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サーよし!2  作者: たらふく
95/413

95 中川の行動力

  



―――「ちょっと、中川さん!」



教室に戻った中川に、重富が興奮気味に声をかけた。


「なんだよ」

「先生が、芝居に出てくれるて、ほんまなん?」

「おうよ。約束させたぜ」

「いっやあ~~!中川さん、すごいやん!」

「あはは、いいってことよ!」

「でもさ・・」


そこで重富は神妙な表情に変わった。


「さっきの放送、あれ・・なんなん?」

「なんなんって、あのまんまだよ」

「いや、太賀誠て、愛と誠やんか」

「そうだぜぇ」


中川は、ニンマリと笑った。


「台本、見せたよね?」

「おう」

「あの芝居をやんねんけど」

「重富よ」

「なによ」

「おめー、あれが面白れぇって思ってんのかよ」

「いや・・それは・・」


その実、重富も全く面白いと思ってなかった。


「せっかくよ、先生に出てもらうんだぜ?っんな、負抜けた男子役なんて失礼じゃねぇか」

「そんなん言うたって・・」

「ここは、民主主義の原則に従ってアンケート結果を尊重しすべし!」

「結果なんか、見えてるやん」

「そんなのわかんねぇぞ。木の役がいいってやつも、いるかもだぜ」

「んなわけないやん」

「まあとにかくだ。もう放送かけちまったんだからよ、私はアンケート調査をするぜ」

「えぇ・・先輩たち、認めへんと思うんやけど・・。それに万が一認めたとしても、今さら間に合わんよ」

「脚本か?」

「うん」

「あはは!そこは心配いらねぇ。私の頭の中では、既に出来上がっているのさ」

「えぇ・・」

「ぜってー間に合わせるし、演出も監督も兼ねるぜ」

「ひぇぇ~~」


重富は、先輩らに叱られることを心配したが、中川の言うように、せっかく日置に出てもらうのだから『愛と誠』の方が、いいと思っていた。


「まあ・・一応、私から先輩に話はしとくわな」

「おう、任せたぜ!」


そして重富は、友人の輪の中に入って行った。

二人のやり取りを傍で見ていた阿部と森上は、改めて中川の積極的な言動に圧倒される思いがしていた。


「中川さぁん」


森上が呼んだ。


「なんだよ」

「なんかぁ・・すごいねんけどぉ」

「なにがだよ」

「即断即決というかぁ・・」

「なに言ってやがんでぇ・・命と命のやり取りに、迷ってる暇なんてねぇんだよ」

「え・・」

「おめー、愛と誠読んで、思わなかったのかよ」

「ああ~・・確かにぃ・・」

「いやいや、恵美ちゃん。そこは、納得するとこちゃうから」


阿部は、半ば呆れながら森上の肩を叩いた。


「なんだよ、チビ助」

「いや・・これは文化祭であって、命のやり取りとちゃうし」

「ったくよー、心意気を言ってんだよ、私は」


そして中川は「いいか!」と言いながら、自分の胸を叩いた。


「ここ、人間はここなのさ。それが文化祭であろうと、チャカの撃ち合いであろうと、全ては、ここさ。やる時はやるんでぇ」

「チャカてぇ、なにぃ」


森上が訊いた。


「鉄砲だよ、鉄砲」

「えええ~~怖いなぁ」

「そんなこたぁいい。それより、美術の先生に模造紙もらおうぜ」


そして三人は、五時間目の授業が終わった後、職員室へ向かった。

職員室へ入った中川は、美術教師の塚田(つかだ)の席へ行った。

その後を、阿部と森上も続いた。


「よーう、先生」


中川は塚田の肩に手を置いた。


「おっ、中川くん」


塚田は四十代の中年男性だ。


「先生に頼みがあるんすけど」

「なんや」

「模造紙、一枚でいいっすから、くれませんかね」

「なにに使うんや?」

「アンケートの集計を、掲示板に貼り出すためっす」

「あっ、もしかして昼休みの放送、きみやったんか」

「そうっすよ」

「きみな・・日置先生、えらい怒っとったで」

「ああ~それ、全然気にしなくていいっすから」


中川は、あっけらかんとそう言った。

けれども阿部は、やっぱり・・と心配になった。


「んで、模造紙、もらえますかね」

「ああ、かまへんけど」

「美術室っすか?」

「うん」

「ありがとうございます」


中川は頭を下げた後、「行くぜ」と阿部と森上に言った。

そして三人は美術室に向かった。


「中川さん」


阿部が呼んだ。


「なんだよ」

「先生・・怒ってるって・・」

「怒りたきゃ、怒ればいいんだ」

「え・・」

「先生は、出るって約束したんだ。怒るのも今だけさね」


そして中川は「あはは」と笑った。


「あ・・きみたち」


そこへ日置が職員室へ戻るため、三人と出くわした。


「よーう、先生」


中川はニコニコと笑っていた。


「中川さん」

「なんだよ・・あっ、なんすか」

「きみ、昼休みの放送、あれ、なんなの?」

「どういうことっすか」

「僕、愛と誠なんて聞いてないよ」

「私が決めたんす」

「え・・」

「演劇部の脚本、先生、読んだんすか」

「読んでないけど、愛と誠だとは聞いてない」

「おや・・先生、いまさら断るとか言わないっすよね」

「言わないけど・・もうちょっとさ、事前に情報をくれないと、僕も出来ることと出来ないことがあるんだよ」

「断らないならいいんす。んじゃこれで」


そう言って中川は先を歩き出した。


「先生、すみません・・」


阿部は申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げた。


「私はぁ・・先生にぃ、太賀誠やってほしいですぅ」

「・・・」

「きっとぉ、上手くできると思いますぅ・・」


そこで阿部は「恵美ちゃん・・」と言いながら、制服を引っ張った。

そして二人で中川を追いかけた。

日置は、一旦引き受けたからにはやるつもりでいたが、なんで太賀誠なんだ、と思っていた。

どうかアンケートの結果が「木の役」に決まりますようにと、願うのであった。



―――そして翌日。



中川は、演劇部と実行委員会を無視して、朝一番に掲示板へ模造紙を貼り出した。


「よーし、これでいいな」


するとそこへ「ああ~~!これがアンケートの紙やね」と、何人かの生徒たちが掲示板の前に立った。


「そうそう。ここへ、日置先生にやってほしい役に、正の字を書いてくれ。一人一票ずつだぜ」

「わあ~~書く書く~~」


と・・このように、次から次へと用紙には正の字が刻まれていった。

それは休み時間もそうだし、特に昼休みなどは、掲示板の前は生徒たちでごった返していた。

その実、実行委員会のメンバーらも、最初は放送に驚いたが、日置が太賀誠を演じるのなら、細かいことなど気にしてなかった。

けれども演劇部の部長である、掛井だけは納得していなかった。

なぜなら、脚本を考えたのは掛井であり、それを中川に潰されそうになっているからだ。

掛井は、日置と中川が参加することには賛成だったが、それはあくまでも自分の脚本の元での賛成だった。


そしてアンケートの結果は、二日目を待たずに出たのだった。

無論、太賀誠役が、ほぼ100%で圧勝だった。

ほぼ、というのは、「木の役」に一票だけ入っていたからだ。

その実、この一票を入れたのは日置自身であった―――



「森上、チビ助」


六時間目の授業が終わり、中川は二人を呼んだ。


「なに?」

「私、これを持って、演劇部へ行くから、おめーら、先に小屋へ行っててくれ」


中川は模造紙を丸めて腕に抱えていた。


「一人で大丈夫なん?」

「あはは、大丈夫に決まってんだろ」

「よかったらぁ、着いて行くけどぉ」

「いいってことよ。それより、三人とも小屋にいなかったら、先生、待たせるだろ」

「ああ・・」

「私は遅れるって、言っといてくれ」

「わかったぁ」


そして森上と阿部は小屋へ向かい、中川は演劇部に向かった。


「お邪魔します」


中川は演劇部の部室のドアを開けた。


「あっ・・」


すぐに掛井が反応した。

他の部員は、どこかしら中川を羨望の目で見つめていた。


「部長さん、これ、アンケート結果なんすよ」


そこで中川は、模造紙を広げた。


「これ、見てくださいよ。生徒全員が愛と誠を望んでますぜ」

「これな・・公平な結果やないと思うねん」

「なんでですか」

「そもそも、私の脚本の役が入ってないやん」

「え・・」

「ハンサムな男子」

「ちょっと、部長さんよ。今さらそれ言うか?」

「なによ」

「こう言っちゃあなんだがよ、ハンサムな男子と太賀誠、どっちに軍配が挙がると思ってんだ」

「そんなん、やってみんとわからんやん」

「いいか?これ読んでくれよ」


中川は、正の字の他に、たくさんの書き込みがあることを言った。


「太賀誠以外やったら、観ぃひん。絶対に愛と誠!これしかない!ひおきんの誠さん、めっちゃ観たい!木の役とか、村人その一やったら、演劇部、潰す。他校の友達も呼ぶ!ああ~こんな楽しみな文化祭、初めてや!」


中川は、書かれている一部を読み上げた。


「な?」

「そ・・そんなん・・」

「これ、みんなが望んでんだよ」

「せやかて・・」

「私も精一杯演じる。けっして手は抜かねぇ。先生にも演技指導を徹底する」

「部長・・」


副部長の木村が呼んだ。


「なによ・・」

「愛と誠、やろうな」

「・・・」

「これでやらんかったら、当日、騒動になるかもしれんで」

「え・・」

「演劇部が裏切った~いうて」

「ま・・まあ・・そうかもやけど・・」

「あの・・私もそう思います」


重富が口を開いた。

すると他の者も「愛と誠で行きましょう」と言った。


「うん・・わかった」


掛井は仕方なく受け入れた。


「部長さんよ!おめー、わかってくれると思ってたぜ!」


中川は掛井の肩をポンと叩いた。


「よーーし、こうなったら、善は急げだ。私は明日にでも台本を書いてくる。それと配役もな」

「ほんなら、それはあんたに任せるけど、失敗は認めへんよ」

「わかってらぁな!んじゃ、明日な!」


中川はそう言って、部室を後にした。

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