表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
89/413

89 恵子の心境




日置は受話器を置いたあと、すぐに森上家へ向かった。

時間は既に、午後十時を回っていた。


森上・・

どこへも行っちゃダメだよ・・

家に帰るんだよ・・

頼むから帰っててくれ・・


日置は「五分後に電話をする」と言ったにもかかわらず、その五分が待てないほど森上を心配していた。


その頃、森上は近所の公園のブランコに座っていた。

森上自身は、けして家出など考えておらず、少し頭を冷やそうとここへ来ただけだった。


先生・・

傷ついたやろな・・

疫病神て・・あんまりや・・

あ~あ・・もっと普通の家に生まれてたらなぁ・・


ギーコ ギーコ


ブランコの揺れる音が、静かな夜に響いた。

そこで森上はブランコの上に立った。

そして勢いよく前後に揺さぶり、森上は夜空を見上げていた。


ここにおってもしゃあないな・・


森上はそう思い、ブランコが前に大きく揺れたと同時に飛び降りた。

ところが、である。

いつもなら、なんでもない着地に失敗したのだ。

足に力が入らず、踏ん張りの利かない体は、その場に強く叩きつけられた。


痛ぁ・・


森上は直ぐに立ち上がり、服に着いた土を払った。

そしてその場で、大きくジャンプした。

それは、いつも通りのジャンプだった。


さっきのは・・たまたま失敗しただけなんやな・・

それにしても・・痛かった・・


そして森上は家に帰った。


ガチャ・・


ドアを開けて中へ入ると、慶三と恵子は何も言わずにテレビを観ていた。


「恵美子」


恵子が呼んだ。


「なにぃ」

「そろそろ寝た方がええよ」

「・・・」

「恵美子、さっきは悪かったな」


慶三が言った。

それでも森上は黙っていた。


「お母さんも悪かったわ。ごめんな」

「・・・」

「ほな、パジャマに着替えて」


恵子は立ち上がって、箪笥から森上のパジャマを出していた。

森上は黙って受け取り、隣の部屋で着替えていた。

そして森上は、押し入れから布団を出し、四畳半の間へ敷いた。

慶三と恵子もちゃぶ台を畳み、六畳の間に慶三の布団をを敷いた。

恵子は、慶太郎と同じ布団で寝る。


「さてさて、歯磨きせなな」


慶三はそう言いながら、洗面所へ向かった。

恵子と森上も歯磨きを済ませ、やがて電気を消した。

そして約十分後―――



「森上さん!」


外で日置の声がした。


「え?」


慶三は起き上がって電気をつけた。


「ちょっと・・今頃誰なんよ・・」


恵子は不安げにそう言った。

慶三は眠る森上の横を通り過ぎ、玄関へ降りてドアを開けた。

すると日置が、悲壮な顔をして立っているではないか。


「せ・・先生・・」

「あのっ、森上は、森上は帰ってますか!」

「え・・」

「帰ってますか!」

「はい・・いてますけど・・」

「そっ・・そうですか・・よかった・・よかった・・」

「先生・・どないしはったんですか」

「よかった・・」


そこへ恵子もやって来た。


「先生・・」


恵子も日置の姿を見て唖然としていた。


「帰っているなら、いいんです。夜分に申し訳ありませんでした」

「いや、先生、なんでここへきはったんですか」


慶三が訊いた。


「その・・森上から電話がありまして・・」


慶三は、娘が家を出た時のことだと、すぐに察した。


「それで、すぐに帰りなさいと言ったんですが、途中で切れてしまって・・」

「・・・」

「でも帰ってて安心しました。ではこれで失礼します」


日置はこの場を去ろうとしたが、慶三が腕を掴んで引き止めた。


「先生、恵美子のことを心配して来てくれはったんですね・・」

「はい・・」


そこで慶三は日置から手を離した。


「恵美子は、もう寝てます・・」

「そうですか・・」

「先生。なんや、うちのが失礼なことを言うたみたいで、ほんまにすみません」

「いいえ・・」

「でも、よう来てくれはりました。ありがとうございます」

「とんでもないです」

「恵子」


慶三が呼んだ。

恵子は黙って慶三を見た。


「お前からも、ちゃんと礼を言いなさい」

「・・・」

「恵子!」

「お父さん、そんなこといいんです。僕はこれで失礼します」

「すんません。こいつ、意地を張っとるんですわ」

「いえ。ではこれで」


日置は頭を下げて、この場を後にした。

慶三は、日置の後姿を、見えなくなるまで見送っていた。


「おい、恵子」


部屋に戻り、慶三が呼んだ。


「なによ・・」


恵子は少しバツが悪そうにしていた。


「お前な、言うとくけどあんなええ先生、いてへんぞ」

「・・・」

「こんな夜遅くに、恵美子を心配してわざわざ来てくれはってやな。お前、先生のあの辛そうな顔見たやろ」

「・・・」

「きっと先生は、恵美子が家出したと思たんや。ほんでそれは、自分の責任やと思たんや」

「せやかて・・実際、先生の責任やん・・」

「ちゃうやろ。わしらがケンカばっかりしとるからやないか」

「そのケンカの元は、卓球やし、先生やんか」

「もうええ」

「え・・」

「今日はもう遅い。恵美子かて寝てるふりしてるかもしれん・・」


慶三はそう言って、電気を消した。


その実、森上は起きていた。

自分も起き上がって日置と話そうと思ったが、また揉めるのではないかと寝たふりをしていたのだ。


先生・・

電話が切れて・・

私を心配して・・来てくれはったんやな・・

ううっ・・ううう・・


森上は声を殺して泣いていた。



―――そして翌日。



「田中さん」


恵子は田中の玄関のドアをトントンと叩いた。


「はぁーい」


田中はすぐにドアを開けて出てきた。


「あら、森上さん」

「どうも、おはようさん」

「どしたんや?」

「いや、その、今から仕事やからゆっくりと話せへんのやけどね」

「うん」

「仕事から帰ったら、話があるんよ」

「ええで」

「うん。それだけ言うとこと思て」

「わかった」

「ほな」


恵子はその足でスーパーへ向かった。


田中は思った。

きっと、森上のことに違いない、と。

そして慶太郎を見てくれと頼みに来たのではないか、と。

なぜなら、恵子の表情は、まるで憑き物が落ちたように、どこかしら吹っ切れたように見えたからだ。


田中の考えは的中していた。

恵子は昨晩、布団の中で考えていた。

日置が必死になって娘を心配して家に来た。

あの辛そうな表情は、嘘ではなかった、と。


これから先も、恵美子に慶太郎を任せ、それがいつまで続くかわからない。

自分がいつ、どの時点で慶太郎は一人でも大丈夫だ、と判断をするんだ、と。

田中が言ったように、大人になるまでなのか。

いや、そうではない。

そうではないのだが、今の自分なら、そうしかねない、と。


慶三は言った。

「あんなええ先生、いてへんぞ」と。

確かにそうだ。

振り返って考えれば、いじめから娘を助けてくれたのも日置先生だったじゃないか、と。

もしあの時、誰も助けてくれなければ、卓球どころか娘は学校を辞めていたかもしれないのだ。


恵子はこんな風に考えを巡らせ、もう一度娘を日置に任せようと思ったのだ。

そして『よちよち』へも出向き、あの人たちにきちんと挨拶をして、慶太郎を見てもらおうと思った。



―――そしてこの日の夕方。



日置は『よちよち』を訪ねていた。

小屋には、秋川、水沢、後藤、中島、柳田がいた。


「それで・・今申しましたように、コーチのことなんですが・・」


日置はとても言いにくそうにしていた。


「わかってる。わかってる」


後藤が日置の肩を叩いた。


「約束したにもかかわらず、本当に申し訳ありません」

「もう先生~~なに言うてはんのよ~」

「そやで~、先生は、ようやってくれはりました~」


中島と柳田が言った。


「先生」


秋川が呼んだ。


「はい」

「わしらの方そこ、先生の優しさに甘えてしもて、今まで言い出せんかったんや」

「そんな・・」

「わしら、ええ経験させてもろたと思てる。これはほんまや」

「・・・」

「なあ、秋川さん」


中島が呼んだ。


「なんや」

「先生にお礼せんといかんのとちゃう」

「ああ、そやな」

「そんな、お礼なんて、とんでもないです」

「まあまあ先生。そう言わんと」


水沢が言った。


「そやな~、どっか席でも設けましょか」


柳田がそう提案した。


「おおっ、それはええな」


後藤も賛成した。


「そ・・そんな、僕のことはいいですから」

「あかん、あかんよ。これは命令よ」


中島はそう言ってニッコリと笑った。


「ほな、大漁節でどうや」


『大漁節』とは、商店街の中に店を構える居酒屋だ。

後藤がそう言うと、みなは賛成した。


「先生の都合のええ日でよろしいでっさかい、また来てくれますか」

「そうですか・・ではお言葉に甘えさせていただきます」


日置がそう言うと、大きな拍手が起こった―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ