97 リーダーシップ
―――そして翌日。
中川は、昨晩徹夜で書いた台本を手にして、颯爽と登校した。
「よーう、森上、チビ助」
中川は、先に登校していた森上と阿部の元へ駆け寄った。
「中川さん・・どしたん・・」
阿部は中川の顔を見て、驚いていた。
そう、中川はほとんど寝ておらず、目の下に「くま」ができていたのだ。
「なにがだよ」
「くまが・・」
「ああ、これ気にしねぇでいいから」
「中川さぁん・・寝てないんとちゃうのぉ」
「そんなこたぁいい。それより書いたぜ」
中川はそう言いながら、鞄の中から台本を取り出した。
「これさね」
「え・・もしかして、これ一晩で書いたん?」
阿部は台本を受け取り、ペラペラと捲った。
「そうでぇ」
「えっ!」
そこで阿部は、配役のページを見て唖然としていた。
そう、阿部と森上の名前が書かれてあったのだ。
「ちょ・・中川さん、なんで私らの名前が・・」
「おめーらにも協力してもらうぜ」
「きょ・・協力て・・いきなり言われても無理やって」
そこで森上も台本を覗きこんだ。
「ええええ~~、私ぃ、蔵王権太てぇ・・」
「森上よ、蔵王権太は、おめーしかいねぇだろ」
蔵王権太とは、影の大番長である高原由紀に想いを寄せ、知能に発達障害を抱える人物である。
そして権太は、人並み外れた大柄な体格でもあった。
それゆえ中川は、森上が適役だと思ったわけだ。
「ガムコて・・なんなん」
阿部は、花園実業高校のスケバングループの一人である、『ガムコ』と呼ばれる人物の役に充てられていた。
ちなみに『ガムコ』は、太賀誠が花園に転校して暫くしてから、痛めつけてやろうと試みたが、なんと教室の窓から逆さ吊りにされ返り討ちに遭い、誠に恐怖心を植え付けられてしまうのである。
「おめーの役、準主役級だぜ?」
「えぇ・・」
「それによ、稽古もやらねぇとな。すると、おめーら、二人で卓球の練習だぜ?せっかくなんだしよ、みんなで出ようぜ」
「そんなん言うたかて・・」
「おい、チビ助」
「なによ・・」
「芝居に参加する目的は、なんだよ」
「え・・」
「重富を獲得するためだろが」
「ああ・・」
「それならよ、おめーも卓球部員なんだ。ここは協力するってのが筋だろうが」
「まあ・・そうやけど・・」
「森上」
「なにぃ・・」
「おめーもだ。わかってるよな」
「うん・・わかったぁ」
その後、中川は重富に台本を渡し、「これを人数分コピーしろ」と命じた。
演劇部員から台本を受け取った日置は、辟易としながらも、やるしかないと決意を固め、芝居の稽古に時間を割くことにした。
それは、阿部と森上も同じだった。
一旦、ラケットは横に置くことにし、台本を手にして読み込んでいた。
そして放課後になり、日置ら四人は、演劇部の部室へ向かった。
部長である掛井は、中川のしっかりとした脚本に、正直、驚いていた。
それは他の部員も同じであった。
「これ、成功するんとちゃう?」
副部長の木村が言った。
「うん、そやな」
掛井が答えた。
演劇部員は他に、田沼、石垣、大川、三波の二年生が四人と、一年生の村田と重富がいた。
「それにしても、中川さんて、すごいですよね」
田沼が言った。
「まあなあ・・」
掛井は答えにくそうにしていた。
ガラガラ・・
そこへ日置らがドアを開けて入って来た。
部員らは一斉に、日置らを見た。
「お邪魔するね」
「先生」
掛井が呼んだ。
「なに?」
「どうぞ、よろしくお願いします」
掛井が頭を下げると、他の者もそれに倣った。
「こちらこそ」
「よーう、おめーら。台本は読んだか」
「ちょっと、中川さん・・」
阿部が中川の制服を引っ張った。
「なんだよ」
「挨拶ってもんがあるやろ・・」
「ああ・・わりぃ。えー、私は芝居の監督、演出、出演者を兼ねております、中川です。どうぞよろしく」
「出演者の阿部です・・」
「森上ですぅ・・よろしくお願いしますぅ」
「うん、よろしく。ほな、早速、打ち合わせをしたいんやけど」
掛井がそう言うと、「よし、任せてくれ」と中川が答えた。
「みんな、座ってくれ」
中川がそう言うと、みんなはそれぞれ席に座った。
「今回の芝居は、愛と誠だ。この物語は結構長いが、ある意味、話のメインである花園実業高校に焦点を絞る。配役は台本に書いてある通り、太賀誠は日置先生。早乙女愛は私。高原由紀は部長さん。岩清水弘は空白だ。今見る限り、そうだなあ・・おめーがいいな」
中川は、田沼を見てそう言った。
「私・・?」
「おめー、メガネかけてっし、ちょっとひ弱そうなところがいいな」
「わかった・・」
「それと、蔵王権太は森上。ガムコは阿部。他の者は、スケバングループだ」
他の者は台本を見ながら「スケバングループ・・」呟いていた。
「そこでだ。誠さんと愛お嬢さんとの出会いや、誠さんが花園に転校する経緯などは、最初にナレーションで説明する」
「誰がナレーションするん?」
大川が訊いた。
「それは、滑舌のいい者がやってくれ。いいか、棒読みなんざ最悪だ。感情を込めて観客に語りかけるように話すんだぜ」
「なるほど・・」
「それと、これは面倒な作業だが、スカートを思い切り長くすること。床に着くくらいにな。それと化粧だ。これは派手にやってくれ。で、部長」
「なに?」
「男子の学生服は、用意してあるんだろうな」
「ああ、借りる予定はしてるけど」
「先生にピッタリのを借りるんだぜ。それと帽子もな」
「帽子・・」
「誠さんは、ここに傷があるんだ」
中川はそう言いながら、眉間を指した。
「それを隠すためさね」
「わかった」
「それと、ト書きに記してあるように、所々、ナレーションを入れる。舞台で演じるのには限界がある。描写の説明な」
「そのナレーションも、私らの誰かがやるん?」
木村が訊いた。
「そういやそうだな・・。よし、ナレーションは加賀見先生に頼むことにする。したがっておめーらは、役に専念してくれ」
こうして入念な打ち合わせが続いた。
日置は、中川の頭の良さに感心していた。
それと、一切迷いがなく、事を進めて行く実行力に、リーダシップを感じていた。
「んじゃ、今から本読みをする」
中川がそう言うと、部員たちは背筋を伸ばした。
「本読みて・・なんなん・・」
阿部が小声で訊いた。
「台本通りにセリフを読むんだ」
「へ・・へぇ・・」
「いいか、チビ助」
「なに・・」
「ぜってー照れるんじゃねぇ」
「え・・」
「ガムコに成りきるんだ」
「う・・うん・・」
「それと先生よ」
「なに?」
「先生もだ。誠さんに成りきってくれ」
「僕、太賀誠って知らないの」
「それは構わねぇ。私が指導する」
そして本読みが始まった。
けれども、当然、上手くいくはずがない。
その度に中川は「違う!」と言って、徹底して指導していた。
そんな中、森上演じる蔵王権太は、指導の必要がないくらい、ピッタリと嵌っていた。
「いいぜ~~いいぜ~~森上よ!かあ~~まさに蔵王権太だ!」
「そうなぁん・・よかったぁ」
そして当の中川といえば、見た目も話し方も、まさに早乙女愛そのものだった。
「誠さん・・どうしていつも・・火の中に飛び込もうとするの・・」
「てめぇには、関係のねぇこった」
「あのよ・・先生」
中川は、日置の棒読みに呆れていた。
「なに?」
「もっと感情を込めるんすよ!」
「込めてるんだけどなぁ」
「込めてねぇっす!いいっすか、こう言うんでぇ」
中川は日置を睨みながら「てめぇには・・関係のねぇこった!」と感情を込めて言った。
「ああ・・うん」
「うん、じゃねぇし。ほら、行きますよ。誠さん・・どうしていつも・・火の中に飛び込もうとするの・・」
「てめぇには、関係のねぇこったあ」
「あのさ・・先生よ・・」
辟易とする中川を見て、他の者たちはクスクスと笑っていた。
そう、日置はあまりにも下手くそだ、と。
「もっと真剣にやってくれよ・・」
「うーん・・やってるんだけどなぁ」
「先生は、主役なんだぜ?その主役が棒読みって、あり得ねぇだろ」
「うーん・・」
「まあいい。よし、先生よ」
「なに?」
「明日、愛と誠、全巻持ってくっから、それ読んでくれ」
「えぇ・・」
「嫌とは言わせねぇぜ。これは監督命令だ」
「命令・・」
「もう時間がねぇんだ。明日から立ち稽古が始まる。ぜってー読めよ」
「わかったよ・・」
こうして桐花学園演劇部は、来る公演に向けて動き始めたのである。




