9 森上の抵抗
―――そして月曜日。
森上は、小島の気持ちに後押しされ、覚悟を決めて登校した。
そして森上が教室に入って席に座ると、中尾ら三人は、森上の席までやってきた。
そう、当然のように。
「おい、森上」
中尾が口を開いた。
「な・・なにぃ・・」
森上は覚悟をしたつもりだったが、やはり気が引けていた。
「あんた、土曜日のあれ、なんなんや」
中尾は小島のことを言った。
「あれて・・」
「あの女、知り合いやったんか」
「ち・・ちゃうけどぉ」
「それやったらおかしいやんか」
「なんでぇ・・」
「あの女、あんたが持ってた本、買ういうてたのに棚に戻しとったやんか」
「そ・・そうやったっけぇ」
「もしかして、いてるん知っとったんちゃうんか」
「し・・知らんしぃ・・」
「まあええわ。今日も行くからな」
中尾は本屋のことを言った。
「絶対に盗めよ」
「わ・・私ぃ・・」
「なんやねん」
「もう・・」
「もう、なんやねん」
そして木元も石川も「文句があるんか」と強く言った。
その言葉に、やはり森上は口を噤んでしまった。
勇気が出ないのだ。
「それと、昼休みにパンや」
「・・・」
「今日はな、一人十個ずつやで」
中尾は、木元と石川に向けて言った。
「そうそう、いつもの数やったら足りんねん」
木元が言った。
中尾らは、三十個ものパンを、森上がどうやって持って戻るのか、その醜態を見たかったのだ。
「それと、牛乳もやん?」
石川は、ほくそ笑みながら二人に言った。
「そやな~、牛乳は、一人5パックやな」
「あはは、ということは、15か。これは大変やな~森上」
中尾はそう言いながら、森上の体を突いていた。
キーンコーンカーンコーン
そこで始業ベルが鳴った。
中尾は自分の席に戻る際、森上の体を押すと、森上は椅子から落ちそうになった。
言わな・・
言わな、またやられる・・
森上はそう思ったが、口には出せずにいた。
そして、涙がこぼれたが、誰にも気が付かれないように、直ぐに拭った。
その様子を、保健委員の阿部は見ていた。
けれども阿部も、森上を助ける勇気はなかった。
なぜなら、中尾と目が合い「あんた、なに見てんねん」と睨まれたからだ。
阿部は、触らぬ神に祟りなし、を決め込み「見てないよ」と苦笑しながら返したのだ。
―――一時間目が終わった職員室では。
「加賀見先生」
日置は加賀見の席へ行った。
「はい」
加賀見は、日置の思いとは裏腹に、さわやかな笑顔で答えた。
「実は、土曜日のことなんですけどね」
「はい」
「中尾と木元と石川は、森上に万引きさせようとしたんですよ」
「え・・」
加賀見は唖然とした。
「それ、先生が見たんですか」
「いえ、僕の知り合いが偶然見かけたんです」
「それ、ほんとなんですか?」
「本当です。それで知り合いが森上を止めたんですよ」
「・・・」
「あのままだと、森上は万引き犯として捕まってましたよ」
「信じられない・・だって、あの子たち、友達なんですよ」
「だから、それは違うと言ったじゃないですか」
「・・・」
「森上は、いじめられてます」
「そ・・そんな・・」
「中尾らから、もう一度、話を訊いた方がいいですよ」
「でも・・」
「このまま放っておくと、森上は学校を辞めますよ」
「そっ・・そんな・・」
「僕も同席しましょうか」
「は・・はい・・是非、そうしてください」
「わかりました」
―――そして昼休み。
森上は、中尾らにお金を渡されていた。
「はよ、行けよ」
「30個やで」
「それと15パックな」
「あ・・あのぅ・・」
森上が口を開いた。
「なんやねん」
中尾が答えた。
「そんな・・多く・・持たれへんしぃ」
「あはは、関取がなに言うとんねん」
「・・・」
「でかい図体してやな、持てるやろ」
「・・・」
「ええから、はよ行けよ。売り切れたらどうすんねや」
もう・・
もう・・我慢してたら・・あかん・・
小島さんが・・言うてはったやん・・
一回だけでええって・・
ほんで・・あかんかったら・・休めばええって・・
そこで森上は、受け取った金を中尾に返した。
「ちょ・・ちょっと、なんやねん!」
中尾は激怒した。
「買うんやったら・・自分で行って・・」
「はああ?おい、森上、誰にもの言うとんねん」
「そやで、生意気やで!」
「何様やねん!」
木元と石川も中尾に加勢した。
「おい!森上!」
そこで中尾は森上を押した。
森上は少しフラついたが、何とか踏みとどまった。
「はよ行け、言うとるやろ!」
中尾はお金を、森上に突き返した。
森上は、それを手で払いのけた。
遠巻きに見ているクラスメイトたちは、四人に注目していた。
いつもと様子が違うぞ、と。
それは阿部も同じたった。
今や・・
今・・言わな・・
そして森上は、覚悟を決めた。
「あんたらな、舐めとったらいてまうぞ!」
森上がそう言ったが早いか、森上は机を足で蹴飛ばした。
その様子を、中尾らのみならず、クラス全員が仰天しながら見ていた。
「わかったんか!」
さらに森上はそう言った。
「なっ・・なんやねん!」
中尾は圧倒されながらも、なんとか言い返した。
「パンくらいな!自分で買いに行け!」
森上は別の机も蹴飛ばした。
中尾と木元と石川は、森上の変貌ぶりに、もはや後ずさりする有様だった。
その間、事態を重く受け止めた一人の女子が、職員室へ向かっていた。
「加賀見先生!」
職員室に入った女子が叫んだ。
「な・・なに?」
加賀見は女子の慌てぶりに、嫌な予感がしていた。
「森上さんが、教室で暴れてます!」
「ええっ!」
加賀見は慌てて職員室を出た。
その後を日置も追った。
そして他の教師数名も、三組へ向かった。
加賀見らが教室へ到着すると、森上は立ったまま、俯いていた。
そしてなんと、中尾は泣いていたのだ。
「森上さん!なにしてるんですか!」
加賀見はわけも聞かずに、森上を叱った。
「ちょっと、先生」
日置が引き止めた。
「な・・なんですか・・」
「まず落ち着いて、事情を聴きましょう」
「え・・ああ・・はい」
「森上さん」
日置が呼んだ。
森上は黙ったまま日置を見た。
「なにがあったのか、話してくれるよね」
「先生ぇ・・」
「こっちにおいで」
日置は優しく手招きをした。
「それと、中尾さん、木元さん、石川さん。きみたちにも後で話があるから」
日置にそう言われた三人は、小さくなって頷いた。
そして日置は加賀見と共に、森上を連れて職員室へ戻った。
他の教師たちは「机を戻しなさい」と言って、教室を後にした。
「森上さん、机をあんな風にしたんは、あなたなの?」
職員室に戻った加賀見は、まだ森上を責めていた。
日置は、とりあえず加賀見の様子を黙って見ていた。
「私ですぅ・・」
「なんで?なんであんなことしたんよ」
「なんでって・・」
「教室で暴れるなんて、あかんことよ。それわかってる?」
「すみませぇん」
「まったく・・なにかあったら相談してねって、私、言ったわよね」
「・・・」
「なんで言うてくれへんかったの?」
「先生」
そこで日置が口を開いた。
加賀見は黙ったまま日置を見上げた。
「ちょっといいですか」
「なんですか」
「ねぇ、森上さん」
「はいぃ・・」
「きみ、あの子たちにいじめを受けてたんだよね」
「・・・」
「それで、我慢できなくて、ああなったんだよね」
森上は小さく頷いた。
「そっか。そりゃ机も蹴飛ばしたくなるよね。きみの気持ちはわかるよ」
「・・・」
「きみは間違ってないよ。頑張って抵抗したんだよね」
「はいぃ・・」
「それで、パンを買いに行かされたのも、万引きされられそうになったのも、全部あの子たちの命令だったんだね」
「はいぃ・・」
「うん、わかった。もういいから、顔を上げなさい」
そこで日置は、森上の頭を優しく撫でた。
森上は顔を上げた。
そして涙を流していた。
「よく頑張った、うん、よく頑張ったね」
日置がそう言う横で、加賀見は唖然とするばかりだった。
友達じゃかなったのか、と。
この「事件」をきっかけに、中尾らが森上をいじめることは、なくなった。
それに、日頃から中尾らをよく思っていなかったクラスメイトから、森上は声をかけられるようになっていた。
その中には、阿部もいた。
まだ先の話だが、森上と阿部は、将来桐花卓球部を背負って立つ二人になるのである。