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サーよし!2  作者: たらふく
98/413

98 リンチとキス




翌日の昼休み、日置は中川が持って来た『愛と誠』を読み始めた。


うーん・・

この誠って子は、幼い頃、愛を助けたために、それが元で家庭崩壊というのは気の毒だったにせよ・・

愛の温情にどっぷりと甘え、早乙女愛もろとも、青葉台学園を破壊しようとしてるじゃないか・・


「日置くん」


堤が声をかけながら、席に着いた。


「ああ、先生」


そこで日置は、本を閉じた。


「大変そうやな」


堤は苦笑いをした。


「大変というか、僕は、どうしてこの太賀誠という子が人気があるのか、よくわかりません」

「あはは」

「なぜ、笑うんですか」

「きみ、それ漫画やがな、漫画」

「そうですけど・・」

「僕もな、読んだことあるけど、ああ・・きみ、まだ二巻か」


日置が手にしていたのは、第二巻だった。


「はい」

「それな、読み進めれば進めるほど、おもろなるで」


堤はそう言いながら、弁当を食べ始めた。


「そうなんですか」

「まあ、きみはどっちかっていうと、岩清水やな」

「えぇ・・そうですかね」

「真面目で一途。きみにピッタリやがな」

「僕はこんなに理屈っぽくありませんよ。そもそも理系じゃないし」

「あはは、だからな、日置くん」

「なんですか」

「それ、漫画やがな」

「まあ・・そうですけど・・」

「とにかく、頑張りや。僕も観せてもらうで」


日置は思っていた。

せめて誠に感情移入できれば、頑張れるのに、と。

ところが太賀誠という人物は、自分勝手にやりたい放題。

ずる賢くて、常に人に逆らい、周囲を破壊していく。


けれども日置は読み進めるうちに、次第に誠の「事情」に同情し始めるのだ。

そして早乙女愛に想いを寄せながらも突き放すが、誠は命懸けで愛を守る。

不言実行を貫く太賀誠に、同じ男として共感を覚えるようになっていた。



―――そして三日後の放課後。



「さて、皆の者。今日の稽古は、芝居のメインである、リンチのシーンだ」


『チーム中川』は、校庭の鉄棒の前で立っていた。


「本番で使う鉄棒は、体操部のを使用するが、今日は、ここでやる」

「僕が、ぶら下がるんだね」

「先生、ちときついかもしれねぇが、先生は体育教師だ。五分や十分ぶら下がったところで、どうってことねぇよな」

「どうかな・・」

「おいおい、途中で落ちちまったら、芝居はぶち壊しだぜ?」


日置の両手は、縄で縛られることになっているが、あくまでも「形」だけであり、実際は日置が自力でぶら下がるというわけだ。


「先生を持ち上げて縛るのは森上の役だが、実際には無理だ。台本にも書いてあるように、ぶら下がったところから暗転が戻る。んじゃ先生、ぶら下がってくれ」

「うん」


そして日置は鉄棒にぶら下がった。


「それで高原役の部長さんだ。そのベルトで先生を叩く振りをやってくれ。セリフもな」

「わかった」


そして掛井は、日置の前に立った。


「ああ、先生。当日は、上半身裸だからな」

「えええ~~」


日置はぶら下がったままそう叫んだ。


「っんな、服を着ててどうすんだよ」

「嫌だなあ・・」

「先生よ、水泳の授業ん時、海パン一丁じゃねぇかよ」

「そりゃそうだけど」

「つべこべ言わない!さっ、部長さん、始めてくれ」

「うん」


そして掛井は、ベルトを振りおろしながら「一発でも浴びれば、ただでさえ痛いはずだ。傷だらけのその体には、地獄の苦しみだろうよ!」と言った。


「うううっ!」


日置は、もがき苦しむ演技をした。


「さあ、いつでもいいのさ。早乙女愛と交代してほしければ、言いな」


パシーン!

パシーン!


「やせ我慢も、ほどほどにしな。なにも恥ずかしがることなんてないのさ」

「だ・・誰が・・てめーみてぇな肥え太ったブタに・・」

「そうかい。これでも耐えられるのかね。浪の花!」


掛井がそう言うと、スケバン役の者たちが塩を日置の体に振り掛けた。


「うおおお・・うううう・・」

「先生よ、そこはもっと、痛がってくれ」


中川が止めた。


「そう?これじゃダメなの」

「もっとよ、こう、断末魔の叫びというか、体をよじらせながら、苦しみにあえぐ表情をするんでぇ」

「うおおお!ああああ~~!」

「うーん、ちょっと迫力不足だが、さっきよりはいいぜ。部長さん、バントしぶきの続きな」

「うん」


そして中川はほどなくして、校庭で気を失う演技から入った。

気が付いた中川は「まっ・・誠さん!」と叫んだ。


「オラオラ~、愛する騎士(ナイト)さまの醜態、とくと見な!」


スケバン役の村田と重富は、中川を押さえつけていた。


「やっ・・やめて!その人を()たないで!」


中川の演技は女優顔負けで、実に見事だった。

そして中川は、村田と重富の手を噛む演技をした。

村田と重富は「痛いっ!」といいながら、手を離した。

中川は立ち上がって、日置に駆け寄り、抱きついた。


そこでタイミングよく、掛井はベルトを振りおろし、中川を打った。


「あああ・・この激痛に誠さんは・・。もういいの、交代すると言って・・誠さん・・」


と・・このように「リンチシーン」の稽古が続いた。


「んじゃ、このシーンはここまでな」


中川が言うと「ふぅ~」と日置は鉄棒から飛び降りた。


「先生、ご苦労だった」

「中川さん」

「なんだよ」

「芝居の最後のシーンなんだけどね」

「うん」

「これって・・ほんとにするの?」


ラストシーンでは、誠と愛がキスを交わすのだ。


「するわけねぇだろ!」

「そうだよね。ああ、よかった」

「ちょっと待って」


掛井が口を挟んだ。


「なんだよ」


中川が答えた。


「やっぱりさ、ここまで色々と計算しつくされた芝居のラストやで。実際にするほうがええと思うで」

「掛井さん、なに言ってるの」


日置は唖然としていた。


「そうだぜ。こんなもん、振りでやんだよ、振りで」

「いや、そらな、ベルトでしばくとかは、「フリ」にせな、ケガしたらあんかしな。せやけど、感動のラストやで。そんな中途半端な」

「いや掛井さん。ちょっと待って。僕は教師、中川は生徒。いくら芝居だからって、ほんとにキスするなんてあり得ないよ」

「ほんとだぜ。これは芝居なんだよ」

「しかもさ、ほんとにしなくても、暫くの間は冷やかされると思うよ。それをほんとにしちゃったら、どうなると思う?よく考えて」

「先生、中川さん」


掛井は真剣な表情で二人を見た。


「演劇を舐めてんとちゃいますか」

「え・・」

「ちょっと、ここで「フリ」でええですから、やってみてください」


すると日置は更に唖然とした。

校庭には、他の生徒も大勢いるのだ。


「よし、わかった。先生、やろうぜ」

「えぇ・・」

「今後の立ち稽古でも、いずれはこのシーンをやるんだ」


そして中川は日置の前に立った。


「ほら、私を抱きしめるんだよ」


すると日置は仕方なく、軽く中川を抱き寄せた。


「もっと、きつくだ」


中川は日置の背中に腕を回した。


「えぇ・・フリなんだよね」

「キスは、フリ」

「はい、そこで見つめ合う!」


木村が声をかけた。


「誠さん・・」


中川は嬉しそうに日置を見つめた。


「あ・・ああ・・愛・・」

「ああ、て」


中川がそう言うと、他の者はクスクスと笑った。


「先生ぇ・・しっかりぃ」


森上も笑いながらそう言った。


「じゃ、もっかいな。誠さん・・」

「愛・・」


「はい、そこで顔を近づける!」


木村が言った。

そして二人は顔を近づけ、キスをするフリをした。


「どうだ?」


中川は掛井に訊いた。


「うーん、明らかにフリやとわかるな」

「そうか。じゃ、もっと近づけるか」


中川は、たとえフリだとしても、あっけらかんとしていた。

そう、一切の照れがないのだ。

一方で日置は、照れるというより、他の生徒の目を気にしていた。


「あのね、このシーン、今やらなくていいんじゃないの」

「まあ、そう言われてみれば、そうさね」


そこで中川は、日置から離れた。


「こんなシーン、本番まで見せるもんじゃねぇな」


中川はそう言って、ニッコリと笑った。


「さあさあ、んじゃ、舞台へ戻って続きだ!」


立ち稽古は、体育館の舞台で行っていた。

こうして稽古の日々が続き、いよいよ文化祭前夜を迎えていた―――

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