芳山教授の日々道楽「ヘナチョコ屋」
芳山教授の日々道楽「ヘナチョコ屋」
足並みが軽い、
散歩がはかどる。
宙に浮くとは、
こんな感じか?
今日は、いつもと違うコースを進んでいる。
閑静な街並み、
いつもの景色とは、違う風景が見える。
町というものは、その町の人や職業によって雰囲気が変わる。
職人の町は伝統っぽく、商人の町は活気に溢れている。
そうやって社会は構成されている。
さて、ここはどんな人が住んでいるのだろう?もしかして、とんでもない人が住んでいるかもしれないぞ、宇宙人とか?ははは、
そんな事を想像する。
それもまた、散歩の楽しみの一つである…
しばらく歩く、
高い塀、立派な門、大きな屋敷、どうやら高級住宅街に来たらしい。
よく手入れされた松の木が見えた。内庭か?
まるで、京都の有名な寺社のような、一元様お断りの料亭のような、
そんな、立派な日本家屋の脇に、ひっそりと佇む高級外車がある。ロールスロイスだ。並みの金持ちではないぞ!
和風の家にも高級外車が合うんだ。
和洋折衷、日本人の感性とは素晴らしい。
再び歩く。
立ち止まる。
道が別れている。
さて、どちらに行くべきか?
えーっと、向こうから来たのだから、
えーっと、あっちへ行くと、
えーっと、
キョロキョロする。
なぬ!
怪しい建物が、
柱が無く、
規則正しい格子模様、
銀色の壁、
穴少々、
窓も無い。
まるで、銀紙に包まれたチョコレート!
何だ、この家は!
平たい形状は、巨大なモノリスというか、石版というか、この住宅街には、まるで似合わない異質な建物だ。
そばまで行ってみる。
看板がある。
「ヘナチョコ屋」
何の店だ?
ヘナ…インドの染毛剤、チョコ…チョコレート。
インドの染毛剤入りチョコレート店?
いや、そんな食べ物があるわけがない。
未熟な者、おかしな様子、を表す日本語の「へなちょこ」か?
気になる…
おっ、近くを掃除をしている人がいた。彼に聞いてみよう。
「すまんが、この店は何屋なのかね?」
「ピポ、」(男)
「ピポ?」(私)
「何かアートな物を売っている雑貨店かね?」
「ブッブーーー×バツ」
男がジェスチャーをする。
「じゃあ、変わったインテリアの料理店とか?」
「ブッブーーー×バツ」
「それじゃ、新進気鋭の建築家とか?」
「ブッブーーー×バツ」
なんか、この男ムカつく。
いくら間違っているといっても「ブッブーーー×バツ」とは酷くないか、温厚な私でも腹が立つぞ。
「いったい何の店なんだね、この家は!」私はイライラして言った。
「正解は……ひ、み、つ、」
「ひ、み、つ?」
ムカつく、まじにムカつく。
「おいおい、私は君とクイズごっこをして遊んでいるんじゃないんだよ、早く教えてくれ!」
「ひ、み、つ⤴︎」
ムカつくーーー
「もういい、直接訪ねてみる!」
私は、店の扉の前まで歩いて行った。
金属状の扉、
取手がないぞ?
シューン、「わっ、自動ドアだ」
スウー、カシュン、閉まる。
暗い、中は宇宙船のコクピットのように暗い店だった。チカチカと何か光っている、計器か?まるで松本零士の漫画のようだ。
何んなんだ、ここは?
シューン、
後ろから、さっきの男が入って来た。
「こら、君にはもう用はないぞ!」
「いいえ、私がここのマスターのコスモ・ススキです」
「コスモ・ススキ?」
こやつの店だったのか、
「日本名ではありませんよ」
「解っているよ、ニックネームだろう」
「いいえ、宇宙ネームです」
「宇宙ネーム?」
「……」
危ない奴、汗
「君〜、いったい此処は何の店だね?」
「ここは、U、F、Oです」
汗、汗、
「カモフラージュしていますが、正真正銘のUFOですよ」
「UFO!チャラチャ、チャッチャッチャッ、チャラチャ、チャッチャッチャ」
腕を組み脚を振り、ピンクレディーのUFOの振り付けをする男。
やばい、こやつはまずいタイプの男だ。たまに、自分は宇宙人と出会ったとか、宇宙船に連れて行かれたとか、メンインブラックに狙われているとか、思い込みの激しい人が妄想で言う事があるらしいが。まさに、こやつはこれだ、危ない奴。
深く関わるととんでもない事になってしまうぞ、
「あっ、用事を思い出した。じゃ、また」
私は、慌てて立ち去ろうとした。
むんず、男は凄い力で私の腕を掴んだ。(手袋をしている)
「いいじゃないですか、折角だから私と少しお話をしましょう。ピポ」
ピポ?怖い…
私は、無理矢理に奥へと引きずり込まれた。
「こちらへ、どうぞ」
怪しいテーブルに案内される。
恐る恐る座ってみる。
「痛たたたたー!」
「何なんだ、このイスは!」
イスにはトゲトゲの鋲が着いていた。
「ああ、それは木星人用のイスですよ」
「木星人?」
「木星はガスが多くて、木星人の身体の70パーセントはガスですからね。だからトゲトゲが気持ちいいんですよ」
やばい、本当にやばい男だ。汗
「はい、召し上がれ、金星紅茶」
「金星紅茶?」
何やら、怪しい煙が出ているカップを出された。
ジッと見る。
「どうぞ、遠慮なさらずに」勧める男。
私は、恐る恐るカップをつまんだ。
「あちちちちーーー」手を離す。
「火傷するじゃないか、何という熱いカップなんだ!」
「このカップは、溶岩製で、赤くなるまで熱しています。ほら、早く飲まないから紅茶が蒸発したじゃありませんか」
「おいおい、赤くなるまで熱した溶岩製のカップに紅茶を注いだら数秒で蒸発するだろう、人間が飲めるわけないじゃないか!」
「金星人だったら、美味しく飲めますよ」
「……」
聞くのをよそう、余計ハマってしまう。早く帰るタイミングを掴まなくては、
男は、自分のカップをつまみ、金星紅茶を美味しそうに飲んだ。
まずい、完全にまずいタイプだ!
汗、汗、汗、
グラ、グラ、グラ、
何だ?
「危ない、地震だ、」
グラグラグラグラ…
……
……
「止まった、」
気にせず、金星紅茶を飲んでいる男。
「違いますよ、この揺れはUFOが飛ぶ準備をしているんです」
「飛ぶ?」
「そう、私は、もうすぐ地球を離れて、ヘナン星チョコイに帰ります」
「ヘナン星チョコイ?」
なるほど、「ヘナン星チョコイ」だから「ヘナチョコ屋」か、納得。冷静に判断する。
「今から、ヘナン星チョコイのお話をしましょう」
「いや、忙しくて…」
むんず、また腕を掴まれる。
「ヘナン星チョコイとは、ペガッサ星雲、ヘナン第十三番惑星チョコイ、チョココロネ国、チョコムース……」
…その後、
私は、さんざんへナン星チョコイの話を聞かされた。ヘナン星の歴史、チョコイの生活、チョココロネの味…本当なのか?
疲れた…
「すまんが、もう帰る時間だ」
「そんな〜、もう少し私の話を聞いて下さいよ、久しぶりのお客さんなんだら」
そうだろう、こんな怪しい店の怪しい男の怪しい話など、聞きたくはないはずだ。
「じゃ、また」
私は、逃げるように店を出た。
「一か月後に、UFOはヘナン星チョコイに帰りますよ〜ピポ」
「ピポ?」
手振る男。よく見ると、頭に触角のような物が出ている。
目の錯覚か?
気にするな、気のせいだ、気にしない、気にしない。
汗、汗、汗、
まるで、アブダクションされたような一日だった…
一か月後、
私は、偶然、タクシーでヘナチョコ屋の前を通った。
なぬ!
ヘナチョコ屋がない!影も形も無くなっている、
おかしい?
運転手に聞いてみた。
「ああ、此処にあった家ね、突然消えたんですよ、しかも夜中にね。誰も気がつかず、いつの間にか消えたんですよ。不思議な事もあるもんですよね〜」
「ええっ?!」
あの男、本当にUFOでヘナン星チョコイに帰って行ったのか?
その晩、夜空を眺めてみた。
ヘナン星チョコイ、
どの星だ…