~ファイル17 小紅に降るは、温い小雨~
「〔・・・・・・ほ、本当か? わかった。いま、出先なんだが、すぐ、向かってみます!〕」
「お願いします! 忙しいところ、すみません」
「ミオ、どうだった? 中田巡査は?」
「うん! ここに来てくれるって。水穂、わたしたちも今から、藤山公園に行ってみよう!」
「わかった!」
「優太サンは危険なので、ここにいて下さい。中田巡査が来たら、藤山公園に行ったと伝えて下さい」
「わ、わかったよ。ぼく、この荷物、お巡りさん来たら渡すね。二人とも、気をつけて!」
優太は道端に荷物をよけ、走っていく水穂と澪の後ろから、手を振って見送っていた。
「(小紅ちゃんもみんなも、無事でありますように。小紅ちゃん、無事に帰ってきて!)」
雲がいつの間にか厚くなり、祈る優太の周りには、湿度と薄暗さが増してきていた。
水穂と澪が向かった藤山公園の頂上では、こうしている間にも、岩村と小紅たちの戦いが繰り広げられている。
「さぁ、暴走族のひと! ウチも相手になるよ! 『きれいなまちづくり同好会』の名にかけて、デスアダーの一味を、一掃するからっ! 覚悟してよねーっ?」
「なんなんだぁ、おめぇは? まちづくりだぁ? 早乙女小紅に助太刀すんのかぁっ!」
岩村は、苺に向かって、さらに声を張り上げている。
「苺ー・・・・・・。あんたさっきから、デスアダーをって言ってるけど・・・・・・」
「小紅さ・・・・・・きみもウチと同じく、デスアダーと因縁があるんでしょ?」
「・・・・・・えっ?」
「ウチの父と祖父はね、三年前、デスアダーの襲撃で、結果的に命を落としたの・・・・・・」
「苺・・・・・・っ! な、なんて言った? いま・・・・・・」
「おぉい! ごちゃごちゃ勝手に盛り上がってんじゃねぇよ。さぁ、おチビちゃんよぉ! もぅ後悔しても、遅ぇ! 知らねぇぞぉっ!」
岩村は、両拳をがしんと打ち鳴らし、話している小紅と苺に猛突進。
「! 話はあとにしよっ、小紅! 相手が、来たよ!」
「! そうね! お互い、自分の命と身を守ること優先で!」
「うんっ!」
一直線に殴りかかってくる岩村。小紅と苺は、並んで構え、迎え撃つ。
岩村のパンチが、真横に薙ぎ払うようにして二人を襲う。小紅は、しゃがんで躱す。苺は、身をくるりと翻して横に回り込む。
「オラァッ!」
・・・・・・シュッ ババッ! ドズウンッ!
間髪入れずに飛んでくる、岩村の拳。小紅は両腕でがっしりと防御。そのパンチの威力で、体がやや後ろにずらされる。
ひゅんっ パシッ! グイッ! ぎゅるうんっ!
横から苺が、小紅が受け止めた岩村の拳をめがけ、手を伸ばす。そして、手首を掴んで固め、一気に引っ張り込む。
「・・・・・・はぁぁいやぁーーーっ!」
・・・・・・ブアァッ ドッダアァンッ! (ゴキャッ)
「うぐおぁーっ・・・・・・。う、腕を!」
苺の大円流合気柔術の技が炸裂。関節技を含んだ投げ技「水蓮」で、地面に叩きつけられた岩村。
その左腕は、投げられた勢いで自重がかかり、そのまま肘は折れた。
「てぇああぁーーーっ!」
ギュンッ! ぐるんっ ・・・・・・ベシイイィィッ!
阿吽の呼吸のように、今度は小紅が攻撃。
岩村からぱっと離れた苺の横から、小紅が前方宙返りをする勢いで、岩村の首元に踵を叩きつける「浴びせ蹴り」を見舞う。
「ぐふっ・・・・・・。しゃ、しゃらくせぇーっ!」
岩村は、小紅の浴びせ蹴りを受けても立ち上がり、ふらつきながらも殴りかかってくる。
・・・・・・シュバッ ガシ ガシッ
「はぁいやぁーーっ!」
ドカンッ! ぎゅるっ グキイッ!
苺は岩村の右拳によるパンチを受け流し、両腕で掴んだ。そして、岩村の太腿へ膝で当て身を入れ、手首を捻り上げながら、逆関節の方向へぎりりと固める。
たまらず、岩村は苦悶の表情を浮かべる。ぎりりぎりりと、岩村の関節が軋む。
「てえぇあぁーーーーーっ!」
グンッ ぐるっ バシイイィィッ!
動きを封じられた岩村のこめかみに、今度は小紅が、回転力を付けた手刀打ちを見舞った。
「ぐおぉ・・・・・・。ぬぬー・・・・・・こんな、女ごときにぃぃー・・・・・・」
ググググッ・・・・・・ ブアアアァッ! ドゴアッ!
「! うあっ! うっそぉ? ・・・・・・お、折れた腕で!」
岩村は、折れた左腕で苺へ打撃を放った。固めていた腕を放し、吹っ飛ばされる苺。
「ふうぅー・・・・・・ふぅー・・・・・・。残念だったな、おめぇら! この岩村、タイマンじゃ、どんなことがあっても、倒されたこたぁねぇんだ! 女どもに、やられてたまるかよ」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。苺の技で腕を折られても、あたしの技をそのまま受けても、立ち上がるなんて! ・・・・・・タフなやつだね・・・・・・。はやく倒れろっての!」
「ウチ、こんな相手は初めてだわ。痛みをこらえ・・・・・・根性で返すなんてさぁーっ!」
息を切らす小紅と、汗を垂らす苺。共闘する二人の姿に、一年生たちは緊張で震えながらも、羨望の眼差しで表情を次第に明るくしていった。
* * * * *
「オラアッ! オラララッ! オラオラオラオラ!」
荒っぽいフォームで腕と拳を振り回す岩村。それをかいくぐり、あの独特な拳の形で、次々と当て身を入れる苺。
小紅は、援護射撃のように苺と並んで高速で正拳を打ち込む。
「はいやぁーーーっ!」
「てぇあああぁーーーっ!」
シュババッ! ズドドォン! ズドンズドンッ! シュビビビビッ!
「ぬおおぉ! だが・・・・・・軽ぃんだよ、おめぇらごときのパンチ! オラララァーッ!」
「しぶっといなー。・・・・・・それならば・・・・・・。・・・・・・はいやーーーっ!」
苺は、一本拳「鏃」で、岩村のパンチをかいくぐって、腕の付け根に当て身を叩き込んだ。
「な、なんだ? う、腕が痺れてあがらねぇー・・・・・・」
「苺っ! その場にしゃがんでっ!」
「! 小紅!」
小紅が叫んだ。咄嗟に、苺はその場に伏せる。その刹那、岩村の眼前には小紅の靴底が。
「二度と、こんなことするな! あたしの後輩をよくもやったな、ろくでなしーっ!」
・・・・・・ドバキャアァーッ! ・・・・・・ずずぅんっ・・・・・・
全体重を乗せた、小紅の横蹴りが岩村の顔面に入った。
これにはたまらず、岩村はその場に崩れ落ちた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。みんな・・・・・・だ、だいじょうぶ? 苺も、ありがと!」
「いーえー? 小紅との共闘、けっこうアツくなれたよっ! あー、制服、汚れちゃったな」
「「「 早乙女先輩ーっ! あ、ありがとうございました・・・・・・ 」」」
制服のほこりを手で払う苺。松本たち三人は、小紅のところへ掛け寄り、何度も頭を下げた。
「みんな・・・・・・ごめんよ。・・・・・・あたしが、みんなを巻き込んでるんだね・・・・・・。本当にごめんっ・・・・・・。でも、無事で良かったよ!」
「先輩、よくあんな大男や怖い人たち、倒せましたね? す、すごかったですー・・・・・・」
中根が、驚いた顔で、小紅に憧れの眼差しを向けていた。
「ははっ・・・・・・。まぁ、あたしは慣れてるから。・・・・・・って、松本、鼻血出てんじゃん! だいじ?」
「はい、まぁ、だいじです。・・・・・・痛いですけど」
「すぐに、治療した方がいいよ! ・・・・・・あいつらにやられちゃったのか・・・・・・」
小紅は、ポケットからティッシュとハンカチを取り出し、松本の顔をすっと拭いた。
「で、でも、おれなんかより、早乙女先輩の方が・・・・・・」
「あたしはだいじ! こんなもん、傷のうちにも入らないから! さ、みんな、帰ろう」
「先輩、あの人、だれですか? スクーターのお姉さん・・・・・・」
大山が、苺の方へ顔を向けた。苺は、倒れた岩村を見て、静かに佇んでいる。
「ああ。・・・・・・美布高の、あたしの友達。・・・・・・ほんと、今回は苺のおかげで助かったなー」
・・・・・・ヴォンヴォヴォヴォヴォ・・・・・・ ヴォヴォーンッ!
「! なに? あ! 待てよ、お前ーっ!」
突如、バイクのエンジン音が響いた。小紅に掌底で吹っ飛ばされていた男が、いつの間にかバイクに跨がり、ひとり、逃げていってしまった。
「(冗談じゃねぇ。でも、ブスジマさんに、早乙女小紅以外にも邪魔者がいるって情報は、持って行けるぜー。・・・・・・情報料で、金、少しはもらえっかな? ずらかるぜ!)」
ヴォヴォヴォヴォヴォーンッ! ・・・・・・ヴォヴォォォー・・・・・・
バイクの音はあっという間に、遠くへ消えていってしまった。
「・・・・・・いた! こ、小紅センパイーっ! みんなーっ! だいじだったーっ?」
「よかった、みんな無事だ! ・・・・・・あ、小紅サン! 口元、少し切れてますよ!」
「水穂! 澪! ・・・・・・ちょっと油断して食らっちゃってね。ま、どーってことないよ」
逃げたバイクと入れ替わるようにして、水穂と澪が駆けつけた。小紅は、口元の血を親指で拭い、ハンカチできゅっときれいに拭った。
数分後、中田巡査と警察官二人が現場に到着。状況を細かく小紅たちは話し、逃げた一名以外、暴走族「殺人毒蛇」は岩村を含め十八名、応援に来た警察官たちにその場で逮捕された。
一年生たちは、松本が殴られた以外は、ケガはなかった。帰りは、水穂や澪のほか、警察官たちが一緒に、それぞれの家までついていってくれたようだ。
いつのまにか、天気は霧雨。
小紅は展望台に佇み、街の灯りを静かに眺めていた。目を細め、口を噤んで、ただ、静かに。