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元の世界に帰る方法

 雪のうっすら積もった庭で、モミジくんはこのまえ里でもらった独楽にすっかり夢中だ。


「見てて!」


 力の加減が難しいのか、鮮やかな独楽はぐらぐらとぶれてすぐに止まってしまう。それでも小さな神様は飽きもせず、何度も何度も嬉しそうにはしゃいでいる。


「むちゅかしいねぇ」

「じょうずだよ! もう一回やってみる?」

「んっ」


 紐を巻きつけるのに悪戦苦闘。いつの間にか唇がとんがっている。ふふ、かわいいなぁ。コマ回しって簡単そうに見えて、実はとても難しいんじゃなかったっけ。


「アサギ。少し、いいか」

「はいっ」


 おもむろに立ち上がったエンジュに目配せされ、従う。モミジくんはしばらくひとりでも大丈夫だろう。もうどこに飛び出していく理由もない。


 廊下を進む背を追って、到着したのは彼の部屋。モミジくんを寝かしつけた時以来、ほとんど足を踏み入れたことはない。

 広すぎるということもないけど、物が少なくてどこか殺風景だ。掛軸と、冬だからか、花瓶には赤い南天の実が飾られている。エンジュが自分で摘んできたのかな。


「閉めてくれるか」

「あっ、はい」


 ついキョロキョロしてしまった。失礼だったか。

 部屋の真ん中には卓と、向かい合って座布団が一組。促され、入口の襖に近い側に座る。な、なんだろう?


 しんと波紋ひとつない水面みたいな空気の中、エンジュは向かいに姿勢よく正座した。自然と緊張するわたしの目の前に置かれたのは、きれいに畳んである洋服。


「これって……!」


 それは、ここへ来た時に身につけていたもの達だった。ジャケットもカバンもそのまま、動かないスマートフォンもそのまま。見覚えのある何もかもが、ほぼ汚れのない状態で差し出される。服はわざわざ洗ってくれたんだろうか。

 意を図りかねて顔を上げる。神様は、ゆっくりと瞬きしてから口を開いた。


「帰る方法を見つけた」


 ――帰る。


 ショックだった。……ショック? なんで? 喜ばしいことのはずなのに。


「シノノメと共にずっと調べていた。時間がかかってしまい、すまなかった。万が一のことがあってはいけないから、確証が得られるまでは報せたくなくてな」


 エンジュは身動ぎ一つしない、表情も変わらない。わたしは何も噛み砕けず、「どうやって」と発するのが精一杯だった。


「俺の霊力を使う」

「そっそんなことしたら、また!」

「もらったものを返すだけだよ」


 神様の口調は淡々としていた。


「むしろ、きみのお陰で前よりも力が溜まっている。あの木も元に戻りつつある。きみを帰すくらいならできると判断した。俺が里の皆に見限られなければ、この先も問題はないだろう」


 そんな心配はないと知っている。彼らは人々に愛されているし、今後もそれは揺るぎないはずだ。


「で、でも! ほほほら、モミジくんが泣いちゃうかもですよ! せっかく仲良くなれたのに――」

「アサギ。俺たちのことはいいんだ」

「……」

「この世界で……やり残したことはあるか」


 少しだけ言葉に詰まった気がしたのは、わたしの願望からきた幻聴?

 やり残したこと? そんなの――

 わたしが成すべきだったのはエンジュの元気を取り戻すこと。それが果たされた今、この世界に何をすべきことがある?

 答えを待たずに彼の言葉は続く。


「きっと早いほうがいいだろう。俺の都合だけで言えば、三日後。月が早くに昇る日の、晴れた夕刻だとやりやすい」


 エンジュはそれきり、何も言わなかった。


 本当にもう危ないことはないんですよね、とか。

 霊力が強くなる時間帯みたいなものがあるんですね、とか。

 わたしが居なくなったら誰がモミジくんとおままごとするんですか、とか。

 もっと、伝えないといけない言葉があるはずなのに。何も口に出せなかった。


「それだけ……ですか?」

「……ああ。行っていい」


 こくりと頷くのが……いや。顔色ひとつ変えないのが、何よりも悲しかった。



 フラフラと縁側に戻ると、モミジくんはまだ庭で遊んでいた。あ、汗かいてるし、冷えないようにしてあげなきゃ。それから、それから……


「ね、見て! いっぱい、しゅごいよ!」


 ぶん、と紐を引っ張る。くるくる回り続ける独楽。短い時間で、さっきよりもずいぶんと上手くなっていた。


「あしゃぎ?」


 ああ、このお耳をしょげさせたのはわたしなのか。

 罪悪感というのも違う気がする。わたしはこの子の、それにエンジュの何だったんだろう? つぶらな瞳はエンジュと違って青っぽい。モミジくんもいつか大きくなったら、あんな風に立派な神様になるのかな。


「どうしたの? つまんない……?」

「う、ううん! 何でもないよ」


 モミジくんの前で泣くのだけは堪えた。うまく笑えていたかは、わからないけど。

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