86 中川の策
―――ここは、関西明正大学の体育館。
浅野は、監督の大崎に挨拶をして、見学の許可をもらった。
大崎は「見学と言わずに、どうぞ練習に参加してください」と、浅野を歓迎していた。
その実、大崎は、皆藤から、インターハイでの桐花の活躍を聞いていた。
浅野は練習の様子を見ながら、参加するかどうかを決めようと思っていた。
「浅野さん、いつでも参加してくださいね」
大崎はニッコリと笑って、持ち場へ戻った。
「ええ監督やな」
浅野は三宅にそう言った。
「そやねん」
「浅野さん、久しぶり」
そこに多田がやって来た。
「うん、久しぶり。今日は、お邪魔させてもらいます」
「なんぼでも」
「多田くんも、三神の子らと打ってるん?」
「もちろんや」
「で、どんな感じ?」
「そらみんなすごい子らばかりやけど、特に須藤っていうカットマンの子、この子は別格や」
「そうなんや」
「なんでも去年の全中、優勝したらしいで」
全中とは、全国中学生大会のことである。
「え・・そうなんや・・」
「そらもう、抜群のカットや」
「俺は、くみちゃんの方がすごいと思うで」
「なに言うとんねん!」
浅野は、アホかと言いだけに突っ込んだ。
「あはは、数馬はなんでも浅野さんが一番やもんな」
「当たり前や!」
そこへ「お邪魔します!」と言って、三神の五人が入って来た。
五人は、須藤を先頭に、走って大崎の元へ行った。
そして丁寧に頭を下げ「本日も、よろしくお願いします」と言っていた。
「さすが、三神やな・・」
浅野は思わず呟いた。
そして彼女らは、直ぐに準備体操を始めていた。
「数馬、僕らも練習するぞ」
「おう」
そして多田と三宅は台に向かって歩いた。
ほどなくして体操を終えた彼女らは、それぞれ「目当て」の男子に声をかけ、早速ボールを打っていた。
ちなみに三宅は福田と、多田は菅原と打っていた。
肝心の須藤は、男子の中でも最も体格のいい者を相手にしていた。
しばらく基礎練習をやった後、須藤は「ドライブお願いします」と言った。
男子は「OK」と答え、すぐにラリーが始まった。
男子のボールは、無論、森上以上のパワーでドライブを打ち続けた。
それを須藤は、ミスをするものの、懸命になって拾い続けていた。
このボールを拾えるということは・・
森上さんのボールは、簡単に返せるということや・・
これやと・・あかんやん・・
森上さんの持ち味である・・パワーは通用せんということや・・
―――一方で桐花の小屋では。
「じゃ、今日の練習はここまでね」
日置は、阿部と中川に向けてそう言った。
「はい」
「おーす!」
「小島さんにもお礼を言ってね」
「小島先輩、ありがとうございました」
阿部は丁寧に頭を下げた。
「先輩!ありがとうございました!また来てくれ。あっ・・いや、来ておくんなせぇ」
「あはは、おくんなせぇって」
小島は爆笑していた。
「あははは」
中川も大声で笑っていた。
「小島さん、今日はほんとにありがとう」
日置が言った。
「いいえ。また時間を見つけて他の子も連れて来ます」
「おおっ!他の先輩もいるんすね」
「あと、七人いてるんよ」
「おおっ、さしずめ、小島先輩が高原由紀ってとこですかい」
高原由紀とは『愛と誠』の登場人物で、第三の主人公でもある、影の女番長のことである。
「なんでやねん!」
「いやっ、先輩、なんつーか、キリッとしてますしね」
「あはは、でも高原由紀も好きやし、ええけど」
「じゃ、きみたち着替えて帰りなさい」
日置は、話が尽きないと察し、阿部と中川にそう言った。
そして二人は、部室に入った。
「彩ちゃん・・この後、予定はあるの・・?」
日置は小声でそう言った。
「いえ、ないです・・」
「じゃ、ご飯食べに行こうか・・」
「はい・・」
「先に帰るからね」
日置は部室の二人にそう言った。
「はい」
「おーす!」
そして日置と小島は小屋を後にした。
「中川さん・・」
阿部は着替えながら、中川を見ずに呼んだ。
「なんだよ」
中川も阿部を見ていなかった。
「その・・相談て・・なんなんよ」
「ああっ!それさね!」
中川は、「チビ助」と言いながら、阿部の顔を見た。
「なっ・・なによ・・」
「おめー、団体戦のこと知ってんのか」
「団体戦?」
「なんかよ、十二月に団体戦があるって言ってたぜ」
「ああ・・それは一年生大会のことやと思う」
「おい、チビ助」
「だからその呼び方――」
「ここじゃなんだ。早く着替えろ」
「え・・」
「飯でも食いに行こうぜ」
阿部は中川から誘われたことで、酷く戸惑っていた。
「おい、返事くれぇしろよ」
「ご飯て・・」
「なんだ。おめーんとこ、連れと飯も行かせてもらえねぇのか」
「そ・・そんなことないけど・・」
「飯くれぇ、いいじゃねぇか」
「ご飯・・食べに行って・・なにするんよ」
「相談だよ、相談」
「・・・」
「ほら、行くぜ」
中川はとっとと着替えを済ませた。
阿部は、中川に「乗せられる」ことに、拒否感を抱いていた。
「おめーよ、私のことが気に入らねぇのは知ってる。だけどよ、おめーも卓球部員だろが」
「なによ・・」
「部員として相談があるって言ってんだよ」
「そ・・そうなん・・」
「おめー、キャプテンだろが。もっとしっかりしろよ!」
「わ・・わかった。行けばええんやろ、行けば」
「おう、それでいいんだよ」
阿部は不満に思いつつも、仕方なく中川と食事に行くと決めた。
ほどなくして二人は天王寺に出て、ラーメン店に入った。
「ここさ、うめーんだわ」
中川は席に着いてそう言った。
「そんなん、知ってるし」
「おっ、知ってたのか」
「私はずっと大阪。あんたよりよう知ってるんや」
「ほーう。いいね」
中川は、両肘を椅子にかけ、足は少し広げて座っていた。
とても女子とは思えないような振る舞いだ。
「チビ助、おめー、なに頼むんだよ」
「醤油ラーメン・・」
「おーい、あんちゃん」
中川は店員を呼び「醤油ラーメン二つな」と言った。
「ちょっと・・中川さん・・」
阿部は小声で呼んだ。
「なんだよ」
「その態度・・あかんと思うんやけど」
「おめー、わかってねぇな」
「なによ・・」
「こうでもしねぇと、男どもがうるせぇんだよ」
阿部は、中川の言葉に初めて全面的に納得した。
「わざと・・なん」
「そうだよ」
実際、店内にいる男性のみならず、女性からも中川は注目を浴びていた。
「それで早速なんだけどよ」
「うん・・」
「その団体戦っての、教えてくれよ」
「ああ・・」
阿部は、蒲内が残した『卓球日誌』を読んでいたので、団体の一年生大会のことも把握していた。
団体戦は、1ダブル4シングルの組み立てになっていることと、最低でも四人いなければならないことを説明した。
「なるほど」
「だから、私らが出るんは無理やねん」
「おめー、なに言ってんだよ」
「なによ」
「人数、集めればいいじゃねぇか」
「え・・」
「四人いればいいんだろ」
「そうやけど・・そんなん無理に決まってるやん」
「なんで決まってんだよ」
「だってな、先生の入部条件は、素振り500回やで。やる子なんかいてへんで」
「バカか!」
「なによ、バカて」
「おめー、ちったぁ考えろよ」
「なにをよ」
「っんな、なにも本気で入部しなくてもいいんだよ」
「え・・」
「仮でいいんだよ、仮で」
「仮・・?」
阿部は、中川の話の意味がわかったが、それ以前に、日置がそんな策、認めるはずがないと思った。
「無理やと思う」
「なんでだよ」
「先生が認めるはずがない」
「あはは、なに言ってんだよ」
「なによ」
「そりゃな、先生は本気でインターハイ目指してる。仮の部員なんて考えてもいねぇだろうさ」
「・・・」
「だけどよ、人数だのへったくれだの言ってたら、なにも始まんねぇよ」
「え・・」
「私らで集めるからな」
「嘘やろ・・」
「そのうち、森上も戻して、四人で出るんだ」
阿部は思った。
中川の案にも一理ある、と。
最低でも四人、そしてインターハイへ行くためには、五人が必要なのだ。
来年の新入生が入部する確率は、けして高くない。
このままだと、団体戦は参加不可能だ。
蒲内先輩によると・・
先生の目標は、団体でインターハイ出場だと・・
恵美ちゃんは・・いつ戻って来るかわからん・・
もし・・戻って来んかったら・・
私と中川さんだけ・・
これは・・嫌や・・
「わかった」
阿部はそう答えた。
「よし。決まりだな」
そして中川は「うめぇ、うめぇ」と言いながら、ラーメンを頬張った。




