陽を感じながら、冷やしたお茶をずぞぞとすする。このところずっと天気が良くて、草木もぐんぐんのびてきていた。スイカでも食べたい気候だね。
エンジュが部屋に籠ってしばらく経った頃。そろそろモミジくんに水分補給を促そうかと思っていたら、徐々に空が暗くなってきた。湿った匂いがする。
モミジくんは突如として動きを止めて、山の向こうの空を見る。ぶん、と勢いよく尻尾を一振り。
どうしたのかと庭に降りると……
「ねえあっち、しゅごいよ! 雨、ばぁーって!」
くんっ、と裾を引かれた。誰に?
人見知りさんの小さなおててが、わたしの服を掴んでいる!
「ぁ……」
はっとしたように手が離される。興奮でか恥ずかしさからか、ふっくらした頬がどんどん赤くなった。
思わず、で近付いてくれたのだ。なんだかこみ上げるものがある。屈んで、目線を合わせる。
「すごいの、わたしにも教えてくれる?」
「……んと、えと」
所在なく両手をいじりながらも、尻尾はふよふよと往復している。思いきって片手を出したら、おずおずと、やわらかい手が応えてくれた。かわいい……なんだこの生き物は。
彼が目を輝かせていた方角を見ると、なるほど、黒い雲がどんどんこちらにやってくる。
「あらー、久しぶりの雨だねえ」
「あ、あのねっ、ととしゃんがね、お祈りしたからだよ」
「お祈り?」
「ととしゃんのお祈りね、しゅごいの!」
ぽつりぽつりと雨垂れ。風邪をひかせてはいけないと、まだ遊び足りなさそうな手を引いて屋内へ避難する。あらまあ、おててが土だらけだ。
とりあえず何か拭くものを、と振り返ったところで大きな体にぶつかりそうになり、咄嗟に「ヒョッ?!」と可愛くない悲鳴を上げた。
「え、エンジュ? お仕事は終わったんですか?」
「うん。モミジを見てくれてありがとう」
「いえ、お疲れ様で――え?!」
見上げ、今度こそぎょっとする。
「何か?」
「いや、あの……!」
大の男に指摘するのは気が引けたけど
「な、泣いてるんですか……?!」
「ん? ああ」
目尻は赤く腫れているし、まつ毛も明らかに濡れている!
部屋に籠る前の様子を思い出し、青ざめた。不用意な発言で傷つけてしまったのでは?!
謝罪を口にするより先に、エンジュは目元を雑に親指で拭った。
「雨乞いだからな」
「あま? ごい?」
「このところ日照りが続いていたし、これで少しは田畑も潤うだろう」
そ、そういうことでは、なくて!
「エンジュが泣くのが、雨乞いなんですか?」
「神の感情は天候を左右する。言わなかったか?」
さも当然といわんばかりに小首を傾げる。なんてこった!
この里の神様はエンジュとモミジくんだから、まさか、彼らが笑えば晴れるし、泣けば雨が降るの?!
「正しくは、霊力も使うが。……別に喜怒哀楽を禁じられているわけではないよ。大声を上げないのは、単に俺の癖というだけだ。万が一があってはいけないからね」
そう言って、エンジュはほんのりと口角を上げた。ひええ、美の暴力!
思い出したぞ。確か、ここへ来た日の大雨がモミジくんの力だと話された気がする。
そうだ、モミジくん!
慌てて振り向くと、小さな神様は庭で泥んこまみれになっていた。あー、こりゃもうお風呂に直行だな。
「あしゃぎ!」
満面の笑みがこちらをまっすぐ見つめる。わたし? わたしを呼んだの……?!
「なになにっ? どうしたの?」
「どーぞ?」
いそいそと近寄りかがむと、泥だらけの両手が差し出された。
感動にうち震える。プレゼントは何かなとのぞき込むと……
「ギャッ?!」
飛び出すカエル! わたしは思わずひっくりカエル……なんちゃって!
……。
ちょっと傷ついたが、モミジくんがたくさん笑っていたから、それでいいのだ!