表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
93/413

93 一途な中川




その後、日置は森上家にも出向き、両親に「娘さんを、きっといい選手に育てます」と固く約束をした。

慶三と恵子は、ようやく森上を全面的に日置に任せることを決めた。

それから日置は『よちよち』の送別会にも顔を出し、これまで森上が世話になったことや、練習場を使わせてもらったことなど、誠心誠意、深謝した。

『よちよち』のメンバーは、日置に去られることに淋しさを抱いていたが、「森上さんの活躍を楽しみにしてるで」と、温かく送った。

ちなみにその際、二次会にも参加し、日置はせめてもの「サービス」として、おばさん連中とカラオケでデュエットの披露もした。

そして中島や柳田などは、「もういつ死んでもええわ~~!」と興奮したのだった。

やがて季節は十月に入ったものの、当の森上といえば、まだ調子を取り戻せないでいた―――



―――ここは一年三組の教室。



「森上よ」


森上と阿部と中川は、三人で弁当を食べていた。


「なにぃ」

「おめー、しけた顔すんなって」

「うん・・わかってるんやけどぉ・・」

「考えたって、無理なもんは無理なんだよ」

「わかってるぅ・・」

「私だってさ、やっとフォア打ちが出来るようになった程度だぜ。それに比べりゃ、おめー、ずっと上じゃねぇか」


森上は、以前、日置に習ったことは全部できていた。

けれども、あくまでも「普通」にできる程度であり、とてもじゃないが外で勝てるレベルではなかった。


「団体戦までは、まだ二か月あるんだ。あまり落ち込むなよ」

「私も、中川さんの言う通りやと思う」


阿部がそう言った。


「それでよ。部員を増やすことなんだけどよ、先生さ、も~~う、頭が固いのなんのって」


日置はあの後も、「やる気のない者を指導するつもりはない」と中川の意見を頑なに拒否していた。


「そうなんよなぁ・・」

「そこでだ。私に考えがあんだよ」

「考えて、なに?」

「試合が近づくと、申し込みをしなきゃいけねぇんだろ?」

「うん」

「先生に内緒で申し込むんだよ」

「えっ・・」

「でだ。それまでに部員を一人確保すんだよ」

「確保いうたって・・当てなんかないやん」

「おい、チビ助」

「なによ」

「私を誰だと思ってやがんでぇ」

「誰て・・」

「誠さんは常に命を張って愛お嬢さんを、お護りなすった。命懸けさね」


中川は、なぜかあさっての方向を見ながら、右手の人差し指もその方へ向けた。


「なに言うてんの・・」

「かぁ~っ、察しの悪いやつだな」


中川は机をトンと叩いた。


「え・・」

「部員一人増やすくれぇ、造作もないって言ってんだよ」

「だから、それは誰やの、て訊いてんねん」

「ふふ・・あやつよ・・」


中川はそう言いながら、演劇部の重富を見た。

重富は、数人で弁当を食べていた。


「あやつて・・あの中の誰なん」

「重富よ・・」

「なんで、とみちゃんなん」

「あいつは私に借りがあるんでぇ」

「え?」

「私はあいつに誘われて、演劇部の扉を叩いたんでぇ」

「でもさ・・中川さん、結局、断られてたやん」

「それがどうした」

「いや・・借りっていうんは、せめて何日かでも部に入ったことを言うんちゃう?」

「細けぇことは、この際、いいんだよ」

「え・・」

「私は重富を誘う」

「せやけど・・あの子、演劇部やん」

「だから「お飾り」さね」

「どういうこと?」

「試合の日だけ、来させるんでぇ」

「げぇ~~、それってほんまに「お飾り」やん。先生が、そんなここと認めるわけがないで」

「だから、さっきから言ってるように、申し込みは内緒でするんだよ」

「うわあ~~・・絶対あかんと思う。先生、怒ると思うで」

「それで怒るようなら、監督失格だ」

「なんでよ」


そこで中川は「はぁ~・・」とため息をついた。


「チビ助。おめー、ほんとに察しがわりぃな」

「なによ・・」

「あのさ、例えばだぜ?これが逆だったとしたらどうだよ」

「逆?」

「試合に出ると決まってるのに、当日、出られませ~んとか、なってみろよ」

「そりゃまあ・・」

「それで先生が怒るってんなら、わかるぜ。だけどよ、出る予定のない試合に出るってなった時、びっくりはするだろうけどよ、怒るってのはあり得ねぇよ」

「せやけど・・」

「おめーさ、我が卓球部の目標はインターハイなんだろ?」

「そやで」

「人数が足りねぇからって、すっこんでるつもりかよ」

「そんなことないけど・・」

「おい、森上」


森上は二人の話を黙って聞いていた。


「なにぃ・・」

「おめー、どう思ってんだ」

「どうってぇ・・」

「おめーの考え、聞かせろよ」

「そりゃぁ・・試合には出た方がええと思うぅ」

「だろ?」

「でも先生はぁ・・やる気のある者だけでぇ、出ようと思てるんちゃうかなぁ・・」

「はぁ・・おめーまでそんなこと言うのかよ」

「えぇ・・」

「私は!試合に出ねぇと、なにも始まらねぇって言ってんだよ。なんのために練習してんだって。人数足りなきゃ集めればいいじゃねぇか。単純なことだぜ」

「まあなぁ・・」

「もう私は決めたんだ。狙うはあやつただ一人。重富だ」


中川は、重富に狙いを定めていたが、阿部が言ったように重富は演劇部だ。

そう簡単に首を縦に振るはずがない。

中川は、そのことも理解していたが、日置や阿部や森上の「消極的」な考えには、真っ向から異を唱え続けるつもりだった。

事を運ぶには、理想ばかり言ってられない。

たとえ、日置の「信念」に逆らうことであっても、自分は泥にまみれるつもりでいた。

なぜなら、『愛と誠』の太賀誠や早乙女愛、そして早乙女愛に好意を寄せている岩清水弘は、互いを想うがあまり、常に泥にまみれてきたからである。

太賀誠に心酔している中川にすれば、いわば当然のことだった。



―――それから数日後。



中川は重富に話をすると決めた。


「よーう、重富」


中川はそう言いながら、席に座る重富の肩に手を置いた。


「中川さん、どしたん?」

「ちょっと折り入って、おめーに話があんだけどよ」


そこで中川は、重富を連れて校舎のベランダに出た。


「話て、なに?」

「おめーの力を借りてぇんだ」

「え・・」

「いや、実はよ――」


そこで中川は、事情を詳しく説明した。

すると重富は、次第に迷惑そうな表情に変わっていった。


「なあ、協力してくれねぇか」

「でもなぁ・・日置先生に内緒なんやろ」

「おう」

「それはちょっと・・」

「まだ先の話だぜ」

「でもなぁ・・内緒・・いうんはなあ・・」

「おめー、私を演劇部に誘ったよな」

「ああ・・うん」

「だから今度は、私が誘ってんだ」

「いや・・でもなぁ・・」

「試合の日だけでいいんだよ」


そこで重富は、なにやら考え込んでいる風だった。

中川は、重富をじっと見つめていた。


「それやったら、条件があるわ」

「なんだよ」

「今月、文化祭あるやん」

「おう」

「演劇部で芝居やるんやけど、それに出てくれたら、私も試合に付き合うわ」

「えっ・・でもよ、おめーの先輩たちよ、私のこと嫌がってたじゃねぇか」

「まあ・・あの時はそうやったけど、やっぱり中川さんの美貌に一目置いてはってな」

「ほーう」

「それでさ、演目は『あの男子を振り向かせろ』なんやけど」

「へぇ」

「学園の恋愛ものなんやけど、男子のなり手がいてなくてな。いや、正しくはいてるんやけど、設定がめっちゃハンサムってことになってて」

「へぇ」

「その男子の役を、日置先生に頼んでるところなんやけど、先生「嫌だ」いうて、受けてくれへんねん」

「かぁ~~まさに先生らしいな」

「それで、ヒロイン役が中川さんやったら、ピッタリやと思うねん」

「私が出ると、おめー、試合に付き合ってくれるんだな」

「そこは、やっぱり日置先生にも出てもらうってことで」

「よーし、わかった!私は出る。で、先生も絶対に出す!」

「ええええ~~!ほんま?」

「あたぼうよ!約束は守るぜ!」

「いやあ~~先生が出るいうだけで、俄然、盛り上がるし、そこに中川さんも出てくれたら、まさにテレビか映画のようやわ!」


と、このように、またあらぬ方向に事態が進み始めるのであった。



―――そして放課後。



「と、いうわけさね」


中川は小屋で、阿部と森上に、重富との話の内容を説明したところだった。


「なんか・・おかしなことになってない?」


阿部は、賛成しかねていた。


「先生はさ、ここの教師だぜ?何部であろうが、生徒の要望に協力するのは当たり前でぇ」

「まあ・・そうやろけど」

「いいな。私は先生を説得する。おめーら、事の真相を喋るんじゃねぇぞ」

「考えたらそうかも。別に先生が芝居に出たってなんら不思議なことはないもんな」

「おうよ。チビ助、わかってんじゃねぇか」

「止めたって、中川さんはやるんやろし」

「森上。おめーもだぞ」

「うん、わかったぁ」


ガラガラ・・


そこで日置が扉を開けて、中へ入って来た。


「もう体操やったの?」


日置は靴を履き替えながら、そう言った。


「今からです」


阿部が答えた。


「じゃ、始めて」


そして三人は、間隔を開けて準備体操を始めた。

その後、阿部と森上、日置と中川というペアで、それぞれ分かれて台に着いた。


「フォア打ちをやった後、今日からカットに入るからね」


日置はラケットを手にしてそう言った。


「おーす!」

「阿部さんと森上さんは、基本を一通りやること」

「はい」

「はいぃ」

「それと森上さん」

「はいぃ」

「まだ感覚が戻ってないみたいだけど、焦らなくていいからね」

「はいぃ・・」

「まずは、出来ることをしっかりとやり続けること」

「なんかぁ・・すみませぇん」

「じゃ、始めるよ」


日置は思っていた。

もう森上のことを、以前の森上だと考えるのは止めよう、と。

目の前の森上が、今の森上なんだ、と。


そう、日置は森上のことを「素人」と捉えることにしたのだ。

そして一から教える。

まさに、小島ら八人を指導した時のように。

自分が焦ってしまうと、それは森上にとって負担でしかない。

一日も早く感覚を取り戻させるためには、焦りや負担はマイナスでしかない、と。


ほどなくしてフォア打ちを終えた日置は「じゃ、カットをやるからね」と、部室からボールの入った籠を出した。


「一球ずつボールを送るから、きみはそれをここに返すこと」


日置はコートのフォアコースを指した。


「おーす!」

「じゃ、まずカットの素振りをやって」

「おーす!」


中川はそう言いながら、フォアカットの素振りをした。


「よし。じゃ、出すよ」

「おーす!」


日置はふと、中川の表情がいつもと違うと感じた。

そう、挑んでくる目をしているのだ。


すごいな・・やる気が漲ってる感じだ・・


日置は中川を頼もしく思った。

その実、中川は、日置を説得するために、まずは自分が頑張らねばと思っていた。


泥にまみれるんだ・・

誠さんがそうだったように・・


そして中川は、懸命になって日置の出すボールを返し続けたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ