~ファイル13 じわりと忍び寄る、悪の影~
わーわー わいわいわい がやがやがや わいわいわい
小紅はインターハイ予選で、空手道部員としての競技活動は引退となった。
部活自体は、この八月末をもって、三年生から二年生へ引き継ぐことになる。
あれから、ひったくり犯や痴漢、万引き犯など、ちょこちょこと小さな犯罪に出くわし、小紅はその都度、取り押さえたり撃退したりしていた。
そんなことをしているうちに、あっという間に夏休みも後半に。
「はーい。中学生のみんなー、私についてきてー。こっちよー。(ひぃー、うまく説明できるかなぁ?)」
今日は中学三年生が、一日体験オリエンテーションで柏沼高校に集まっている。
小紅たち三年生は、その中学生たちを、部活動体験の時間に対応する役。優太は、美化委員長として、校内のチェックに回っている。一年生や二年生も、校内を案内する役で大忙し。
「あ、ミオーっ。もー、大変だよぉー。校内説明も、疲れるよねー? くったくたよー」
「まぁまぁ。水穂のほうについてきてる子たちは、楽しそうだよ? わたしはどうも、くだけた説明が苦手でー・・・・・・。説明が理屈っぽいって言われちゃった」
「私も案内説明は、そんな得意じゃないよー。まっ、もうすぐ、部活体験の時間に変わるから、そうなれば小紅センパイや主将が、どーにでもしてくれるよね?」
「・・・・・・小紅サンが、きちんと対応してくれれば、だけどね・・・・・・」
「・・・・・・そ、そうなったら、杉山主将が小紅センパイの分も、頑張ってくれるよね?」
「小紅サン、まぁ、真面目にやらないだろうからなー・・・・・・。今や、県内でもちょっとした有名人なのにさ・・・・・・。きっと、適当な対応とって、杉山主将が怒るかもねー」
「そーだねー。小紅センパイ、中学生相手に、どこまで面倒見てくれるかなぁ? かわいいしスタイルもいいし強いんだから、空手道部の看板娘みたいになればいいのにー」
「水穂ー? 小紅サンが、そんなこと、やると思う?」
「・・・・・・やらないだろうね」
「・・・・・・でしょ?」
「はぁー。・・・・・・ま、残り時間、頑張ろう。ねっ、ミオ?」
「そうね。わたしも、今から理科棟の案内に回るから。じゃ、またね!」
水穂と澪は、お互いに掌をタッチし、廊下でそれぞれの持ち場に分かれた。
がやがや ざわざわ がやがや ざわざわ
「「 ねー。どの部活見に行く? バレー部がいいかな? 」」
「「「 おーい、あの部活見に行ってみようぜ? 」」」
中学生たちは、校内見学を終え、部活動体験時間に入った。校舎内、体育館、校庭、弓道場などに、たくさん散らばっている。武道場にも二人の中学生が入っていった。
「やぁやぁ、きみたち! よく来てくれたね。空手道部主将の杉山です。よろしくねっ」
爽やかな笑顔で杉山が、見学や体験に来た二人の中学生の対応をする。
「美布中からきました、関口夏美です。お世話になります。空手は、やったことないのですが・・・・・・」
「藤野原中から来ました、阿久津由里です。よろしくお願いします。空手は、いちおう、茶帯を持ってます。お世話になります!」
中学生たちは、やや緊張した笑顔をみせつつ、ぺこりと頭を下げる。
「いやぁ、自己紹介ありがとう。・・・・・・で、えーと、そっちにいるのが同期の・・・・・・」
杉山は、眠そうに立っている小紅へ視線を向けた。その視線の先にいる小紅は、制服の夏スカートの下に、学校指定の青いジャージを履き、通称「はにわスタイル」と呼ばれる姿で、どこか間の抜けた感じ。
「ん? なに?」
「(なに、じゃないだろ! 早乙女! 中学生にあいさつくらいしろよー。頼むよー)」
小紅へ近寄り、小さな声で促す杉山。同期の加藤と小林も、だめだこりゃという表情。
「あ、そういうことか。・・・・・・えーと、三年の早乙女小紅です。今日は、柏沼高校の見学ありがとー。頑張ってね! おわり! ・・・・・・これでいいかな?」
あっさりと、適当なあいさつでその場を締めてしまった小紅。
杉山は掌で顔を押さえ、溜め息をついて呆れていた。
* * * * *
「・・・・・・そう。拳は、そうやって突いて。そうそう。うまい! 関口さんだっけ? 初めてにしちゃ、素質あんじゃん! あたしが保証するよ。受かったら、空手やりなよーっ!」
「そ、そうですか? 空手、初めて体験しました! 楽しいですっ、早乙女さん!」
あいさつこそ適当な小紅だったが、体験に来た中学生には、いつの間にか杉山以上にきちんと対応していた。はにわスタイルもやめ、真剣な表情で、正拳での突き方を教えている。
「(ふー。一時はどうなることかと思ったけど、一安心。早乙女はやっぱり、いいなぁ)」
杉山も、もう一人の中学生の対応をしながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「・・・・・・はい、今日はこんくらいにしよっか。初体験じゃ、あたしがこれ以上あれこれ教えたら、頭がパンクしちゃうよね? 時間ももう、終わりだしね」
「ありがとうございました! あ、あのー・・・・・・。ちょっとお聞きしたいことがー」
「ん? なぁに?」
中学生の関口夏美は、小紅に、もじもじしながら話す。
「私、中学で文芸部なんですけど、そんな人でも、空手やれば、護身術使えたり、強くなれたりするんでしょうか? 早乙女さんって、よく新聞に載ってる早乙女さんですよね?」
「あー。まぁ、そうだけど? あたしがその早乙女小紅よ。・・・・・・強く、か。うん、強くなれるね! 心も体も技も、一生懸命やれば必ず強くなる! きっとね!」
小紅は、その子の頭を掌でわしゃわしゃと撫で、にこっと明るく優しい笑顔を見せた。
それからしばらくして、中学生たちもみな帰り、武道場内には掃除する小紅たちの姿があった。
水穂や澪ら二年生部員も、係の仕事を終えて掃除に合流したようだ。
一年生部員三名も、玄関の掃き掃除などを一生懸命に頑張っている。
・・・・・・ヴォンヴォヴォ ヴォンヴォヴォヴォ ヴォォォー
ヴォンヴォヴォ ヴォンヴォンヴォンヴォン ヴォンヴォンヴォン!
ヴォヴォヴォォーン ヴォンヴォヴォヴォンヴォヴォ!
隣接した国道から、ものすごいエンジン音が轟く。騒音を超えた轟音が、だんだんと、学校に近づいてきていた。その轟音は、武道場が震えるほど、大きい音だ。
「なんだぁ? やっかましいなぁー・・・・・・。バイク乗るなら、静かに乗れっての!」
小紅は、モップ掛けをしながら、その喧しさに眉をひそめた。
「いいから、相手にすんなよ。早乙女、早く済ませちゃえよー? バイクは、気にすんな」
「暴走族か? うるさいよなー。早乙女、頼むから、お前は相手にすんなよー?」
小紅と同期の男子二人が、窓を拭きながら釘を刺すように言った。
「ねー、杉山! 加藤と小林が、あたしのこと、勝手に誤解してる! ひどくないー?」
「そりゃあ早乙女が、ああいうのを許せない性格っての知ってるからだー。俺だって、お前が既にピリピリしてるの、よーくわかるぜー? お前のことなら俺は、よくわかる!」
「は? なんでそんなこと言えんのよ。あんたら、あたしを何だと思ってんだ・・・・・・」
小紅は、水穂や澪とモップをかけながら、やれやれといった表情で窓の外を見る。
ヴォンヴォヴォヴォンヴォヴォ ヴォンヴォヴォヴォンヴォヴォ!
ヴォヴォヴォォーン ヴォンヴォヴォヴォンヴォヴォ!
けたたましく響き渡る、バイクの音。台数からして、十台以上だろうか。
・・・・・・ヴォヴォヴォォーン ヴォヴォォォー・・・・・・
「あ。やっと静かになってきた。なんだったの? 駅向こうの、藤山公園のほうに行った?」
「小紅センパイ、藤山公園って、昼間は散歩やトレーニングにいいところですけど、夜はけっこう、ガラの悪い人たちの溜まり場になってきてるみたいだよ?」
「隣の柏沼農商高校の不良グループも、よくそこに溜まるって聞きます。いまの暴走族たちも、音の方向からして、そっちに向かったようです。台数は音からして、十台から十五台か」
小紅、水穂、澪の三人は、武道場の窓から、新柏沼駅の奥に見える藤山公園を眺めている。
「おーい、みんな終わった? そろそろ施錠して、解散しようかぁー。終わった人はさぁ、随時、帰宅していいよ。お疲れさまでしたーっ!」
主将の杉山が、片手に雑巾を持ちながら、爽やかな声で全員に指示を出した。
「「「「「 お疲れさまでしたーっ! 」」」」」
黄昏色の西日が、武道場内に差し込んだ。
小紅はその光を背に受け、おでこの汗をハンカチで拭いながら、武道場から出る。正門前では、部員たちがそれぞれの帰路についていった。
うっすらと朱色に染まりかけた空には、カラスが数羽、ぱたりぱたりと飛んでいった。
* * * * *
カツ カツ カツ カツ ピタッ!
「あっ、二斗警部! よかった。実は、例のデスアダーの件ですが・・・・・・」
小紅たちが学校から帰る頃、久保巡査は柏沼警察署に来ていた。
廊下で二斗刑事を呼び止め、何やら神妙な面持ちだ。
「どうだ、その後? ・・・・・・何か、手がかりはつかめたか?」
「はい。いくつかの情報が。それでもやはり、なかなか毒島の居場所までは・・・・・・」
「そうか。くっ! このままでは市内はおろか、県内、更には全国にまで蔓延ればこの国の治安がますます悪くなってしまう。何としてでも、あの組織は全員逮捕せねば・・・・・・」
「そうですね。しかし、二斗警部。どうやら毒島の組織は、今や半グレというレベルに収まりません。まずいですよ、これは・・・・・・」
「何っ? それは、どういうことかね?」
「これを、見て下さい・・・・・・。県本部からこっそり頂いた、調査資料ですが・・・・・・」
久保巡査は、封筒から書類を取り出して、二斗刑事に見せた。
「こっ、これは! なんだとっ? この者たちも、毒島の組織にいるというのか!」
「ええ・・・・・・。デスアダーには他に、大がかりな犯行を決行するための特殊班らしきものも内部にあるようです」
手にした書類を見て、青ざめる二斗刑事。
「ベトナム軍に所属していた傭兵、『ブン・タン』、四十五歳。そして、元は海外の軍医で、化学劇物研究機関に所属していた『針実伝』、四十五歳。な、なんということだ!!」
「半グレは、縦社会型の組織網ではありませんが、その二名については毒島仁英の側近として配下にいる可能性が高いですね。逮捕した柿田信好も、毒島の配下だったことがわかりました。他にもまだ、危険人物がいそうです・・・・・・」
「マル暴も、半グレは暴力団対策法などの対象とならないから、管轄外だそうだ。しかし、既に奴らは、ある意味に於いては暴力団以上の脅威かもしれん!」
「若い連中が主体で犯行を行っておりますが、やはり、全員が毒島の指示でしょうか?」
「烏合の衆のようなものではないからな、奴らは。・・・・・・何だ? 毒島の目的は、何だ?」
「今は、水面下で、資金集めをしている段階ではないでしょうか? 県内のあちこちで、デスアダー絡みの事件が起きていますが、金銭強奪や強盗致傷、他にも、わいせつや薬物、詐欺事件など、金に換えられるものばかりですね」
「くっ! 今に見ていろ。必ず全員検挙だ!」
「そう言えば警部、あの早乙女小紅さんも、かなりの案件で、被疑者確保に協力いただいてますが・・・・・・危険度は増している気がしているのです」
久保巡査は、二斗刑事に、これまで小紅が関わった事案のことを話した。
「(そ、そうだ。あの子たちであっても、さすがにこれでは相手が悪すぎる。最悪の事態にならんうちに、なんとかしなくては!)」
二斗刑事は、奥歯をぎりりと噛み鳴らした。
「久保巡査! こうしちゃおれん。県本部にも密かに協力を要請してみよう!」
「はっ。わかりました! 私も引き続き、こっそり情報を集めてみます!」
びしっと敬礼をする久保巡査。二人は颯爽と、署から勢いよく出て行った。