チビ神様と仲良くなろう
神子としてお屋敷に居候させてもらうことになり、はや数日。
どうやらここは、ニホンっぽくはあるが、わたしの知る日本とはまったく異なるらしい。庭より外に出たことはないけど、昔ばなしに出てきそうな世界というか。当然、電気もインターネットもない。言葉が通じるのと、食事が和食そのものなのは助かった。
推し似の青年こと神様のエンジュは、感情の起伏こそ少ないが、すごく優しく穏やかで面倒見がとてもいい。頼もしいお兄さまという感じ。わからないことは何でも教えてくれたし、口下手なわたしが言葉を探すのも、辛抱強く待ってくれる。軽率に好き。
一方、もうひとりの小さな神様は。
「おはよう、モミジくん」
「……おぁよ……ごじゃましゅ」
お父さんの大きな背に隠れ、もごもごとうつむく。初対面が嘘みたいに、エンジュの傍を離れない。寝る時も同じ布団のようだし。
人見知りな子なんだろう。そうでなくても、急に知らない奴が転がりこんできたのだ。打ち解けるには時間がかかるに決まってる。
エンジュが台所に立つ時などは、くっつき虫になっているわけにもいかない。モミジくんはお利口さんなので、自分で玩具を取り出してひとり遊びをしながら、おとなしく待っているのが常だった。
そうすると、手持ち無沙汰になるのはわたしだ。
こちらが大人なんだから歩み寄らなければと、おはじきを黙々と並べているところに近寄ってみる。うーむ、小さい子の相手なんて、まともにしたことがないぞ。親戚の結婚式で、ちびっこ達を少し構ってあげたぐらいで。
「モミジくん」
気付かないふりをしていても、灰色の耳がぴくんと強張ったのがわかった。
興味を惹こうと、周りに散らばっている木製の人形を手にとる。
「このお馬さんかわいいねー? ……あっ」
ぼろん、と首がとれた。エエーッ?!
「やばっ! ご、ごめんね?!」
そんなことある?! 慌てふためくわたしと目も合わせず、モミジくんは人形を取ると、無言で首をさし直す。ど、どうしよ、挽回しなきゃ!
「えーと、えーと……あ! こ、このおはじききれいだよねー! モミジくんは何色が好きカナー?!」
「……」
ちらと見る。それだけ。
興味をなくしたみたいに立ち上がると、ぱたぱたと廊下へ出て行ってしまう。あとには、愛想笑いを試みたわたしだけが取り残される。
えーん、絶対に嫌われた!
浅ましさを見抜かれたようだよ……うう、モミジくん賢そうだもんな……
がっくりと絶望に膝をつき、散らばったおはじきをしょんぼり集める。
「ん」
急に、視界が陰った。小さな裸足、小さなおてて。緊張した顔で差し出されているのは、お風呂に浮かべるアヒルっぽい形をした、木製の人形。
「こぇ、こぁれないよ?」
「え……?」
「貸してあげゆ」
人形をわたしの目の前に置く。自身はまたぺたんと床に座り、他の玩具をスチャスチャと並べ始めるのだった。
「わざわざわたしのために……?!」
て、天使か――?!
「こっこれ! この子、ありがとう!」
「ん」
「ねえ、一緒に遊んでくれるかな……?」
「……んっ」
鼻を少し膨らませ、まあるい頬を赤らめて。人形をさらに何体か、こちら側に置いてくれる。おままごと? ブンドド? お姉さん、いくらでも付き合っちゃうぞー!
モミジくんのつくる物語に混ぜてもらおうと、懸命に探っていると。
「夕餉の用意ができたぞ」
ほかほかのお膳を手にしたエンジュが言う。モミジくんは弾かれたように食卓へ向かった。はは、かわいいなあ。やっぱりパパが好きなんだね。放り出された玩具を片付け、追いかける。
食卓には釜で炊いたごはん、魚の煮付け、青菜の炒め物、お揚げとネギのお味噌汁。推しの手料理を心から拝む。まじ神!
「いたらきましゅ」
「いただきます!」
座るのはモミジくんとわたしだけ。エンジュは食事を摂らず、せっせと翌日の食材の下ごしらえなどしている。
前に訊ねたことがあるけど、神様は食事しなくても平気なんだと。
「俺たちは霊力を糧にする。供えられたものはありがたくもらうが」
「霊力って本当に大事なんですね」
「うん。ただ、モミジはまだ小さい。それだけではうまく賄えないし……それに」
「それに?」
「色々な味を知ってほしいから」
味覚を育ててるんだね。素敵なパパだなあと思う。というか、お供え物って食べるんだ……。
「んぐ、はぐっ」
小さいのに、モミジくんは箸や匙を上手に扱う。わたしがあの年齢だった頃なんて、正座すらできなかったんじゃなかろうか。
と、おもむろに立ち上がり、とてとてとエンジュのもとへ。
「ととしゃん。おこめ、おいしよ?」
「うん? ああ」
「あーん?」
「気にせず食べなさい、俺は大丈夫だから」
「んむぅ……」
落ち着きなく何度も往復しては、お皿のものを食べさせようとする。
お行儀が悪いとは、とても言えない。だって。
「……もしかしてですけど。モミジくん、一緒にごはんを食べたいんじゃないでしょうか?」
座って食べるだけのわたしが言うのもなんだが。
すると、エンジュはきょとんと、自分に匙を差し出している子どもを見下ろした。まるで初めて思い至ったかのような顔だ。
「そうなのか?」
「んん、うー」
モミジくんはもじもじと、いっぱい、いっぱい迷っていたが、しばらくしてやっと
「わがまま……?」
と消え入りそうな声が落ちた。
「わ――わがままじゃないよっ!」
思わず腰を浮かすと、まったく同じタイミングでぴょん!とふたりの耳が緊張した。ご、ごめんなさい。しょぼしょぼと座り直す。
「えと……そ、そう! わたしがいた世界では、孤食って社会問題になってて」
わたしがいた世界。少し、胸がチクリとした。
「こしょく、とは?」
「孤独な食事、です。厳密には孤食じゃないかもしれないんですけど、とにかくっ、人と食事をしたほうが健康にはいいんですよきっと」
「ふむ」
しっかりしているから忘れそうになるけど、本来まだまだ甘えたい盛りだろう。こんなささやかな望み、わがままなわけあるもんか。
それに。モミジくんのお母さんの影は、一度も見たことがないし。
「というか、必要あるとかないとかは置いといて、誰かと一緒に食べたほうがおいしいと思います。家族ならなおさら!」
嫌でもいつか出来なくなることだから。
すっかり床を見つめて固まっているモミジくん。その銀色の頭を、大きな手がひとつ、ふたつ、撫でた。
「ととしゃ……?」
「長生きするとたくさんのことを忘れてしまう」
息をつき、不思議そうな顔をする子供を食卓へと促す。そうしてまた台所へ。カチャカチャと椀を出す音。
わたしは急いで、座布団をもうひとつ敷いた。
「ありがとう、アサギ。モミジ、一緒に食べようか」
「う……うんっ! ととしゃんここねっ? おれの隣!」
ぽふぽふと座布団を叩くモミジくん、超かわいい。まじ天使。
思いっきりデロデロに表情筋がゆるみまくっていたせいか、目が合った途端、愛らしいお顔は強張ってしまったが。ううむ、そう簡単には人見知りの壁は越えられないか……。わたしの挑戦はまだ続きそうだ。