~ファイル24 女子高生 早乙女小紅の日常~
夏休みが明け、一週間が経った。柏沼高校はいま、体育祭の真っ最中。
最終種目である、七チーム対抗色別リレー。その赤組アンカーとして、小紅はそこにいた。
「小紅センパイ。負けないよっ! 私やミオが勝ったら、明日のお昼、焼きそば買って?」
「緑が今年は勝たせてもらいますから、小紅サン! 焼きそば賭けて、勝負しましょう?」
青組には水穂、緑組には澪が、同じくアンカーの位置についている。
「青も緑も、二年をアンカーに据え置くようじゃ、まだまだねー。水穂! 澪! あんたらじゃ、本気で走るあたしに勝てないよ。あたしが勝ったら、焼きそば二人前だかんね!」
余裕綽々の小紅。
横には燃えるような目をした水穂と澪。
他の四チームも、三年生の男子や二年生の男子が入り交じっている。
各チームの声援を受けて、アンカー前の走者が、一気にラストスパートをかけ、走ってくる。
小紅は、空手道部二年の菅沼優雅からバトンを渡される。現在、赤組は三位。だが、菅沼の後ろから、黄組もどんどんと迫る。そして、とうとう並ばれてしまった。
「ほいきたっ! いぇーい! 一位、いただきーっ!」
水穂がバトンを受け取り、一気にダッシュ。
続いて、澪もアンダーパスでバトンを受け取り、ダッシュ。
直前で赤組は四位に転落。三番手で、黄組アンカーの三年男子が全力でダッシュ。
「な、なにやってんのよ菅沼! あたしの焼きそば二人前が、遠くに行っちゃうじゃん!」
「す、すいません早乙女先輩。・・・・・・あ、あと、頼みます!」
小紅は菅沼から真っ赤なバトンを受け取り、全力疾走。鬼気迫る表情で、一気に突っ走る。
「澪ぉーっ! 水穂ぉーっ! 約束破ったりするなよなぁーっ! てぇあああーっ!」
目の前の男子を撥ね飛ばす勢いで猛追する小紅。その気迫に、澪と水穂は、驚愕の表情。
「なっ、なんでぇ? 小紅センパイ、いつも体育祭で真面目に走らないのにーっ!」
「水穂、焼きそばだ! 焼きそば二人前ってのが、あのスピードの原動力だよ、きっと!」
小紅のダッシュ力には、他の生徒たちも驚いている。
「「「「「 早乙女のダッシュ、すげーぜ! なんだあれ! 」」」」」
「「「「「 初めて見るよね? 真面目に走る早乙女さん! は、速ぁーっ! 」」」」」
校庭がどよめく。疾風怒濤の全力疾走で、小紅は澪を抜き、水穂めがけて猛ダッシュ。
「五十メートルを、六秒ジャストの自己最速記録で走るあたしの走力、思い知れーっ!」
「む、無理じゃん! 私、七秒三のタイムなのに! ・・・・・・あー、抜かれちゃったぁ!」
砂煙を巻き上げ、一気に水穂を抜いた小紅。爽やかな笑顔でゴールし、結果、赤組が一位。
ゴール後、大きく息を切らして座り込む水穂と澪だったが、小紅は少し息を切らした程度。
「最近、早朝の走り込みしてるからね。二人とも、明日のお昼、待ってるかんねー」
けらけらと笑う小紅を見て、、水穂と澪はがっくり。周囲からは、拍手が降り注ぐ。
白組の陣地では、優太がにこにこして、タオルで汗を拭く小紅の姿を見つめていた。
青空にはトンボが舞い、白い雲がふわりふわりと浮かんでいた。
* * * * *
白い半袖の体育着を肩までまくり上げ、青色のハーフパンツと赤いシューズ姿の小紅。首にタオルを掛けたその姿は、どこからどう見ても、体育会系のスポーツ女子。
リレー終了後、小紅はクラスの友人たちに囲まれていた。
「ねー、こべにーっ! 最後、速かったね! ねぇ、放課後、カラオケ行かなーい?」
「あー・・・・・・。ごめんっ! 行きたいんだけど、今日は先約ありで! ごめんねっ!」
「そっかー、わかった! また、今度ねーっ!」
「ごめんね。今度、ぶっ通しで八時間くらい歌おうね!」
「こべに、おつかれ! すごいダッシュだったじゃん。この後さ、ショップ行かない?」
「ありがとーっ! ・・・・・・ごめん! 今日はだめなのよー。また、今度ね!」
「りょーかーい。また今度、行けそうな時、メールするね!」
「わるいねー。あたしも、良さそうな店あったら、メールするからー」
体育祭も閉会式まで終わり、生徒たちが教室に戻る中、凄まじい伝説的なダッシュで赤組の優勝をもぎ取った小紅は、友達から次々と声をかけられている。
「お疲れ、小紅ちゃん!」
「優太っ! おつかれ。もー、疲れたよー」
優太は小紅に、スポーツ飲料のペットボトルを渡した。
「(ごくごくごくっ)・・・・・・あー、生き返るっ! ありがと、優太!」
「すごいリレーだったね、小紅ちゃん。ぼくも白組で見てたけど、かっこよかったよ!」
「水穂らと、明日の焼きそばを賭けてたからね! でもこれで、二人前ゲット!」
小紅は、空のペットボトルを指でパチンと弾き、優太にウインクした。
「そうそう、優太さー・・・・・・」
「ん? なにかな?」
「今日、あたし、夕方から道場稽古なんだけど、優太も見に来てみる?」
「え? 小紅ちゃんの空手の稽古かー。うん、じゃあ、見に行ってみようかなー」
「あたしが、いざという時の護身術、優太に教えてあげるよ。簡単なやつだけどね?」
「あ、ありがとう。じゃあ、小紅ちゃんち、行くね」
優太は少し照れくさそうに、頷いた。
小紅は、ちょっと間を置いて、にこっと笑って優太に手を振り、教室へ戻っていった。
* * * * *
放課後の正門前で、優太は英語の参考書を読みながら、小紅を待っていた。
「おーい、優太っ! ごめん。進路指導の先生と話しててさー・・・・・・」
「お疲れさま。・・・・・・先生と、進路の話?」
「うん。そうだねー。・・・・・・ほら、あたし、じーちゃんと二人暮らしでしょ? うちは、お金もそんなにないし、大学進学は考えていませんって言ってきたの」
それを聞いて、少し表情を変える優太。
「そ、そうかぁ。ぼく、小紅ちゃんが進路どうするのかなって、気にしてたんだ」
「ありがと、優太。あたしの進路まで、心配してくれてたんだね? あたしもね、いろいろ考えて悩んだけど・・・・・・じーちゃんに負担かけらんないもん。進学せず、働きたいの」
小紅は、優太と歩きながら、明るく笑って話している。
「とは言っても、就職ってキビシイみたい。あたし、いま持ってる資格って言っても空手二段と漢検二級だけだし。簿記とか実業系の資格ないし。また、いろいろ考えなきゃなー」
「小紅ちゃん、勉強だってそこそこできるし、空手の強さもあるし、そういうのが活かせればいいのにね? ・・・・・・短大とか、専門学校も、考えてないの?」
「んー・・・・・・。今のところは、ね。親が遺したお金も、あんまり無駄にしたくなくて」
いつもと違い、優太の歩調が少しだけゆっくりになっている。表情も、浮かない感じだ。
小紅は歩きながら、そんな優太を見て、ぐいっと手を引っ張った。
「そんな、落ち込まないでよー。あたしの進路は、あたしが責任持って決めたことだもん!」
「でも、ちょっとだけ、ぼく・・・・・・小紅ちゃんと同じ大学だったらいいなーって、思っちゃったからさー・・・・・・」
「優太は、日新学院大学の国際学部を志望してるんでしょ? 近いし、あたしと今生の別れになるわけじゃないんだからさーっ! 元気出しなってー。家も近いんだし、いつでも会えるじゃん!」
「そうなんだけどね。確かに、そうなんだけどー・・・・・・」
しょんぼりする優太を、小紅は腕を引っ張りながら歩いていく。
群青色と茜色が織り混ざる、空の色。一番星が二人の上に、きらりと輝きだしていた。




