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出動!悪行清掃人!   作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
#4 攻める者たち! 守る者たち!
18/84

~ファイル18 似た者同士~ 

「・・・・・・小紅ー?」

 

 苺がスクーターを押しながら、展望台に立つ小紅の背中に声をかける。

 

「・・・・・・。」

 

 小紅は、振り向くこともなく、黙ったまま。

 太い丸太で組まれた展望台が、しっとりと霧雨で濡れ、黒く変わってゆく。


「・・・・・・。ねぇ、小紅ってば!」


 苺は、少し声を大きくした。


「・・・・・・。」


 まだ、小紅は遠くを見たまま。苺の声は聞こえているのか、聞こえていないのか。


「・・・・・・どーしたのよー? ウチ、暗くなってきたし、雨降ってきたから、帰るねー?」


 ヘルメットをかぶる、苺。スクーターのキーを差し、跨がった。


「・・・・・・ねぇ、苺? あたしさ・・・・・・」


 振り向かないまま、ぽそっと声を発した小紅。苺は、また、スクーターから降りた。


「・・・・・・ウチでいーなら、話、聞くよ。・・・・・・どーしたのさ? 疲れたのー?」


 小紅の隣に、ぴょこんとステップして、苺も並ぶ。

 麓には、電車が新柏沼駅に入っていく明かりが見える。電車の音も、それはいつもと変わらない、日常の音。


「・・・・・・あたし、自分の実力を決して過信はしてないけどさ・・・・・・。間違ってるのかな?」

「なにがー?」

「やり方が。あと、生き方が・・・・・・。この街をさ、平和に暮らすみんなをさ、守るためにやってることが・・・・・・結果的に、今日みたく、危険を増やすだけなのかな、って」


 展望台から暗い雲を斜め上に見上げたまま、小紅は、覇気の無い声で、苺に語る。

 霧雨は、露が次第に大きくなり、小雨になった。


「小紅は、まちがってないんじゃないかな? ウチだって、やってることは、同じだよ?」


 苺は、小紅の肩を、掌で軽くポンと叩いた。


「苺・・・・・・。あたしはね、三年前、両親をデスアダーの連中に、殺されたの・・・・・・」

「え! ・・・・・・小紅。それって・・・・・・」


 苺は、一瞬で、表情を固いものに変えた。


「・・・・・・あの連中は、三年前、あたしの親が買い物をした帰り、襲撃したのよ!」

「それって、どこで?」

「宇河宮の、駅東口で。ちょうど、クリスマスが近い頃だったな・・・・・・」

「(・・・・・・その時期って・・・・・・。ウチも・・・・・・)」


 小紅は、さっきよりも真上を向き、唇を噛み締めて、目を瞑った。

 雨粒は小紅の服も、髪も、顔も、心も濡らし、降り注ぐ。紅色の髪留めも、雨で濡れる。

 目元から、いくつか大きな水の粒が、つうっと小紅の頬を伝って、足下に流れ落ちた。


 ~~―――。 


「なぁ、小紅に似合うの、これがいいんじゃないか? 紅サンゴの髪留めだとさ!」

「あらぁ、素敵! きっとあの子、喜ぶわ! 来年は高校生。オシャレもしなきゃね!」

「柏沼なら、受かるだろ。でもせっかく、空手の名門校から特待生の誘いもあったのに」

「もー。それは、あの子の前で言わないでよ? せっかく柏沼に受かるために、必死でいま、頑張ってるんだから! 部屋に籠もって受験勉強、ひたすらやってるのよ?」

「そうだった。悪い悪い。だが、京都一の花蝶薫風(かちょうくんぷう)女子高や、あの等星女子高などから、空手で特待生の誘いなんてそうは無いから、つい、な・・・・・・。自慢の娘なんだぞー?」

「お義父さんは、小紅が空手の推薦で高校行くのは反対だったみたい。あの子は、私たちの自慢の娘でも、年頃の女の子なんだからね? 進路も、小紅自身が決めたものだし」

「親父は小紅に甘いからなー。・・・・・・クリスマスプレゼント、さて、どれにする?」

「さっきの髪留めが、かわいくて良いと思う。紅色で丸くて、小紅にぴったりよ!」


 ―――~~。


「・・・・・・さっきから前のワゴン車、ずっと動かないな? 狭い路地だし、迷惑だなぁ?」

「そうねぇ? あなた、ちょっと言ってあげたら? 相手が気を悪くしない程度にさ?」

「そうだな。乗ってる人、いるみたいだしな・・・・・・。すいませーん、後ろが・・・・・・」

「・・・・・・(ガチャ)・・・・・・」


 ―――~~。


「・・・・・・うぐぅ! や、やめなさい、君たち・・・・・・。ぐうっ・・・・・・。うがっ・・・・・・」

「うるっせぇっ! あぁ? てめぇ! 俺らに指図しやがって! オラァ! オラァ!」

「や、やめてぇ! あなたぁ・・・・・・け、警察に・・・・・・。・・・・・・どこかに、電話は・・・・・・」

「ヒャアハハハ! ざけんな、ババァ! んなこと、させっかよ! ・・・・・・(バキャ)」

「あ、ああぁ・・・・・・。や、やめて下さい・・・・・・。あ、あなたぁー・・・・・・」

「な・・・・・・なにを、する・・・・・・? さ、財布? 中には・・・・・・ボ、ボーナスが・・・・・・」

「ヒャハァーッ! おい、こいつら、金あるぜ! おいてめぇ、その指輪もよこせ!」

「・・・・・・や、やめて! きゃぁっ! ・・・・・・そ、それは、私たちの結婚指輪・・・・・・」

「黙れババァ! おい、オッサン? てめぇのも、あずかるぜ? 売っちまうけどな!」

「・・・・・・おい、なんだ? ババァが丸い変なの持ってんぜ? どーする? パクっか?」

「あ? なんだそれ? いんねーよ! ゴミだゴミ! そのままぶん投げとけよ!」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・娘への・・・・・・。・・・・・・うごふっ・・・・・・。うぐぅっ・・・・・・」

「オッサン、うるせえってんだろ! オラァ、オッサンは寝てろ! オラオラァッ!」

「ババァは野球やろーぜ! おめーら、新しくでっけぇボールだ。バットで打てやぁ!」

「ラジャァーッ! ヒャハハハハハァ! デスアダー式、ノック練習! 楽しいなぁ?」

「「 ・・・・・・ぎゃあっ! ・・・・・・うがああっ・・・・・・。ぐえぇっ・・・・・・。 (がくっ) 」」

「あ? おいオッサン? 死んだか? ババァも、何だよ? ・・・・・・ちっ。行こうぜ!」

 

 ―――~~。



     * * * * *



「・・・・・・これが当時、平成九年の冬に、警察が捕まえたデスアダーの一味が供述した内容の・・・・・・一部よ」


 小紅は、薄暗い中で雨に打たれ、顔を雫で濡らしながら、話を続ける。

 苺は、話を聞いて、言葉を失った。ただ、横にいる小紅の顔から目を離さなかった。


「あたしの親は、言い表せないほどの暴行を、そいつらから受け続けたんだって。お父さんは、その時、すでに息がなかったろうって・・・・・・。警察の人が、言ってた・・・・・・」

「・・・・・・こ、小紅・・・・・・。もういいよ・・・・・・」

「でね・・・・・・お母さんは、救急車で緊急搬送されてね・・・・・・。じーちゃんが自宅で警察からの電話を受けて、あたしを一緒に乗せて、大急ぎで軽トラで吹っ飛んでってさ・・・・・・」


 ~~―――。


「残念ですが・・・・・・旦那さんの方は・・・・・・現場で発見時、既に息がありませんでした」

「十二月二十三日、午後十時十五分、確認。・・・・・・ご臨終です・・・・・・」

「うそ・・・・・・。なにこれ。ドッキリカメラ? ねぇ、おとーさんーっ! いやぁーっ!」

「こ、紅一(こういち)・・・・・・っ。くぅぅ・・・・・・。なんということじゃ! なんと、惨く酷い・・・・・・」

「・・・・・・はー・・・・・・はー・・・・・・。こ・・・・・・」

「おかーさんっ? おかーさん! ねぇ、しっかりしてよ! おがぁさぁん・・・・・・っ」

「はー・・・・・・はー・・・・・・。こ・・・・・・べ・・・・・・に?」

「ねぇ! 何があったのよ! ねぇ! ねぇーっ! しっかりしてってばぁ!」

「こ・・・・・・これ・・・・・・。これ・・・・・・」

「? なに? しっかりして! おがぁさんってばぁぁ!」

「ごめん・・・・・・ね・・・・・・。これ・・・・・・おとうさん、と・・・・・・おかあさんから・・・・・・」

「ぐすっ・・・・・・。なに? なによ? ・・・・・・おがぁさん、どうして、こんな・・・・・・」

「こべに・・・・・・に、クリスマスの・・・・・・プレ・・・・・・ぜ・・・・・・ん・・・・・・」

「な! 雪子さんっ! だめだべ! しっかりするんじゃ! おい、雪子さんっ!」

「紅色の・・・・・・髪留め? いや! ねぇ、おがぁざぁん! いや! だめだって!」

「・・・・・・午後十時十九分、ご臨終です・・・・・・」

「いやぁぁぁーーーーーーーぁぁっ! おどぉざぁん! おがぁざぁんーっ・・・・・・」

「こ、小紅・・・・・・。く、くうぅーっ! 何ということじゃ・・・・・・。なぜ、こんな!」


 ―――~~。


 苺は、ヘルメットをかぶったまま、両手で顔を覆っていた。小紅は、上を向いたままだ。


「この髪留めはね、両親からの最期のプレゼント。・・・・・・あたしがね、あのデスアダーを絶対に許さない意志の現れでもあるの。なんか両親のこと、急に思い出しちゃったなー」

「小紅・・・・・・。ウチも・・・・・・ほぼ、似たような形。デスアダーに、家族を壊され・・・・・・」


 顔を覆ったまま、苺もぽそりと呟いた。


「苺も、そうだったんだ・・・・・・。あたし、絶対にデスアダーは許せない。警察は、あたしを危険なことに巻き込まないよう、情報はくれなかった。だから、悪さする奴を片っ端から捕らえれば、あいつらにいつか辿り着くんじゃないかって思ったんだよね・・・・・・」

「小紅ー・・・・・・。はぁ・・・・・・。ウチも、同じ気持ち! あいつらは、家族の仇なんだ!」

「・・・・・・あいつら、殺意はなかったっていう供述と、誰が最終的にあたしの親へ致命傷を与えたかの証拠が不十分で、殺人罪にすらなってない。・・・・・・許せないよ。本当に!」

「・・・・・・ウチも、達人とまで言われた祖父、そして、父も大円流後継者だったけど、デスアダーにね・・・・・・集団で一気に襲われたみたいで・・・・・・。多勢に無勢だったの」

「武道も武術も・・・・・・何のためにあるんだろうって、当時は思ったなー、あたしはさ」

「ウチもあれ以来、デスアダーを捕まえるためだけに、ひとりで稽古してるんだ・・・・・・」

「・・・・・・苺・・・・・・。あたしとあんた、似たもの同士だったんだ・・・・・・。あたし、これ以上、無関係な人は巻き込みたくない。でも、デスアダーは絶対許せないから、何とかしたい。心が、さっきからそれでモヤモヤしてる」

「苺・・・・・・話、聞いてくれてありがとね・・・・・・」

「ううん、だいじ。・・・・・・だってウチと小紅、似た者同士の友達じゃん・・・・・・」


 二人は目を拭いながら、雨が降る展望台で肩を寄せ、しばらく小声で語り合っていた。



     * * * * *



 夜九時過ぎ。小紅は家に帰ってきて、ぱちりと玄関の灯りを点けた。


「・・・・・・ただいま・・・・・・」


 するとそこには、源五郎が腕を組んで、じっと小紅を見て立っていた。


「! じ・・・・・・じーちゃん! ・・・・・・あたし・・・・・・」


 厳しい顔をした仁王立ち姿の源五郎は、黙っている。

 小紅は泥で汚れ、雨でずぶ濡れのまま、その場で俯いた。


「・・・・・・心配したべよ。・・・・・・風邪っぴきになるから、風呂に入って、あったまれ・・・・・・」


 そう言って、源五郎はずぶ濡れの小紅へバスタオルを投げ、茶の間へ入っていった。


「・・・・・・メシは、食ったけ?」

「ううん・・・・・・。まだ・・・・・・。・・・・・・じーちゃん、あたし・・・・・・」

「・・・・・・ほーか・・・・・・。まったく、言うこと聞かないバカタレ小紅め・・・・・・」


 茶の間から聞こえる、いつもと変わらぬ源五郎の声。

 小紅は、濡れた靴と靴下を玄関で脱ぎ、タオルで頭や足を拭き、静かに風呂場へ向かった。

 

  かぽぉん・・・・・・  ざざざざぁー・・・・・・



     * * * * *



 小雨はいつしか止み、雲間からは星の光が見えている。

 風呂から出た小紅は、茶の間に戻らずそのまま自分の部屋に籠もった。


「小紅? ・・・・・・おかゆと茶碗蒸し作ったから、置いとくぞ? ・・・・・・食いなー?」


 源五郎は、お盆に乗せた粥と焼き鮭、そして茶碗蒸しを、そっと小紅の部屋の前に置く。

 静かに襖を数秒見つめ、首を傾げて白い髭を撫でると、自分の寝床へと向かって小紅の部屋の前から去っていった。

 小紅は部屋の中で灯りも点けず、暗闇の中で座り、目を瞑っていた。

 窓から射し込む星明かりで、その頬を濡らしながら。    

  

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