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サーよし!2  作者: たらふく
90/413

90 やっと漕ぎつけた




そして恵子は、仕事を終えて田中家へ寄った。


「田中さん」


恵子は玄関のドアをトントンと叩いた。

田中は中から「ちょっと待ってや~」と叫んでいた。

そしてしばらくすると、「ごめん、ごめん」と言いながら、田中が出てきた。


「忙しいのに、ごめんな」


恵子はそう言って詫びた。


「いや、ええねや」

「ほんで、今朝のことなんやけどね」

「うん」

「私・・色々考えたんやけど、田中さんや、よちよちのみなさんに慶太郎をお願いできひんかと・・」

「うん、ええで」


田中は優しく微笑んだ。


「なんか、私ね。田中さんに色々と酷いこと言うて、申し訳なかったと反省してるんよ・・」

「いや、奥さんの気持ちもわかる。そらな、子供が誘拐されたなんてことがあったら、親やったら誰でもそうなる」

「うん・・」

「でもよう決めたな。偉いと思うで」

「そんな・・偉いやなんて・・」

「けいちゃんのことは任しとき。みんな子育て経験者揃いや。なんも心配することあらへんで」

「うん。ほんま、ありがとう」

「恵美ちゃん、喜ぶやろな」

「うん。ほんで、よちよちのみなさんには、明日にでもご挨拶しに行くわ」

「そんなんいつでもええ。あんたかて仕事で大変なんやし、私から言うといたる」

「うん、ありがとう。でも、一度くらいは挨拶に行かんとね」

「わかった」


そして恵子は「ほな」と言って、家に入った。


「おかえりぃ」


森上は夕飯の支度をしていた。


「ただいま」


恵子は、取り込んだままの洗濯物を片付けに行った。


「お母さん~おかえり~」

「ただいま。慶太郎、宿題したんか?」

「したで~」


慶太郎はテレビを観ていた。


「そうか。偉いな」


恵子はそう言いながら、洗濯物を畳んでいた。


「なあ、恵美子」

「なにぃ・・」


森上は背を向けたまま返事をした。


「卓球のことなんやけどね」

「・・・」

「慶太郎は、田中さんや、よちよちの人に見てもらうことにしたんよ」


そこで森上は手にしていた包丁をまな板の上に置き、振り返った。


「だから、あんたは卓球、頑張ったらええよ」


森上は慌てて恵子の元へ走り寄って座った。


「お母さん・・」


森上はそう言って、呆然としていた。


「なによ」


恵子は、少しだけ笑った。


「なんでなん・・」

「なんでって、あんた、卓球続けたいやろ」

「そうやけどぉ・・」

「ほなら、それでええやん」

「慶太郎・・ええのぉ・・」

「うん、ええんよ」

「晩ご飯の支度・・どうするん・・」

「そんな心配、せんでええんよ」

「放課後の練習て・・帰りが遅いねぇん・・」

「わかってる」

「ほんまにぃ・・ほんまにぃ・・ええのぉ・・」

「ええて言うてるやないの」

「ううっ・・ううう・・」


森上は大粒の涙を流した。


「お姉ちゃん~どしたん~」

「あんたは気にせんと、テレビ観とき」


恵子は慶太郎の肩をポンと叩いた。


「お姉ちゃん~なんで泣いてるん~」

「なっ・・なんも・・ないでぇ・・」


森上は涙を拭って、ニッコリと笑った。


「そうなんや~」


慶太郎は安心したのか、またテレビを観ていた。


「お母さぁん・・」

「ん?」

「ありがとぉ・・」

「恵美子、今まで辛い思いさせたね。ごめんな」


恵子はそう言いながら、森上の大きな背中を擦っていた―――



そして翌日。


森上は着替えのTシャツや、短パン、タオル、ラケットをスポーツバックの中へ入れた。

やっと卓球を続けられることが、森上は嬉しくてたまらなかった。

そして日置や阿部や中川の、喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。


「行ってきまぁす」


森上は元気一杯に家を出た。


やった・・

やった・・

やったああああ~~!


そして森上は、走って駅に向かった。

やがて学校に到着した森上は、その足で職員室へ向かった。


「日置先生ぇ!」


日置を見つけた森上は、慌てて席まで行った。


「森上さん、どうしたの?」


日置は森上の慌てぶりを見て、また何かあったのではと心配した。


「先生ぇ、私ぃ、卓球続けられることになりましたぁ」

「え・・」


日置は、耳を疑った。

なぜだ、なぜなんだ、と。


「実はぁ――」


そこで森上は、事の経緯を説明した。


「それ、ほんと?ほんとなの?」

「ほんまですぅ」


森上は、なんとも愛くるしい笑顔を見せた。


「森上さん、よかった・・よかった・・」


日置は思わず涙が溢れそうになった。

そして下を向いた。


「ですからぁ・・今日の放課後から参加しますぅ」

「うん・・うん・・」

「先生ぇ・・泣かんといてくださぁい」

「泣いてないよ・・」


それでも日置は下を向いて、肩を震わせていた。


「森上、よかったな」


隣で話を聞いていた、堤がそう言った。


「はいぃ」

「日置くん」


堤が呼んだ。


「はい・・」


日置は下を向いたままだ。


「森上、鍛えたってくれよ」

「はい・・はい・・」

「森上、これ以上、先生を泣かしたらあかん。はよ教室へ行け」


堤は笑って、森上の肩をポンと叩いた。


「わかりましたぁ」


そして森上は職員室を後にした。


「日置くん」


堤は日置の肩に触れた。


「はい・・」

「よかったな」

「はい・・」

「きみは、なんかしらんが苦労続きやけど、それでも必ず乗り越えてきた。今回もそうや。よう我慢したな」

「・・・」

「ほら、泣いてる場合とちゃうで。授業や、授業」

「はい」


日置は顔を上げて、涙を拭った。


「あほやな」


堤は思わず日置の頭を撫でた。

すると日置はとても嬉しそうに、ニッコリと微笑んだ。



―――ここは一年三組。



「よーう、森上」


先に登校していた中川が声をかけた。


「中川さん、おはよぉ」

「ん?おめー、やけに嬉しそうだな」

「中川さぁん、聞いてくれるぅ?」

「おう、どうしたってんでぇ」

「私なぁ、卓球、続けられることになったんよぉ」

「な・・なにいいいいい~~!それ、ほんとかよ!」

「うん~ほんまぁ~」

「あはは!こりゃいいや!しかし、何がどうなったんだ」

「実はなぁ――」


そして森上は、日置に説明したのと同じ内容を繰り返した。


「へぇー!母ちゃん、よく許してくれたな!」

「そうやねぇん」


「おはよ~」


そこへ阿部もやって来た。


「おい、チビ助。大変だぞ!」

「千賀ちゃん、おはよぉ」

「大変て、なによ」

「森上さ、部に復帰するんだってよ!」

「ええええええ~~!」


当然、阿部も驚愕していた。


「ちょ・・なんで、なんでなんっ!」

「それがよ――」


中川は森上が説明する前に、全部話した。


「きゃ~~!恵美ちゃん、よかったな!」

「うん~ありがとぉ。だからぁ、今日から練習に参加するからぁ、よろしくお願いしますぅ」

「あはは!なに言ってやがんでぇ。こりゃ~楽しみだぜっ!」

「ほんまや~、やっと一緒にできるな!」


ここで森上は、ふと不思議に思った。

そう、犬猿の仲である阿部と中川が、普通に会話しているからである。


「あのぉ・・」

「なんだよ」

「あんたらぁ・・仲直りっていうかぁ・・」

「おめーよ、くだらねぇ心配してんじゃねぇよ」

「恵美ちゃん」

「なにぃ」

「仲直りとか・・そういうんやないけど、まあ・・いつまでも言い合っててもしゃあないっていうか・・」

「チビ助、おめーが突っかかってただけじゃねぇか」

「そっ・・そんなことないし」

「それより、これで、あと一人だ」


中川は団体戦のことを言った。


「これからやな・・」

「まず、先生に相談しようぜ」

「それがええな」


話の内容の意図が掴めない森上は、ただ二人を見ているだけだった―――

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